No.12「スペインのオリオン」
俺はミリオン、リオン、そして新たに仲間に加わったオーリイと共に、6人目のオリオンを探すため、新たな平行世界へとやってきた。
“かっちゃん”こと統括の者の能力によってとばされたこの世界は、平行世界間で唯一“サグラダファミリア”が完成しているルートを辿っているのだと言う。
「サグラダファミリア……まさかこの目で完成形を見られるとは思わなかった」
俺達はスペインのバルセロナ市内にある、とあるビルの屋上へとワープでたどり着き、その荘厳な姿を見せつけているサグラダファミリアの完成形に魅入っていた。
俺達の知っている聖堂の姿と比べると、塔の数も増えていて、何より中央に突き出しているメインの塔の大きさが遙かに違う。記憶の中にある物よりも1.5倍は高くなっていて、天に穴を空けるかのような迫力を感じさせた。
「サグラダファミリアは建築家のアントニ・ガウディが構想した大聖堂。その建築は彼の死後に取り掛かられたが、後のスペイン内戦によってその設計図や模型が失われてしまい、僅かなスケッチが残るだけになってしまった……だから建築スピードは大幅に遅れ、近代のIT技術の発展でようやく建設方針の手探り状態が解消されたらしい。本来なら確か完成は2026年を予定しているハズだ」
と、博識なリオンが解説をしてくれた。同じ顔、同じDNAを持っている俺達ではあるけど、環境によってここまでオツムの出来に差が出来てしまうものなのだと、人の成長における重要な一面を垣間見た気がした。
「しかしでけぇなぁ……サグラダファミリアは俺の世界にもあったが、迫力が断然違うぜ」
俺の肩に乗っているミリオンがそう言った。彼の世界では重力が他と比べて10倍も強い。それ故に身体も小さくなり、当然建設される建物もそれに合わせて小さくなる。仮に俺たちがミリオンの世界に行ったとしたら、そこにあるサグラダファミリアは特撮映画のミニチュアセットのように感じられるのかもしれない。
「いつまで観光してるつもりだ」
偉大なる世界遺産に魅入っていた俺たちを急かすように、オーリイは自慢の尻尾を左右にふりながら小言を垂れた。彼はサグラダファミリアの完成形すらも一瞥で済ませ、さっさとビルを降りて“目的”を達成させようと躍起になっている。
無理もない。妹の棲処化を解き、その元凶であるマリオンを一刻も早く止めたい一心でいっぱいなのだから。
「ちょっと待てってオーリイ! まだこの世界のコトを知らずにうろつくのは危険だぞ! 」
ミリオンが小さな身体でオーリイの前に立ちふさがり、その歩みを止める。彼の言うとおり、この世界の人間もリオンのような雌雄同体だったり、オーリイのように尻尾が生えていたり、ミリオンのように身体が小さかったりと、皆とは異なる特徴を携えているハズだ。
「そうだオーリイ。私達も君の世界では無尾種として目立ってしまって大変だった。オリオンを探すのなら、まずこの世界の人間にどういう特徴があるのかを調べてからの方がいい」
リオンの言葉にオーリイも渋々納得したようで、地上へ降りる為の非常階段へは向かわず、俺たちの元へと戻って来てくれた。
「この世界のことがわかったらスグに探しに行くぞ」とオーリイは敬礼のように手を額に当てて地上を見下ろした。観察眼に優れている有尾種なら、箱庭の人形のような人々の往来からでも、この世界の人間の特徴を見いだすことが出来そうだ。
「それにしてもよお……いつも思うんだけど、かっちゃんのヤツはなんでその世界の特徴を前もって伝えてくれないんだよ」
塀の縁に立って下界を見下ろしながら、ミリオンばグチをこぼした。確かにその通りだ。ワープする前にしっかりと情報を伝えてくれれば、こうして時間を掛けて調査する必要もないのに。
「なんでだろうな。かっちゃんなりの理由があるのかもしれないが、ここでの目的が果たせた時にはしっかり聞いておこう」
リオンも背伸びをして塀を乗り越えるように身を乗り出し、地上へと視線を向けた。
それにしても、このビル。安全面において不備が多すぎる気がする。見たところ15階建ほどはある高さにも関わらず、屋上には金網フェンスのような転落防止の配慮がなされていない。
「危ねぇなぁ……」
そう漏らしつつ、俺も塀から身を少しだけ乗り出してスペインはバルセロナの市内を見渡した。
空は青いし気温も暖かい。建物の大きさに至るまで、自分が生活していた世界と大きな違いは無いように見えた。軍隊アリのようにひしめき合っている観光客の姿も、特に羽が生えたりだとか体格が大きかったりだとか、人目でわかるような違いは見つからなかった。
「うむ……全員無尾種という点以外はこれと行った違いはみつからない」
刑務所の看守のように厳しい視線で観察していたオーリイも、さすがにこの距離ではこの世界の人間の特色を見破ることは出来ないようだ。
「私もわからなかった……サグラダファミリアが完成している。という点がヒントなのだと思うのだが」
リオンもお手上げのようだ。さっき彼女が説明してくれたように、サグラダファミリアの建築スピードが遅い理由の一つは、ガウディの作った設計図が消滅してしまったことにある。この世界ではそうはならなかったのだろうか? それとも全く別の要因か?
俺はそこまで優秀ではない頭を巡らせることをやめ、開き直って市内の風景を眺めることに専念した。
平行世界なので、時期は12月の下旬だろう。(その世界ごとでカレンダーの概念が違ってはいるかもしれないけど)スペインといったら“情熱の国”というイメージが強くて、冬でも温暖な気候なのだろう……だなんて勝手に思っていたけど実際はそうでもなく、空気は皮膚をひっつくように冷たく、防寒着がなければ身体が震えてしょうがない状態だっただろう。
元々冬仕様の服装だった俺、ミリオン、オーリイとは違い、温暖気候の世界に慣れ親しんだリオンは、先ほどの世界でコートを手に入れたとはいえ、まだまだ凍えるレベルの気候らしい。平気そうに振る舞ってはいるけど、足がガクガク震えていて大変そうだ。
どこかでもっと身体を暖かくできるような防寒着を手に入れたいところではある。そう思って、アパレル系の店舗でもどこかに構えていないか見渡した時、俺は“とある異常性”に気が付いたのかもしれない。
「なぁ、みんな……斜向かいのビルをちょっと見て」
「なんだ星音。着替え中のお姉さんでも覗けたか? 」
ミリオンの冗談はあえて無視をして、俺はビルの一点に指を差し視線を促した。
「あのビル……ホテルみたいだけどさ、おかしくない? 」
「おかしい? 」
俺が気になったホテルのビルは、クラシカルで伝統的な様式に乗っ取った造りであり、ファンタジー映画の撮影に抜擢されそうなほどに格式の高い佇まいをしている。
しかし一点、見逃せない要素が目に付き、非常に違和感を覚えてしまっているのだ。まるで自分がインフルエンザで学校を欠席し、一週間ぶりに登校する時の、転校生として学校を訪れるような心のぎこちなさがあった。
「よく見て」
「ん……あッ! 」
やっぱり観察力が高いオーリイが一番初めに気が付いてくれた。
そのホテルのテラスには、ほぼ全てに“ステップ”が設けられていたのだ。イメージとしては、二階の壁に地上へそのまま落っこちてしまうような“玄関”が作られているような物だ。普通に考えれば欠陥住宅、事故物件だ。
「確かに妙だ……そのまま落っこちてしまったら怪我どころじゃ済まされないぞ」
「それにあのホテルだけじゃねぇ、よく見たらほかのビルもそうだ、二階以上の高さに“玄関”があるぞ」
俺を含め、4人のオリオンズは異世界ギャップに混乱してしまった。一体なぜ? 何のために? と頭を巡らせるも束の間、一人の男がまさにホテルの4階玄関の扉を開き、ステップを降りて地上へと落下しようとする寸前だった。
「いかん! おい小さいの! 」
「あぁん!? 」
「力を貸せ! 」
突如オーリイから“小さいの”と心外なあだ名で呼ばれたミリオンだったが、この状況から察するに、自分に何が求められているのかを十分理解していた。
「それじゃ行くぞ尻尾ヤロウ! 」
ミリオンはアクションフィギュアのような身体のサイズからは想像できないパワフルさで、オーリイの尻尾を掴んで振り回し、ハンマー投げの要領でオーリイをホテルに向けて投擲!
矢のように放たれたオーリイはそのままホテルの“4階玄関”へと直進し、ステップの手すりに長い尻尾を器用に絡ませる。
「う……うわぁぁぁぁッ!!? 」
突如現れた宙吊りの尻尾人間。落下直前だった男はあまりにも突拍子のない出来事にうわずった悲鳴を上げた。
「おい、危ないだろ。もう少しで落下しそうだったじゃないか」
オーリイは尻尾の力でひらりと身体を浮き上がらせ、ステップに上がる。男はその姿を見て露骨に恐怖心を抱いていた。
「ば……ば……」
「どうした? 」
男はまるで真冬の池に飛び込んだかのように口を震わせていた。ついさっきまで4階の高さから落ちそうになっていたヤツが、何をいまさら怯えているんだ。とオーリイは呆れたが、徐々に「ちょっと待て……」と何かに気がつき始めた。
「おい! お前! 」
男は髪型を綿菓子のようなモコモコアフロヘアーにしていて、なおかつ表情の読めないサングラスをしていたが間違いなかった。
「ばけものぉぉぉぉ!! 」
「おい! ちょっと待て! 」
オーリイが引き留めるも無駄。アフロ男は再び“4階玄関”へと疾走! そしてそのまま、なんと……
「おい!! 止まれ! 」
飛び降りてしまった。ステップから跳躍したモコモコヘアーは一瞬で地面に引っ張られ、そのまま急降下。オーリイの視界から消えた。
「くそっ! 」
急いで彼の姿を追ってステップから身を乗り出して地上を見下ろすオーリイ。しかし、彼は目の当たりにする。この世界の人間の、他の世界では見られなかった特色を。
「いてて……」
10m以上はあろう高さから落下したハズの人間が、まるで石につまづいて転んだ程度の反応で、何事もなく起きあがろうとしていた。
「嘘だろ……」
その時、シャツがめくれて男の姿が露わになる。その背中にはなんと、“亀”を思わせる堅牢な甲羅が携えられていたのだ。そして落下の反動で外れたサングラスの下に見えた顔は間違いなく……
「アイツが……この世界の折井星音か……」
オーリイのつぶやきは、12月のバルセロナの空に浮かぶ、重い雲に吸い込まれた。
つづく
(お題)
1「転校生」
2「亀」
3「背伸び」
執筆時間【2時間】
前回適当にオチに使ってしまったサグラダファミリアのせいで難航(;´∀`)




