第七一話「尊い犠牲」
スパンが空いて申し訳ありません。
代わりと言っては何ですが今話はかなり長いです。
ゴーレムの巨躯が倒れ、パラパラと石粒が降り注ぎ、土煙が立ち篭める。
小さな礫が眼鏡や額にコッコッとぶつかってきる、慌てて、手で顔を覆う。
その中で自分は、それを引き起こした騎士の名前を口にした。
「シャヴァリーさん!?」
シャヴァリー・オランフォード。
二月前にアギラについての情報をもたらし、同時にアルコンさんのパーティーを『オーロラ亭』まで招いた、ヴォロス王国の騎士だ。
彼はその後、騎士としての任務で西に赴いていたはずだけど……。
助かったという安堵と何故彼がここにという疑問がないまぜになって、自分はどう声をかければいいか分からなくて、「なんで……」という歯切れの悪い言葉をこぼしてしまう。
それに対してシャヴァリーさんは意図を読み取り、順を追って説明してくれた。
「昨日、任務の帰りにこの街に寄ったんだけどどうにも様子がおかしいと思ってね、別の宿を見つけて様子を伺っていたところで騒ぎが起きてね、覗いてみれば見知った顔が2つ、しかもやけにピンチみたいじゃないか。これは騎士として見逃せないと助けに入った次第だよ」
「それはまた、……ほんと助かりました」
あのタイミングで彼が助太刀に入ってくれなかったら、今頃自分はゴーレムに潰されてぺちゃんこだった。
見ればそのゴーレムは盛大に地に倒れ、バランバランに砕けている。
あの強面コンビも倒壊に巻き込まれて伸びているみたいだ。意識があったら騒がしく突っかかってくるだろうし。
とするともう脅威はエリニテスだけになったといっても過言じゃない。
彼の参戦で勢力図は大分平衡へと動いたわけだ。
そこでアルコンさんが屋根から飛び降りてくる。
ぬけぬけと包囲の中に入ってきた形になるけど、まぁそこいらの冒険者さんでは残念ながら自分たちの相手にはならないだろう。
「シャヴァリーお前、助かったぜ」
「アルコン、久しぶりだね」
アルコンさんとシャヴァリーさんはごく自然にハイタッチをする。
同期だって聞いてたけど、想像以上にフランクな関係のようだ。
なんか気のおけない友人同士ってみたいでいいな。
「これは……、いや礼には及ばないよ。これでも騎士なんだから、手を貸さないわけにはいかないさ」
「そこは友人だからでいいだろ」
「その理由でいくとまた貸しを作ってしまうじゃないか、そういうのは嫌だろう?」
「……アギラのことを知らせてくれたのは感謝してるがよ」
そうした男友達同士の会話は唐突に打ち切られることとなる。
いつの間にか立ち込めていた土煙は晴れていた。
自分達は未だに冒険者さんに包囲され、エリニテスに見下ろされている状況に変わりはなく、そして何より。
「「「うぉおおおお!!」」」
その周囲の冒険者さん達が武器を振り上げて襲いかかってきたからだ。
突っ込んでくる人数は5人。いずれも近接職で、剣や槍が月明かりの下ギラリと輝く。
自分らはめいめいに迎撃に移った。
真正面から斧を振り上げ突撃してくる冒険者さんには、先手を打って一歩踏み込みながら大鎌を振るい、柄から先を切り落としてみせる。
そして勢いを維持したまま大鎌を頭上から背中にかけて回し、石突を真正面の冒険者の土手っ腹へと叩き込む。
シャヴァリーさんは、自身の左右から襲いかかってくる冒険者さんに対して肘からジェットを噴射してよろめかせながら、彼本人はその勢いで少し飛び上がりながら体をスピン。
次の瞬間、彼はコンパスのように足を広げて、よろめいた二人の顔面に蹴りをお見舞いしていた。
アルコンさんは剣を振りかざす冒険者さんを剣ごと、大曲剣でぶつかって力技で吹き飛ばし、更にその勢いで大曲剣をガチョンと大弓に変形。飛び上がっているシャヴァリーさんの下を通して、槍矢が自分の横にまで接近していた冒険者さんのメイスを弾き飛ばした。
自分は石突を突き出した姿勢から、首を軸に大鎌を一回転させ、冒険者さんめがけて大鎌の根本でのアッパースイングをお見舞した。
冒険者さんは見事な放物線を描いて5mくらい吹っ飛んで、2回ぐらいバウンドし、それきり起き上がってこなくなった。
それで水を打ったような静寂がやってきて、追撃が止む。
即席にしては結構上手くやれたんじゃないだろうか。
今の見事な迎撃に未だ包囲に加わっている十数人の冒険者さん達は、二の足を踏んでしまっている。
そして自分たちは背中合わせになって、先程の和気あいあいとした空気はどこかへ拭い去って、今必要な会話を始める。
「本気のシャヴァリーさんならここの全員を無力化できたり……?」
自分は淡い期待を込めてそんなことを聞いてみる。
「……冒険者諸兄なら伸してしまうこともできなくはないだろうが、あれは厳しいよ。あれは一体なんだい? 双子の姉妹にしてはあちらからは嫌に邪悪な気を感じるのだけど」
そういってシャヴァリーさんは顎で屋根の上を指し示す。そこにいるのは他でもないエリニテスだ。
自分と同じ貌で興味深そうに自分たちを見下ろしていた。あれはまるで値踏みをするような目。その対象はシャヴァリーさんだろう。飛び込んできたイレギュラーの評価の真っ最中といったところか。
アイツの実力は自分ら二人を相手取って「勝てない」と思わせるほどだった。
というか《言霊狩り》で魔法を実質封じておいて、大鎌捌きも卓越してるとか性質が悪すぎる。
シャヴァリーさんといえどあれの相手は厳しいと感じ取ったみたいだ。
「あれは死神です。本物の。ヒューゲンヴァルトを脅かす『大鷲』の黒幕がアイツです。自分と同じ貌なのは……その、色々あって」
「そうかい。僕が離れている間に……皆の様子がおかしかったのもそのせいか。帰ってきて叔母さんと話したときの嫌な違和感は正しかったわけだ」
そのセリフで自分たちが襲撃を受けた日に、どんな動きをしていたのかが伺い知れる。
今日の日中にこの街に返ってきたシャヴァリーさんは、自然な流れで叔母であるリエーレさんを訪ねてオーロラ亭にやってきたものの、そこでの会話で違和感を覚えて様子を見るために、今日一日オルゼに潜伏していたと。
これは有能ですね、うん。
今朝襲いかかってきたどこかの剣士さんとは大違いだ。
「どれほど僕の力が通じるかは分からないが、時間稼ぎ程度ならできるだろうさ」
そうして自分が心中でアルコンさんへ皮肉を効かせていると、シャヴァリーさんはなんとも勇ましいことを仰った。
「街の西門には僕の馬が繋いである。アルコンなら顔見知りだろうから乗せてくれるはずさ」
そして逃走手段まで周到に用意してあるという有能ぶり。
でもそうすると、自分たちは彼をこの死地に残していかないといけないということになってしまうのだが、そこら辺は何か考えがあるのだろうか?
自分はおずおずと聞いてみる。
「シャヴァリーさんは……?」
「僕はこれである程度なら飛べるからね」
返事として彼は自身の手甲を主張してくる。
磨き抜かれた銀色に光るガントレットは肘までを覆っていて、肘部には赤と緑二種の魔法陣が展開されている。
そこで自分の頭に彼と別れ際に交わした会話がポンッと思い起こされた。
ジェットパンチとか、そんなこと言ってたなこの人。
そのときはどんなロマン武器だよって思ったけど、これのことか。
おそらく火と風の複合魔法だろう。今度マネしてみるのも面白そうだ。
さっきの隕石と見まごう攻撃もこれの速力で繰り出されたのだろう。あれならば確かに逃げるのに不足はなさそうだ。
だけど、それだけじゃエリニテス戦うのには分が悪い。
《言霊狩り》で魔法を封じられれば、彼自慢のガントレットも十全には働かなくなってしまうだろう。
そうなれば、あとは『魔言』で彼も操り人形にされてしまう。
「シャヴァリーさん。奴は──」
自分はそのことを彼に忠告しようとした。
その途中で、グイッと自分の腕が引っ張られる。
振り返ればアルコンさんの手が自分の二の腕をむんずと掴まえていた。
「エリュー行くぞ」
自分は耳を疑った。
彼は焦っているのか、早く行くように再度腕を強く引っ張られる。
それにつられて、自分はアルコンさんの駆け足に歩調を合わせてしまい、取り巻きからの距離がいくらか遠のく。
それと同時にシャヴァリーさんが飛び上がった。
彼は肘から火炎を吹き出し、三角飛びと合わせて瞬く間に屋上にまで登って行ってしまう。
まだ《言霊狩り》のことを伝えてないのに!
「アルコンさん、彼は……!」
「あぁ、知らねぇだろうな。だから都合がいいぞエリュー。離れてその眼で見とけ。おそらくあの死神は使うぞ」
「どういう……、いや……、そういうことですか」
自分はアルコンさんの考えていることを察する。
その選択はあまりにも薄情なものだ。
彼はシャヴァリーさんを囮に『魔言』のデータをちゃあんと取ろうと言うのだ。
アルコンさんに向けて発された『魔言』は壁越しであったがゆえに不完全にしか記録できていない。
シャヴァリーさんは相当の実力者でかつ、『魔言』に耐性を持っていない。
ならばエリニテスはシャヴァリーを自らの駒にしようと『魔言』を使用するだろう。
その瞬間を自分の『映唱の魔眼』で捉え、この眼鏡に記録する。
それをユークさんに送り届ければ、魔言攻略は確実に前進をするはずなのだ。
けれど……。
「そんなこと、あんまりですよ……」
「どっちみち誰かが足止めしなきゃなんねぇんだ。これが一番自然だ。それにあの死神の言によれば魔言に囚われればいずれ生贄コースなんだろ? そりゃ逆に言えばただちに今死ぬことはねぇってことだ。その猶予の内に、『魔言』をどうにかしちまえば円満解決だ。そうだろ?」
アルコンさんはそうして非情な理論を振りかざしてくる。それは結果だけ見れば円満解決と言えるけど、そもそこに辿り着けるのかも不明瞭な現状なのに……。
でもやっぱり、自分にはそれよりいい案なんて浮かばない。
自分は下唇を噛む。
誰かを犠牲にしないと生き残れない自分が不甲斐ないと同時に新たな不安が噴出する。
「でもそうなると、彼のその、ジェットがこっちに飛んでくるんじゃ……」
彼の機動性は特筆に値するレベルで、仮にスムーズに彼の馬へとたどり着けたとしても、その馬にすら喰らいついてきそうだ。
それについて何か考えがあるのだろうか?
「それについては考えがある、心配すんな」
「えー、大丈夫ですか……?」
やけに自信ありげにアルコンさんは言い切ってくれる。
そりゃ知り合いだから対処とか容易なのかもしれませんけど。
今さっきエリニテスにしてやられた想定外からどうしても不信感が募ってしまう。
「──分かりましたけど……」
うだうだ悩んでいる余裕はないからして、自分はよく考えももせずこの案を飲み込んでしまう。
大丈夫かなぁと一抹の不安を覚えながら、自分は大鎌を振りかざして冒険者さんを威嚇しつつ、屋根上で繰り広げられる戦闘からできるだけ離れるために街路をひた走った。
◆
そうして自分達はあの戦域から十分な距離を取ることができた。
「うわぁ……レベルたっか」
ここはさっきの場所から500mほど離れた屋根の上。
視線の先ではオルゼの屋根屋根を舞台にシャヴァリーさんとエリニテスの戦闘が繰り広げられている。
自分は眼鏡越しに目を凝らす。シャヴァリーさんにあつらえてもらったこの眼鏡には望遠機能も備わっている。自分の魔眼の仕様上、遠見がサッとできると盗聴に便利だからだ。
それであちらの戦闘を観戦しているわけだが……。
戦闘のテンポが恐ろしく早い。自分と違って魔法を差し挟まない戦闘だからだろうけど、だとしてもあの戦闘に加勢しようとか、そんな気は微塵も起きないレベル。
まぁ見てるだけで格闘と大鎌の参考になるし、シャヴァリーさんへ『魔言』がかけられる決定的シーンも目撃しないといけないからね。
ちなみにアルコンさんは少し行ったところでシャヴァリーさんの馬の調達と、夜ゆえに締め切られている街門をどうにかして開けてもらう手筈になっている。
『エリューどうだそっちの様子は?』
ちなみにアルコンさんと自分は契約関係なので、念話で会話ができる。
魔力は消費するが、同じ街の中程度の距離なら微々たるもの。さすがに何キロも離れると相応の魔力消費になるけどね。
『シャヴァリーさんは押しとどめてくれていますが……、いや意外と競ってますね』
自分は向こうの戦闘を眺めながら、戦闘の趨勢をそう評した。
その戦闘には目にも留まらぬという言葉が相応しいだろうか。
シャヴァリーさんはジェットを吹かせて一瞬でエリニテスに肉薄したかと思えば、いくつもの殴打かはたまた蹴撃が見舞われ、また一瞬で離脱し、ジェットでブレーキをかけて舞い戻ってくる。見事なヒット&アウェイだ。
それに対してエリニテスは、大胆にも大鎌を後ろに引いたような構えをし、最小限の動きで躱し、弧刃で弾き、あるいは石突で合わせて、見事に対応していく。
『あの化物にか? 刃を合わせたから分かるがあれとまともに近接戦できるとはにわかに信じられないんだが』
『自分も同じ意見ですけど、シャヴァリーさんの場合は相性がいいのかもしれません』
最悪相手にもならない可能性すらあったけど、全体の流れとしてはシャヴァリーさんが優勢に見える、武器の相性的には懐に潜り込めば彼の方が有利なのかもしれない。その尋常ならざる移動性能でクロスレンジに持ち込むのはさして苦労していなさそうだ。
だけどその状態でもエリニテスには有効打を与えられていないようなのが少し気がかりだ。
まるで遊ばれているような……。
『バロル。死神ってどいつもこいつもあんなに大鎌の扱いに精通してるモノなの?』
戦闘の行方を見守りながら自分はバロルに問いかける。
自分だって一応死神なのにそういった戦闘技能は一切受け継がれておらず、人間の少女エリューの才能を延長してここまで来た。もしかして死神というものがああも素晴らしい大鎌の技量を持ち合わせているとしたら惜しいものを無くしたことになる。
『ァー俺様は、戦闘向きの異能があったからなァ……、それに対して大方アチラさんはァ『魔言』とかいう絡め手ェしか持ってなかったからァその分、大鎌の練度が高いんだろォ』
そっかぁ。アイツが特別巧いのね……。
にしても達人すぎでしょ……。武人レベルだったらたぶんロッシさんに匹敵するよあれ。
そう自分が理不尽さを押し殺して納得した瞬間、あちらの形勢が傾いた。
ラッシュの最中のシャヴァリーさんの拳が下からニュルンと滑り込んできた大鎌の石突に掬い上げられる。
次いでエリニテスは大鎌をグルンと回して下から大刃の追撃。
それをシャヴァリーさんは半身になって躱し、ジェットを吹かせて体を回転させ、超高速の裏拳を叩き込む。
対してエリニテスは縦回転させた刃を顔の横にまで持ってきてそれを受け止めた。
更にその衝撃を利用して、屋根を滑るようにして10mほど距離が開いた。
間髪入れずに、シャヴァリーさんは追撃にジェットでかっ飛ぶ。
拳を引いてからジェットを吹かし、全霊の一撃を。速度としてはさっきのゴーレムを倒壊させた一撃にも等しいだろうか。
叩き込めれば奴の華奢な体では耐えられないだろう。
そんな期待が自分の中に湧き上がり、そして。
彼の拳が大鎌の外弧に受け止められて、その期待が霧散する。
こぶしは大鎌の輪郭を滑って、それに追従してシャヴァリーさんの体も流れていく。
先程のアルコンさんと同じような防がれ方だ。
だけどシャヴァリーさんはそれをただの隙にしなかった。
流れる体を押しとどめ、その場で小ジャンプ。
空中でジェットを発動させ勢いを殺しつつ、彼の体がスピンする。
放たれるは頭部狙いの鋭いキック。
だがそれすらもエリニテスには届かない。
蹴りにかち合ったのは大鎌の石突。
捻り込むように大鎌の石突が奴の背面からビュッと突き出され、シャヴァリーさんのつま先とカチ合っていた。
シャヴァリーさんの奇をてらった切り返しに対しての、エリニテスの変則迎撃。
いくらジェットの勢いがあるとはいえ、地に足をつけているのと、不意の一撃だったのが手伝って、シャヴァリーさんが押し負ける。
そして彼の体は少し離れた位置にダンッと無理な着地を強いられる。
しかも屋根の傾斜も相まって、彼は体勢を崩してしまう。
それを見て、エリニテスは攻勢に出た。
一瞬ググッと力を溜めて、前方へ飛びかかる。
大鎌を構えシャヴァリーさんめがけて、右から左へ。彼は辛うじて反応をし、器用に後転をしてそれを躱した。
だがエリニテス右に傾いた屋根の傾斜に着地し、崩れる体勢を大鎌のスイングで相殺、ダンッと再び一歩踏み込みながら大鎌を振るう。
完全に奴のペースになってしまっていた。
あらゆる角度軌道で円を描く大鎌は、恐ろしい速度でシャヴァリーさんを切り刻まんとし、それをシャヴァリーさんはガントレットで打ち据えて一回転一回転を防御していく。
その攻防はまるで踊っているようであったし、事実月光の下、白刃が煌めく光景は美しくもあった。
そして何より、エリニテスの大鎌演舞は美しかった。
例えば、剣ならこう振る、槍ならこう突くというお手本がというものがあるとしたら、今のエリニテスの大鎌捌きはまさに、「こう振るう」のだと、そういう完成され術理の宿った一連の動作。
それを自分は食い入るように見つめた。夢中になっていたと言ってもいい。
その全てを見て、嚥下していく。
そうして最高の「お手本」を見ながら、同時に自分は不安を募らせる。
断続的な金属音。
そのどれもが、エリニテスが攻め、シャヴァリーさんがいなすことで発生したもの。
未だにターンは返ってこない。
あまりの猛攻にシャヴァリーさん自慢の足が封じられてしまっているのだ。
結果防御・回避に徹することしかできず、反撃を差し挟む隙すら見つけられない。
そしてエリニテスは詰めにかかった。
車輪が如く大鎌は回転する。
それを奴は足をつけている屋根へと深々と突き刺した。
来るはずの刃が来ない。
シャヴァリーさんの防御がスカされる。
回転の勢いはエリニテスの体へと伝播する。
サマーソルト。
エリニテスの体が宙返りする。弧を描く爪先がシャヴァリーさんの顎を捉えた。
シャヴァリーさんの体がふわりと浮き上がる。
顎からの衝撃は脳に響く。もしあれで意識を刈り取られていたら……。
自分は最悪の想像をしてしまう。
そして予定調和のように着地したエリニテスは、突き刺した大鎌を引き抜きながらフロントステップ。
先行するエリニテスの体に追随する大鎌の刃。
無防備なシャヴァリーさんの胴体へと刃が迫る。
シャヴァリーさんは真上へとジェットを噴射した。
叩きつけられるように、着地。
そのままの勢いでほぼ匍匐するような体勢にまで屈む。
彼のほんの数cm上をエリニテスの大鎌が通過する。
そして先程のリベンジとばかりに彼は片方だけのジェットを噴射。
その勢いで足元を根こそぎ刈り取るような足払いを見舞う。
先程の意趣返しとばかりにエリニテスの体が浮かされる。
まさか避けられると思っていなかったのだろう、無防備な滞空だ。
こうなれば、やはり追撃するしかないでしょう。
いっちゃえシャヴァリーさん!
拳がエリニテスの腹へと突き刺さる。
ジェットが真っ赤に燃え盛る。
だがその腕は振り抜かれなかった。
何故と思っている内に、シャヴァリーさんはつんのめるようにして身を屈め、ジェット勢いはそのままに拳は足下の屋根に突き刺ささる。
中途半端なインパクトを受けたエリニテスは、表情を歪めながらも、15mほど離れた対岸の屋根に着地した。
ダメージはさしたる量でもなさそうな感じだ。
何があったのか疑問に思った自分は、情報を得るために、つまりあちらの会話を聞くために『映唱の魔眼』を発動させた。
眼球が熱を持ち、右眼が波の世界に誘われる。
遠見の魔法と合わせて、あちら側の様子を伺うと、ちょうどシャヴァリーさんとエリニテスは街路を挟んで、会話を始めた。
「やるじゃない。それに反応できるのはホンモノよ」
「殴り飛ばされながら反撃してくるとは思わなかったよ。寸前で気づけなかったらと思うとゾッとするね」
「色々と虚が突ける武器なのよ。大鎌って」
シャヴァリーさんの言葉で何が起こったのか自分は察する。
エリニテスは殴られながら大鎌の刃をシャヴァリーさんの首めがけて置いたのだ。
そうなればエリニテスのは吹き飛されるに任せて、大鎌の刃が追従してシャヴァリーさんの首が跳ね飛ばされる寸法だった。
それを超反応で察知したシャヴァリーさんは、攻撃の最中に屈むことで致命傷を回避した。
だがそれで攻撃が不完全になり、エリニテスに大したダメージを与えられなくて今に至るってところか。
実は自分も一度考えたことはあるけど、そんな超反応できないと諦めていたカウンターだ。
そうして自分がさっきの攻防の全容を把握したところで、あちらの会話は不穏な方向へと向かっていた。
「あなたとっても素早いのね? 残り少ない最高級の『魔言』あなたに今使うのも悪くなさそう」
「『魔言』? なんだそれは──」
シャヴァリーさんが見知らぬワードを怪訝そうに聞き返す。
それに対してエリニテスはだまって彼の目を見つめて、蠱惑的に微笑んだ。
あぁ始まるんだ。
『あなたは思い違いをしている。死神は逃げた方のエリューよ』
そして『魔言』が発される。
自分は眼を凝らす。
これから起こる全てを焼き付けんと、瞬きを忘れて目を見開く
そして自分の眼がその異常な波を捉える。
『映唱の魔眼』で例えば魔法詠唱を視認した場合、空中に描き出される本来不可視のはずの魔法陣とそこからもたらされる魔法効果の未来予測を視ることができる。
なら今回はどうなっていたか。
エリニテスの口から発される波が同心円状に広がる。
それがシャヴァリーさんに達した瞬間、彼の体全体を覆い尽くすように、細い線で描かれた魔法陣が顕れた。
その魔法陣は、自分のこれまで見た魔法陣の中で最も密度が高いものだった。
まるで絡まってわだかまった糸のように、理解が馬鹿らしくなるほど複雑で精緻で乱雑で高濃度で。
だがそれが何かの意味を持ったものなのだと、それだけは理解できた。
あれを見ているだけで眼球を指で直接押さえつけられているような、すぐにでも目を背けたい感覚に苛まれる。
そして十重二十重もの魔法陣はまるで見えない指にグリグリとねじ込まれるようにシャヴァリーさんの耳から頭のなかへと押し込まれていく。
その光景は何百匹もの虫の群れが耳朶に殺到しているかのようだ。
あんな密度の魔力が頭の中に入ったら、無事ではいられるわけがない。
身の毛もよだつような光景。
あれが『魔言』。
そうして頭の中へ入り込んで、脳味噌に直接魔法陣がへばりついて、認識を改ざんするというわけだ。
そのものの理解はできなかった。
でもユークさん謹製の眼鏡はこの現象をしかと捉える。
自分の見ている光景を、眼球に刻んだ魔法陣から眼鏡に記録する。
眼球が熱を持つ、眼鏡のフレームの辺りからカリカリカリという筆記音のようなものが聞こえてくる。ちゃんとユークさんの術式は機能しているみたいだ。
縫い付けられたように、頭を犯されるシャヴァリーさんを見つめ続ける。
そして。
「あぁ、僕はなんて思い違いを……」
まるで演劇のような、熱に浮かされたトーンでセリフが吐き出される。
そのセリフから、シャヴァリーさんが魔言に囚われてしまったことが分かってしまう。
実際に目の当たりにするとあまりにもふざけた能力だ。
いつの間にかエリニテスは彼の傍らにあって、それをシャヴァリーさんは咎めようとしない。
「ふふふ、いいのよ。でもそれならやって欲しいことがあるのだけれど」
「──分かっているさ!」
そう言うやいなやシャヴァリーさんは屋根を蹴り、自分の拡大した視界から消え失せる。
僅かにジェットの火線だけが確認できた。
「ッ“解除”!」
自分は慌てて眼鏡の望遠機能を切って、1倍の視界に戻る。
そうして眼球を左右に動かせば、シャヴァリーさんはすぐに見つかった。
彼はジェット混じりの高速パルクールをして、まっすぐこっちへ突っ込んできていたからだ。
屋根を蹴り、壁を蹴り、街路を飛び越えて、その姿は街を縦横無尽に飛ぶツバメのようだった。
距離は500mくらいあったと思うんだけど……みるみる内に距離は縮まっていく。
おそらく3分もかからない内にここまで到着するだろう。
正直本気のシャヴァリーさん相手に自分は太刀打ちできないと思う。
あのレベルの近接戦を仕掛けられたら呼吸一つを取っても予断を許さない状況になるし、だとすればのんきに詠唱する暇もなくなってしまう。
魔法無しの自分とかただの珍しい武器を振り回せるだけの少女だ。
たまらず自分は情けない声を上げて、アルコンさんに助けを求めることになった。
『アルコンさんヤバイです!シャヴァリーさんがこっちに……』
『あぁ、そうだろうな』
『そうだろうなって……何か手があるんですよね!?』
『あぁ』
『じゃあそれを! 早く』
『おう、────しまった!』
『はいぃぃ!?』
なんですか、すっごい不安げな音声が念話されてきたんですけど!
イレギュラーですか!
そうして自分は何度か『アルコンさん!』と呼びかけるも、彼はそれきり二の句を返してくれない。
対してシャヴァリーさんの姿は豆粒ほどだったのが親指の爪ほどまで近づいてきている。
は、早くしてください……!
そうして焦れる自分などお構いなく、シャヴァリーさんはどんどん近づいてきて……。
「謀ったな死神!」
「それこそ勘違いですよ!」
遂にシャヴァリーさんに声の届く距離まで近づかれてしまう。
まぁ彼は現在進行系で謀られているわけですけどね。
なんて皮肉を喉元で押し戻し、仕方なく大鎌を構えて、彼の攻撃を迎撃せんとする。
そして彼は自分の一つ向こうの屋根をダァンッ!と力強く蹴りつけた。
飛び上がったシャヴァリーさんは右手をグイッと後ろに引く。
目をカッ開いて彼の拳を迎撃せんと、大鎌を構える。
刃の内側に自分の体を置いて、刃の外弧で受け流そうとする。さっきのエリニテスのを参考にね。
体感時間が何倍にも引き伸ばされる。
飛び上がったシャヴァリーさんの体は、まるで天井から糸で吊るされているかのように、緩慢と浮かんだまま。
まだかまだかと瞬きを忘れてつぶさに彼を見る続ける。
そして彼のガントレットが火を吹いた。
その瞬間。
彼は撃ち落とされた。
例えるなら、平手で蝿を叩き据えたかのような、そんな風に撃墜された。
彼は左へ叩き飛ばされ、錐揉み回転しながら、自分達を隔てていた路地へ落ちていく。
少なくとも自分の目にはそういうリアクションに見えた。
空中にいたシャヴァリーさんが、右方からの攻撃で撃ち落とされたのだと。
ただ不可解なのがその攻撃そのものがまったく見えなかったことだった。
この攻撃の主はおそらく……。
『──エリューどうだ!?』
『……まさか今のはアルコンさんですか? よく当てましたね……』
今の状況で助けがあるなら、前フリをしていたアルコンだろう。
でもまさか、あんなひっきりなしに動き回るシャヴァリーさんに槍矢を命中させるなんてと感心してしまう。
『あー褒めてくれるのは嬉しいが、そっちの想像とは違うからな』
「え?」
じゃあどうやったのだろう?
自分は首を捻る。空間魔法でなんかしたのかな?
『さっきのアイツのガントレットにマークを打ち込んでおいた。それを起点に槍矢を送り込んだ。仕込みさえあれば必中だ』
さっき、というとそういえばシャヴァリーさんとハイタッチしていたような気がする。友好的な状態で接近していたからこその技ってことですね。
……ん? でもアルコンさんは第二階位を奴に刈り取られたままなんじゃ……? 第一階位でなんとかできるもんなのだろうか?
『ただエリニテスに第二階位を刈り取られたせいで、クソ長い詠唱と魔法陣を併用して無理やり第一階位で行使したからこうも時間がかかっちまったが、まぁこうして話聞けてることからするに間に合ったんだろ?』
『あーはい、あとコンマ一秒でしたけど』
自分の疑問は次のアルコンさんの言葉で氷解する。
空間魔法の第一階位なんて、視界を歪める程度が関の山。それで空間を繋げて二の腕ぐらいの物体を転送する魔法なんて相当の無茶な運用だろう。
それこそ今さっきのまごまごしてた時間がそのまま詠唱時間だとしたら十何節も詠唱していることになる。時間的にも魔力消費的にも相当コスパ悪い運用だ。
まぁ、その詠唱が一節でも長かったら、あのジェットパンチが襲いかかってきていただろう。
ほんとギリギリだった。
『でも助かりました。彼の相手は自分には荷が重そうでしたし』
『おう、まぁ無事で何よりだ』
ふぅ、と自分は一つ息を吐く。
危機は去った、よね? いやまだ確定したわけじゃないか。
シャヴァリーさんが本当に戦闘不能になったのか、彼の命に別状はないのかと、二重の心配をして、自分は屋根縁から、街路を見下ろす。
そこには石畳に体を投げ出すシャヴァリーさんの姿があった。
気配を察してか、彼はこちらを睨みつけてくる。
バッチリ意識がある、死んでない。おっけー。
彼は有に3階分の距離プラス跳躍分で15mぐらいを落ちたわけだが、そこはさすがと言うか、どうにか受け身を取ったのだろう。
だが五体満足なわけではない。
彼の右腕は自慢のガントレットごと槍矢に貫かれていた。
これでもうジェット片方は機能しないだろうし、何よりかなりの怪我だ、追撃の心配はほぼなくなったと言える。おっけーですね。
『死んでない……ですね、よかった』
『あぁ、ガントレットを砕くように撃ったから、腕はイッてるだろうが命に別状はないだろ。あのジェットがなけちゃ流石に追いかけてはこれないだろ』
『おそらく、そうですね』
『じゃあ、こっちはどうにか足も確保できた。とっとと来てくれ』
『はい、りょーかいです』
作戦は成功した。
だがまた一つ犠牲が出てしまった。
「すみません。必ず助けます」
シャヴァリーさんにというよりは、自分にそう言い聞かせるためにそんなことを呟いた。
まだ取り返しはつく、けれど、自分たちが何もできなければ、シャヴァリーさんや血盟のみんなが悪魔共に喰われてなくなってしまうかもしれない。
その事実が重く重く肩にのしかかる。
けれど今更逃げることはできない。
これは自分が始めたことだ。
全てを投げ出して逃げても、同じ貌の死神が、大鷲の名を冠する狂人がいる限り、自分に安息はないのだ。
今夜エリニテスからは十二分に収穫があった。
奴の目的・異能・戦闘力などかなりのことが明らかになってそれを無事に持ち出せた。
次に用があるのはアギラ・ダールだ。
ソフィーちゃんと一緒に、かつてのリッチーのアジトへと向かった奴へ詰問してやる。
自分がここ数日で急激に強くなったのは奴に打ち勝つためだ。奴の対策はこれでもかと詰め込んできた。
ひとまず情報をユークさんに渡したら、予定通りアギラのところへも威力偵察へ行くことになるだろう。
シュテロンで奴と密会したときに言い渡された「一週間後」まで猶予はあと2日だ。
馬もちょうどよく調達できたし、ギリギリ間に合うだろう。




