第六八話「言霊狩り」
遅くなって申し訳ないです……
青ざめたように白い月光の下。
ムグスール山の頂上からは半壊した『大庭園の宿り木』がよく見えた。
手元に弓と矢があれば一発撃ってみたくなるような眺めだ。
「よしぃ準備できたぞ」
「ようやくですか」
「そこそこの長距離転送だ。しゃーねぇだろ」
声に振り返れば、大きな魔法陣の中心に立つアルコンさんの姿を視界の正面に捉える。
魔法陣は直径にして7~8mはあって、なるほどこれなら魔獣を運ぶこともできるだろう。
見ての通り、今朝に決定したオルゼ強襲作戦は、同日の内に決行されることになった。
本来の目的はソフィーちゃん救出の期限に間に合うために、山の向こうまでワープしてショートカットすること、なんだけど。
追い詰められた自分たちはそのついでにエリニテスにちょっかいをかけて『魔言』攻略の糸口が引っ張り出せないかと画策しているのだ。自分たちはヒューゲンヴァルトで唯一の『魔言』が効かない人間だからそこらへんのアドバンテージを活かしていきたい。
「よしじゃあ最終確認だ。この魔法陣は『オーロラ亭』の屋上に敷かれた魔法陣と繋がってる。時刻は夜でまぁ普通なら誰彼も寝静まってるが、死神であるエリニテスについては微妙なとこか」
「はい。自分も平時はあんまり眠くなることはないですね」
だよねバロル?
『あァ。そんなぐーすかァ寝てたら死神として格好ォがすかねェだろォ?』
そういう理由で睡眠しないんじゃないと思うけど。
まぁ自分の場合は混じりだから普通に寝ることはできるけど、純粋な死神であるエリニテスについてはそもそも睡眠を必要としない可能性もある。
「まぁ俺は数日一緒にいたわけだが、奴はほとんど自室から出てこなかったな。『オーロラ亭』は営業してたがウエイトレスはリィゼがやってた。たまに出て来て声かけて回って、はすぐ部屋に戻っていく。今思えばあの声かけが『魔言』だったのかもな」
「なるほど……、ってその自室って……!」
「あぁお前さんの部屋だよ」
「ヤンデレに部屋漁られるとかイヤな予感しかしないんですけど……」
考えようによっては超タチの悪い空き巣みたいなもんだ。自分の部屋がどうなってるのか想像だにしたくない。
「……? ともかく。俺たちはあっちに飛んだら、こそっと中に入ってお前のの部屋まで行く。そこでエリニテスが寝てたらそのまま寝込みを襲う。起きてたらお喋りタイムだ。やばくなったら《リープジャンプ》でトンズラすればいい」
「ですね。初見で看破されなければアルコンさんに『魔言』で何かしらの声かけを行うはずですし、それをこれで捉えられれば」
そういって自分はさっきからかけている眼鏡をカチャと少し持ち上げる。
これは二代目で、初代はマンティコア戦のときに紛失した。
その後、買ってきた二代目はユークさんの手によって魔法的加工が施された結果、自分の魔眼とリンクして、視界正面に捉えた魔力の波を魔法陣として記録することができる。
いや正確には解読することで魔法陣になるコードとして記録することができる、か。
普段使いでも相手の詠唱した魔法を後で魔法陣化できるから便利かもしれない。専門知識を持った協力者は必要だけどね!
これプラス、アルコンさんのエグゾセンシヴまでも不完全ながらユークさんは補修してくれた。朝からの十数時間だったけど見事に成し遂げてくれた。さすがとしか言いようがない。
ともかく。
これをかけた状態でエリニテスが『魔言』を発動させてくれれば後で解析できるってことだ。戦闘に巻き込まれてまた紛失しないようにしないとね。
「あ、そうだ。エリニテスにちょっかいかけるのはいいんですけど、それをした後でどうやって『大鷲』のアジトにまで辿り着くんですか?」
オルゼにワープするのはショートカットのためで、そこからの道程が自分たちには存在する。そこはどうするのか。
「ん? 馬くらいあるだろ。適当に拝借すりゃいい」
「ええー! 盗むんですかー! そんな行き当たりばったりな!」
それに対してのアルコンさんの返答は実に適当なものだった。
そりゃあアルコンさんにとってソフィーちゃんは知り合いの子ども程度の認識なのかもしれないけど、だからって投げやりすぎる。
「オルゼだったら街門のそばに公用の馬くらい留めてあるだろ。死神だったら言うこと聞かすことできんだろ?」
「それは確かに、そうですけど……」
自分は大鷲アジトからシュテロンの街まで確かに馬を盗った前科はあるけど、今回もそううまくいくとは……。
「まぁ、正直それくらいしか……、ねぇだろ?」
「あ、はい……そうです……ね……」
結局魔法のような手が浮かぶわけでもなし。
綱渡りだろうがこの手でいくしかなさそうだった。
自分は足元の魔法陣を睨めつける。
これは自分らにとっての修羅の門に相違ない。
今朝も死んだところだけど、この先にも修羅場が待っている。
ふぅ、と細い息を吐き出し、覚悟を決める。
顔を上げると、アルコンさんと目が合う。
彼も覚悟は完了しているだろう。
自分は魔法陣の中に足を踏み入れる。
「じゃあ行くぞ。殴り込みだぁー!」
「そこはケースバイケースですって」
魔法陣が起動する。
白い光の粒に視界が塗りつぶされて、そして。
◆
視界にこびりついた白が剥がれると、そこはオルゼの街だった。
土や草のにおいが消え失せ、石と煉瓦の香りに切り替わる。
靴越しに感じる感触は硬い。
さっきまで木々の隙間から申し訳なさそうに差し込んでいた月光は、今では皓々と自分たちの姿を夜の街に浮かび上がらせている。
自然の中から文明の中へと一瞬で切り替わり、その変わりように少しだけびっくりしてしまった。
けれどその驚きは、次にやってきた郷愁のようなものに押し流されてしまう。
「オルゼの街だ……」
オーロラ亭の屋上に降り立った自分は、そんな呟きを漏らした。
ここから見える光景は、自分が一年間慣れ親しんだものだ。
オレンジ色の屋根がでこぼこと並び、それをくり抜くような円形広場を自分は見下ろした。
以前の空からの偵察のときにも感傷に浸っていたというのに、今回は降り立ってしまったわけで。
自ずとぼうっとその風景を眺めてしまう。
「おいエリューぼさっとしてんな。行くぞ」
若干ひそひそ声でアルコンさんに呼びかけられ、自分はハッと我に帰る。
今はミッション中だ。余計なことは考えないようにしよう。
改めて周囲に意識を向ける。
誰かがこちらにやってくる様子はない。深夜だからちゃんと寝てくれているようだ。少なくとも人間は。
下の広場や道にも人影はなく、窓からの明かりもよく探さないと見つけられない程度しかなかった。
自分達はオーロラ亭への侵入口を探し始める。
「はい、えぇっと、そこのドアは……」
「どれ……閉まってるな。当然か」
屋上への出入りに使うドアはそりゃまぁ鍵がかけられていた。
じゃなきゃ不用心に過ぎるよね。
「壊すか」
「いや、任せてください」
物騒な選択肢を選ぼうとするアルコンさんを諌めつつ、自分はもっと穏当な方法として詠唱を始める。
「“幽冥に”・“沈みし街は”・“死神の”・“歩みを”・“妨げない”────《シャドウリープ》」
発動させた魔法は《シャドウリープ》。
影の中に潜んで移動する魔法。
夜ならどこでも忍び込み放題だ。
まぁ第三階位だから多少はね?
どぷんと影の中に足から飛び込む。
影の中は、夜の海のようで、恐怖心からか、それとも本当に冷たいのか、足の指先がツンと冷えるような錯覚に襲われる。
下は見るな。文字通りの深淵が広がっているはずだ。
ほんのちょっとの距離だ。
少し進んで、すぐそこに手をかけて……。
影から這い出た自分は、振り向いてかちゃりとカギを捻る。
死神の種族特徴で暗視ができるので暗闇は何の障害にもならない。
ドアをそっと押し開け、アルコンさんを迎え入れる。
「おいエリュー明かりを頼むぜ」
「あ、そっか。“光よ”・“照らして”」
《ライト》で手の平の上に光球が生成され、階段に立ち込めていた暗闇が払われる。自分は暗視できてもアルコンさんはそうはいかない。
苦手属性でも明かりぐらいは出せる。こういうとき便利だね。
改めてオーロラ亭の中を階段上から見下ろす。
頼りない光に照らされた薄暗い階段。
舞い上がった埃が《ライト》に照らされて浮かび上がる。
ギシッギシッと階段の木板が一歩ごとに音を立てる。
こうしてみるとこのシチュエーションは、子どもみたいな冒険心を煽ってくる。
自分たちは階段を降りきって廊下に立った。
光の届かない先は闇に呑まれ、得も言われぬ不安感を演出してくる。
「それでお前の部屋はどっちだ」
「こっちです」
自分は左手で《ライト》をかざし、右手を背中の大鎌に伸ばし、気を張りながら慣れ親しんだ廊下を気を張りながら一歩一歩と進んでいった。
◆
幸いにも誰とも鉢合わせることもなかった。
屋上からここまで客室の並ぶ廊下を通ってきたので、気が気がでなかったけど何事もなくここまでこれた。
かつての自分の部屋の前に立つ。
ドアの下の隙間から、微かに暖色の光が漏れていた。光量から見て小さなランタン程度のものだろうか。
つまり部屋の中には誰かが、おそらくエリニテスが起きている。
自分たちは顔を見合わせた。
この時点で寝込みを襲うという暗殺計画は失敗も同然だ。
不意打ちの2対1なら仕留められるか、という算段もあるが、いまいち踏ん切りがつかない。不安要素が多すぎる。
「どっちにしますか?」
「……俺が先に入る。魔言で操られてるフリして話して隙を伺う。手土産も用意できるしな」
そういってアルコンさんは手を差し出す。
ということは「手土産」っていうのは自分の持ってる……。
「あぁ、そういうことですか。自分の大鎌をエサに」
「それがお前の本体だろ。それをチラつかせりゃアイツは狂喜乱舞するだろうさ」
「たぶんそうでしょうね」
これこそ自分の本体。
奴は自分に執着していたから、これがもたらされば無碍にすることはないだろう。
自分は背負っていた大鎌をアルコンに差し出す。
同時にバロルには喋らないよう良い含めると『あァ分かったよ』という返事が返ってくる。死神エリューを仕留めてきた扱いなのにその大鎌がべらべら喋るのは違和感満点だ。
大鎌がアルコンさんの手に渡る。
「姿は見せないように、だけども様子は伺いつつ廊下の警戒も頼むぜ」
「りょーかいです」
自分たちは頷きあう。それが最後の確認とばかりに。
◆
コンコンコンとドアがノックされる。
ややあって中から「入りなさい」という声が届く。
厳しい面持ちでアルコンは中へ踏み入った。
「なんだこりゃあ……」
まずアルコンの視界に入ったのは、散らかりに散らかりきった部屋。
床にはアクセサリーやら花束が散乱し、それがズタズタに引き裂かれていた。
元々エリュー本人が片付けていなかったので片付いてはいなかったのだが、それが更にひどくなっていた。
足の踏み場もない残骸の向こうにはベッド。
そこには寝転がって、折り曲げた足をぶらぶらさせている黒い髪の少女がいた。
エリューと瓜二つの貌。死神エリニテスだ。
だが彼女はエリューとは違う血のような赤い眼を持っていて、その瞳でドアを押し開けたアルコンを一瞥する。
「あら、アルコン。戻ったのね。こんな時間だからてっきりやられてしまったのだと思ったのだけれど」
寝転がった姿勢で本を読んでいたらしいエリニテスは無感動な言葉を来訪者へと浴びせかけた。体勢を変えることもせず、無関心な態度を改めようともしない。
「っ……あぁ、手こずったがお望み通りのもんを手にいれてきたぜ」
意に介さないエリニテスだが、そんな彼女ですらアルコンは気圧され少しどもってしまう。人間の領域に化物がのうのうと入り込んでいるこの状況に危機感というものを実感したのだ。
だが彼はなんとか平静を保ち、エリニテスにすれば垂涎ものであろうものを、エリューの大鎌を片手に持って差し出す。
「これがお望みのもんだろ?」
「……? ……あぁ! なんてこと!!」
アルコンの言葉に、訝しげに顔を向けたエリニテスは、それが何かを理解するやいないや、ガバっと起き上がった。
そして感動に打ちひしがれたように両の指を組み光悦の表情を浮かべる。
「遊びのつもりで遣ったのに、まさか手に入れてくるだなんて!」
「……あぁ?」
そうしてエリニテスの発した言葉にアルコンは引っかかった。
「遊びのつもり? お前は俺達のハナから期待していなかったってのか」
今朝アルコンとリィゼは決死の覚悟で『大庭園の宿り木へ』と襲撃をかけ、目的はどうあれ、かつての仲間と殺し合ったのだ。
それを「遊び」と一笑に付された。
やりきれない思いがアルコンの胸中に渦を巻く。
「えぇそうよ? 私は死神だけど、人間が私の言葉で惑い反目して争い合うのを眺めるのがたまらなく快感なのよ。ねぇどうだった? かつての友に弓を引く気分は?」
「……どうもこうも……」
唐突にエリニテスの悪辣な内面を吐露され、アルコンは曖昧な返事しかすることしかできなかった。
そしてさも当たり前のように自分は死神であると宣う始末。
よほど『魔言』の拘束には自信があるのだろう。
エリニテスは意地の悪い笑みで、エリューの丹精な顔立ちをこれでもかと歪めてみせる。
「まぁ最悪の気分でしょうねぇ。で、殺したの?」
「いや……」
「なぁんだ。それは残念、いやむしろまだ遊べるってことでもあるのかしら」
エリニテスは遂にベッドの上に立ち上がって、まるで演説でもするかのようにアルコンを見下ろしていた。
「ま、私はこうやって人間同士で争わせて、疲弊し誰彼もが虫のように地に這いつくばっているところを、ぜーんぶ私の手の平の上だって嘲って、そして刈り取ってあげるのが私という死神。今までもそうしてきたけど、今回は、このヒューゲンヴァルトは特に面白いわぁ!」
エリニテスは気分が高揚しているためか、質問すらしていないというのに次から次へと口を滑らせる。
「エリューが手に入ったのなら、もうとっとと鞍替えしちゃうのも……いやまずはアギラの儀式を見届けてからね。刈り取ったリッチーの『魔言』はもうほとんど残ってないから慎重にしなければいけないわ」
「お前は何を……」
「おっとそうね。あなたは知らないのよね。私がそうだってこと、……そのはずなのよね」
アルコンは心の中で「知ってるよ。お前が死神だってことは」と悪態をつく。彼が気にかかったのは鞍替えという単語。
まるでエリニテスは今の主であるアギラから他の誰かに主を変えようとしているような。そうだとした考えられる可能性は……。
「ご苦労だったわね」
「おい待て、エリ…ュー」
だがそこで無慈悲にも話の流れは終わりへと向かう。
アルコンはそれを止めようとするが、思わず目の前の存在の真名を呼んでしまいそうになり、なんとか取り繕う。
だが顔を上げ、エリニテスの顔色を伺うと彼女のアルコンを見る目つきは猜疑に満ち満ちていた。むしろ最初から知っていて芝居をしていたのかもしれない。その疑惑がさっきの呼称で確信に変わったという可能性はありえた。
『じゃあそれをそこに置いて、退出しなさい』
だから彼女は『魔言』を発する。
アルコンはそれが『魔言』であると理解し、その命令に従うわけにはいかないと理解し、そして上手い返しをすることができなかった。
アルコンは固まってしまう。
「あら、やっぱりあなた……、唆されたのね」
「!! エリュー!」
「はい!」
看破された。
そこにエリューは即応した。
バレたことを察し、エリューがドアをタックルで押し開けてエントリー。
アルコンから大鎌をトスされて受け止め、全力で、それこそ床に散乱した貢物を踏み砕かん勢いで前方へと飛び出した。
空中で体幹を捻って、大鎌を振るう。
円旋の軌道上には当然エリニテスの体があった。
「大振りすぎよ」
だがエリニテスは冷静に屈んで回避する。
それどころか、振り切られた大鎌の刃に、エリニテスの大鎌の刃が引っ掛けられ、グイっと引っ張られる。
空中にいたエリューは踏ん張りなど効くはずもなく、すっ転ぶように地面に転がった。
「エリュー! クソッ! 」
アルコンが追撃させじと大曲剣で大上段から斬りかかる。
それにエリニテスは大鎌の背で応えた。
湾曲した大刃の峰に沿ってアルコンの大曲剣が滑る。
そしてエリニテスが大鎌を外側へと膨らませるように震えば、アルコンはまるで羽虫を払いのけられるようにして床に転がされてしまった。
追撃は復帰したエリューが牽制したおかげでなかった。
エリニテスは深追いはせず、ベッドの上で大鎌の刃に指を這わせてエリュー達を待ち受ける。
ベッドの上は高所でありそのアドバンテージを手放す気はないようだ。
「アルコンさん」
「おう」
それならばと二人は呼びかけあい、呼吸を合わせる。
ガチョンという金属音。
アルコンの大曲剣が大弓へと変形した音だ。
タタンっと軽やかなステップ音と共に、ブウンと大鎌が空気をかき混ぜる音が鳴り出す。
エリューが大鎌をぐるんぐるんと回して攻撃方向を撹乱させながら近づきつつ、後ろでアルコンが大弓の弦をギリギリと鳴らしていた。
大鎌は下からの掬い上げ。エリニテスの立つベッドごと引き裂かんばかりの斬撃が放たれる。
大弓はエリューの胴のすぐ側を、ひゅんひゅんと音の鳴る大鎌をすり抜けてエリニテスに迫る
エリニテスは槍矢をジャンプで回避しながら、大鎌を真下へと押し付ける。
見事な対応だった。下からの大鎌を押さえ込み、体は跳躍して槍矢を回避する。
「《戻り一条》!」
だが本命はアルコンの空間殺法だった。
飛翔中の槍矢と射手の位置を入れ替えるアルコンの必殺技。
槍矢はエリニテスの後方にあり、そこにアルコンが瞬間移動。
同時にアルコンの位置に槍矢が転移し、運動エネルギーを保ったまま再びエリニテスに飛来する。
これなら、とエリューは思った。
だが彼女は目の前で神業を見せつけられることになる。
エリニテスは着地と同時に押し付けていた大鎌を持ち上げる、大鎌の重心のバランスを完全に活かしきった最速の着地、最速の大鎌捌きは飛来する槍矢に間に合った。
大鎌の刃はレールになった。
槍矢は大刃の弧に沿って滑っていく。
そしてエリニテスは刃を鏡のようにして後ろの様子を確認し、斬りかかろうとしているアルコンを確認する。
槍矢はCの字の軌道を描いてエリニテスを迂回し、アルコンの腕へと突き刺さった。
「んな……ッ!」
「アルコンさん!」
追撃させじとエリューが大鎌を振るうも、芯の入っていない攻撃なんてひょいと避けられてしまう。
「くっ、《エグゾセンシヴ》!」
ここでアルコンは《エグゾセンシヴ》を発動、不完全ゆえに負傷箇所を魔法外骨格で動かす無理やり動かす程度で、パワーアシストは望むべくもないが。緊急時のリカバリ程度にはなった。
「あら、おっと危ない」
無理やり腕を動かし、退かせる目的の剣閃を放ちながらアルコンは後退する。
「ダメだ! やり手だこいつ。二人がかりでも厳しいぞ」
「そうですね、ヤバイです……ここまでとは」
エリューは恐怖を感じながらも感服していた。
それは自分が培った我流の大鎌術とはまた別系統の大鎌術で、自分のものより洗練されていた。こんな素っ頓狂な武器にもきちんと術理が宿るのだと目の前の死神は証明してくれたのだ。
「私が『魔言』でふんぞり返ってたからって弱いと侮られるのはとても不本意よ?」
そしてこの状況で打ち取ることは不可能だと結論づけた。
明らかに格上。
それに抗するために魔法を使おうにも、このクロスレンジな上に、自室をむやみに壊すのははばかられた
それに。
「騒ぎを聞きつけて私の眷属達が目を覚ますわ、どうしたの逃げないの?」
「ですよね……」
エリニテスはわざとらしくきょとんとした表情を浮かべる。
エリューに己の面を見せつけたいかのように、それはもうわざとらしく。
もはやここに留まる理由はなかった。
作戦は半分失敗だ。
だが逃げ切れさえすれば、もう半分は成就する。
情報は十分に引き出せた。魔言も直接ではないが捉えることができた。
逃げるために二人は魔法を発動させる。
それをエリニテスは大鎌の刃を撫で上げながらジッと見据えた。
「“荒ぶる大気を”・“我が腕に”・“嵐の”・“波動を”────」
発動させる魔法は風の第三階位と雷の第二階位の複合魔法《ストームインパクト》。
掌から小規模の嵐を発動させる魔法だ。
同時にアルコンは窓に向けて大弓の弦を引く。射角は45°
はるか遠くに槍矢を放ってそこに《リープジャンプで》で瞬間移動すれば、それで十分逃げ切れる。
アルコンが槍矢を放つ。ガラスが割れてけたたましく音を立て、夜のオルゼに風切り音が木霊する。
エリューの掌には圧縮された空気が帯電して握り込まれていた。これを突き出せばこの部屋は嵐に包まれる。
だがその一瞬前にエリニテスは大鎌を振りかぶって一歩踏み込んできていた。
(でもあれでは自分らには届かないはず)
エリューは冷静にエリニテスの踏み込みを見極める。ベッドの上に陣取っていた上に床に大量の残骸が広がるこの状況では見かけ以上の隔たりがある。
エリニテスは大鎌を振るう。その軌道はエリューの寸前。
十分迎撃できると踏んでエリューは掌を突き出し、アルコンは十分な飛距離が稼げたと判断し、エリューの肩を掴む。
「《ストームインパクト》!」
「《リープジャンプ》」
二人の魔法が宣言される。
だけれども。
何も、何も起きなかった。
ただブチブチと何かが引裂かれるような音がして。
エリューは手を突き出したまま、掻き消えてしまった己の魔法に当惑し。
アルコンは発動しない瞬間移動に焦りと憤りを露わにした。
そうしてエリニテスは振り切った大鎌を揺り戻しながら、裂けそうな笑みでエリューの顔を歪ませ。
そして、こう言うのだ。
「逃げられると思った?」




