ナイト・バザール
ガウディと電撃婚約して約半年。
ウキウキワクワク、スイートロマンティック。
には残念ながらならなかった。
不満1、ガウディの態度が以前と全く変わらない。
かつての氷河期のような視線はなくなったけれど、普通の貴族令嬢と執事の関係の域を脱していない。
ダーリンハニーな雰囲気になることなんて一度もなかった。
不満2、仕事を優先される。
もちろん仕方がないことだけど、少しの時間でもいいからかまってほしい。
何度かしがみついたことがあるけれど、なぜか弟から引きはがされた。
不満3、あいも変わらず女にモテモテ。
私が隣にいる時くらいは、はっきりと女性からの誘いを断って欲しいものである。
曖昧な返事ばかりするからモーションをかけてくる老いも若きもが後を絶たない。
そんなわけでなんとか現状を打破しようと、肩と胸の開いたセクシーなドレスで迫ってみたけれど、
「おや、薄着健康法ですか?」
と、にこりと微笑まれただけだった。
これ以上健康になってどうする。
ふう、と重いため息がもれた。
私って、もしかして愛されてないんじゃない?
私を好きと言われたこともないし。
婚約を発表したのも、不可抗力で抱き合っていたところを見られて、醜聞を広げないためだったところも大いにあるし。
過去に飛んだときに、一時期だけ妙にからんできていたことがあったけど、今ではあれは都合のいい夢だったんじゃないかとさえ思ってしまう。
とにかく最近の私は、ガウディに女として好かれていないんじゃないかということと、このままではいつでもスーパー美女に気移りして婚約解消されるんじゃないかという焦りで頭がいっぱいだった。
私は前を歩いている背の高い薄情男をにらみつけた。
ガウディなんか、はげ落ちてしまえ!
いや、ちょっとまって。
つるつるのガウディも、それはそれで、ありかも。
ワイルドさが醸し出されて、それでいて僧侶のような清潔ささえ感じられる。
いやいや、私はどれだけガウディが好きなんだか。
なんだか私ばっかりが好きで、振り回されている。
理不尽だ。
理不尽すぎる。
やっぱり、はげろはげろはげろはげろはげろはげろはげろはげろはげ……。
ふう、疲れた。
つむじを見上げてにらむのをやめて一息つくと、ガウディがくるりと顔だけ振り向いた。
やばい、聞こえてるはずないのに、なんか後ろめたい。
思わず視線を泳がせる。
「どうしたんですか?ため息なんかつかれて。」
「え?いやいや、なんでもないよー。」
あわててぶんぶんと顔を横に振った。
不振な行動をとる私に、ガウディはメモを取るのを止めて近づいてきた。
「言っておきますが、仕事の私についてきたのはお嬢様ですからね。」
どうやら夜のバザールが楽しくなくてため息をついているのだと思われたみたいだ。
私はそこまでお子様じゃない。たぶん。
「わかってるってば、仕事の邪魔はしないから。」
ガウディは困ったように眉をひそめて、
「聞き分けの良いお嬢様は、気味が悪いですね。」
と言った。
ははは、と笑ってみせると、私のため息の原因を作り出す男は肩をすくめてまた歩き出した。
王都の街角では時折このような大規模な市場が夜に開かれる。
野菜、果物、魚、肉などの生鮮食品や、服飾雑貨、怪しげな古物商まで。
威勢のいい呼び声と、まるで祭りを楽しむような人々の雰囲気。
その現状を調査に来たガウディに勝手についてきたのは、あわよくばデートに持ち込もうとしたからだったけれど。
全く取り入る隙のない男である。
さっきまでよりも歩く速度を落としたガウディの後ろを、またとことことついていく。
まあ、いいか。
好きな人と一緒にバザールを歩く。
それだけでも。
「何か召し上がりますか?」
突然ガウディが振り向きもせず聞いてきた。
「いらない。」
特におなかもすいていなかったからそう言うと、ガウディが死刑宣告でも受けたような顔でバッと振り向いた。
「お嬢様が!何も!召し上がらない!」
「いや、そこまで驚かなくても。」
「驚きますよ!なんですか!天変地異の前触れですか!」
本気でそう言っているから本当にたちの悪い男だ。
「ほんと失礼!」
見上げてにらんでやった。
ガウディは深呼吸をすると、声を振るわせながら言った。
「どこか、こう、悪いんですか。病気ですか。悪いものでも食べたんでは。だからあれほど拾ったものは食べてはいけないと。」
落ち着け。
彼は時々変なところで動転するところがある。
だから私は、彼が安心するような、嘘にもならないことを言う。
「いや、ただ食べたいものがなかっただけだよ。あのー、芋を油で揚げたやつ?」
「フライドポテトですか?」
「そうそれ!それを今すごく食べたいーーー!もうそれ以外何も口にしたくない、世界の終わりが来ても。」
「そうですか。それならば、フライドポテトを探しながら行きましょう。」
「う、うん。」
最悪だ。
私はいま、ただのフライドポテトを食べたいだけの女だ。
こういう時は、あなたのことで胸がいっぱいなの。とか言うべきだった。
まあどうせ胃もたれですか?あのお嬢様が?とか言われるんだろうけど。
ガウディはもうすでにすたすたと歩き始めている。
慌てて歩き出すと、妙なものが目に入ってきた。
髭の濃ゆい異国風のおじさんが、何か白いものをびよーん、とひきのばしている。
ほお、すごい伸び方。
思わず立ち止まると、おじさんが話しかけてきた。
「オネーチャン、ノビールアイス、アルヨー、ホレホレ。」
「おおーすごーい!」
おじさんは伸ばしたり、振ったり、ひっくり返したりしている。
面白い。
しばらく見とれていると、後ろから声をかけられた。
「おや、それなるはもしやビビっち?」
聞き覚えのある声に振り向くと、見覚えのある太っちょの金髪碧眼青年が、両手に食べ物をこれでもかと抱えて立っていた。
すぐ後ろには屈強な男がぴたりと控えている。
「あー!ブったん!ひさしぶりだねえー。」
食べ物大好きを全身で主張して柔和な顔をしている彼は、大陸のローグ帝国の貴族だ。
彼は世界中のおいしいものを求めて旅をしているんだけど、何年も前に私が王都の下町の定食屋で大食い30分チャレンジをしていたときに出会って意気投合してから、ちょくちょく意見交換をしている飽食同志なのだ。
「ビビっちは、もうアリゲータードラゴンの丸焼きは食べたかね?ここから200メートル先の肉屋で売っていたぞ。」
「なにそれおいしそう!」
私は思わずぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「まだならば案内するぞよ。ともにゆかん!」
「いやー、それが私一人ではなくて一緒に来てる人がいてさあ。」
あ、そういえばガウディに置いて行かれてる。
「その人と一緒に行くよ。」
「さようか。」
それから私たちはいつものごとく、あそこの料理はおいしかった、こんなアレンジがあった、などなど意見交換をした。
「いやあ、まさかまたこのバザールでビビっちと会えるとは思わなんだ。」
「私もだよー。ブったんはいつまでアンゲリアにいるの?」
「7日後には新大陸に向かわなくてはいかなくてね。」
「そっかー、じゃあそれまでに一緒にまた大食い店めぐりしようよ。」
「それは良い!改めて伯爵邸をうかがうとしよう。」
「うん!」
ブったんが差し出してきた特大牛の串焼きを受け取った。
「では、私はまだめぐる店があるのでこれで失礼するぞ。」
「ばいばい、ブったん!」
私が大きく両手を振ると、ブッたんはちらりと私の後ろを見て、そして面白そうに眼を細めてから、軽く手を振って去っていった。
「お嬢様。」
「ぎゃああっ!」
すぐ後ろからガウディが声をかけてきた。
近いよ!
「ガウディー、私をおいてったわね!」
肉をほおばりながら抗議した。
「フライドポテト以外は食べたくないのではなかったのですか。」
ちょ、ちょっと、そんなに凄まなくても。
「えっと、肉に罪はないのよ。」
ガウディは腕組みをして、ふん、と言った。
「さっきの男とはずいぶんと仲が良さそうでしたね。ビビっち、とか呼ばれて喜んでいたようですが。」
「そうなのー、ブッたんとはもう知り合ってかなりたつし、食べ物の趣味も会うし、まあ、ソウルメイト的な?」
そう言うとなぜか、ガウディは口元を引きつらせた。
「それにしても、ただの外国人ではないですよね、あのブタや……ブったんは。一体どこのどいつなんですか。」
「ブったんは、ローグ帝国の貴族だよ。えーっと、たしか、ブートル・アブラモヴィッチ侯爵、だったはず。」
「はあっ!?あの男が?」
ガウディはずいぶんと驚いていた。
ブったんは実は有名人のようだ。
「お嬢様、もうあの男には近づいてはいけません。」
「えー、なんでー。」
これであなたの婚約者は私ですよ、ほかの男とは会わないでください。とか言ってくれたらいいのに、そんなことはないことはもうわかっている。
「とにかくいけません。今後の我が国の外交にも関わってきます。」
「考えとくね。」
私が気もなく答えると、ガウディはがっくりと肩を落とした。
よりにもよってあんな危険人物と……。とかブツブツ言っている。
しばらくうなだれていたけれど、私が串焼きを食べ終わったころにはもう持ち直して、いつものできる執事ガウディに戻っていた。さすがだ。
「ところで、またこのバザールで会った、とか言ってましたが。」
「話聞いてたの?」
ちょっとおどろいた。
「嫌でも耳に入ってきたんですよ。ナイト・バザールは初めて来たんではなかったのですか?」
「全く、全然。」
「......そうですか。」
なぜか嫌な空気が流れる。
「ちなみに、どなたと来たかをうかがってもいいですか?」
なんでそんなことを知りたいんだろう。
「ジョンとかトーマスとかクリスとかー、とかとかとか。」
指折り数える。
「もしかして屋敷で働いてる男どもですか?」
「そうだよ!」
ガウディが屋敷で働いている人たちの名前をちゃんと覚えていることが嬉しかった。
庭師とか料理人とかとは普段あんまり話すこともなさそうなのに、ちゃんと知っててくれていたことが、誇らしい。
みんな姉弟みたいに育ったからなあ。
「そうですか。」
ガウディ、謎の無表情。
「初めてでもなく、一緒に来たのが私ではお嬢様も楽しめなかったというわけですね。」
「な、何言いだすの?!」
時々、ガウディの言っていることがわからないことがある。
何言ってるのかわかんないし、怖い。
蛇ににらまれたカエルの気分。
今もまさにそう。
理解不能!
これは伝家の宝刀、「話題を変えて話を逸らす」を抜くしかないな!
「あ、ほらほら、ガウディ!この怪しげな文様の入った鏡を見てよ!いかにも悪魔とか呼び出せそうじゃない?」
私はとっさに近くにあった露店の商品を手に取った。
「嬢ちゃん、それは魔除けの鏡だよ。」
店主がすかさず言った。
「除ける方だった!まあ、呼び出すより、避けられる方がいいよねー!」
ガ、ガウディさん。目がおすわりになってらっしゃいますが?
「そうですね、呼び寄せるより、退ける方がいいに決まっています。」
「だよねー!ガウディさすが!わかってるー!」
そして私はあれやこれやと不思議グッズをあさりだす。
もっと、もっとガウディさんの気を引きそうなものを!
あ、このこすったらランプの精とか出てきそうなの、いい仕事するんじゃない?
「嬢ちゃん、魔除けが欲しいのかい?どんな災厄から逃れたいんだ?」
今はこのわけわからんことを言ってる男の殺気から逃れたいよ。
「お嬢様、魔除けが欲しいのであれば、私が差し上げますよ。」
なんか原因の方から提案してきた。
「えー、なになに?ガウディがこういうのに興味持ってるなんて珍しいね。見せて見せて。」
「本当ならば、しかるべきときに、きちんと儀礼通りにお渡ししたかったのですが。」
なんと、ガウディは魔術にも通じていたとは。
まったく恐るべき男だ。
ガウディは胸の内から手のひらサイズの小さな箱を取り出した。
婚約者に渡す魔除けグッズを懐に携帯しているし、何かのまじない的な意味でもあるのかな。
「どうやら私ものんびりと構えているわけにはいかないと気付きましたので。」
パカッと私に向かって開かれた箱の中にはピカピカの金色に輝く指輪が入っていた。
「へー、どれどれ、わーきれいだねー。何これ、何かの模様?」
「月と狼です。」
「わー、かっこいいー。」
「気に入っていただけましたか?」
私はこくこく、と顔を縦に振った。
これはたぶん、お高いものに違いない。
だって輝きがなんか、そこはかとなく上品だもんね。
「くれるの?」
「もちろん。」
「ひゃっほう!」
もらえるものはなんでももらう主義です。
「反応が軽いのが気になりますが、まあ、いいです。」
つけて差し上げます、とガウディは私の左手をとって、強引に薬指にぐいぐいっとねじこんできた。
「ちょっ、ちょっと!ガウディ!痛いんだけど!」
「はずれてはいけませんから、サイズは少し小さめです。」
「そーゆーもんか。」
「そーゆーもんです。」
なるほど、と指輪を眺めていると、ガウディは満足げにうなずいてから言った。
「ちなみに月に狼は我が家の家紋です。」
「ほほお。」
ちなみにうちの伯爵家のは豚がすごく飛び跳ねてるやつ。
なんか、負けた。
「これはどんな魔除けなの?」
「男除けです。」
「ふーん、そっか。」
男除けって、なんだそれ。
まあ、いいか。
ガウディがくれるものは、謎指輪でも嬉しい。
にっこりと微笑みかけると、ガウディもまた、にっこりと怖いくらいにいい笑顔を返してきた。
私がその指輪の意味に気付いて、恥ずかしさのあまりガウディの顔を見れなくなったのは、それからかなりたってからのことだった。
お読みいただき、ありがとうございました。




