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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
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第四八話「大鷲とカナリア」

 

 

 

 雲を貫き、大気を切り裂き、ヒポグリフは隕石の如く直下へと飛翔する。

 叩きつけるような暴風が《ウィンドブレーカー》の効果すら貫いて自分達の体へ襲いかかる。

 自由落下より遥かにはやいがゆえに、必死で手綱を捕まえていなければと天空に取り残されてしまうだろう。


 そうして数十秒程度の時間で、高すぎるがゆえに地図みたいにしか見えなかった景色が実感を持った風景に変わっていき、みるみるうちに地面が近づいてくる。


 こっ、これ大丈夫なの!? と思うほどの速度でピュゼロは地面を目指していた。

 そろそろブレーキかけた方がいいんじゃないかな! ほら! もう地面だよ! 大丈夫なのこれぇーー!!


 地表ギリギリになったところでピュゼロはバサァッ!と翼を広げて速度を殺す。

 自分達に巻き込まれて地表へと叩きつけられた大気が、同心円状の衝撃波となって周囲の木々を激しく揺さぶる。


 自分達はムグスール山の中ほどの、少し開けた場所に降り立った。

 雲も山も木も自分達より高い。あぁ、無事にあんな天空から降りてこられたんだなとしみじみとした感慨にふける。

 っとそんな余裕はないんだった。アルコンさんを天空の監獄に閉じ込めたけど、それで保つ時間は3分もないだろう。


 迅速にロッシさんを回収してここから離脱しないと……。

 そう思って周囲を見回したところで。


「ご無事でしたかお二人!」


 後ろの方からロッシさんの声。ライラさんの前にすっぽりと収まっていたので身を乗り出すようにして後ろを見やると、薄紫の髪をした剣士──ロッシさんが木々の隙間からこちらへ駆け寄ってきた。そういえば魔眼の効果が切れてる、掴まるのに必死すぎて気づいてなかった。

 でも運が良かったというよりはピュゼロが目ざとくロッシさんの近くに降りたのと、ロッシさんも空から翔け下りる自分達を見て落下点に駆けつけてくれたんだろう。


「話は後で! 乗ってください!」

「っ了解です!」


 ライラさんがそう促す。時間的余裕はほとんどない、説明する時間も惜しいのだ。

 ロッシさんが後ろに乗ったのを確認して、ライラさんが指示を飛ばし、ヒポグリフが一つブオンッと羽ばたき、浮き上がる。

 以前ヒポグリフに乗ったときはゆったりと上昇していったので、これは急いでるときの離陸方法だな。なんて思っていたところでグンッと後ろへ置いてかれるような感覚がして、それが不意打ちだったので手綱を掴み損ね、ライラさんの胸に受け止められる。

 くっそ、割とあるなライラさんも。ふかふかしてやがる。羨ましい……。


「ど、どこに行く!? やっぱりクームに戻る?」

「あ、えっと。どこでもいいです! アルコンさんから離れるためにとりあえず今は距離を稼ぎましょう!」

「ん、りょーかいだよ!」


 ライラさんが行き先を聞いてくるので、今はなんがなんでもアルコンさんから逃げ延びねばならないということを念頭に伝える。


 それを受けてピュゼロは山肌から真っ直ぐ空へと飛び出す。

 葉っぱが木々になり、木々は斜面になり、斜面は山になり、そして一つの風景になっていった。

 進路はオルゼの街上空を突っ切る形だ。

 というか今ここでクームに進路を取ると、仮とはいえ拠点にしている『大庭園の宿り木』までつけられてしまうかもしれない。

 なら今はひとまず地平線の先まで逃げてから改めて進路を考える方がいいだろう。


 バサッバサッとピュゼロが羽ばたく度に速度が増していく。

 自分は下に広がるオルゼの街並みを見下ろした。

 ちょうどあの円形広場の中央に立つエリニテスが自分達を見つめていた。

 

 視線が交錯する。

 紅と金。

 奴の熱視線を自分はジッと見つめ返してやる。


 ────あの場所を自分は取り戻すんだ。


 自分は固い決意を持ってオルゼの街を後にする。

 そうして景色は後ろへ流れていき、眼下には森丘ばかりが広がる光景へと変わっていった。







 オルゼの街からなんとか逃げおおせた自分達は、その隣街のシュテロンに立ち寄っていた。

 ちょうど昼下がりで、昼食を取るのにちょうどいい時間帯だったからということと、オルゼだけじゃなくシュテロンの街の様子も見ておきたいと思ったからだ。

 そのかわりというわけじゃないが、今回は『大鷲』のアジトまで行くのは断念することになった。

 正直アルコンさんとの戦闘は堪えた。あんなのを日に何度もやりたくはないし。まぁ多少なりとも情報は得られたので収穫はあったわけだし、日が落ちるまでにはクームに帰るつもりだ。

 それで自分はこの街を訪れるのはおおよそ一年ぶりなわけだ。通りを歩きながら街の様子を観察する。レンガ造りの橙が連なる町並みは変わっていなかったけど、それと同じように行き交う人々の顔色も変わらず少し沈んでいるように見えた。


 前は確か串焼き屋さんとこで……なんだっけ、確か……そうだロック鳥の串焼きを食べたんだった。あれはジューシーで美味しかったな。まぁいるわけないよねと思いながら

もキョロキョロ探してみる。


「ひとまず適当な酒場でも探しましょうか。情報も集まっているでしょうし。エリューちゃんはこの街に詳しかったり?」

「え? あぁ、いえ、自分はこの街に来たのは一回だけで」


 串焼き屋さんを探していたからロッシさんの言葉への反応が遅れた。うん自分はこの街について全然詳しくない。寄ったことがあるのは馬車の組合と服屋さんくらいなものだ。


「じゃあ街の人に尋ねるしかありませんね。エリューちゃんとライラさんはそこで待っていてください。お二人はここで待っていてください」

「あ、はい」

「ん、りょーかいです」


 自分達は街に入ってすぐの街門の側で立ち止まっていたので、脇に退く。ここで待ってろとのことだ。まぁ自分は大鎌を背負ってるし目立っちゃうしね。ライラさんもハッするような赤髪だから聞き込みするならパッと見地味なロッシさんが聞き込みするのがいいだろう。


「じゃあちょっと行ってきますね」


 ロッシさんが出ていって、適当な通行人を捕まえて話を聞く。

 手持ち無沙汰になった自分達は端っこで大人しくしているしかない。

 それで暇になった自分がすることといえば、行き交う人々を観察することぐらいだった。


「……ん?」


 そうしてしばらく人間観察を続けていたところで。

 カナリアのように鮮やかな金の髪。それらを束ねた短いポニーテールがポンポンと跳ねるようにして自分達の目の前を横切った。

 すぐに雑踏の中に隠れてしまったあの色を自分は知っていた。金髪なんてありふれたものだろうけど、そうだとしてもやっぱりずっと見てきた金の尾に見えた。


 それが消えた方向に目線を這わせる。見えないだけでそこらには絶対いるはずだ。

 次にその金の尾を見つけたとき、それは十数mほど向こうにあった。どうやら街の中に入っていくみたいだ。誰かに手を引かれているようだ。そちらの人物はマントを靡かせていてよく分からない。ガタイは随分良いように見えて、おそらく冒険者さんか? 

 それから視点を斜め下に戻すと、見える後ろ姿は随分と小さい。自分とくらべてもまだ小さい。

 自分の知り合いの中であの背格好と符合するのは一人しかいなかった。


「ソフィーちゃん……?」


 『オーロラ亭』の一人娘で、無邪気で天真爛漫な幼い少女。

 彼女がここシュテロンにいるのはなんでだ? 『オーロラ亭』がエリニテスの手に落ちた以上、ソフィーちゃんもそのはずだ。

 いやそもそもあの小さな少女がソフィーちゃんだと決まったわけじゃない。

 そんな考えに立ち戻って、自分は雑踏の中に踏み出そうとしたところで。


「ん、どこ行くのエリュー」


 当然というかなんというか、ライラさんに呼び止められる。自分は振り返ってどういう弁明をするのかと、雑踏の中に今にも埋もれて消えてしまいそうなソフィーちゃんを視線で追うという背反した二つのことを同時にやろうとして。


「あ、えっと。ちょっと……」


 見事にこんがらがってしまった。

 しくったと思ったときには既に遅く、雑踏へと視線を投げかけてもあの金の尾は見えなくなってしまっていた。


 今ならまだ間に合うか……? と考えて思い直る。少なくともソフィーちゃんだけでシュテロンまで来たなんてことはあり得ない。断言してもいいだろう。だとしたら同伴者がいるはずだ。そいつが魔言に籠絡されたエリニテスの尖兵である可能性は……高い。


 迂闊に接触するべきじゃない。折角うまく逃げたのにすべてが水の泡だ。

 それに自分がここで追いかけることはイコール土地勘もない街で自分達が散り散りになってしまうということを意味する。それもまた自分に二の足を踏ませる原因だった。

 

「すみません。今戻りました。運悪く何度も旅人を捕まえてしまい場所を訊くのに手間取ってしまいました。思えばもう少し街に入ったところで訊くべきでしたね」


 そしてロッシさんが戻ってきた。

 彼は酒場の場所を手に入れてきたみたいだけど、そんなことよりも火急に確認しないといけないことが増えた。

 自分は矢継ぎ早に言葉を撃ちだす。


「ロッシさん! ソフィーちゃんが、いや確定したわけじゃないんですけど、追いかけないと……!」

「ちょ、どうしただいエリューちゃん。落ち着いて」


 焦りからちぐはぐなことを口走ってしまったのをたしなめられる。

 自分は一呼吸置いて、改めて自分の見たものを伝える。

 カナリア色の髪をした幼い少女がそこを通っていったということを。


「ソフィー……。あの子が?」

「はい。チラッとだけですが」

「ソフィーちゃん? ってどんな子?」


 唯一ソフィーちゃんと面識のないライラさんがそのことを聞いてくる。自分は手短にソフィーちゃんのことを伝えると「んー確か見たような……」と返ってきた。


「どうするの? 探すの?」

「はい。ソフィーちゃんもたぶん魔言の影響下にあると思うんですけど……。彼女自身はアルコンさんと違って危険なわけじゃないですし……みすみす見逃す手はないですよ」

「ですね。魔言攻略の手がかりになるかもしれないですしね。彼女はどっちに?」

「あっちです」


 ソフィーちゃんが消えた雑踏の方を指差す。

 昼どきの中央通り、『大鷲』のせいで人が少ないと言われているものの、それでも閑散としているわけじゃない。急がないと人の波にもまれて行方を探すのがどんどん困難になっていく。


「まだそんなには離れてないはずです。ソフィーちゃんはともかく、同伴の冒険者はそこそこ目につくはずです」

「分かった。ここで普通なら手分けしたりするんだろうが……、危険があるかもしれないし固まって動こう」

「りょーかいです」


 ひとまず昼食は後にして、自分達はあの金の尾を探すことになった。

 致命的な見逃しをしていることにも気づかず……。







「それなら確か……この先の路地を曲がったのを見たかね?」

「ありがとうございますっ!」


 か細い糸を辿るようにだがソフィーちゃんの足取りはなんとか追えていた。

 今いる場所はシュテロンの大通りから少し入った街路。表通りのレンガの橙とは対照的な冷たい石造りの壁が灰色に物々しく反り立っていた。


「こっちか……」


 けれどソフィーちゃんが入っていったと言われた路地にはそこには人っ子ひとり見えなくて、唸り声のような風の音が路地の向こうから聞こえてくるだけだった。

 ひとまず路地に入ってはみるものの……。


「どうしよう……」

「人がいないと行き先聞けない……ね」


 そう人っ子ひとりいないのだ。枝分かれした路地のどこをソフィーちゃん達が進んだのかこれでは分からない。

 途方に暮れる自分達だったが、かといって足を止めてあちらから出向いてきてくれるわけはない。

 のそのそと自分達は路地を進む。足音が反響して虚しく路地の向こうへと吸い込まれていく。


「そういえば」


 その途中でロッシさんが何かを思い出したように声を上げた。自然と自分とライラさんの視線が彼へと注がれる。


「先ほど聞いた酒場がたしかかここらへんにあるという話でした。人が見当たらないならそこへ行ってみるのも、どうでしょうか……?」


 偶然にも元々食事と情報収集をするつもりだった酒場はどうやらここらにあるみたい。

 そこに行ってみるかと彼は提案してきた。

 正直行って手がかりを失っているので一度立ち寄るしかない気はする。


「行ってみましょうか。何もない路地に偶然を期待してさまようよりは建設的ですし。もしかしたらそこに向かった可能性もありますしね」


 ということで目的を追加して、自分達は足早に路地を進み、そうして2,3分ほど歩いたところででロッシさんが足を止める。


「おそらくここでしょうか」


 彼が立ち止まったのは路地を掘り下げるようにして設けられた階段の前。十数段ほど降りたところには質素な木のドア。ただでさえ薄暗い路地の更に奥まった場所だから見えづらかったが、ドアの横には『ノームの酒場』と書かれていてここが件の酒場でどうやら正解みたいだ。

 それにしてもこの立地はいかにも隠れ家といった趣だ。

 同時に少しアウトローな雰囲気がして中に入りづらいなこれは。

 自分がそうやって手をこまぬいている内に、ロッシさんが前に進み出てドアノブに手をかけた。

 

 キィィ……とドアが軋んで音を立てる。その向こうからオレンジ色の明かりがほの暗い路地へ漏れ出てくる。


 おそるおそる自分達はオレンジの光の中へと踏み入った。


 『ノームの酒場』は自分から見て左手にカウンターが、右手にはいくつかのテーブルがあった。店自体はかなり小さい。オレンジ色の光は驚いたことに魔法灯による間接照明だったみたいだ。『夜明けのオーロラ亭』の酒場は冒険者向けゆえにワイワイした雰囲気なのと比べると落ち着いてシックな感じがしてなんだか新鮮だ。


「……いらっしゃい」


 カウンターからの声。見やれば店主は皺が深く彫りも深いおじいさんだった。ただ身長がやけに低くて、だからカウンターから顔だけがポンと覗いていて、なんとなく滑稽味が出て顔のいかつい印象と相殺されていた。

というか顔の造りがなんか違和感がある。特に抓り上げたように尖った耳。それにあの低い背丈はもしかして……。


「好きな席にかけな。今は空いてるからな」

「もしかしてドワーフですか!?」


 ここに来た目的とか一瞬でぶっとんで、自分はその質問をぶつけにいく。

 だってドワーフだ。ファンタジーにおいてエルフと双璧をなす亜人種だ。なのにこの世界で目覚めて一度たりともそれをお目にかかったことがなかった。

 

「あ、あぁそうだが……ヴォロスでは毎度珍しがられて敵わんな」


 やっぱり自分と同じ反応されることはままあるみたい。

 うん。まぁ迷惑そうだし本来の目的に立ち戻ろう。


 そう思ってふと店内を見回してみる。灯りがついているってことは営業中なんだろうけど、カウンターもテーブルも人がいない。これじゃ聞き込める人いないなー。手早く食事を済ませて捜索に戻ろうか。

 と思ったら、いや居た。一番奥のテーブル席に一組。


 ってあれはもしかして……。

 自分が視界に捉えたのは二人組だった。


 片方はカナリヤ色の金髪をした幼い少女。真正面から顔が確認できた。今グラスに注がれた推定オレンジジュースをちびちびと飲んでいるのはそれはまさしく自分達が探していたソフィー・ニッツァその子に間違いはなかった・


 それだけなら彼女を無事保護できて万々歳なのだが……その隣にいた同伴者が問題だった。


 ドカッと投げ出すようにソファーへと腰掛ける大男。余裕で身長は2mはいっているだろう。巌のような顔に刻まれた幾つもの傷が歴戦の練達であるそいつの実力の証明に他ならなかった。奴はただそこでジョッキに注がれたビールをあおっているだけなのに、大鎌で斬りかかろうとも、どんな魔法をぶちこもうとも、奴が倒れる光景が想像できない。

 側に立てかけられた武器は四角い特大剣と直剣。

 それはまさしく自分を殺した凶器。


「ぁ……なんで……」

「あ? お前は……」


 ソフィーちゃんの同伴者は『大鷲』のボス、アギラ・ダールだった。

 

 

 

ソフィーちゃんの描写で「幼い少女」って表現どうなんでしょうねぇ……。でも「幼女」ってすると純粋じゃないニュアンスが入ってくる気がして……。

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