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No.08「誤算」





「うわッ!? 」



「このカルト教祖が。何が目的だ? 」



「カルト……? どういうことで? 」



 汽車内で襲われた俺を助けてくれた4人目のオリオンは、そのまま次の停車駅で降ろされ、人気の少ない場所まで連れ出されてしまっていた。



 そして今まさに、自分自身と全く同じ顔、同じ声、同じ名前の彼に、胸ぐらを捕まれ、壁に押しつけられている真っ最中である。



「とぼけるんじゃない折井星音(おりいしおん)無尾種協会(ノーテイルソサエティ)のコトだ。顔も声も何もかも同じ、違うのは有尾種(テイルマン)無尾種(ノーテイル)かという点だけ。そんなお前が好き勝手やらかし、俺は非常に迷惑している! 」



 そう、目の前のオリオンはただ一つ俺とは違う点があった。それは尻尾が生えているコト。さきほどから目の前の彼が怒りの言葉を吐き出す度に、大きく左右に揺れて感情を現している。



 しかしその分顔の表情は乏しく、先ほどから殆ど無表情かつ小声でまくしたててくるので、単純に怒鳴られるよりも不気味な恐怖が上乗せられてしまった。



「あの……すみません……星音(しおん)さん」



「気安く人の名を呼ぶんじゃない……! 」



「それではなんと呼べば……? 」



「後輩からは“オーリー”と呼ばれてる。お前もそう呼べ」



 この世界では、本名で呼ぶよりもニックネームで呼ぶ方が、へりくだった態度とみなされるのだろうか? 詳しい事情はわからないけど、俺は彼の言葉通りにすることに決めた。



「オーリーさん……あの、とりあえず一つ重大なコトをあなたに伝えたいんですけど……」



「言ってみろインチキ教祖」



 少しだけオーリーが胸ぐらを掴む力を緩めてくれた。迷惑していると言ってはいるものの、蹴ったり殴ったりせず、話せばしっかりと聞いてくれるところから察して、根は良い人なのかもしれない。だからこそ、ここはあらぬ誤解を解いておきたい。



「あなたの言う……その、折井星音(おりいしおん)ですけど……多分人違いじゃないかと……」



「人違いだと? そんなことがあるハズはない! 」



「あるんですよ! とにかくあなたの知っている折井星音(おりいしおん)は、俺じゃなくて別人です! カルト宗教だとかなんとかは全然知らないんです! 」



「……それでは、お前の名は? 」



折井星音(おりいしおん)



「やっぱりお前じゃないか! 」



 オーリーは再び胸ぐらを締め上げてきた! 俺を酸欠にしてしまうんじゃないか? というほどの力を込めて……



「ぐ……ぐるじい……」



 このままじゃ、平行世界の自分自身に殺されてしまう……極寒の地で鍛え込まれているのか? オーリーの握力と腕力は桁違いだった。ミリオンには劣るとはいえ、俺の非力でどうこう出来るレベルではない。彼はそんなことを想定していないので、この世界基準での力加減で俺の首を絞めているのだろう……大型の肉食獣が甘えるつもりで人間に甘噛みをしたとしても、それは人間にとっては本気噛みと変わらないのと同じだ。



「う……うぅ……」



 ヤバえ……ホントやべえ……



 だんだんと意識が遠のいてきた……ヤバい……このままでは本当に死んでしまう……“嘘”のオリオンであるハズの俺が、なにも騙すことなく役目を終えてしまうなんて……あまりにも無念じゃないか? このまま数々の謎がわからずじまいで人生を終えてしまうのか? 



「ちょっと待ったぁぁッ! 」



 虚ろになった脳内に直接響くような豪声が聞こえた。この声は、間違いない……! 俺の声だ……! 



 眼球を眼の端に寄せて声の方向へと視線を向けた。そこにはコートを着たリオンが走って来る姿と、小さいながらも力強く拳を握りしめてこちらに飛びかかってくるミリオンの姿があった。



「なにッ!? 」



 二人の存在に気が付いたオーリイは素早く俺の胸ぐらから手を離しながら、ミリオンの攻撃を闘牛士のように回避した。とっさの出来事だったのにも関わらず、ミリオン全力の拳打はそのまま空気を押し込んだだけで終わってしまった。



「このインチキ宗教野郎! 」ミリオンは体制を立て直して叫んだ。「星音(しおん)に何しやがる! 」



「これはどういうことだ……? 」



 表情の少ないオーリイでも、ミリオンとリオンの姿には動揺を隠せずに眉を八の字に曲げた。尻尾は不規則に左右に揺れている。



無尾種協会(ノーテイルソサエティ)星音(しおん)と同じ顔が……また増えた? しかも一人は小人……? 待て、俺は今夢の中ではないハズだぞ? 」



 やはり小さい体のミリオンのビジュアルには相当に動揺しているようだ。リオンの方も今はコートで身体を隠しているが。雌雄同体だと知ったら彼も驚くだろう。



「大丈夫か星音(しおん)? 」



「おかげさまで……」



 ミリオン達が駆けつけて来てくれたおかげで危機は乗り切ったものの、言葉のやり取りから察して、どうやら俺たちの間には大きな誤解が生じているようだった。



 オーリイは俺を“カルト教祖”と呼び、ミリオンはオーリイを“インチキ宗教”と呼んだ。これらから導き出される可能性はもう一つしかない。


「ちょっと待って! 」



 俺は大声で同じ顔の三人を制止させると、大小様々な折井星音(おりいしおん)がこちらに視線を向ける。なんだか万華鏡の中に入り込んでしまったような錯覚を覚えた。



「三人とも落ち着いてくれ! 俺達はこんなコトをする必要ない」



「同じ顔が今ここに4つも並んでる上に小人までいるんだ。落ち着けというのが無理だ」



 オーリイのその言葉がどこかしゃくに癪に触ったのか、ミリオンは不機嫌な口調で「俺が小さいんじゃない。お前らがデカ過ぎるんだ」とつぶやく。



「とにかくオーリイもミリオンもリオンも聞いてくれ……! 多分だけど、この世界には既に折井星音(おりいしおん)が二人いるんだよ! 」



「ええッ! それじゃあ……! 」



 リオンは数分前にテレビで見た出来事を説明してくれた。その話によれば、どうやら折井星音(おりいしおん)を名乗る怪しげな男が、電波ジャックをして人間が棲処(パラサイト)に変化する一部始終を放送していたらしい。そしてそうならないようには彼が会長を勤める無尾種協会(ノーテイルソサエティ)に入会することを勧めていたのだとか……まさに絵に描いたようなカルトじみた内容だ。



「くそ……そんなコトまでしていたとは……」



 オーリイは尻尾を大きく振り回してアスファルトの地面を何度も鞭のように叩きつけた。恐らくそれは尻尾を持った人間にとっての“怒髪天”なのだろう。



「これはしかし……どうしたものか……」リオンは文字通り頭を抱えて言う。「かっちゃんに聞かされているのは、その世界にいるオリオンは一人だけのハズなんだ……それなのになんでこの世界には既にもう一人……」


「それも怪しげな教祖様ときたもんだ」ミリオンも足下で疑問符を浮かべている。



「となると、ここにいる……オーリイとテレビで見た例の教祖、どちらかが奇跡的に同姓同名のそっくりさんだという可能性もある。世間は以外と狭いものだから」



 とリオンが言うも……「いや」とオーリイは素早く否定した。



「アイツの顔を見たとき、尻尾の毛が思わず逆立った。なぜなら小さなほくろの位置、まつげの長さ、エクボの深さに至るまで、全てが俺の物と寸分違わずに同一だったからだ。これはただ容姿が似ているというレベルの話ではない。異なる点は尻尾が無いコトと、靴蒸れの悪臭じみたゲスな性格だというところだ……そして……」



 オーリイは俺たちを見回す。



「突然現れたお前ら達も同じ。遺伝子レベルで同じ特徴を持っている……どういうことなのか説明してもらおうか? 」



 オーリイは尻尾を勢いよくこちらに突き出した。その態度から未だに俺たちに敵意を向けていることは一目瞭然。ここで彼に納得のいく説明を出来なければ、痛みを味わうことになりそうだ。



「全部説明するよ……」



 俺達はオーリイに“平行世界の七人のオリオン”を探していること、“統括の者”のこと、巨大ブラックホール“ブレーザー”が宇宙全体を食らいつくそうとしていること。そして無尾種協会(ノーテイルソサエティ)折井星音(おりいしおん)とは全く無関係であること……全てを包み隠さずに伝えた。



「空気で腹を満たすようなバカげた話だが……」オーリイは尻尾をくねらせる。



「こうして同じ顔が何人も揃っている以上、そんなバカげた話も今はまかり通る事態なのだろうな」と、ひとまずは俺たちの話を信じてくれたようではあった。



「しかし」オーリイの言葉はまだ続いた。



「俺は今ここを離れるワケにはいかない……遠くで起きた山火事よりも、自宅の庭の小火(ボヤ)の方が大事だからな。お前達には協力できない。まずはあのクソッタレ教祖の尻を蹴り上げなきゃならん」



無尾種協会(ノーテイルソサエティ)の? 」



「無論だ……しかし待てよ……」オーリイは何かに気が付いたように、尻尾をピーン! と天に向けて尖らせた。



「お前ら……もしもあの教祖も同じ七人のオリオンの内、一人だとしたら……そいつにもオファーをかけるのか? 」



 その質問に、俺たち三人は凍てついたように身体が動かなくなってしまった。そう……その問題は、自分たちの中でもどうしていいのか分からなかったからだ。



 宇宙の秩序の為には、どうにかしてかっちゃんの元へと引き連れなかればならない。あの怪しげな教祖を仲間として迎え入れなければならない……



「黙っていても、その泳ぎっぱなしの眼で何を考えているかは、ある程度分かる。どうしても仲間にしなければならないのだな? あのクサレ外道を…………それなら……」



 オーリイはゆっくりとボクシングを思わせる構えを作り、ナイフを思わせる鋭い眼光をこちらに向けた。



「今ここではっきりとさせておいた方がいいな……俺とお前達は“敵同士”だということを! 」



 完全に敵対態勢を作るオーリイ……まさかオリオン同士で争わなければならなくなるなんて指のサカムケほどにも思わなかった。緊張で脇からツツーと冷たい汗が滴った。



 どうにかしてこの場を穏便に切り抜けなければならない……“嘘”のオリオンとしてみんなの力にならなければならない……



『お~い……星音(しおん)く~ん……』



「え? 」



 張りつめた空気の中で思いが渦巻く中、突如脳の奥から直接響き渡るような声が徐々に聞こえてきた。その声の主は間違いなく“統括の者”かっちゃんだ。



星音(しおん)くん、詳しい説明は後でするから……とにかく、目の前にいる尻尾の生えたオリオンを力づくでもボクの元に連れてきてくれない? 』



「へ? 」



『この世界から脱出するゲートは、ここから300m北の方角にある銭湯の男湯にある、水風呂だからね! さぁ! 急いで! 』



 どうやら穏便にコトを済ませるほどの余裕は無いようだ……



 分かったよ……しょうがない……



 待ってろよかっちゃん! アンタに聞きたいコトが山ほどあるんだからな! 





つづく

(お題)


1「世間」


2「風呂場」


3「庭」



 執筆時間【2時間】

少々間が空きました(;´∀`)

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