遺跡
驚くほど順調だった。
覇王熊の数は多くなったが、他に出てくる魔獣もそれほど強く感じない。
他の班の連中も、流石に精鋭揃いなだけあって苦戦する様子はなかった。
勢いに乗った俺達は奥へ奥へと進んでいく。
すると、山の岩肌かと思っていたものが、樹齢数千年はあろうかという巨大な木だということに気付いた。
「何てデカさだよ……」
「現実世界じゃあり得ないな」
俺と石丸さんが感心しながら上を見上げていると、
「こっちだ」と桐谷が皆を呼んだ。
桐谷のところに行くと、洞窟のような虚があり、そこには古めかしい石造りの扉が埋め込まれていた。表面には蔦が這っていて、文字のような彫刻が彫られている。
「……遺跡の入口のようだな」
「もしかして、ここが始まりだったりしてな」
冗談っぽく俺が言うと、誰も否定せずに黙っている。
桐谷が他の班から人を集め、皆で扉を押し開けた。
開いた瞬間、中から黒煙のような凄まじい瘴気が漏れ出し、同時に、オオオオォォ……という風の音が反響する。
「はは、こりゃヤベぇな……」
――肌で感じる。
この先は全くの別物だと感覚で理解した。
見ると、石丸さんの足がガクガクと震えていた。
小鳥遊やモリーナまで、真っ青になっている。
唯一、平然としているのは桐谷だけだった。
流石というべきか……。
「行こう」
桐谷の一声で俺達は中に入った。
ひんやりとした空気、石造りの通路が真っ直ぐに続いていて、通路の端には等間隔に異形の石像が置かれている。
「神殿……みたいな場所なのかな?」
呟いても返事はなかった。
桐谷以外、緊張で顔が強張っている。
「大丈夫か?」
「え? あ、ああ、何とかな……」
石丸さんは額の汗を拭うと、水筒の水を飲んだ。
「シッ……何か来る!」
桐谷の言葉に全員が身構えた。
静まりかえった遺跡の中、遠くからカシャン……、カシャン……という金属音が響く。
「俺が行こう」
前へ出ようとすると、桐谷が手を向けた。
「森では任せっきりだったからな、ここは私が」
「OK……なら、邪魔はしないさ」
俺が下がると、桐谷はモリーナに指示を出した。
「モリーナ、光球を前方に放て」
「了解しました」
『――光球!』
前方に飛んだ光球が通路を照らす。
すると、奥に金色に輝く甲冑を着た騎士が立っていた。
「まさか、人じゃないよな……?」
「あ、あれは金騎士と言って、レベルAダンジョンに出現するボスクラスの魔物です……」
小鳥遊が目を細めて言う。
金騎士は剣を床に突き立てたまま、仁王立ちでこちらを見ている。
桐谷が一歩前に足を踏み出すと、甲冑の隙間から赤い眼が輝いた。
「伏せろ!」
――金騎士の剣撃が飛ぶ!
桐谷の声にモリーナが一番に反応した。
俺は石丸さんと小鳥遊を抱えて床に伏せた。
等間隔に並んだ石像の首が、ゴトン、ゴトンと次々に地面に落ちていく。
「す、すげぇ……」
たった一振り、金騎士が剣を振っただけでこの威力……。
俺の中に抑えきれない程の衝動がこみ上げてくる。
今までの奴とは格が違う……あの甲冑とやってみたい。
「き、桐谷さんは大丈夫でしょうか……」
小鳥遊が不安そうに言うと、モリーナが鼻で笑う。
「貴方、何か勘違いしてない? あの人を誰だと思ってるの?」
「え……」
次の瞬間、桐谷が剣を抜き天に向けた。
『――聖光!』
刹那、閃光が迸った!
何が起こったのか、俺の目でも追えなかった。
ただ、金騎士がその場に崩れ落ちたのが見える。
ガランガラン! と金属音が通路に響く。
転がった甲冑の中には何も無かった。
「や、やったのか……?」
「い、一瞬でしたが……」
「す、凄ぇ……」
石丸さんが目を丸くしている。
「あれが金曜会の誇る聖騎士、桐谷茉秋よ」
モリーナが得意げな表情で言った。
*
遺跡の中ではレベルAダンジョンのボスが雑魚として出てくる。
普通に考えれば狂気の沙汰としか思えない。
だが、それをものともせず、しかも雑魚を相手にするかのように桐谷は快進撃を続けた。もはや、俺の出る幕など無い。
石丸さんは安心しきったのか、目の色を変えて魔石回収に勤しんでいる。
「あいつ、まだ本気を見せてねぇな……」
「確かに、敵が来たらピカッと光って終わりですもんねー」
余裕を見せ始めた小鳥遊が言う。
「油断はしないで」
モリーナが鋭い声を飛ばす。
「あ、す、すみません……」と小鳥遊がビクッと肩を震わせた。
その時、後方から悲鳴が聞こえてきた。
「後ろだ!」
振り返った瞬間、通路の右側が爆発した――!
土煙の中から大量のスケルトンが雪崩れ込んでくる。
「な、なんだありゃ……!」
「モリーナ! 瀬名と行って焼き払え! こっちは私と小鳥遊でやる!」
桐谷は前方から迫る禍々しい魔獣に剣を向けた。
「いくわよ!」
モリーナがスケルトンに向かって走った。
「あの数だとアンドロマリウスの方が良いか……」
『――ソロモンズ・ポータル!』
アスモデウスの憑魔を解く。
『もう終わりか……』
現れた悪魔の姿に、桐谷と小鳥遊が目を丸くした。
「ありがとう、また頼むよ」
そう言うと、アスモデウスが不思議そうに俺を見た。
『……いまの主の力なら、わざわざ私が帰らなくとも他の者を呼べるだろう?』
「え?」
『我よりも序列の低い者に主を任せるのは……気が休まらぬがな……』
「アンドロマリウスだけど……」
そう答えると、アスモデウスはやれやれと頭を振った。
『あの底辺アイドル貴族か……主はああいうのが趣味なのか?』
「い、いや趣味とかそういう問題では……」
『まあ、呼んでみるといい』
「あ、ああ……じゃあ……」
俺はポータルに向かって手を翳した。
『――来い!アンドロマリウス!』
ポータルから煙が吹き出す。
奥からアンドロマリウスが現れた。
出て来た瞬間、ガバッと俺に抱きつく。
『はわぁん、マスター……会いたかったですぅ♥』
眼鏡をずらして、上目遣いで俺を見る。
黒目がちな愛くるしい瞳に清楚系な顔立ち。
露出の高いゴスメイド服からのぞく素晴らしい谷間に自然と目が吸い寄せられる。
か、可愛いすぎる……何で悪魔ってこんなに可愛いんだ!
『ふふ……♥ 気になりますか?』
「あ、いや! その……」
『えいっ!』
アンドロマリウスが俺の顔を胸に押し当てる。
ぱふっと顔に柔らかな感触を感じた!
「ふ、ふわぁ……」
あぁ……至福。
いい匂いがするし、スベスベだし、ふかふかだし……。
『アンドロマリウスよ……久しいの』
――ビクゥンッ!
アンドロマリウスの身体が硬直し、ゆっくりと後ろを見た。
『ひゃぃっ! あわ、あ、あす、あすあすアスモでうす様……⁉ あわわわ……な、なぜここに……⁉』
慌てふためき、ははぁーっと頭を下げる。
アスモデウスはニヤリと笑い、
『良い……ここは獄界ではないからな。それよりも、主よ――急いでおるのではないのか?』と俺に言う。
「そ、そうだった、悪い、急ぐ!」
アンドロマリウスの頭に手を回し、ぐいっと顔を引き寄せた。
上位悪魔の顔色を窺うアンドロマリウスだったが、
『許す……主の犬となれ』と、アスモデウスは妖艶な笑みを浮かべる。
『マ、マスタぁ……♥』
許しを得たアンドロマリウスは、俺を見つめ返し頬を赤らめた。
『はわぁぁ……わたし、求められてるぅ……♥♥ ハァ、ハァ♥』
顔を紅潮させ、犬みたいに舌を出すアンドロマリウスの唇を奪った――。




