二人の試練
「もしかして、憑魔って悪魔なら誰でも使えるのか?」
ソファの上でいじけていたオルキデが、体育座りを崩して胡座を掻いた。
『そんなわけがなかろう! 悪魔の中でも、私のように選ばれたエリートでなくてはならん! それをお前のようなカスが……世も末だの』と、鼻を鳴らして頬杖を付き、白けた目を向ける。
「ちなみに、どうやって憑魔しているんだ?」
『あ゛? そんなもの傅いて、主君からの……その、あ、アレを待つに決まっておろう!』
ほんのり頬を赤らめるオルキデ。
完全に受け身か、そこは似たようなもんだな。
「じゃあ、キスしないわけじゃ無いのか、うーん、原因がわかればと思ったんだが」
『ちょっと待てカス! 私はお嬢様とキ……、アレなどしておらんぞ?』
「え⁉ 何でだよ、じゃあ憑魔できないじゃん!」
そう言った瞬間、オルキデがソファの上に立ち上がった。
『は? いや聞けカス。お嬢様の都合というものがあるだろう! お嬢様の心を開かせることが出来ない限り、憑魔など夢のまた夢……、それもこれも、私の愛が足りぬのだろう……。あぁっ! 麗しきアンドロマリウス様ぁ! いつになれば……うぅっ……』
肩を震わせる姿を見ていると、段々、芝居がかって見えるようになってきたな……。
――ていうか、ちょっと待て。
もしかして、アンドロマリウスが嫌がってんのか⁉
「先代とは……アレしてたんだよな?」
『もちろんだ! はぁはぁ……お嬢様も先代のように、何の躊躇いもなくアレしてくださればいいものを……!』
そう言った後、もじもじと身をくねらせながら、両手を頬に当て、『きゃっ』だの、『お嬢様、お戯れを……』などと一人の世界に浸っている。
しかし、アンドロマリウスは何で嫌がってんだ?
何か理由があるのか……。いや、仮に理由があったとしても、一回だけでもアレして貰えば、オルキデを認めさせることが出来るかも知れない。
「オルキデさん、俺と取引をしよう」
『チッ、言ったであろう、交渉決裂丸だと。さっさと帰れカース』
一瞬、イラッとしたが……、ここは我慢だ。
「あれー、いいのかなー? お嬢様と憑魔できるかも知れな――」
『何だとっ⁉』
豹変したオルキデがテーブルの上にダンッ! と片足を乗せた。
ちょ、パンツとかそういうの一切気にしないのな……。
『おいカス! それが嘘ならこの場でコロスぞ!』
俺の胸ぐらを掴み、目を品剥いて脅してくる。
「お、落ち着けって……嘘なんか吐いてどうする? ちゃんと考えがあっての話だよ」
『……』
パッと手を離し、
『いま一度訊くが、ほ、本当にお嬢様と、ア……、アレが出来るんだろうな?』
と、耳まで真っ赤にして念を押してくる。
「俺も男だ。もし憑魔できなければ、伝承スキルは綺麗さっぱり諦めるさ」
『ほぅ……言ったな?』
オルキデがグイッと顔を近づけ、俺の目を覗き込む。
「ああ、言ったとも」
俺は負けずと両目を見つめ返した。
『ふっ、よかろう』
「じゃあ、成功したらちゃんと認めてくれるんだな?」
『……お嬢様に誓って約束しよう。憑魔さえ出来れば、また狩りに行ける。そうなればもう、アンドロマリウス家は安泰だ』
「では、明日、城に来てくれ」
『なんだ、今日では無いのか?』
少し残念そうな顔をして、テーブルから足を降ろした。
「色々と準備があるんだよ。あ、そうだ、ちゃんとイメージトレーニングをしておけよ?」
『いっイメージ⁉ ば、馬鹿者! そんな不敬なことを……いや、そうは言っても、私がしっかりせねばならんわけだし……お嬢様のアレをアレして……いや、それは流石に……お、お嬢様いきなりそれは……はぁあんあはあああ……♥』
さて、じゃあ俺は一足先に、アンドロマリウスを問い詰めますか……。
ソファの上で『お嬢様、そ、それは駄目です!』と言いながら悶えるオルキデを横目に、俺は屋敷を後にした。
*
城に戻った俺はアンドロマリウスを応接間に呼びつけた。
大きなソファに並んで座り、事の顛末を問いただす。
「で? 自分の家が傾くのも気にせず拒否してたと……って、何を考えてるんだお前は!」
『だ、だって……ますたぁ~、オルキデってば、何かいつもハァハァしてるし……目が血走ってて怖いっていうか……それに、パパのお気に入りだった子とは、流石に抵抗があるっていうか……』
涙目で訴えるアンドロマリウス。
ま、まあ、確かに狂信的な一面はありそうだが。
「いや、だからと言って、いつまでもこんな状態じゃ、没落するのも時間の問題だぞ?」
『うぅ……それはそうですけどぉ……』
「とにかく、俺が伝承スキルを継承するには、オルキデを納得させないと駄目なんだよな?」
『はい……』
「愛の証とか言ってたよな?」
『はい……』
しゅんと一回り小さくなって頷く。
俺はアンドロマリウスの肩にそっと手を置き、優しく諭すように言った。
「いいか? これはお前のためなんだ」
『私の……?』
「そうさ、オルキデに憑魔すればお家問題も万事解決、俺も伝承スキルをゲット! 皆がハッピーになれる!」
『でも……』
「あのなぁ、オルキデはお前のことが好きで好きで、好きすぎて、ああなってるだけなんだ。当主たるもの、臣下の気持ちに応えてやらないでどうする?」
『そ、そうですよね……』
アンドロマリウスが少し前向きな表情になった。
もう一押し! とどめだ!
「これは、俺の試練じゃなかったよ……」
『え?』
きょとんとするアンドロマリウスの手を握って言った。
「――二人の試練だ」
『マ、マスター……は、はい! わたし! 乗り越えて見せますっ!』
目を潤ませながら俺を見つめるアンドロマリウス。
やれやれ、こんな恥ずかしい台詞が平気で言えるのも、憑魔で気が大きくなってるからかな。
普段もこれくらい出来れば良いんだが……。




