第七十話「ゴーレム」
ランプのオレンジ光に照らされた室内から。
青白い月明かりに照らされたオーロラ亭の屋上へと。
「アルコンさんっ、アルコンさんっ。大丈夫ですか?」
「う……あぁ、突然打ち合わせもなしに……ここは屋上か?」
「はい、槍矢に仕込まれてやつで、あれならさすがに刈り取れません」
「なるほどな……」
混乱から戻った回復したアルコンさんはすぐに現状を理解してくれた。
アルコンさんの槍矢。
あれには二つの魔法陣が刻まれている。
一つ目は《リープジャンプ》。
槍矢を突き刺した位置に瞬間移動するアルコンさんの十八番だ。
まぁ今は《言霊狩り》で使用不可になってるけど。
そしてもう一つ、《スカイフォール》という魔法陣が刻まれている。
これは槍矢を敵に掴まれ、魔力を流し込まれたときの対策としてオリヴィエさんが刻んだものらしく。
普通よりかなり高い閾値に設定してあるその魔法は、起動者を直上の座標に強制転送するというもの。
アルコンさんとの初戦闘では、これに見事にしてやられてなし崩し的に空中戦になったんだけど。
今回はこれを使って、自分の部屋からオーロラ亭の屋上まで瞬間移動したわけだ。
「とりあえず、《リープジャンプ》は使えませんよね?」
「あぁ、じゃあ……」
「自分らの足で外に出るしかないですね」
自分は今一度ロケーションを確認する。
現在地は夜明けのオーロラ亭屋上。3分もかからない内に追っ手がこの屋上にやってくるでしょう。オーロラ亭は街の西側に位置してるので、素直に西門へ逃げるのがいいかな。
「────、────!」
そこでオーロラ亭が騒がしくなっていることに気づく。
寝ていた冒険者達が起きたのだろう。
自分はフェンスに駆け寄り、下を覗き込んだ。
円形広場に面したオーロラ亭の窓にポツポツと明かりが灯っていく。
バッとドアが開かれ、数人の冒険者さんが円形広場に飛び出てくる。
その中には、件の強面コンビの姿もあった。そうだあの人達もいたな。
下に降りるのはダメだ。
ならば、と自分が見据える先には、オーロラ亭と同じく円形広場に面する建物。そのオレンジ色の屋根。
余裕はいくばくもない。
そんな映画みたいなことやりきる自信はないんだけど、しゃーない。
「屋根を伝って逃げましょう!」
「あぁ、それしかねぇか……!」
自分らは一も二もなくフェンスに足をかけ、一階分低くなっている隣家へと飛び降りる。
一瞬の浮遊感の後。
着地。
体が右に傾ぐ。
屋根に傾斜がついているせいだ。
ヤバ、転がり落ち……!
「うわぁっ……と。ありがとうございます」
「おいおい、そんなことでヘマこかないでくれよな」
アルコンさんが手を掴んで、なんとか滑落は阻止してくれた。
グイっと引っ張られ立ち上がる。
その瞬間。
「いたぞー!!」
ビクッと体が跳ねた。
自分はまるでビンタでも食らったかのようにと声の方向へ首を回す。さっきまで自分らがいた屋上へと。
そこには冒険者さん。
フェンスから身を乗り出し自分らの居場所を声高に知らせてしまう。
「くっそ……!」
自分達は足場の悪さも忘れ駆け出す。
オレンジ色の屋根材をダンダンッと踏み進んで、次の建物へ次の建物へと飛び移っていく。
建物ごとに変わる高さ、角度。
天窓や煙突、あるいは屋根や建物の形そのものが障害物となってスムーズな逃走の障害となってくる。
パルクールって素人がするもんじゃないね!
自分達は、ざわめき出す冒険者さん達に姿を晒しながら、円形広場の外周縁上を飛び移って、西門へと続くストレート上の建物へとパルクールを続ける。
そうして5か6ほどの屋上を渡ったところで、後ろからゴリゴリゴリッッ!という轟音が響いてきた。
まるで石が擦れあっているような音だった。家くらいの大きさの石臼があればこんな音を轟かせるだろう。
明らかに自然の音じゃない。
「何の、っ音……?」
「なんだろうな……とりあえず逃げちまおう。そうそう追ってはこれないだろうさ」
アルコンさんの言葉に頷いて、なるべく考えないようにして、次の屋根に飛び移る。
けれども間を置かずにゴッゴッゴッゴッと規則的な、まるで足音のような音が聞こえだした。
その音はどんどん近づいてくる。
それに比例して自分の中の恐怖心が膨れ上がっていき、後ろを振り向きたい欲求に駆られる。
「アルコンさん……」
「走れ! 今はそれしか──」
自分らは一段低くなった屋根に飛び移る。
瞬く間にオレンジ色の屋根が迫ってくる。
着地をミスらないよう体重を左方向にかけて、屋根の形に合わせて右足から着地する。
その瞬間。
後ろの建物の3階が吹き飛んだ。
背後からけたたましい破砕音
建材がパラパラと自分に降りかかる。
思わず自分は振り返った。
そこにあったのは灰色の腕。
「え、なに」
自分は一瞬理解ができなかった。
けれどその巨大な手が建物の3階部分を削り取ってしまったことで、皮肉にも視線が通った。
それはゴーレムだった。
3階建ての建物とほぼ同じ身長の巨大なゴーレム。
体内に石畳らしきものを大量に巻き込んでいることから、それは円形広場で作られたものだろう。
先程の石の擦れ合う音はそういうことだったのだ。
そして自分はこのゴーレム使いのことを知っていた。その相棒の存在も。
「ブルートさん、ゲオルグさん……」
「こりゃあ……ゴーレムか、でかいな……」
血盟員の中でも指折りの実力者コンビ。
ブルートさんがゴーレムに乗り込んで操作し、その上にゲオルグさんが搭乗して火属性の魔法で砲撃してくる戦法を得意としている。
ブルートさんゴーレムの胸部に半ば埋没するようにしてゴーレムの操作を行っていて、ゲオルグさんは肩に器用に乗って杖を構えていた。
その戦闘スタイル、ロボかよ! って突っ込みたくなるがそれは今はおいておこう。
そのゴーレムロボは今度は腕を振り上げた。
パラパラと瓦礫が腕から落ち、月明かりが遮られ影が落とされる。
まっず……!
自分とアルコンさんは足をもつれさせながらも隣の建物へと飛び移ると同時。
雷みたいな音がして、拳は振り下ろされた。
家屋が揺れる。押しのけられた空気が髪をバタつかせる。
見れば自分らがさっきまで立っていた建物は噴煙を拭き上げていた。ペチャンコだろう。
その噴煙の中からゴーレムロボは手を引き抜く。
操られているからか街への被害など一切考慮していない攻撃。
中の人は無事なのだろうか。
自分は惨状に心を痛め、歩みを止めてしまう。
「おいエリュー!」
「あっ」
アルコンさんに手を引かれる。
我に帰った。
そうだ。今は自分の身を心配をしないと。
そしてこのままじゃあいずれ捕まってしまうし、放置しておけば街への被害が馬鹿にならない。
なら方法は必然的にこうなる。
自分は走りながら、背の大鎌を掴む。
見やればアルコンさんも大曲剣をガチョンと大弓に変形させるところだった。
こいつを迎え撃ってやるしかない。
アルコンさんは次の屋根へ飛び移りながら、空中で方向転換。弓に槍矢を番える。
屋根をザザザー!と滑りながら、迫りくるゴーレムを真正面に捉え、勢いを保持しながら弦を引く。
ギリギリという弦の緊張音がこの騒々しい中でも聞き取れた。
照準はゴーレムの主であるブルートさんか。
間髪入れずに一射。
それに対してゴーレムはゴーレムにあるまじき速さでサッと腕を動かし、胸部をガードする。
槍矢は大腕へ吸い込まれるように突き刺さった。
それだけだ。
そう上手くはいかないとは思っていたけど、やっぱりだめか。
「反応がいいな……」
自分もアルコンさんと同じ感想を抱いた。
始めてみたけど、直接操作型のゴーレムはあんなにも機敏に動けるものなのかと舌を巻く。
ほとんど人間と変わらない動きじゃないか。
可動性を重視している分、強度はないはずだけど、いかんせんモノがでかくて人の手で持てる武器でちょっと小突いた程度じゃダメージになってくれない。
だから魔法でと思ったところで。
ゴーレムは腕を横に伸ばした、ちょうど自分らが走ってきた屋根を撫でつけるように。
何を……? と思ったところで。
一歩。
ゴーレムが足を進める。
一歩分。
大腕が屋根を薙ぎ払う。
そしてゴーレムは走り出す。
バキバキと屋根が砕け巻き込まれ、まるで土石流のような様相を呈しながら、ゴーレムが迫ってくるのだ。
ひぇええ……怖すぎる!
自分たちは脱兎の如く、逃げ出した。
巻きまれれば死!
だけどあれをなんとかする方法が自分にはないこともない。
というかなんとかしないと死!
「……じ、自分がやります……」
「おぉ! まじか!」
オルゼのデコボコした屋根を擦り切りながら迫る大腕。
それに追われながら、自分は喉に魔力を集め、更に魔法陣を展開する。
詠唱と魔法陣の同時運用。魔力消費はマシマシだけどユークさん曰く0,5階位相当の威力向上が見込める。
「「“この手に武器を”・“巨人の”・“首を”・“断ち落とし”・“雲をも分け”・“水をも割く”・“到達者の”・“刃を”・“この手に振るおう”」
詠唱を完遂する。
月明かりに照らされた大鎌の刃に魔法陣が纏わりつき、それが解けると刃は今研がれたばかりのように剣呑な輝きを放った。
「────《マスターブレイド》」
発動させたのは“土の第二階位”と“空間の第に階位”の複合魔法。
自分の持っている武器の切れ味と切断範囲を飛躍的に向上させる魔法。
達人が自分の武器より大きいものを一刀両断したりすることがあるけど、あれができるようになる魔法だ。
つまり。
自分は次の屋根に飛び移るためにジャンプして、その最中で大鎌を背から取り外した。
くるりと自分の側面で大鎌を回転させながら体を捻って振り返る。
「名付けるなら……《亜形ラグラン流大鎌術》ってとこ?」
図々しくもロッシさんの弟子を名乗らせてもらう。
彼ならきっと魔法なんてなくてもこの状況を切り抜けられるのだろう。
それこそ、彼が詠唱に謳った到達者みたいなものだから。
魔法込みでなんとかしてみせてやんよ!
次の屋根に着地。
靴底と大鎌の背を屋根材に擦りつけ、勢いを殺し。
斜めの地面にしかと立ち、大鎌の柄を大きく保持。
やるよバロル。
『おうよ』
そして脳内にアギラ・ダールの《ディバインディング》を。
ロッシさんの《ラグラン流剛断剣──捲土頂来》を想起する。
そして脳内にアギラ・ダールの《ディバインディング》を。
ロッシさんの《ラグラン流剛断剣──捲土頂来》を想起する。
眼前に土石流がごとき薙ぎ払いが視界へ覆いかぶさってくる。
オレンジ色の屋根、木色の材木、キラキラ光るガラス、橙色のレンガ、それらの濁流が今まさに自分を呑み込まんとする。
その瞬間。
弾かれたように大鎌を振り上げた。
「《一十両断》!」
80度。斬撃が閃く。
尋常ではなく甲高い斬音が土石流の轟音の中から響き冴えた。
視界を覆う土石流が、左右へ。
大きな腕は自分たちの斜め後ろに滞空していた。
そして屋根材のストリームが轟音を立てて、自分たちを避けるように駆け抜けていく。
一から十までその全てを断ち切るような斬撃。
もちろんゴーレムの腕は、見事に切断されていた。
それどころか自分の立っている屋根と、対岸の建物とその間の細い路地にまで一本の筋が走っていた。
自分の斬撃はそこにあった一切を切り裂いたのだ。
建物ごと両断されたわけじゃないだろうけど、ちょっとやりすぎた感がある。
ズシィンッッ!という音がして一つ隣の通りへとゴーレムの大腕が落ち、足に震えが伝わってくる。
「……ふぅ、なんとかなってよかっ────」
────だけど、そこまでしてもあちらの方が上手だった。
だって自分たちは実質まだブルートさんしか相手にしていないようなものだったからだ。
大技を振った後の大きな隙。
だから自分は撃ち込まれた火炎弾に反応できなかった。
視界を埋め尽くさんばかりの火。
それはゴーレムの肩口から、ゲオルグさんの杖から発されていた。
着弾。爆発。
思わずローブで体を覆う。
直撃ではないようだ。
だが。
火炎弾が足場を崩し、自分の視界がガクンと一段低くなる。
まずい、と思ったときには落下は始まっていた。
そして、自分のいた屋根は崩落した。
「うわああーー!!」
「エリュー!」
アルコンさんが駆け寄って手を伸ばしてくるが、さっきみたいにはいかなかった。
大技を出すと知って距離を取っていたからだ。
自分達の手は拳一個分の距離を隔てて、それから離れていった。
「──ぐぁあっ……!」
背中からストリートに落ちた。
3階分の高さだ、
衝撃で肺から空気が追い出されて、仰向けのまま、打ち上げられた魚のようにむせ返る。
10秒ほどでなんとか呼吸を整えると、視界には石畳の壁があった。
当然見上げればそれはゴーレムの足で、石の巨人が冷ややかに自分を見下ろしていた。
少し向こうに目をやれば、幾人もの冒険者さんが武器を携えてこちらへ向かってくる。
まるで地面に落ちた蝶のように、啄まれるのを待つしかないのか。
ゴーレム単体だけでもアルコンさんでは相性が悪いというのにこれだ。彼の助けも期待できない。
自分はよろよろと起き上がる。
その頃にはもう冒険者さんに包囲されていた。
────もう逃げられない。
背中がじくじくと痛い。魔法を使おうにも相手との距離が近すぎる。
大鎌は……、包囲の外に転がっていた。
限りなく状況が悪い。
「殺しなさい」
そして死刑宣告の声が自分たちとは逆の方の屋上から聞こえた。
見上げれば、自分の同じ貌。エリニテスだ。
自分と同じようなルートで追ってきたのだろう。
「あいよ」
上の方から返事が聞こえる。ブルートさんだろう。
ゴーレムの腕が引き上げられていく。
あの大きな拳で自分をぺちゃんこにするのだろう。
そうなれば自分はしばらく何もできない。
この作戦は無茶だったのか?
何が悪かった?
《言霊狩り》のことは予想できなかったにしても、何かサブプランはなかったのか?
さっきの逃走のときだって迎撃するだけじゃなく、ちゃんと攻撃をするべきだったんじゃ?
今更過去の自分達を呪っても仕方ない。
せめて、この眼鏡だけでも、ユークさんに届けないと……。
あぁ、拳が降ってくる。
◆
自分は己の最期の瞬間を見届けるために、瞳を見開いたまま、落ちてくる拳を眺めていた。
自分は頑張ったけど力及ばなかったんだ。
ここヒューゲンヴァルトで起きたことはその根本に自分が絡んでいるから、出来る限り自分の力でなんとかしたかったが、それはもう叶わないみたいだ。
あとはアルコンさんかユークさんかなんとかしてくれることを願うしかない。
ただちに殺されはしないだろうから、それでなんとか……。
そうして自分は全ての運命を投げ打った瞬間。
隕石が突き刺さった。
自分にではなく、ゴーレムに。
最期を見届ける覚悟であったがゆえに自分はその瞬間を目撃した。
轟音と衝撃。
ゴーレムの素材である石畳が一帯に飛び散る。
衝撃波が頬をなぶり、街路を駆け抜けていく。
そしてその隕石が、自分の前に着地した。
ゴーレムの鳩尾からポロリと剥がれるように隕石が、いや違う人間が降りてきたのだ。
「大丈夫かいエリューさん」
スタッと自分の前に降り立った騎士は顔見知りだった。
ゴーレムの体が衝撃に傾ぐ。
騎士は肘までを覆うガントレットを装備していて、そのガントレットの肘に位置に二つの魔法陣が。それはブスブスと火炎で燻っていた。
あぁ確か彼は別れ際に自分の本来の武装はこんなのだと言っていた。
この騎士のくせに徒手空拳を得意とする変な騎士は……。
「……シャヴァリーさん!?」
ゴーレムが転倒し大地が揺れる中。
自分はおよそ2月ぶりに会う、騎士の名前を口にしたのだった。
まさか再登場までにこんなにかかるとは……。




