再検査
【重要】瀬名 透人様 再検査のお知らせ
家に帰ると、覚醒管理局からメールが届いていた。
再検査って……マジか。
食生活には気を付けていたし、身体はトレーニングのお蔭でアスリートレベル。
何の不調も無いんだけど……。
だが、何かあってからでは遅い。
費用は掛からないらしいし、調べてもらっても損はないか。
それに、日南さんにも会えるかもしれないし……。
「行ってみるか……」
出かける用意をして、俺は外に出た。
すっかり北風だ。
日差しは暖かいのに、恐ろしく風が冷たい。
物陰で丸くなっている野良猫を見てニャトラーを思い出す。
それにしても、あの猫執事は有能だった。
あの二人は上手くやってるのかな?
あれから何度か成功し、アンドロマリウスも思ったより平気だと言ってたから、もう大丈夫だとは思うが……。
オルキデも、最後には俺を瀬名殿と呼んでいた。
よっぽど憑魔できたのが嬉しかったのだろう。
何はともあれ、伝承スキルは晴れて俺のものとなった。
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憑魔:アンドロマリウス
・千里眼(900MP/一体)
対象のステータスをフルオープンにする
・スキル・ハック(500MP/1回)
対象の持つスキルを盗用できるが、効果は半減する
・スキル・ロック(800MP/1回)
対象のスキルを一定時間封印する
・ファナティック・十字砲火(1000MP/3分間)New!!
狂信的な愛の使徒を召喚する
・暴かれる真実の庭園(総HP・MPの半分)New!!
アンドロマリウス家の固有結界を実装、その場に居る者全ての状態変化を無効にする
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悪魔城が無くなった代わりに、新たなスキルも解放された。
ファナティック・十字砲火……か。
こりゃ、間違いなくアイツが来るな。
そういえば、あのネクロマンサーの少年が召喚した屍兵とかいうオーク……あれだけの数を倒したというのに、全くレベルが上がっていなかった。屍兵とやらは、いくら倒しても倒し損ってことらしい。
ったく、どこまでも憎たらしいお子様だ……。
まぁ、焦っても仕方がない。
少しずつ確実に力をつけていけばいいのだ。
そのために、まずは再検査をしてスッキリしておこう。
そう自分に言い聞かせながら、俺は病院へ向かった。
*
ポータルケアセンターの診察室。
院長の鹿島がフレームレス眼鏡を外し、辛そうに目頭を押さえた。
「ふぅ……」
「大丈夫ですか、院長?」
日南が心配そうに声を掛ける。
鹿島は穏やかな笑みを向け、
「大丈夫、あ、日南くん、今日は再検査が一件入ってるからね」と、眼鏡をかけ直した。
「はい、じゃあ準備しておきます」
「ああ、よろしく」
日南はタブレットを手に取り、スケジュールを管理しているツールを立ち上げた。
「えーっと、再検査……っと、えっ⁉」
「どうかした?」
「あ、いえ、大丈夫です、失礼します」
そそくさと診察室を出る日南。
廊下に出て、もう一度タブレットを確認する。
――――――――――
再検査
氏名:瀬名 透人
――――――――――
*
「はい、じゃあ、上向いて……はい、下、はい、OKです」
ペンライトを胸ポケットに仕舞う。
瀬名透人、彼に会うのは二度目だ。
鹿島は内心驚きに震えていた。
それは、目の前の青年の計り知れない能力に対するものと、一生に一度出会えるかどうかのレアケースを、自らの手で診察ができるという知的興奮による震えだった。
ポータル発生に巻き込まれた、典型的な衝動型覚醒。
若返りを除けば、特に問題があるようには見えない。
記憶の乱れは無し。
身体にも特に異常は見られない。
以前に診察した時とは、体つきがまるで別人だ。
この短期間で、かなりトレーニングを積んだと見える。
「魔素ルームには、週にどのくらいのペースで通われていますか?」
「えっと、4日くらいですかね。でも、暇さえあれば行ってます」
「なるほど……週に4日ですね」
相づちを打ちながら、鹿島は『鑑定』を発動させていた。
鹿島の使命は、瀬名のステータス情報をフルオープンで監視課へ報告することである。
鑑定は、対象が術者の能力を著しく上回る場合、フルオープンさせることが難しい。
そのため鹿島は、古巣であるCREDIT WISEからスキル効果を上げるポーションを入手していた。
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年齢:18 名前:瀬名 透人
レベル:32
異能区分/E 召喚師/憑魔術師
HP:94
MP:776
筋力:8
体力:8
知能:32
抵抗:6
反射:5
精神:146
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〈パッシブスキル〉
・■■■■■■ LV.5
LVが上がる程、■■■■■■■
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〈スキル〉
・ステータス可視化 LV.3(Max)
自身のステータスをフルオープンにできる
・ソロモンズ・ポータル LV.3
自身で創り出したポータルから悪魔召喚が可能
■■■■■■■■■■■
・召喚 LV.3
自身のLVに応じて魔獣を召喚できる
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鹿島はステータスを見て、心の中でため息を吐く。
フルオープンには出来なかったか……。
が、しかし、異能区分を見て鹿島は衝撃を受けた。
憑魔……術師?
思わず、ボールペンを床に落とした。
「ああ、すみません、いや、年を取ると物を落としやすくていけませんね……」
「そんな、先生はお若く見えますよ」
「ははは、いえいえ、ありがとうございます」
何だこのクラスは……。
憑魔術師なんてクラスあったか?
ん? ポイントを全て精神に振っているようだな……。
それに、この短期間でかなりスキルレベルも上がっている。
討伐に参加したのは例のポータルだけのはず。
監視課から送られたあの映像を考えると……このパッシブスキルが怪しいな。
少し探ってみるか……。
「ソロモンズ・ポータルというスキルですが、実際に悪魔は召喚されたのですか?」
「あー、はい」
「その、悪魔というのは、具体的に……どのようなものでしょう?」
平静を装う、心拍数が上がる。
「ちょっと言いにくいんですが……、その……人間で言うと女性……のような見た目です」
「ほぅ、女性ですか。なるほど、それは興味深いですね、どうやって召喚するのですか?」
「ソロモンズポータルを使うと、黒い穴が開くんです。それで、呼び出したい悪魔を思い浮かべて、名前を呼ぶと出てきます」
「黒い穴……それこそポータルのような?」
「んー、ポータルとはちょっと雰囲気が違う気がしますね。それに小さいです、人が通れるくらいの大きさですね」
そう言うと、瀬名はジェスチャーで大きさを示した。
*
――覚醒管理局監視課、課長室。
「決まりだな……。どうしますか? これ、もう接触した方が良いと思いますが」
モニターに映る鹿島と瀬名の様子を見ていた乾が、隣の斑鳩に言った。
「……」
「斑鳩課長?」
もう一度、乾が呼びかけると斑鳩が口を開いた。
「全員を集めておけ」
「了解です」
「え? え?」
一人状況を飲み込めていない近藤が二人を交互に見た。
「いいから行くぞ」
「ちょ……何がどうなって……」
乾は近藤を連れて課長室を出ると、監視課のフロアにいる全員に向かって言った。
「全員、手を止めろ。課長から緊急周知がある、以上――」
そう言うと、全員が慌ただしく作業を中断し、大きなモニターが設置された会議用のスペースに集まった。
「ちょっと乾さん、何があるんですか?」
「すぐにわかる」
課長室の扉が開く。
斑鳩が早足で皆の横を通り抜け、モニターの下に立った。
「予てより監視中であった覚醒者、瀬名透人――」
モニターに瀬名の顔が映し出された。
「本日、対象の再検査を行っており、現在も進行中だ。私と乾係長、近藤の両名により、リアルタイムで確認を行っていたところ、瀬名透人を国内9人目の『S級覚醒者』と確定するに至った」
職員達がざわめく。
「ま、マジっすか……あの子がS級?」
「お前、あのスキルの説明と、記録屋の映像を見ただろ……」
乾が呆れたように言う。
「だ、だって、S級なんて見た事もないですし、僕の権限じゃデータすら見られないじゃないっすか!」
近藤はやや逆ギレ気味に言い返す。
「そこ! まだ終わってないぞ、静かにしろ!」
「は、はいっ! すみません!」
「対象のスキルは『ソロモンズ・ポータル』、任意の場所でポータルに似た空間を創り出し、そのポータルから悪魔を召喚するというものだ。悪魔については現在調査中、非公式ではあるが、記録屋から入手した資料から推測すると、現時点で、最低でもB~A級の戦闘力を有すると思われる」
またも職員達がざわめく。
「よって、我々管理局は対象との協力関係を結ぶため、乾と近藤の両名で接触を図る。他の者は関係各所に連携と通達、なお、情報開示の指示があるまで、この件は機密とする、以上――解散!」
「「了解しました!」」
全員が慌ただしく各々の仕事に向かった。
「乾、決して不信感を抱かせるな。丁重に扱え、頼んだぞ。近藤もな」
「わかりました。おい、行くぞ」
「え? は、はいっ!」
近藤は慌てて上着を取ると、斑鳩に「行ってきます」と頭を下げ、乾の後を追いかけた。




