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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
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第五七話「夜の語らい」

 

 

 

 自分らがオルゼ偵察に出て、アギラとシュテロンで鉢合わせた日から4日が経った。奴の期限は一週間。といっても馬鹿正直に一週間後にのそのそと尋ねに行くわけもなく、2日ほどの余裕を持って明日にはヒポグリフを駆ってアジトへ殴り込みに行く予定である。

 つまり今日が安穏あんのんと修行ができる最後ってわけである。


 まぁその内容は一日目の延長線上のものだった。


 午前はロッシさんにしごかれた。そりゃもう一切の容赦なく。

 普通の稽古ならおおよそ安全は確保されているものだけどれど、自分に関しては不死だからそういうわけにもいかない。

 最初に殺された経験もあって、粛清部隊エリミネーター仕込みの殺気を浴びせかけられると本当に殺されるのではないかと錯覚することもしばしばだった。

 思えばそういう喰うか喰われるかの経験を積ませたいから、最初に自分は殺されたのかもしれない。

 まぁそんなこんなで中々実りのある時間だったと思っている。

 朝から昼までの稽古を4日間、時間にすると丸一日分死線をくぐったのとほぼ変わらない。

 それだければ、嫌でも強くなるってもんですよ。


 そして午後は、オリヴィエさんやユークさんと魔法関連の訓練開発に励んだ。

 魔力の運用の段階から指導を受け、詠唱の表現強化、複合詠唱の開発、詠唱妨害のコツ等々、魔法詠唱についてのノウハウをオリヴィエさんから。

 そして魔法陣の展開や収納、適切な魔力量の調整、そして魔法陣の描画及び格納なんかはユークさんが引き受けてくれた。

 その結果魔法に関しては一段回ランクアップした自信がある。いや別に扱える階位とかは上がってないけどね。

 そんな色々を詰め込んで最後にロッシさんと本気で闘り合った。


 結果は……片腕を切り落とされたけど、ロッシさんの首元に大鎌をあてがってやった。

 自分は死なないし、こんな怪我あってないようなもんだから実質勝ちでは?

 そうして自分は自分の成長を実感したのである。




 とまぁそんなこんなで今は夕食も終わって、今はもう夜。

 

 自分は今オリヴィエさんとライラさんの部屋にお邪魔しているところだった。

 別に部屋のレイアウトは変わらない。ベッドが二つあって、木そのものを基調としてインテリアが配されている。強いていえばなんとなくいい香りがするくらいだろうか。

 そして自分は窓側に位置するライラさんのベッドに腰を下ろしていた。隣にはライラさんも並んで座っている。

 ここで何をしているのかというと。


 自分の手には光の網のようなものが架かっていて、それがライラさんの手にも絡みついている。

 それは初日に自分がぶっ倒れたときに受けた、魔力を譲渡してもらう治療だと同じもので、今もライラさんの魔力が自分に流れ込んでくる。


 別にこれは無理して魔力切れを起こしたってわけじゃなく、明日に備えて万全な状態で望むための処置だ。

 魔法の訓練開発にロッシさんとの戦闘と、ここ4日の間日がな一日中魔力を使い続けてたので、魔力がいっぱいまで回復しない。まぁ必要経費なんだけど、そんな魔力残量が心もとない状態で殴り込みに行くわけには行かないので、分類上は非戦闘員のライラさんから魔力を分けてもらい補填しているというわけだ。


「ふふふーもふもふですねー♪」


 そして魔力譲渡の暇な時間の手慰みに、角兎アルミラージをモフっているというわけだ。4日前にライラさんの使い魔になったその子はエシャロットと名付けられたようだ。

 上機嫌な自分と裏腹に、自分に抱かれている角兎アルミラージのエシャロットは「はなせーはなせー」とジタバタしていた。死神に抱かれるのはそんな嫌なのだろうか。そら嫌か。すごい字面のシチュエーションだこれ。

 ここ数日の間、何度かふれあいに行ったのが功を奏したのか、敵意はなくなっている。ただ嫌われてはいるようだ。

 別にただモフってるだけなのになぁ。

 まぁいるよね、なんか自分にだけは懐かないペット


「エリュー。そろそろエシャロットが紅玉兎カーバンクルに進化しちゃいそうな嫌がりぶりだから、放してあげて?」


 自分の隣に座るライラさんがそんな冗談を交えながら苦笑する。ちなみに角兎アルミラージ紅玉兎カーバンクルはまるっきり別種である。同じ兎の幻獣であり、希少度でいけば紅玉兎カーバンクルに軍配が挙がるのでそんなことを言ったのだろう。


「えー、ほらもっと触れあえばピュゼロみたいに分かってくれますって」

「そ、そうかなぁ」


 自分は口の上では食い下がりながらも開放してやると、エシャロットはベッドの上をぴょこぴょこと跳ねて、最終的にライラさんの長い赤髪の下に隠れてしまった。

 でも角だけがぴょこんと突き出していて、いまいち隠れきれていない。頭隠して角隠さずってね。


「随分仲良くなった。いつの間に?」

 

 そんなエシャロットに癒されていると向かいのベッドから澄み渡るような声が投げかけられた。そちらのベッドはオリヴィエさんのもので、当然声の主はオリヴィエさんであった。なんかいやに声が冷たい気がするんだけど……。


 まぁオリヴィエさんの態度は置いといて、改めてライラさんとの出会いを振り返ってみる。彼女と遭遇したのは逃避行の末に立ち寄った服屋さんと雑貨屋さん。そこで偶然にも連続で鉢合わせて、流れでこの宿を紹介してもらった。

 でもより親密になったのは、やっぱりアルコンさんに襲われたとき、一蓮托生で空中戦を演じたことが原因かなぁ。

 あんな死線をくぐればそりゃ打ち解けるもんよ。


 それをオリヴィエさん視点から見ると、紹介したわけでもないのに共通の友人同士がやけに仲良くなっているから不思議に思えたんだろう。今振り返ったシーンのいずれにも彼女はいなかったわけだし。


「一緒に偵察に行きましたからね、自分もオリヴィエさんみたいに空飛んだんですよー。あ、もしかして妬いてるんですかー?」

「……いや、そういうわけじゃないけど」


 煽るように自分はそんな返答をしてみる。

 するとオリヴィエさんの抑揚のない声音に、少し照れ隠しのような感情が見え隠れしたような気がした。少し拗ねているのだろうか。彼女にしたら友人を誑かされた的な? 

 じっと彼女の表情を伺ってみるも、それに対してオリヴィエさんはジトッと見つめ返してきた。彼女の紅色の瞳の圧力に耐えかねて、自分の視線は明後日の方向へ弾かれてしまう。


「あはは、オリヴィエはエリューを独り占めしたかったのかな? マンティコアがやってきたとき、らしくないやる気をみなぎらせてたもんね。そんなに新しくできた友達が嬉しかったかー?」


 それに対してライラさんはいやらしい表情を浮かべてオリヴィエさんへ不意打ちを喰らわした。

 え、あの颯爽として救出劇の裏でそんなイベントがあったんですか?


「────────っ!」


 そしてそのライラさんの指摘はドンピシャだったようで、オリヴィエさんは普段は無表情な顔を真っ赤に染め、慌ててベッドに転がしてあったとんがり帽子を手に取り、すっぽりと被ってしまった。

 それのせいで彼女の表情は伺えなくなってしまったが、きっとすっごい珍しい表情をしているのだろう。


 つまり何か。

 オリヴィエさんは自分がライラさんと仲良くなったことで疎外感を感じてたと?


 ……なんて可愛らしい嫉妬の仕方だ。

 言っちゃ悪いけど、オリヴィエさん友達少なそうだから、それでこんな風にこじらせちゃったのかな……。

 うん、大切にしてあげよう。

 そんな風に自分がオリヴィエさんに新しい一面を見出したところで。


「ほーまったくいやつよのお。ごめんねー。オリヴィエもわたしの大事な友達だよー。ほらエリューちゃんも言ってあげてっ!」

「えっ」


 今この人からかいと本心の告白を同時にやってたな。こういう邪気のないのがいちばん質が悪い。というかなんか流れ玉飛んできたんですけど。自分もこれ言うのか……?

 え、えぇいこういうのはノリだ!


「オ、オリヴィエさんは大事な友達ですよー」


 べ、べつに減るもんじゃないし、本心ではあるからいいけどさぁ……。

 なんかすっごい恥ずかしいぞこれ。

 

 それに対してオリヴィエさんは目深にとんがり帽子をかぶったまま、おそらく心中では悶えているんだろうけど、傍目にはしばらく固まっていた。

 けれどしばらくたって、その羞恥心がせきを超えてしまったのか。


「~~~~~~~っ! もう寝るっ」

「「あっ」」


 オリヴィエさんは側の棚にあった魔法灯にバッと手をかざすと、その瞬間と灯りが消えて、部屋は一気に真っ暗になった。

 火じゃなく光魔法を用いた高級な魔法灯ランプだったので、オリヴィエさんがその術式に介入して灯りを消してしまったんだろう。


 部屋はカーテン越しの月明かりと魔力受け渡しの魔法陣から発される淡い光が頼りなく闇を掻き分ける程度で、オリヴィエさんの姿は闇の向こうに埋没してしまっていた。

 といっても自分は死神だから夜目がきくからオリヴィエさんの様子がわりとはっきり見えるんだけどね。

 ポフポフという音がして、それはしばらくすると止んだ。布団をかぶった音だ。


 自分たちはほのかな灯りの中で顔を見合わせ、手元の魔法陣に視線を落とす。

 そしてなんとなくひそひそ声で自分達は話し合う。


「これ、あとどのくらいかかりますか?」

「えぇっと……1時間くらいかな」


 魔力供給はまだ一時間あまりかかるらしい。まぁこれは『万魔の紋』のせいで自分は特別魔力の浸透率が悪いせいなんだけど。

 一時間は長いな……。

 ちょっと気まずい沈黙が降りる。


「どうしましょうか……」

「あー。どうせなら一緒に寝る? エリューちゃんちっちゃいから別に狭くないし」

「え、えぇ……えぇ……? ……えぇ……?」


 なんか一緒に寝る? とか言い出したんですけど。


 えぇっと、つまりこうか?

 灯りが消えた今、できることは限られてるので、いっそのこと魔力供給しながら寝ようかってことか?

 それってつまり一緒のベッドで一夜を明かすってこと? 

 え、いいの、それ?


 なんというかライラさんみたいに魅力的な人と一緒に寝るのは、なんというか健全ではないのでは? まずいのでは?

 い、いや今の自分は見た目14歳の少女だし、仲のいい姉妹のようなもんだと考えれば別に問題ないのか?

 う、うう……。でも、いいのだろうか……。


『いいんじゃねぇかァ? 役得だろ? 堪能しとけしとけェ』


 ついに悪魔の囁きのようなものまで聞こえだした。くっ……! やめろ自分はそんな甘言に惑わされたりせんぞ……!


『ん? おいエリュー……おめェ相当錯乱してんなァ……』


 え? あぁこの声バロルかよ! 何そそのかしとるんじゃ!

 でもバロルが茶化してくれたお陰でだいぶ冷静になったぞ。よし、ここは穏当にお断りするのが丸いだろう。

と自分が結論づけたところで。


「ふふふー、エリューちゃーん。さぁわたしたちの仲の良さをあっちの恥ずかしがりやさんに見せつけてあげましょうねー」

「え、ちょっライラさんっ」


 自分の決断など露知らず、ライラさんは自分の肩に手をかけて一緒にばたーんと押し倒してしまう。。不意打ちだったので抵抗の余地なんてなかった。


 もはやライラさんの中では中ではもはや一緒に寝ることは確定事項のようであった……。

 あーこれ退路とかないやつですね。

 詰んだな! 


 自分はもう一緒に寝ることについてはすがすがしく諦めて、オリヴィエさんの心配をする。


「い、いいんですか……? オリヴィエさんまた拗ねちゃいますよ?」

「ふふふ、大丈夫大丈夫。あ、そうだ寝る前に言っとくことがあったんだった。これを言っとけばまぁ、納得してもらえるでしょう」


 そういって彼女は暗闇の中で悪戯っぽく微笑んだ。

 何を言うんだろう? 自分はベッドに転がされて横転した視界の中でライラさんとオリヴィエさんを交互に見やる。


 そして彼女はすぅっと息を深く吸い込むと。


「まったく、3年も連絡寄越さないでっ、心配してたんだからねー!」


 思いの丈をまくしたてた。


 彼女はそれで満足したのか、やりきった顔で布団をひっつかみ、自分もろとも覆いかぶせる。

 そしていよいよ自分とライラさんは一緒に寝る体勢に入ってしまった。

 い、色々柔らかいところとか当たってるんですけどー! くそがー!


「じゃあ寝よっかエリュー。、あれエシャロットは?」

「……布団に巻き込まれたんじゃないですかね」


 彼女は布団に潜り込んで愛兎を捜索に出る。まぁあの角はほっとくと布団とかビリッと破っちゃいそうですしね。


 そんな彼女の様子を首を曲げて眺めながら自分は彼女の今しがたの言葉の意味を考えた。


 そして、あぁそういうことか。と自分なりの納得をした。

 今やってることはたぶん、復讐に駆られて学院を飛び出して、それ以来連絡を寄越さなかったオリヴィエさんへの、ライラさんなりの意趣返しなのだろう。

 まぁオリヴィエさんはわざわざオリヴィエさんで連絡するのが恥ずかしかっただけだと思うけどね。


 でもそういうことなら、今日は大人しく一緒に寝るのもやぶさかではない、かな?


 そういうことにして自分なりに折り合いをつけて目を閉じる。

 ……忌々しい柔らかい感触を感じながら。


 そうして自分とライラさんは一緒のベッドで一夜を明かすことになった。

 まぁ疲労困憊だったから、特に何にもなく自分は寝ちゃったんだけどね。







 その夜、自分は夢をみた。


 夢の中で自分は少女と向き合っていた。


 夜の闇に浸して染めたような黒髪はたおやかに流れて。

 星の光のように白く透き通った肌はどこか神秘的。

 空の月みたいな金色を湛えた両のまなこから目が離れない。


 それはまぎれもないエリューだった。


 だがこのエリューを見ているのもまた、自分エリューだった。


 自分は全く同一の存在に、目をまんまるにして驚きを露わにする。

 彼女は自分を見て、少し悲しそうに柳眉を下げた。


「あなたは……?」

「分からないはずはないよ自分エリュー。だってはきみなんだもの」


 彼女は淡々とそう言葉を紡いだ。

 その言葉の意味はまるで始めから知っていたかのように理解できた。


 目の前にいるエリューは、この世界で生を受け、魔法の才を持って幸せな幼少期を過ごし、唐突に地獄へと叩き落され、そして生を諦めてしまった少女。


 その死んだ人格・・と自分は向き合っていた。


 だが彼女という人格はすでに事切れていたはずだ。主であったリッチーによる地獄すら生温い責め苦に堪えかねて、壊れてしまったはず。

 そのはずの彼女がなぜ自分の前に今立っているんだ。


「なんで今、出てきたの」

「楽しそうだったから」


 彼女はそんな言葉を吐き出した。まるで自分の失くしたものを羨むように。


「だから私はめざめたの。起こされたといった方が正しいかもね」


 起こされたと、彼女は言った。

 思い当たる原因は……ここ数日の、それはそれは充実した日々だろう。つまりそれは彼女の歩かされた人生とは対局に位置するものだ。


「なんか……ごめん」


 不謹慎とはまた違う気がするが、そんな居た堪れない感情に自分は思わず謝罪の言葉を口にした。


「ん、いや気をつかわなくてもいいわよ。私はいやみを言いにここに来たわけじゃないし」

「えっと、じゃあなんの目的で……?」


 こうして彼女が接触をしてきた以上、そこには何らかの意図があるのだろう。こういう成り代わりモノの鉄板として、「体を返せ」とか言われたりするパターンか?

 うわぁ、それめんどくさいなぁ……。

 だが自分のそんな予想はいい意味で裏切られることとなる。


「何の目てきと言われても困るんだけど……私めざめたのはつい先日だし、今の今まで事たいをはあくするのでいっぱいいっぱいだった」


 彼女は少し困ったような表情をして、そんな言い訳めいたことをのたまい、そうして一呼吸を置いて話を続ける。


「だから今のところはそんなたいそうなのぞみはないし、おそらくこれからも何かをのぞむことはしないと思うわ。私はもう生きるのをあきらめたの」


 彼女はきっぱりとそう言い切った。

 だけれども彼女はどこか悲しそうだった。そりゃそうだろう


「でも、未練がないはずがない。あんな最期で、まだ14年しか生きてないのに」


 彼女はまだ子どもだった。やりたいことやってみたいことが沢山あったはずなのだ。それをあのリッチーは踏みにじり、絶望の淵へと追い込んだ。

 でもやっと彼女はこうして淵から戻ってきた。あのリッチーももういない。形こそ歪だが、彼女には生を謳歌する、その当たり前の権利を取り戻した。そのはずだ。


「そうだね、未練がないというとうそになるのは確かだよ。でもね自分エリュー……」


 だが彼女は言い含めるようににエリューという名を呼ぶ。まるで自分の考えが間違っているのだとでも言わんばかりに。

 そしてやはり彼女の紡ぐ言葉は悲しそうで、だが同時に何かを受け入れたような諦めと安息に支配されていた。

 彼女は途切れた言葉の続きを何度か言いよどみ、やがて彼女は一つの心情を吐露した。



「私はこの世界で生きていくにはひどいことをされすぎた」

「もう私はこの世界で生きていくのがこわいの」 

「だからもう、いいの」


 自分は言葉を失った。

 それは余りにも悲しい告白だった。

 それは余りにも残酷な悲劇だった。

 結局彼女の心はあのリッチーによって殺されていて、それはもはや不可逆の摂理なのだと。

 刻み込まれた傷は死んでも消えない。

 彼女はやはり死んだのだと、思い知らされた。


 そうして彼女は目を伏せて、幾度か首を振った。そうして閉じられた目蓋まぶたのふちから絞り出したような雫が垂れるのを見て、自分は何も言えなくなってしまった。


 あくまで自分はその記憶を持っているだけで、身をもって味わったわけじゃない。魂に(きず)をつけるような地獄に沈められたのは彼女であって自分じゃないのだ。


「ただせっかく話せるんだから。のぞみというほどでもないおねがいをしようかな」


 押し黙ってしまった自分を見かねてか、彼女はそんな話を切り出した。さっき望みはないと言ったのだから、それはきっと今思いついたことなのだろう。


 そうして彼女は曖昧な表情で微笑んだ。

 自分の言葉を待っているようだ。


「……うん。言ってみてよ」


 自分は多少無理な願いでもできるかぎりは聞き届けようと思った。

 だってあんな話をされて、同情しないわけがない。自分は彼女の地獄を知ってはいるのだ。自分がお願いを聞くことで彼女への慰めになるのならそれも悪くなと思えた。


「私がおねがいすることは、あなたが・・・・生きていくこと・・・・・・・

「え? そんなこと?」


 思わず聞き返してしまった。

 だってそんなのはあまりにも、当たり前すぎる。


「うん。そんなことも、私はできなかったから……」


 彼女はまた悲しそうに目を伏せた。

 自分らの間にまたしんみりとした空気が漂う。

 それではっとさせられる。


 生きていく、かぁ……。

 当たり前のようだけど、それは生者の論理で、そこから零れた者は本来何も語ることはできない。自分や彼女のような稀有なケースでもないかぎりだ。

 彼女は己がその人生を歩むことはもうできないけれど、自分を通してそれを謳歌したいということ。彼女の言っていることはそんなささやかなことだった。

 多少の無理でも聞くつもりだったけど、このくらいならむしろ喜んで受けることができる。

 でも、あまりにも当たり前すぎて具体的に何をすればいいんだか。


「そっか。まぁそれくらいなら、ね。いいよ。自分は生きればいいんだね。あなたのために。元々不死なのに……変な話だよほんと」

「ふふふ、さして意味のないやくそくかもしれないね」


 そういって彼女はやっと、ほんのわずかにだが純粋な笑みを浮かべてくれた。

 なんだか自分も嬉しくなってきて、頬がこそばゆい感じがする。

 

「私の人生はろくなものじゃなかってけど、でもその先にあなたがいるなら、すてたものじゃないのかなって思うの。だからせいぜいがんばって生きて・・・私の投げすてた命の意味みたいなものをいろどってくれるといいなぁって思うの。だから私は応援するよ。自分エリュー。大変だろうけど、がんばって」

「うん。自分頑張るよエリュー。見ててね」


 そうして自分は彼女を安心させるために精一杯の笑顔を浮かべたのだった。

 彼女がどういう顔をしていたのかは……自分だけの秘密にしよう。


 自分は死神となったことでリッチーから開放された。

 だがその名残とでも言うべき『大鷲』と『死神』は確かな脅威としてヒューゲンヴァルトを脅かしている。

 それらを刈り取らないことには、エリューという少女が真に開放されたとは言えないのだろう。


 やることは変わらない。

 ただ決意がより固まっただけだ。







 朝が来た。

 ムグスール山の稜線からのっそりと太陽が顔を出し、クームの大庭園を覆っていた山影が払いのけられていく。


 その光景の始終を眺められる絶好の位置、つまりムグスール山の頂上付近に二人の男女が陣取っていた。


「よく見えるな」

「……そうね。私からじゃ少し見えないけど。んー?」


 一人は灰色の髪に碧い目をした青年。背に弓月の如き大曲剣を背負い、眼下に広がる大庭園の一角を見渡し、その一角に立つ「大庭園の宿り木」を見定める。


 もう一人はクリーム色の髪を掻きあげ、翠玉の瞳を相方の視線と同じところへと見やり、相方の度を超えた視力に呆れてみせる。その直後に彼女は何かに気づいたように目を細め、顔をしかめた。


「でも無策ってわけじゃなさそうね。少し仕込みをするわ。……矢を番えるのはもう少し後にして、そいつらの機嫌でもなだめておきなさい」

「りょーかいー」


 彼女は腰に下げたレイピアを抜き放ちながら、“錬金開始アルヒミシア”と錬金の魔法句を口ずさむ。

 そして彼女らの後ろに控える、大鬼オーガ牛鬼ミノタウロスがいきり立ち、大爪鼬ウルヴァリン斧嘴鳥アックスビークが騒々しく鳴き声を上げる。

 それらの全ての体には真っ白で不気味な『御腕』が生えていて、それらが一匹の例外もなく魔獣であることを主張していた。

 いずれも元々リッチーによって改造が施され、それをさらにエリニテスの手によって悪魔化させられた魔獣達だ。たった一匹でも生半可な冒険者では太刀打ちできない凶悪な性能を誇る。数は20体、そこそこの街ならそれだけで滅ぼせそうな戦力であった。


「さて、じゃあエリュー・・・・のために、死神を退治しに行きますかぁ」


 そうして青年は獲物を見つけた狩人のように、野性味溢れる笑みを浮かべるのだった。

 



 


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