ノイズ
「森……?」
ポータルを抜けた途端、目の前に広がる樹々と酷い湿気が肌にまとわりつく。
「ボーッとするな! 早く憑魔しろ!」
桐谷の鋭い声が響いた。
腰を落とし、戦闘態勢を取る桐谷。
手にはうっすらと光りを纏った、銀色の剣を握っている。
桐谷は……剣士なのか?
『グルルル……』
木陰から、地鳴りのような唸り声が響いていくる。
剣を構える桐谷のすぐ後ろに小鳥遊が控え、その右斜め後ろで詠唱を始めたモリーナが、透明な宝珠が付いた魔術師用の杖を構えて、魔法を発動させる準備を取っている。
俺は石丸さんとアイコンタクトを交わして、少し離れた茂みに身を隠した。
『――ソロモンズ・ポータル!』
空間に黒い穴が開く。
『――来い! アス……あれ?』
―――――――――――――――――
〈召喚可能悪魔一覧〉
・アスモデウス
・アンドロマリウス
・ブネ
・■■タ―――
・セーレ
・アム■2s■キアス ――
・オ――
・ア■h■
・■6カロル
■ナック
・マ――シ×ス
・ バルy うぇトス
・パイ■ ン――
―――――――――――――――――
一瞬、召喚可能悪魔一覧に、ノイズと共に何かが表示された。
「なっ……⁉」
だが、瞬きをした瞬間、何事もなかったかのように元に戻る。
―――――――――――――――――
〈召喚可能悪魔一覧〉
・アスモデウス
・アンドロマリウス
・ブネ
―――――――――――――――――
「……な、何だったんだ、今のは⁉」
『グガァアア―――――――――!!!』
凄まじい咆哮!
マズい! 早くしないと!
『――来い! アスモデウス!』
ポータルの闇から、黒いニーハイブーツが見えたと同時に、妖艶なオーラを放つアスモデウスが姿を見せた。
蝙蝠のような黒い翼を広げ、白金の美しい髪を靡かせながら、赤紫色に光る瞳で俺を見つめた。
『おぉ……主よ、会いたかったぞ……さぁ、どうしてくれよう? 攻めか、受けか?』
「え……」
攻めか受け……ちょ、それって……。
ど、どうしよう! あぁー! 時間が無いし!
俺が狼狽えていると、アスモデウスが俺の耳元で囁く。
『はぁ……ご主人様……せつのうございます……あぁ……早く、我をいじめてくださいませ……♥』
「ちょ⁉ そ、そんな……」
潤んだ瞳、微かに震えながら顔を上気させて俺に寄り添う。
アスモデウスから漂う淫靡な薫りが、たまらなく俺の衝動を掻き立てた。
「あ、アスモデ……」
抱きしめようとした、その時――!
俺の頭を両手でガッと包むように掴む。
「な、何を……⁉
蟲を見るような目で俺を見つめ、舌舐めずりをする。
『主よ……どうして欲しい? ハァ……♥ このまま快楽の海に沈めてやろうか……? ン~♥?』
突然豹変したアスモデウス、まるで盛りの付いた雌猫だ。
『さぁ……攻めか? 受けか? 言うのだ! さぁ、早く!』
「せ、攻めでお願いします……」
そう答えた瞬間、アスモデウスはパッと俺の髪から手を離した。
すると突然、嘘みたいに大人しくなる。
『ご主人さま……♥ ご、ご命令を……くださいませ……♥』
ぷるぷると唇を震わせ、物欲しそうな瞳を向ける。
クッソ可愛い顔で言われると、自分の中の何かが吹っ飛びそうになる。
だが、時間がないんだ……!
クソッ! 俺だって男だ、もうちょっと楽しみたいのに!!
「ごめん、アスモデウス、でも……時間が無いんだ!」
俺はアスモデウスに唇を重ねた。
アスモデウスは目を開けたままで、舌をねじ込んでくる。
『はぁ……主は意気地無しよのぉ……ハァ……ハァ……ング、んはぁ……♥』
「ん……」
『人間の女では味わえないような……ハァ……んふっ、極楽を……見せて、レロ、ん……♥やろうと思うたのに……ん……』
し、舌が犯される!
や、焼ける! 脳が焼ける……!
「く……来る……来た―――――――――――っ!!!」
ふぅーっ! ガンガンに目が冴えてる!
身体に重さを感じない!
感覚が研ぎ澄まされ、辺りの状況が手に取るようにわかる……。
相手は……一体か。
かなり大物だな。だが、魔物の息が荒い。
へぇ、桐谷が押してるな。
「よっしゃ、ぶっ殺しにいくか!」
俺は茂みから飛び出し、交戦中の桐谷と魔物の間に入った。
「せ、瀬名か⁉」
桐谷が驚きの声を上げる。
まあ、初めて見たらそういう反応になるわな……。
「待たせたな。あぁ、それと……、ダンジョン内での呼び捨ては許してやる」
「……⁉」
桐谷は言葉に詰まり、戸惑っているようだ。
「やった! 瀬名さぁーん! そんなのやっちゃって下さーい!」
大声で叫ぶ小鳥遊、どうやら憑魔した俺が気に入っているらしい。
ま、どうでもいいが。
『グオオオォォ――――――――!!!!!』
咆哮の音圧で鼓膜が震えた。
「ったく……うるせぇな……」
立ち上がって俺を威嚇する黒毛に覆われた熊のような魔獣。
5メートルくらいあるんじゃないか?
金色の眼、黄色い牙、吐く息は悪臭を放っていた。
「気を付けろ! そいつは覇王熊だ、並の攻撃は――」
「ぬぅんっ!」
――ズドンッ!
俺は熊を殴り倒した。
地面が円形に抉れる。
「な……⁉」
「クックック……これくらいで終わりか? あ゛ぁ?」
俺は熊の上に飛び乗り、頭部に手を翳した。
『……黒炎弾!』
ゴウッ! っと黒い炎が噴き上がる。
『グォオオオオオ――――――!!!!』
「ヒャ――――ッハハハハ!!! 燃えろ! 燃えろ! 焼き尽くせ!」
『……黒炎弾! 黒炎弾! 黒炎弾! 黒炎弾! 黒炎弾! 黒炎弾!』
空中に飛び上がり、熊目掛けて黒炎弾を連発でぶち込む!
あっという間に、獄界の黒炎が熊を包み込んだ!
「さ、下がれ!」
桐谷達がその場を離れる。
「終わりだぁ! 死ねぇェエェェ――――!!!』
覇王熊の中心に膝蹴りを落とす!
――――ドォンッ!!!
周りの木々が揺れる。
地面に空いていたクレーターがグワッと二回り大きく広がった。
足元の覇王熊は、真っ二つに分断され、頭部は消し炭となっていた。
「瀬名さーん! やりましたね! やっぱ最高です!」
小鳥遊が満面の笑みで駆けてきた。
「おぅ、おっつー」
「かぁ~、こりゃ魔石も燃えちまってるかも知れんな……」
石丸さんが困り顔で頭を掻いた。
「それが……お前の憑魔という力か?」
近くに来た桐谷が、俺を刺すような眼で見た。
「おいおい、それが仲間に向ける目かよ? 殺すぞ?」
――場が凍り付く。
桐谷の口端が上がり、
「ほぉ……」と口を開いたその時、モリーナが慌てて声を上げた。
「すごいわ! これなら今回はボスの負担も軽くなるわね?」
桐谷はフッと鼻で笑う。
「そうだな……、いや、私が悪かった。頼りにしてるよ、瀬名くん?」
おっと……ヤバい、明らかにやり過ぎだ。
このダンジョンのせいか?
明らかに魔素の影響を受けている気がする……。
「俺も悪かった。憑魔をすると少し乱暴になってしまうんだ」
「……そうか」
覇王熊の死体を調べていた石丸さんが、横から口を挟んだ。
「少しだけ割れた魔石を回収できたぞ、質は今まで見た中でも最高レベルだが……後はもう駄目だなぁ」
「よし、ご苦労――瀬名、魔石は貴重だ、あまりやりすぎるな」
桐谷が俺を指さすと、石丸さんがうんうんと頷いた。
モリーナと小鳥遊は、緊張した顔つきで俺の様子を窺う。
「……わかったよ」
そう答えると、場の緊張が解ける。
俺達は森の奥へと足を進めた。




