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第3話 意地悪な偶然 

3.意地悪な偶然

 五年振りの西嶋勇吾との再会で、私の心は複雑に揺れていた。会社に行く日は、またいつかバッタリ会えるかもしれないと期待する自分と、この間『連絡先を交換しよう』とか『今度飲みに行こう』と言わなかった彼の気持ちの両方が、交互に入れ替わる。しかし、確実にこの5年の中で今が一番心に色がある。恥ずかしながら、朝の目覚めも違う。こんな些細な事で、朝起きられたりする幼稚な自分だという事も自覚しなくてはいけない。でも久し振りに味わった心が動く感じ。きっと年相応の女の子に今なっているのだと思う。


 『親父が店やってて、そこで働いてる』・・・何のお店なのだろう。飲食店?それとも本屋さんとか薬局とか・・・。そう考えて見回すと、町には本当に色んな種類の店がある。後を継ぐつもりだと話していたという事は、薬剤師でない限り、薬局はないか。飲食店だとしたら、この前みたいな時間に駅にいる訳はない。一体彼が大学で何を専攻して、今どんな仕事をしているのか、何も知らない。でも、この間みたいな偶然があれば、一回ずつ会話を重ねて、五年間の知らない彼の歴史を少しずつ知っていきたい。きっと来る偶然と運命を信じて、今日も南ヶ丘駅へ通う。


 あの偶然の再会から一ヶ月が経とうとしていた頃、その偶然が訪れた。お昼を買いに えれなと外へ出た時だった。

「何にする?」

「マックか・・・お弁当」

「今日水曜だから、唐揚げ弁当が50円引きの日だ!」

「じゃ、決まり」

道を渡ったらお弁当屋さんだという所で、向こう側の歩道を歩く彼を見付けた。しかし、その隣にはスラッと背の高い スキニ-のGパンの女の人が一緒だ。良く見ると、手を繋いでいる。あははははと高らかに笑い合う声が聞こえてくる。

「渡らないの?」

そう聞くえれなの声で、ハッとする。

「やっぱ、お弁当やめよう」

「どうして?」

「昨日、夕飯唐揚げだった」

とっさに嘘をつく。

「えー!もう、唐揚げの気分になっちゃってたよぉ」

「ごめん」

動揺をこれっぽっちも気付かれない様に必死だった。それしか覚えていない。


 その分のつけが、帰りに襲ってくる。会社を出て一人になると、あの衝撃的な昼間の映像が思い出される。5年前にもあった。バレンタインの日の学校帰り、駅を女子生徒と一緒に通っていった彼を見た時のショックに似ている。しかしあの時はまだ、ただの友達かもしれないという選択肢が残っていた。でも今日は無理だ。確実に手を繋いでいたのだから。同じ職場の人だとか、姉妹だとかいう希望的選択肢は皆無だ。

 偶然と運命の出会いの回数を重ねながら、5年間の彼の歴史を知りたい等と呑気な事を思った自分を恥ずかしく思う。そしてまた明日から 気怠い朝に逆戻りだと思うと、長く深い溜め息を吐いて、家路についた。


 夏の終わりを知らせる様な夜風を肌に感じながら、今日も足取り重く駅に向かう。今日は少し残業をしたせいで、いつもよりも遅い時間だ。7時過ぎの町は、ようやく暗くなり始めていた。半月が夜空に輝いている。『上を向いて歩こう』とは上手く言ったものだ。やはり上を向いて空を見上げると、明日はいい事あるさ・・・みたいな気持ちになれる。不思議なものだ。

駅のターミナルが見えてきて、定期券を鞄の中で探す。エスカレーターに乗る手前で、立ち止まる。定期入れが見つからないのだ。会社に忘れたのなら、今戻るしかない。確かに朝改札を出た時に鞄の内ポケットに入れた筈だ。それから取り出していない。落ち着いて探せばきっとある・・・そう自分に言い聞かせて、肩にかけたトートバッグを大きく広げ中を探す。するとその時、横から声がする。

「どうも」

顔を上げると、にっこり笑った勇吾が立っていた。

「あ・・・どうも」

慌てて鞄を閉じて、ぺこりと頭を小さく下げた。

「又会ったね」

高校1年の時に見た彼の笑顔は、今でも健在だ。

「何してるんですか?」

「待ち合わせ」

「あ・・・」

その言葉を聞いて、彼女と一緒に歩いていた映像が瞬時に甦る。

「真奈美ちゃんは?今仕事の帰り?」

「はい」

彼女が来る前に、早くここを立ち去りたい。そう焦る心が、体全体から滲み出る。

「急いでた?ごめんね」

「いえ・・・あ・・・はい」

はっきりしない変な相槌を打ちながら、もう定期の事は諦めて、無ければ切符を買って帰ろうと秘かに心に決める。すると、そこへ勇吾の友達が現れる。

「ごめん。遅くなって」

その声に振り返ると、その友達も誰?という顔をしている。

「勇吾の知り合い?」

「そ。高校時代の」

納得した友達は、頭をちょこんと下げた。

「どうも。はじめまして。大澤です」

「あ、こちらこそ はじめまして」

妙な3ショットに戸惑っていると、大澤が質問を投げた。

「高校の同級生?」

勇吾は首を横に振ってから、説明した。

「近くの高校に通ってた、2歳年下の真奈美ちゃん」

頷きながら、分かった様な分からない様な顔をしている大澤。それを見て、勇吾が付け足した。

「高校の時、俺がフラれた子」

「え?」

大澤のリアクションに加え、私も慌てて否定する。

「嘘!違います!」

「え?何?冗談?」

大澤は勇吾と私の顔を交互に見ている。笑ってい勇吾と困惑している私の顔を見比べて、大澤は言った。

「じゃ、続きはゆっくり飲みながら」


 ひょんなきっかけから、三人で駅前の居酒屋に入る事になった現実に、まだ私の頭はついていけていない。運ばれてきた生ビールのジョッキを三人で合わせても、やはり落ち着かない。

「で、どういう事?さっきの」

やはり大澤が、そこにメスを入れてくる。

「だから、卒業式の日、真奈美ちゃんと会う約束してたわけ。そこに真奈美ちゃんは来なくて、それっきり。だから俺、フラれたの。間違ってないでしょ?」

「え・・・」

心臓がドックンドックンと大きく脈打っている。アルコールのせいではないだろう。勇吾がさっきとは違って真顔でそう説明しているから、私はどうしたらいいか、分からなくなってしまっていた。

「わかった。お前の言い分はそうね。で?真奈美ちゃんの方は?」

大澤が聞くと、勇吾まで揃ってこちらの答えを待っている。

「先輩・・・来てたんですか?」

「もちろん行ったよ、ちゃんと。ずーっと待ってた」

「・・・・・・」

愕然とする。来ていた?どこに?頭の中に、質問が数珠つなぎだ。

「線路沿いの公園・・・でしたよね?桜の木のある」

「・・・線路沿い?線路沿いじゃないよ。電車から見える、大きい桜の木のある公園だよ」

「え・・・第一なかよし公園じゃ・・・ないんですか?」

「名前は分かんないけど・・・」

そこで大澤が会話に割り込む。

「って事は、二人は違う所でお互いに待ってて会えなかったって事?」

すると、勇吾がそれを否定した。

「真奈美ちゃん、急に具合が悪くなっちゃって来られなかったんだって」

「・・・・・・」

「連絡先も知らなかったし、来ないからてっきりフラれたんだと思ってたって訳」

「・・・ごめんなさい」

そう謝りながらも、彼が別の公園で同じ時間ずっとあの寒さの中待っていたと思うと、悔しくてやり切れない思いが込み上げる。


次の日、通勤電車の車内から『電車から見える公園』を探す。駅の近くに、線路沿いではない公園が一つ見える。その日仕事を終えた私は、その公園へ足を運んでみる事にした。それは駅のターミナルから真っ直ぐ行った左側に在って、入口には大きな桜の樹が何本か植えてある。園内に幾つかあるベンチに腰を下ろすと、彼は待っている間 どんな事を考えていたのだろうと思う。『少しだけ会ってもらえませんか?』と誘った私が来ないのだから、色んな混乱した気持ちになったに違いない。あの日私が場所を間違えず ここに来ていたら、もしかしたらつき合う事になっていたのかもしれない。しかしお互いに勘違いをしたまま月日が経って、今彼には素敵な彼女がいる。そんな時になって再会するとは、一体どういう事なんだろう。そう思えば思う程、悔しくて悲しくなる。あの日お互いの居た場所は、距離にしてさほど離れてはいなかったのに、来ない相手をずっと待ち続けた二人の運命のいたずらに、溢れてくる涙を 夕焼け空を見上げてごまかした。


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