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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
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第七三話「炭鉱のカナリア」




 戻ってきた。

 シュテロンから北に馬を駆って、自分はおよそ一年ぶりにここに戻ってきてしまった。

 地理を知った今だからこそ分かるが、ここはヴォロス王国における北の国境が敷かれている山脈なんだろう。

 辺境も辺境なので後ろ暗い存在の潜伏場所にはなるほどもってこいだろう。

 そして、ここは自分という存在が生まれてしまった場所だ。


 山肌にのっそりと口を空けた遺構の中には、いくつもの太い柱が整列しているのが見てとれる。

 人の気配はない。おそらく最後にここをくぐったのはアギラとソフィーちゃんだろう。

 日はとっくに落ちていた。奴の言う期限を時間単位で気にするなら数時間遅いことになる。もしかしたら手遅れかもしれないという考えが脳裏をよぎる。


 しかし来たはいいがどこに行けばいいのかまでは聞いてない、すっごい覚悟決めて来たってのに、徒労に終わるのは避けたいのだけれども。

 そんな不安を募らせながら、自分は遺構に足を踏み入れる。シャリシャリとした土の音からコツーンコツーンとした足音に変わる。

 そうしてキョロキョロとしながら一歩一歩と打ち捨てられた遺構を進んでいると、あるものと目が合った。


「あれは……インプ?」


 それはいわゆるインプと呼ばれる悪魔だった。

 人間の子どもぐらいのサイズで、黒っぽい身体に蝙蝠の羽とかぎになった尻尾を持っている、わりかしずんぐりして可愛らしい印象を受ける悪魔だ。

 インプは自分の姿を認めると、おもむろに背を向けて遺構の奥へといってしまう。


「あー、あれを追いかければいいのかな?」


 あれがアギラの寄越した案内役だろうと思うことにして、自分は遺構の中へと足を踏み出す。



 数分ほどインプの案内を受けて、自分はある場所にたどりついた。インプは役目を終えたようで暗がりに溶けていく。


 覚えている。

 この場所は……、この先の場所こそが自分の生まれ場所だ。


 石壁を割り開くようにして、地下へと階段が続いている。

 暗闇が立ち篭める螺旋階段は、自分の大鎌がつっかえそうな幅しかない。


 自分の最後の記憶では、ここは仕掛けでただの壁として閉じていたはずだけれど……開いているということはこの先にアギラは踏み入ったのだろう。


 ここから下に降りれば、自分が生まれた儀式場につながっているはずだ。

 真っ暗な儀式場。そこではリッチーが死神を呼び出そうとし、そのために少女エリューが死に、死神バロルが召喚され、偶然が重なりその二つが融合した。


 自分は身にまとうローブの裾をきつく握りしめる。

 このローブはリッチーの屍体から剥ぎ取ったものだ。あの場所には今も忌まわしい屍体が残っているのだろう。


 ぬかるみに囚われたように足が動かない。

 この先に進むと戻ってこれないような気がする。

 境界線というか、死線というか、そういう類のものを自分は感じ取っていた。


『どうしたァ?』


 自分が二の足を踏んだのにバロルは声をかけてくる。

 いや、ちょっと怖気づいたというか……ね?


『ンだよあんなァ捨て鉢なァことォ言っといてェ、今更ブルッちまったのか』

「怖いものは怖いけど、退けないようにちゃあんと外堀埋めたからね」


 アギラに当たって砕けてくるのが自分の役割だ。

 たぶんこれが自分の望む理想の結末への一番の近道のはずだ。

 10日程前にアギラに惨敗したときの自分とは違う。ちゃあんと準備してきた。


 幾つもの経験を積み重ねてきた。

 ロッシさんに近接戦闘の指南を受け、オリヴィエさんやユークさんから魔法の講義を受け、ライラさんから使い魔を譲り受け、色々な人からの技術の集積地として目まぐるしく動いてきた。

 出来る限りのことはしてきたはずだ。

 

「ん、大丈夫。いけるよ」

『そうか』


 覚悟はとうに済んでいる。ただちょっと一呼吸置きたかっただけだ。


 自分は一歩、階段に足を下ろす。

 コツンと響いた足音が深い闇へと吸い込まれていった。



 階段の先は記憶にある通りの儀式場だった。


 奥行きは50mくらいで奥の方には祭壇のようなものが見える。今にして思えば、あれも魔法的に何か意味のあるものなのだろう。


 ただ記憶にあるのと違って明かりが灯っていた。

 ただし炎は緑色で魔法によるものであると分かる。


 祭壇の前には人影が確認できた。

 彼我の距離は30mほどで、人影は二つ。

 特大剣を背に、騎士剣を腰に下げた身長2mを超える偉丈夫はアギラ・ダールだ。

 この距離でも圧のようなものが伝わってくる。


 そしてもう一人、アギラのお腹くらいまでしかない幼い少女がいた。

 彼女の存在がここに来た大きな理由に一つでもある。

 無事だった、と安堵の息を吐いたのも束の間。


「ソフィーちゃん……?」


 自分の発した、か細い言葉に彼女は振り返った。

 そのことから、彼女はソフィーちゃんで間違いないのだろう。だが違和感を感じた。

 自分の目に映る小さな少女は確かにソフィーちゃんのはずだ、なのに。

 にわかに胸中が波打ち始める。


 カナリア色の髪を肩口で切りそろえた姿は最後に見た姿と一致している。

 だけど記憶にあるような溌剌はつらつさが彼女の瞳からは失われ、ただ夜の闇を煮詰めたように暗澹あんたんとした濁りを、彼女の瞳は湛えていた。

 あの目は『魔言』の影響下にある人間の目とも違う、強いて例えるなら以前襲いかかってきたマンティコアの老面、あれと似た印象を受けた。まるで全く別の存在になってしまったかのような。


 そして何より鮮烈な印象を受けたのは、彼女の右手へ無造作にぶら下げられた拳銃だった。

 十にも満たない彼女がそれを持っていることがもう異変なのだけれど、その拳銃そのもものも異様な代物だった。

 大枠の構造は回転式拳銃リボルバーなんだけれど、そのディティールが悪魔めいたおどろおどろしい彫刻や飾りに彩られていて、なんというかおっかない。色も黒というか紫というかそんな邪悪な色彩を宿していた。

 けれど自分はそれをどこかで見たことがあるような既視感を覚えた。


 そうして彼女にあっけに取られていたところで、アギラも自分に気づいたようで振り返る。


「おう死神。今更来たのかよ。数時間遅かったな……あぁ、ちょうどいい。戦ってみるか?


 開口一番アギラはそんなことをのたまった。その言葉は自分の悪い予感を裏付けるものだった。

 ……確かに自分は期限には間に合わなかったけれども……。


 自分は返ってくる答えに半ば感づいていたけれど、それを認めるわけにはいかなくて、奴を睨みつけて問い返す。


「戦って……? 誰と……?」

「このガキだよ。ソフィーつったか?」


 そして無情にも奴はソフィーちゃんの名を呼ぶ。

 彼女は戦えるような年じゃない。何かしたのだ。


「その子に、何をした……!」


 殺気だって自分は声を荒げ。


 その瞬間、反射的な速度であちらからの殺気が膨張した。


 ドゥンッ! と重い銃声。

 パキュンッ──と、右後ろの方で着弾音がした。

 全く反応できなかった。


 チラりと弾痕を確認し、改めて前を向き直せば、そこには手に持ったリボルバーから硝煙を吐き出しているソフィーちゃんの姿があった。


「なんで……」


 ソフィーちゃんに撃たれたの……か?

 信じられない。

 彼女に撃たれたということと、仮に撃たれたのだとしても自分が反応できなかったということが信じ難かった。

 けれど彼女は反動で持ち上がった腕を戻して、自分に銃口を向けてくる。

 自分は否応無しに背中の大鎌に手をかけた。


 トリガーにかかった指に力がかかり、弾倉シリンダーが回転しようとする。


「待っ──」


 自分が静止の声を上げるのと同時に、パッと銃口は火を吹き。

 瞬きも許されない間にバァンッ! と激しい金属音が鳴り響く。


 なんとか防いだ。

 大鎌に伝わる衝撃に手が少し痺れる。

 背中の大鎌をぐいっと押し込むように動かし、自分の横合いから大鎌の刃を回してきてなんとか防御したのだ。


 ひしゃげ潰れた弾が自分の足元にポトリと落ちて、カラカラと音を立てて転がる。


「ソフィーちゃん! 自分だよ! エリューだよ! 話を──」


 自分は声を上げる。戦わずになんとか乗り切れないかと足掻く。

 彼女に刃を向けることなんてしたくない。

 けれど。


 バァンと。

 返答は無慈悲な銃声だった。


 それを自分は大鎌でなんとか弾く。

 精神的にもきついが、自分の実力的にもきつい。

 正直集中して銃口の向いている位置を見定めないといけないからそう何回もは怪しいぞこれ……。


 そして6度目の射撃をいなした後、弾は途切れた。

 ガキッガキッという音がソフィーちゃんの拳銃から発されているいるのを確認し、弾切れだと分かる。

 その隙にまた自分は声を上げる。


「ソフィーちゃんに何をしたぁ! アギラァ!」


 自分は張り裂けるような声を上げて、アギラを糾弾する。

 あんな小さな子どもにまで手を出すなんて、そこまで外道だったか!


「ちょっと依代よりしろになってもらっただけだ。血縁・・だから上手くいくと思ったがなかなか。あぁ、お前を参考にしたんだぜ? 理論はできたがいきなり自分で試すわけにはいかねぇからな」

「依代? 血縁……一体何を────!?」

「とりあえず、こいつとりあってみろ、こいつぐらいキレイに抑え込めないと話にならん・・・・・だろ? そいつのことは戦いながらでも教えてやるよ」


 アギラから情報を引き出そうとするが、奴はあっけらんとした調子で自分に戦うことを強いてくる。話したかったらまず力を示せってことか?

 言っていることは分かるが、覚悟が定まらない。

 握った大鎌の刃は自分の心境を移したかのように、フラフラと揺れ動いていた。


『────、────』

「え、えーとこう?」

『あぁそうだ』


 そして『声』が聞こえた。

 最初は不鮮明に、次ははっきりと。

 ソフィーちゃんは何かと話している。どうやらそれの指示に従ってリロードを行っているようで、たどたどしくシリンダーに弾を詰めていた。


 察しはつく、おそらく彼女が握っている銃。

 あれにバロルみたいな精神が宿っている。ソフィーちゃんの異常な戦闘力もそれが原因だろう。

 そういうことでしょ?


『あァおそらくなァ。だが理屈まではァ分かんねェ』


 バロルから返ってきたのは肯定。だけど詳しいことは不明。しゃーないね、自分も自分のことよく分かってないし。

そうして自分らがあの『声』の正体を話し合っている間も、ソフィーちゃんはあの『声』と会話を続けている。


『よしよし、こうやるんだ』

「うんわかった!」


 その『声』の前では、ソフィーちゃんはいつも通り弾むような声音で返事をした。

 けれど目は澱んだままで──そのアンバランスさが不気味だった。


 そして彼女は魔銃を高々と、まるで見せつけるかのように掲げた。銃身をむんずと掴んでいて、引き金に指すらかかっていない。

 何をしようとしているのか皆目検討もつかず、自分はそれを眺めていた。

 次いでその手から魔銃がポトリと落とされる。


 重力に引かれ落下していく魔銃。


 そして意識の外にあった逆の手が、落下する魔銃を神速と掴むと同時に、引き金が引かれ、銃口が火を吹いた。


「ウっ!」


 ドォンという銃声と、したたかに殴られたような衝撃。

 その衝撃は自分の左肩から発生して、自分の身体をグイとのけぞらせた。

 何が起きたのかを数瞬後に理解する。

 撃たれたのだ。


「ッ! “岩よギー”・“障壁となれマチェリア”────《ロックウォール》ッ」


 次弾が飛来するより前に、地面を蹴りつけて回避行動を挟みながら稚拙な二節の詠唱。

 岩の壁を眼前に作り出した。

 

 じきに銃創が痛みだすだろう。その前に傷の状況を把握しつつ、自分に対策を講じないと。


「“疾風フルトゥナ”・“逆巻きジエレ”」


 詠唱しながら自分はさっきのシーンを振り返る。

 あれは何?

 撃ったのを認識するのと、被弾したということを認識したのは、後者の方が先だった。

 それぐらいのレベルの早撃ちだった。


「“硝煙弾雨をプロエリウム”・“隔つセパロ”」


 トリックショット? 変則撃ち? まぁ名前はどうでもいいか。

 あんなの予想できるわけない。

 銃口から弾の軌道を予想して防いでるから、あういうことやられるともう運を天に任せて動き回り続けるしかないじゃないか……。


「“旋風のトゥールベン”・“その目となれコンスピコール”」


 傷の状況は、左肩に一発もらって、左腕に一発かすってる。

この傷は、左手の動きに支障が出そうだなぁ。

 ってあの一瞬で2発撃ったのか……。2発目はどうやって撃ったのかすら分かってないぞ。

 まぁでも……とりあえず詠唱は終わった。


「────《バレットプロテクション》」


 自分の周囲でにわかに風がうねりだす。

 六節かけて唱えたのは、風を自身の周囲で渦巻かせて飛来物を逸らす魔法。燃費は悪いが、飛び道具使いにはグッと戦いやすくなるだろう。かわりに音が聞こえづらくなるから詠唱とかは読み取りづらくなっちゃうんだけど、その点ソフィーちゃん相手なら無用な心配だろう。

 ただ、ある程度しか逸らせないから被弾しなくなるわけじゃないし、もしかしたら風を読んで撃ち込まれたりする可能性もある。

 

 でもあんな曲芸じみた撃ち方、明らかにソフィーちゃんの技術じゃないし、舐めてかったらマジで風を読まれてなんてこともありえるかも。


 そう総括したところでゾクッとした寒気を感じた。


 自分の浅い戦闘経験でも感じる殺気。隠す気などさらさらない、いっそ無邪気とでも形容できそうなそれを岩越しに感じ取る。

 ダンッという踏み切り音が耳に届いた。


 遮蔽に焦れて、接近してくるか?

 そう思って自分は壁からパッ顔を出して、確認して、あちら側にはアギラの姿しか見えなかった。


 脳内に疑問符を浮かべた瞬間。

 頭上からタンッという軽やかな着地音・・・

 顔を持ち上げて、銃口と目が合った。


「こう?」


 実践したことを確認する言葉が、こんなにも空恐ろしいとは。


 ソフィーちゃんが岩壁の上へ猫のように着地したのだ。

 真上から銃口が自分を見下ろす。

 射撃武器に上を取られるなんて、明らかに不利。

 咄嗟にその場を離れようとしたが、それよりも引き金が引かれる方が早かった。

 バァンと、銃声が鳴り響く。


「ウッ!」


 被弾した。

 一応《バレットプロテクション》のお陰で狙いは逸れて、右腕に着弾。

 ヘッドショットされるよりマシとはいえ、確実な痛手だ。


 自分は大鎌の背を《ロックウォール》に押し付けるようにして、自分の身体を弾き飛ばして距離と取る。

 続く第二射撃は、引き戻される大鎌に巻き込んで弾く。


 そして第三射が来る前に、お返しとばかりに大鎌で地面を抉り巻き上げ、幾つかの石つぶてを巻き上げる。

 それは《バレットプロテクション》の旋風に巻かれて、まるで衛星のように自分の周囲を取り巻いた。


 そして石つぶての一つをその僅かな時間で選別する。

 大鎌の刃をポーンと蹴り上げて、くるりと縦回転させ、勢いをつける。

 いい感じに浮いている石つぶての一つに狙いを定めた。

 

「そぉい!」


 箒で掃き出すようにして大鎌の柄を振るう。

 コォンッという快音と共に、石つぶてがソフィーちゃんに向けてシュートされた。


 それに対してバァンという銃声。

 でもそれは自分を狙ったものじゃない。


「あぶないなぁ」

 

 攻撃したはずだけどソフィーちゃんはあっけらんとしている。

 飛来する石つぶてを撃ちおとしたのだろう。

 でも、まぁこれで仕切り直せたでしょ。


「あれを撃ち落とすんだ……銃を撃つだけが能じゃないだろうし、これは本気でやらなきゃね。ほんとはアギラ相手に使いたかったんだけどね」


 結構本気の攻撃なんだけどちゃんと対応してきたと感心する。自分は生まれた直後は有り余るスペックを活かしきれなかったけど、ソフィーちゃんはそうじゃないみたいだ。

 

 なら出し惜しみは無し、ソフィーちゃんだからって遠慮もしてられない。

 そうして自分はローブの内に刻まれた魔法陣の一つに魔力を流し込む。


 起動した魔法陣は、ローブの中でほどけて自分の身体に纏わりつく。

 身体を無数の蔦に締め付けられているような圧迫感。

 ローブごしに抽象化された血管のような紋様が浮かび上がる。

 その紋様はローブから這い出して、自分の指先まで到達し、更に大鎌の先までも伸びていく。


 魔力で編んだ強化外骨格。

 自分の身体を操り人形にように操作して、行動を強化し、負傷による影響を無効化する、不死の自分にはピッタリな魔法。

 だって多少無茶に動かしても後遺症とかないもんね。

 傷を負っている今ならリカバリーもできて一石二鳥。


 というわけでこの譲り受けた魔法の名前を宣言しよう。


「────《エグゾセンシヴ》」

 

 

 

数ヶ月ぶりに戦闘シーンを書いたのでかなり時間を食いました……、ちゃんと書けているでしょうか。


※5/20 詠唱の階位と魔法名が間違っていたので修正しました。

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