守りたいもの
乾いたノック音が響く。
西欧アンティークの机に向かい、PCのモニターを眺めていた桐谷が、
「入れ」と言った。
「……失礼致します」
緊張した面持ちの男が中に入り、丁寧に頭を下げた。
部下の男は桐谷の言葉を待っている。
「構わん、報告しろ」
「はっ、報告します。剣ヶ峯の件ですが……先ほど高密度魔素を検知したと報せが入りました」
桐谷の口端が僅かに上がった。
「そうか、管理局は?」
「はい、当該ポータル自体が入り組んだ場所にあるため、現段階において、外部への魔素放出がほぼ無い状態です。ですので、管理局の広域魔素検知システムに掛かるのは、まだしばらく先かと」
「うむ、調査部には手を回してあるな?」
「はい、そちらの方も滞りなく。あと、もう一点、ご報告があります」
「何だ?」
椅子の背に身体を預け、桐谷が先を促す。
「はっ、現在、首都圏のレベルC~Bポータルにおいて行われております、GUILTY ROCK BROTHERsとMERRILL TRIADの抗争についてですが、現時点では、MERRILL TRIADが優勢との報告が入っております」
「そうか」
桐谷は席を立ち、窓際から外の庭園を眺めた。
「だが……、何事も調和というものが肝心だ。Morgan Steins Avalonに動きは?」
「いえ、今のところ、本件に干渉する気は無いようです」
「ふむ……。よし、抗争中のポータルの三割程度にウチから何人か向かわせろ。両者に決定的な優劣を付けさせるな。それと……、スナイダーに対しては絶対に関わるなと伝えておけ」
「は、畏まりました。そのスナイダーによって、ギルティロックのルードが戦闘不能に追い込まれたようです。都内の病院に搬送され、現在ICUで治療中ですが、昏睡状態のようです」
「メリルも厄介な男を呼び寄せたものだ……」
そう呟き、ゆっくりと室内に振り返ると、桐谷は部下に視線を戻した。
「ところで……湊リディアの件だが、進捗は?」
「はい、先日、3年の専属契約を交わしたと報告がありました。元々、湊自体の市場イメージが良かったこともあり、ブランド側からは特に不満は上がっておりません」
「そうか。まぁ、十分に力は見せた。問題がなければ、後は現場の判断に任せると伝えておけ」
「はい、畏まりました」
「あとは?」
「いえ、報告は以上です」
「うむ、下がっていいぞ」
「は、失礼致します」
深く頭を下げた後、男が部屋を出て行く。
入れ違いで藍莉が部屋に入ってきた。
「兄貴……、今いいかな?」
「何だ?」
藍莉は言い出しにくいのか、モジモジと身体をくねらせている。
「あのさ……、例のレベルSなんだけど……、やっぱボクも行かなきゃ駄目だよね?」
「……どういう意味だ?」
スッと桐谷の瞳の色が変わる。
「あ、いや、そのー、瀬名っち……あ、瀬名くんも来るし……あの姿は見られたくないかなぁ……って」
藍莉の傍らに回り込み、桐谷はそのまま後ろ髪を掴んで顔を上げさせた。
インナーカラーのミントベージュが揺れる。
「藍莉……お前は俺だけを見ていればいい。違うか?」
「は、はい……そうです」
震える瞳で桐谷を見つめる藍莉。
その瞳を覗き込んでいた桐谷がようやく手を離した。
「わかったら……二度とくだらん事を考えるな」
「……し、失礼しました」
逃げるように部屋を出る藍莉を一瞥し、革椅子に腰を下ろした桐谷は、何事もなかったように呟く。
「後は、ポータルの活性化を待つだけだな……」
*
週末、リディアと待ち合わせをしているカフェに向かう。
店内に入ると、奥の席に座ってるリディアをみつけた。
グレーのニット帽が良く似合ってる。
しかし、これだけ客がいてもハッと目を引くのは、リディアだけ可愛さのレベルが違っているせいなのか……。
リディアのところへ向かおうとすると、俺に気付いたリディアがこっちを見て手を振った。
「お待たせ、ふぃ~、外、寒いよねぇ……」
両手を擦り合わせながら向かいの席に座ると、リディアが自分のコーヒーで温めた手で、俺の手をぎゅっと包んだ。
「ふぁぇっ!」
「どう? 温かい?」と、上目遣いで俺を見る。
「う、うん……あったかい……」
「へへ、何だかすっごく久しぶりな気がするね?」
「そうだね、まあ、色々あったから……」
「あれ? 討伐は成功したんでしょ?」
「うん、一応は成功かな、ボスも倒せたし、報酬も良かったよ」
「へぇー、久我山の討伐だよね?」
「そうそう、ちょっと変なのに絡まれちゃったけどね……あはは」
「え? 大丈夫なの?」
リディアが心配そうな顔を向ける。
「あ、うん、無事解決したから大丈夫」
「そ、そう……なら良いんだけど……」
久しぶりに見たリディアは、一段と綺麗になった気がした。
外見というより、内から溢れ出る魅力というか、エネルギーのようなものを感じる。
やっぱり、あの仕事も関係しているのかな……。
「あ、ほら、電話で言ってた、例の仕事はどうなったのかな……?」
俺は少し緊張しながら訊ねた。
「ふふ、正式に契約が決まったわ! もぉ~~~~最高っ! だってだって、あのD.Joanよ? きゃぁ~~~今でも信じられない! あ、やば……、ごめんなさい」
周りを気にしたリディアが、顔を真っ赤にして声のトーンを落とした。
本当に嬉しいんだな……。
こんなに喜んでいるリディアを見るのは初めてだ。
「……おめでとう、ちゃんとお祝いしないとね」
「ホントかな~? ふふ、聞いちゃったよ~?」
悪戯っぽく笑うリディアに、思わず見とれそうになる。
だが同時に胸の奥で、疚しさと不安をぐちゃぐちゃに混ぜたような、言いようのない感情を覚えた。
もし、金曜会の思惑で決まった仕事だと知ったら……リディアはどんな顔をするんだろう。
無理だ……とてもじゃないけど言えない。言えるわけない。
「ねぇ、ユキト……あのね、言わなきゃって思ってたんだけど……、こういうのって言うタイミングも難しくて」
突然、リディアが改まった様子で姿勢を正した。
「え、うん」
「私ね、芸能の仕事は本気で続けるつもりなの。小さい頃からの夢だったし、今もその気持ちは変わってないから……」
「……良いと思うよ? 俺も色んなリディアが見られて嬉しいかな」
「ホントに⁉ ありがとう!」
リディアはニコッと微笑んだ後、続けた。
「D.Joanの話が来た時ね、嬉しいって思った後……ユキトの顔が浮かんだの。これが決まると、たぶん、中々会えなくなっちゃうなって……」
「……」
「ま、まあ、だからどうしたって話なんだけど……」
モジモジしながら言うリディアを見て、俺は胸がキュっとなった。
やっぱり、俺はリディアを悲しませたくない……。
桐谷なんかに邪魔させない為に、もっと強く、強くならないと――。
「じゃあ、俺からも」
「え、あ、う、うん」
「俺は毎日でもリディアに逢いたいし、もっと仲良くなりたいって思ってる。でも、それ以上にリディアを応援したいって思ってる。だから思い切り頑張って欲しいっ! だから――え?」
リディアが訝しげに、じと~っと目を細めている。
「ねぇ、ユキト? もしかして……私以外に誰か気になってる人とかいる?」
心臓が跳ね上がって破裂しそうになった。
はうッ⁉ な、な、なんでそうなるの⁉
「え、ど、どうして? な、なななんで?」
「う~ん……何となく?」
探偵のように顎に指を当て、斜め上を見上げる。
「ちょ、ひ、酷いなぁ~! いるわけないしー! やだなぁ~!」
「そっか、なら良いんだけど……」
「もう、何かと思ったよ、ははは……」
俺は誤魔化し笑いをしながら、内心冷や汗をかいていた。
焦った、日南さんのことを言われてるのかと……。
と、その時、スマホにメッセージが届く。
見ると石丸さんからだった。
リディアがどうぞと手を向ける。
「あ、ごめんね、すぐ済むから……」
そう言って、俺はスマホを確認した。
『神様がOKだってよ! 明後日行ける?』
やった! これでレベルが上げられる!
俺は直ぐに返事を返す。
『大丈夫です! お願いします!』
『じゃあ明後日、また連絡するよ』
「どうしたの、何かあった?」
「あ、ああ、ごめん。また、レベル上げしようと思ってさ、この前の討伐で知り合った人と、次の約束をしてたんだ」
「ふーん……」
リディアは明らかに納得していない様子だ。
「あ! も、もちろん男の人だよ?」
「何か最近頑張ってるよね? 前はあんまり乗り気じゃなさそうだったけど……」
と、また細い目になりそうになる。
俺は一段声のトーンを上げて、
「さ、さぁ、そろそろ行く? お腹空いたよねー?」と、席を立った。
「あ、そうだった! もぅペコペコで……」
リディアも席を立ち、二人で店を出た。
「ねぇ、何食べよっか?」
自然と腕を組んでくるリディア。
すれ違う男は、皆リディアに釘付けになっている。
二人でお店を探しながら、街を歩く。
たったそれだけのことなのに、楽しくて、つい時間が経つのも忘れそうになる。
何気ない仕草や、他愛の無い会話に心が弾んだ。
しかし――、ふいに浮かぶ桐谷の顔に心が波立つ。
何も知らずに隣ではしゃぐリディアを見ていると、胸がどうしようも無く痛んだ。
「あ~! パスタ食べたい、あそこ入ろうよ?」
「うん、いいね、行こっか」
――やるしかない。
絶対に手出し出来ないくらいに、あいつに力を見せつけてやる!
リディアに手を引かれながら、俺はそう決意した。
これにて一章完結です。
応援してくださった方、本当に励みになりました!
ありがとうございます!
いやぁ……15万字まであっという間でした。
目標の一万ポイントには、僅かに届きませんでしたが、
筆力不足を自覚し、さらに楽しんでもらえるように精進したいと思います!
二章は、現在鋭意構想中です!
良ければ下の★から……
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