第四七話「蒼穹の猛禽達」
そして今話も長めです。
やばい。あの槍矢は自分を狙っている。
どうする?
魔法は無理だ。魔眼を解放して魔力残量が心もとないのもあるが、そもそも詠唱をする暇なんて、ない。
だから自分が信じられるのはこの一年間で培った大鎌捌きだけだった。
アルコンさんが天地逆さまの状態でギリリと大弓の弦を引き絞る。
集中しろ。集中しろ。
あんな矢に貫かれば一発でご臨終だ。
よく見ろ。合わせろ。計れ。
脳味噌の血流の音すら聞こえるような集中をもって、自分は放たれる槍矢を迎撃せんとした。
そして槍の如き矢は放たれた。
自分は大鎌を薙ぎ払う。
大木でも切り倒すのかとばかりに全力で。真上から見れば正円を描くように。
ガインッッ!!! という鈍い金属音。掌に返ってくるビリビリとした感触。
飛び込んできた槍矢とは相打った。
弾いたのではない、相打ったのだ。
槍矢は確かに本懐を果たせず自分の眼前にくるくると回っているものの、それと同時に自分の体は槍やの衝撃を受けて仰け反ってしまう。
どんな威力してんだアルコンさんの大弓は!
そんな悪態を心中に吐き出しながらも、自分が槍矢を弾いた極限の集中はなおも持続していて、だから目の前でくるくると槍矢が回る様がスローモーションのように感じられ、だからこそ、その表面に精緻な魔法陣が刻まれていることにも気づけた。
「《リープジャンパー》」
アルコンさんがそう呟き、『映唱の魔眼』はその文言を受けて魔法陣が起動する様を見せてくれる。
パンッとアルコンさんが自分の真ん前に現れた。ちょうど槍矢がくるくると回っていた位置に。片手で大曲剣を振り上げ、もう片手には先程自分が相打った槍矢をキャッチしている。
これ短距離テレポートかッ!
本気のアルコンさんはこんな感じに戦うのか!
《エグゾセンシヴ》での肉体強化と《リープジャンパー》による瞬間移動。これは……厄介この上ない!
自分は崩れた体勢でアルコンさんの叩き潰すような一撃を受けるのは無理と判断。振り切った大鎌を地面に打ちつけて、その反動で体を押し出し大曲剣の脅威から逃れる。
大曲剣が一瞬前の自分がいた位置の両断する。
あっぶねぇ。
そんで反撃に移ろうとしたところで、自分の大鎌のギラリとした輝きが目に入り、思い直る。
大鎌の切れ味は『御手』を一刀両断できるほど、手加減できるような生易しい切れ味じゃない。
自分は逡巡してしまい。それは隙になる。
眼前に迫る大曲剣の刃、それにハッと気付き、なんとか大鎌の柄で受け止める。
けれど、ふわりと。薙ぎ払いを真正面から受け止めた自分の足が地面から掬い上げられる。
あとは弾き飛ばされて。
「うぁあッ!!」
木の幹へとしたたかに体を打ちつけ、その衝撃で肺から空気を吐き出してしまった。
そして地面に膝をつき、大鎌を取り落としてしまう。
しまった……!
ペースを握られてしまえば取り返すことは難しい。
当然アルコンさんは大曲剣を地面に擦るようにして突撃してくる。
一切の容赦がない。ヤバい。これは……。
「させませんッ!」
ロッシさんがそれを食い止めんとアルコンさんへ剣を構えて突貫してきた。
けれどアルコンさんはそれに気づいたみたいで、片手で槍矢を宙空へ放り投げて「《リープ》」と起動の文言。
パッとアルコンさんの姿が消え失せ、彼のいなくなった空間を虚しくロッシさんの剣が薙ぎ払う。
じゃあアルコンさんはどこにいるのかといえば、彼はロッシさんの直上。ガチョンという変形音。
今さっき放り投げた槍矢の座標へとテレポートをしていた。
上下逆さまのまま、真下へ番えられる槍矢。そこにいるのは当然ロッシさん。
「……ッ」
ニィとアルコンさんの顔が歪む。
けれど同時に自分の目の前にいるロッシさんの口角も上がっていた。
バッ! 槍矢が放たれた。
けれど。
それはカッという何か擦れるような音と共に、少し左方の地面に突き刺さっていた。
一瞬何でそうなったのか理解ができず心中で首を傾げる。
ロッシさんは地面に片手をついて、体を捻り、もう片方の手で直剣を握って振り上げる。
それは完璧なカウンターだった。
空中のアルコンさんはその円閃を大弓で受け止めるも、空中ゆえにふんばりなんて効く訳がなく。弓を放った直後ゆえに片手で受け止めるのが精一杯だった。
結果、アルコンさんは弾き飛ばされ、自分とロッシさんは体勢を整える時間を得ることができた。
自分は呼吸を整えて大鎌を手に取り、前にいるロッシさんを見つめる。
その背中には円盾が背負われていた。そうださっきからずっとロッシさんは両手剣での《ラグラン流剛断剣》を使っていて、盾はずっと背負ったままだ。
円盾には何かの軌道を逸らしたような、一筋の傷ができていた。
それを見て自分はようやく合点がいった。
さっきロッシさんは、直上から放たれる槍矢を背中に背負った円盾で受けて逸らしたんだ。
その後体を捻って剣を振り上げカウンター。そんなもはや曲芸の域じゃないか。
「エリューちゃん。アルコンはそんな甘い考えで制せるような相手じゃないよ」
う、自分が反撃を躊躇ったことを見抜かれてる。
そうだよね。生半可な気持ちで臨んで勝てるような相手じゃない。そもアルコンさんは全力でないのは明らか。だってまだ彼は《エグゾセンシヴ》を使っていない。そんなのに初っ端からつまずいていてどうする自分。
短距離テレポートは厄介だけど、自分なら『映唱の魔眼』である程度は予測が効くだろう。
「手足の一本くらい切り落とす覚悟でいかないと切り抜けるのは厳しいだろうし……何より時間もなさそうだ」
「はい。そうですね。聞き取った限りアルコンさんは足止めの役割みたいです。手間取ると応援がやってきちゃうでしょうね」
「厄介な状況だね。私達の勝利条件はアルコンに勝つことじゃなく上手く逃げおおせること。それを念頭に置いて……素早くアルコンを無力化するか、出し抜くかしないとね」
「ですね……」
そんな会話を交わししつつ、律儀に待ってくれていたアルコンさんを見やる。彼との距離は10mないくらい。
彼の役割は足止めゆえに、自分たちが足を止めているなら積極的に攻撃しにくる理由もないのだろう。
けれど背を向けて逃げるなんて選択肢はない。あの大弓を相手にして背中を晒すことの恐怖たるや……ね。
だから結局は真正面からアルコンさんを打ち破るしかないのだ。
「あーやっぱダメだな。ロッシには手の内バレてるか」
アルコンさんが大曲剣を肩に担いでポンポンと上下させながらそう言った。
そうか。アルコンさんとロッシさんは騎士団時代からの同輩、共に切磋琢磨しあった仲。当然戦闘についても十二分に知るところなんだろう。
ロッシさんは確かに強い。だけどアルコンさんを一人で釘付けにできるってわけじゃあないんだろう。というか魔法の性質上不可能に近い。さっきの一合でも自分の方へアルコンさんは攻撃しに来たわけだし。
でもあの瞬間移動は、たぶん槍矢の位置にしか現れられないと思う。そんな自由自在とは行くまい。
だから自分はアルコンさんの背中に視線を這わす。そこにあるのはぶっとい槍矢。普通弓使いの背中を見やれば、矢筒から覗く数本の矢なんかが見えるのだろうが、彼に限っては、矢筒一つにつき槍矢を一本突っ込んでいるみたいな感じになってる。
たぶんあの矢筒の中にアポートと対応する魔法陣が刻んであるのだろう。
まぁそんな推論は置いておいて、彼の持つ槍矢は二本のはず。一本は確認できるが、もう一つの矢筒はがらんどうだ。
そしてそれはどこにあるかといえば。
視線を自分の足元へと落とすと、地面に深々と突き立った槍矢。
さっきロッシさんが背面受け流しという曲芸技でいなした槍矢だ。
アルコンさんはこれを敢えて回収せず、布石として利用している。
その気になればいつでも斬りかかれるってことか。便利な魔法運用だほんとに。
でもつまり迂闊に動くことはできないってこと……。
ん、待てよ。
そこな槍矢に刻まれているのは魔法陣だ。
精密機械のように緻密に編み込まれたそれは、きちんと決められた魔力量を注ぎ込まねばたちまち壊れてしまう。それは自分が自分になるきっかけの知識。忘れようはずもない。
じゃあこの槍矢の魔法陣を破壊すればアルコンさんの瞬間移動を止められるのでは?
妙案じゃないかこれ?
そう考えた自分はバッと槍矢を掴みとった。
そして気取られる前に、素早く魔力を注ぎ込んだ。
「ちょ、エリューちゃん何を!?」
「ほぉ?」
ロッシさんの焦ったような顔。
アルコンさんの意外そうな顔。
それらを含めた視界の中の一切が消え失せた。
「え?」
呆けたように漏れた声。
視界一杯に広がる白。一瞬の後に波打つそれが雲だと気づく。
そして全身がふわりとした浮遊感に包まれていることにも。
足に返ってくる感覚は皆無。
総合すると、自分はなぜか天空にいた。
なんとか体を捻って下を見下ろせば、青々と広がる森とその向こうに広がるオルゼの町並み。
そして、自分のことを見上げるロッシさんやライラさん。
座標自体は変わっていない。
ただ、さっきいた場所から100mくらいの高空まで飛ばされていたのだ。
原因なんて一つだろう。
槍矢に魔力を注ぎ込んだことだ。
それの答え合わせのように魔眼が遥か真下のロッシさん達の会話を捉える。
『しまったッ! 余裕がなかったとはいえ注意しておくべきだった……っ!」
『ああいうことの対策にもう仕込んでおいた《スカイフォール》を発動させちまうとは……そこまで考えが回る奴は始めてだな。まぁ……これは格好の的って奴だな……?』
アルコンさんが大弓へと槍矢を番えようとする。
けれどそれを見逃すロッシさんではない。
彼の剣が鋭い刺突を放ち、アルコンさんはそれを大弓で受け流す。
地上では一騎打ちが始まった。
自分がこうなった原因は分かった、あの槍矢には、自分のようなことをことをやろうとする輩への対策として、《リープジャンパー》とは別の魔法が仕込まれていたんだ。
ここからは推測だけど、この槍矢に魔法陣を刻んだのはオリヴィエさんのはずだ。先日オーロラ亭の裏手で彼の魔法陣の整備をやっていたしきっとそうだ。
そしてあのオリヴィエさんが、敵に向かって打ちこむモノに魔法陣を刻むという段になって自分のような対応を取ってくると予想できないはずがない。
つまり自分はオリヴィエさんにしてやられたのだ。
まぁでもそんなことはいい! 今はどうやって助かるかだ!
地面までの距離は50mくらい。いくら体が丈夫といっても十分血のシミになれる高さだ。魔法を使えばいくらかなんとかなりそうだけど、魔眼に魔法陣破壊(失敗)と立て続けに魔力を消費して残量が心もとない。
けど、それしかない。
自分はいくつかの選択肢の中から、《エアクッション》を選択、大急ぎで詠唱を紡ごうとしたところで。
「“天巡る風よ”……!?」
『エリュー!!」
何かが猛スピードでこっちに向かってきた。
森の一角から、木の葉を突き破って現れたのは一頭のヒポグリフ。
ピュゼロとライラさんだ。
戦闘に巻き込まないように奥へ退避してもらったはずだけど、自分を見て飛び出してくれたんだ!
自分は詠唱をとりやめ、即座に大鎌を放棄。これがあると大きくて重いからライラさんが受け止められないかもしれないからだ。
『ちょ、エリューてめェ!』
ごめんよバロル。すぐに《アポート》で回収するから
そして猛スピードで疾駆するヒポグリフは、抉るような軌道で落下する自分の下へたどり着き。
ボフッと自分は柔らかい感触に受け止められた。
顔を上げると、赤髪を靡かせるライラさんの顔があった。
「ありがとうございますライラさん!」
「いいってことよ! それより大鎌は!?」
「あ、そうだった。“戻ってきて”・“我が大鎌よ”っと」
ポンっと手元に大鎌が召喚される。危ない危ない、距離が開くとまたマンティコアのときみたくなっちゃうからね。
そんでピュゼロはグンと高度を上げて、それから戦闘の最中のロッシさんとアルコンさんの上空を旋回し始める。
アルコンさんは瞬間移動と大剣弓を駆使した全距離対応型の戦闘を展開し、それにロッシさんが4つの流派を巧みに使い分けて対応していく。
それをしながら二人は会話を交わしているもんだから、まるで劇中のワンシーンのようだ。けれどその会話の中で不穏なものが拾えてしまう。
『あれがお前らの足か、あれを潰せばいいわけだな』
『っ、させませんよ!』
アルコンさんは一瞬の隙を衝いて大弓に槍矢を番え、真上に向かって放つ。
そしてテレポートを発動させ、妨害しようとするロッシさんの剣の範囲から逃れ、空中で悠々と槍矢を番えてこちらへ狙いを定めてきた。
「ライラさん避けてください!」
「え?」
飛来する槍矢。
自分の言葉にライラさんは反応できてなかったけど、ピュゼロはちゃんと聞き届けてくれたみたいで、ガクンと一段高度を落とし、さっきまで自分らがいた位置を槍矢が貫いていった。
「ひぃー!」
「ライラさん、第二射が来ます!」
明確な危機が迫っていると悟り、ライラさん引きつった顔でヒポグリフを駆る。
槍矢は二本しかないはずだが、《アポート》で適宜回収できる彼に弾切れの概念はない。《アポート》自体は燃費のいい魔法で魔力切れを狙うのも現実的じゃない。《リープジャンパー》も同様にそんなに消費が多いようには見えない。どうするか。
ピュゼロは旋回から逃走へと切り替え、少しでも当たってしまう確率を下げるためにジグザグ飛行を行う。
自分も大人しく乗っているだけに甘んじるつもりはない。ライラさんの前から後ろへとなんとか移動し、大鎌を構える。もし直撃コースなら弾いてみせる。
けれど……これじゃだめだ。
ヒポグリフを全速で駆っても、1kmの距離を一瞬で詰めるアルコンさん相手には分が悪すぎる。それによしんば逃げ切れたとしてもこのままじゃロッシさんを置き去りにしてしまう。彼の実力を知っているだけに敵の手に落ちるのだけは避けたい。
キュイィン!! という音と共にまた一つ槍矢が空を貫く。
命中しなかった。でも魔眼が《リープジャンパー》の発動を知らせ、空へと吸い込まれていった槍矢の方向を見ればアルコンさんの姿。当然大弓に番えられた槍矢はこちらを狙っていた。
先回りをされた形になってしまう。
「ライラさん!」
「分かってる! 掴まってて!」
ライラさんが手綱を鳴らすと、ピュゼロは斜め下方宙返りし、進路を反転、高度を速度に変換する。結構高くを飛んでいたのが、ムグスール山に茂る木々スレスレを飛翔する。
また槍矢が襲来してくる。今度は運悪く、いやアルコンさんの狙いが正確になってきているのかもしれないけど、危ないコース。
なので大鎌で迎撃。
「──っ!」
ガインッと鈍い金属音とビリビリとした感触。
なんとか捌けた。
っと息をつく暇はない!
今しがた弾いた槍矢の行方を見届ける。
次のアルコンさん転移位置があそこになるはずだ……。自分は魔眼を見開き魔法の発動の予兆をじっと監視する。
ヒュルヒュルと槍矢は木々の隙間に呑まれていって……。
……来た。
《リープジャンパー》が発動した。
少しの間を置いて、大弓をこちらへ向けるアルコンさんが、山の斜面を滑って現れる。
一射、二射と続けざまに槍矢が放たれた。
「ライラさん! 2発一気に来ます!」
「っりょーかいだよ!」」
ライラさんが手綱を鳴らし、それを受けてピュゼロはくの字を描くような軌道で槍矢を避けながら山の斜面から離れる。
槍矢二本は進行方向上を飛翔していっ────ッ!?
《リープジャンパー》が発動した。魔眼がそう告げる。
バッと進行方向を見やれば、瞬間移動したアルコンさんの姿。手には大曲剣。進路上で待ち構えて、その得物で真っ二つにする算段か!
槍矢を避けるのを最優先で飛翔していたピュゼロも進路上のアルコンさんを避けるような急旋回は望めないだろう。
だったら自分がやるしかない!
鞍に足をかけて立ち上がり、大鎌をできるかぎり長く持って構える。
アルコンさんが犬歯をむき出しにして嗤うのが見えた。
アルコンが待ってましたといわんばかりに薙ぎ払いを放つ。
自分はそれに対して、まるでツルハシを振り下ろすかのように真上から大鎌を叩きつけた!
まともに打ち合っても大鎌の形状的にあまりよろしくない。まともにぶつかり合って押し返されたら、刃が内側にある関係上ピュゼロやライラさんを傷つけてしまうかもしれないからだ。
なら振るわれる相手の武器の腹めがけて大鎌の刃先をぶつけにいった方がいいと判断した結果こんな形になった。
大曲剣ごとアルコンさんの体は真下へと弾き飛ばされる。
恐ろしいほどの速度で彼は地表へと激突し、石つぶてが飛び散る。普通ならまぁ怪我する高さだったが、ギガントコボルトのときもピンピンしてたアルコンさんだ。おそらく大丈夫だろう。
「ありがとうエリュー!」
「はい、なんとかですね。でも……」
どうすればこの局面を乗り切れるんだ……?
彼はまさに鷹とでも言うべき空戦能力を持っている。しかし生身で鷲馬と渡りあえるとは……、どこへ逃げれば安全なのやら……。
そう思いあぐねて空を見上げると分厚い雲がオルゼの上空を覆っていた。
ん……、あの中に逃げ込めばやり過ごすことはできそうか……?
うん。結構妙案だと思う。あんまり時間こそかけられないけど、常に槍矢に晒され続ける状況では打開策も浮かばないだろう。
「ライラさん! 上に! 雲の中に逃げ込みましょう!」
「わかった。ピュゼロ!」
ライラさんはすぐに自分の提案を聞き届けてくれて、彼女が指示を出すとピュゼロはは一つ大きく羽ばたき、突き上げられて槍のように雲の中を目指す。
自分はアルコンさんの追撃を警戒して後ろ向きに座り直し、地表が瞬く間に離れていく。
『あ、待てゴラ!』
魔眼ごしにアルコンさんが悪態をつくのが視えた。やっぱりピンピンしてた。
まぁそんなのに取りあうわけもなく、自分たちは突き刺さるようにしてと雲の中へ突入した。
雲の中は真っ白なものに囲われているのに、ほのかに暗いのが変な感じだ。視界は塞がれているのに空気に流れがあるのも違和感がある。視覚的に見えなくなっただけで射線を切ったわけじゃないしさほど安心感というものはない。けどないよりはまし。
それにしても結構寒い。けど、そんなことにいちいち文句を垂れていられる状況じゃないな。
まぁずっとめまぐるしく動いていたのがようやく小休止だ。
ふぅ、と自分はひとつ息を吐く。それと同時に少し冷えた思考でアルコンさんへの対策を考える。
あの《リープジャンパー》は空間属性の魔法。階位は分からないし、始めてみる魔法で細かいことはよく分からない。けれどそれの魔法陣があそこに刻まれていることは確かだろう。なら……。
そうしている内に後ろからキィンン……という風切り音。自分はハッとして振り向いて下を見やる。
閉ざされた雲の壁のせいで視認はできないが、魔眼の視る音がその姿を暴いてくれる。
それで視る限り……直撃じゃない。左に逸れている。そう判断して自分は何もしない。
数秒の後、飛来する槍矢。
雲の壁に大穴が穿たれる。視界が開ける、真下のオルゼの街がもう随分小さい。
矢の軌道から察するに、アルコンさんはムグスール山の頂上付近から槍矢を放ったようだ。
そして1km先から自分達を見つけられるような彼が雲の間隙にチラリとでも見えたであろう自分達を見逃そうはずもない、続けざまに二の矢が飛んでくるぞ。
でもそれはいい。
おそらく真正面からアルコンに突っかかっても捉えられないし、かといって逃げることも厳しい。ならばあのアルコンさんの魔法のいずれかを破るしかないのだ。
空間魔法の差し合いならアギラとやりあった経験値がある、それでなんとかできるかもしれない!
「ライラさんさっきの一の矢を追ってください、二の矢は三の矢は自分が視てますから、真っ直ぐ全速で!」
「えっと、──りょーかい! 全速で、追いついてみせるから後ろは任せたよ」
「はい。まっかせてください」
ライラさんが手綱を鳴らし、ヒポグリフは一つ大きく羽ばたき、彼方へ槍矢
槍矢が穿った雲のホールをヒポグリフは翔ける。
瞬く間に雲の中から飛び出して、蒼空を切り裂くように真っ直ぐ槍矢を追う。
二の矢は……、来てる! 魔眼が捉えた。
直線軌道だから偏差射撃も完璧。
凶悪な威力を秘めたその槍矢が命中すればピュゼロは撃ち落とされてしまう。
けれどそんなことは自分がさせない!
タイミングを図って……。
掬い上げるようにして大鎌を振るった。
ガインッという鈍い金属音。腕に返ってくるビリビリと感触。大鎌を取り落としそうになるのもなんとか堪える。
そしてこの感触は自分が迎撃に成功した証。
見れば下方から撃ち上げられた槍矢は弾かれて勢いを失い、ひゅるひゅると下に落ちていっていた。
それを見届け、ピュゼロは雲を突き抜けて、バッサバサと翼をはためかせ、加速に加速を重ね、遂に自分達は一の矢へと遂に追いついた。
ピュエッ! とピュゼロが嘶いて槍矢をくちばしで器用にキャッチし、翼をバサッと広げて空中に制止。そしてを首のスナップで槍矢を騎手の方へと放り投げる。
「グッジョブピュゼロっ! おっとっと」
ライラさんは槍矢を受け取って、ようは彼女の二の腕と同じくらいの太さをした細長い鉄塊であるそれを受け取って、あわや落っことしそうになる。けどなんとか持ちこたえてくれた落としたらコトですよほんと。
でも、よしまだ《アポート》で回収されてないね!
「っと……はいエリューちゃん。これでどうするの?」
「ちょっとやってみたいことがあるんです。成功したら……ちょっと上に飛ばされると思うんで迎えに来てくださいね」
「え? それはどうゆう……」
ライラさんから槍矢を受け取ってそれの表面の魔法陣をじっくりと読み取る。
昨日の夜オリヴィエさんとユークさんから仕入れた魔法陣の知識も総動員してね。というかこれの製作者はそのオリヴィエさんなんだろうけどさ。
しかし改めて見るとこれはすごい代物だ。表面に刻まれた魔法陣はつまり3重構造になっている。《アポート》《リープジャンパー》《スカイフォール》3つの折り重なった魔法陣は複雑で緻密な機能美を感じさせながら、万華鏡のような純粋な美しさも内包していた。……なんかあの二人の世界に引き込まれてる気がする。
っとそんなことを思ってる場合じゃない。
自分は槍矢をガシリと掴んで魔力を流し込みながら詠唱を紡いでいく。
「“空隙の”」
一節唱えて魔眼で自分の詠唱を視る。
詠唱というのは声に魔力を乗せて空中に即興で魔法陣を描く行為だ。そして自分は魔眼でそれの過程をつぶさに観察できる。
「“彼方此方に”・“意味などなく”」
お手本は手元にあるのだ、それと同じようなモノを編み上げればいい。
「……“その一歩は”・“空の果てまで”・“届くだろう”」
そうして出来上がった詠唱。それを維持しながら自分は握りしめた槍矢に魔力を注ぎ込む。流し込むのは適量。ちょうどあの瞬間移動魔法が発動する量の魔力を流し込む。
完成した詠唱。自分はその魔法名を宣言した。
「《カウンターリープジャンパー》」
そうして自分は魔法を発動させて。
高空に響く「はぁッ!?」という声。
パッと自分達の目の前に出現したのは、灰色の髪をした大弓使い。
つまりアルコンさんが自分達の所へと瞬間移動してきたのだ。
アルコンさんは《リープジャンパー》でこっちに飛んできたわけではない。彼が発動させようとした魔法はおそらく《アポート》だったろう。けれどそれを発動する前に自分がアルコンさんの魔法陣を乗っ取って《リープジャンパー》を強制的に発動させた。
結果彼はこんな雲の上に召喚された形になってしまったわけだ。
「いらっしゃいアルコンさん」
自分はにんまりとした顔で彼を出迎える。大鎌を
振るう。
浴びせかけた薙ぎ払いに彼は全く反応できず。その独特の形状でもって彼の得物である大剣弓を引っ掛けて弾き飛ばさせてもらう。
「ッ大弓を! テメェ!」
武器は弾いた。大弓がなければ彼はもう空中を自在に飛び回ることは叶わない。記憶が確かなら大剣弓にも《アポート》は仕込んであったはずだが。この距離なら直接詠唱に割り込んでみせる。
自分はそして跨っていたヒポグリフから身を乗り出すようにして立ち上がった。
「え、エリューちゃん何を……?」
「じゃあライラさん上に迎えに来てくださいね!」
そして自分はヒポグリフの背中を飛び出して、落下し始めたアルコンさんに飛びつく。
ただの自由落下でしかない、それは大弓を失ったアルコンさんも同じこと。
自分は先程魔法の媒体にした槍矢をアルコンさんに押し付ける。そして。
「アルコンさんもうちょっと上に行きましょうか!」
「待て待て街て……! まさかてめぇ」
そのまさかさ。って言ってみたかったんだよね。うん。
魔力をありったけ込めた。
発動するのは先程してやられた《スカイフォール》の魔法。
つつがなく魔法が発動して。
パッと景色が一段高くなる。
見下ろせば空を翔るヒポグリフが見下ろせた。成功だ。
アルコンさんもしっかりと目の前で狼狽えてくれている。
「はいじゃあもう一発いきますよー!」
「ふざけん────」
また一つ景色が高くなる。
見下ろせば地平線が丸くたわんでいて、見回せば雲が自分達を取り囲まれている、そして見上げても蒼いばかりの空が遥かにある。
抵抗しようとアルコンさんは、拳や蹴りを繰り出してくるが、それを掻い潜って槍矢を押し付け、また魔力を込める。
──そして都度5回の《スカイフォール》により、自分達は遥か天空まで辿り着いた。
蒼穹とはこのことかと身にしみて解る。それほどにここは蒼が満ちていた。そして見下ろせば真下に広がるのは大地ではなく地図なんじゃないかと錯覚するほど。記憶の中にあるヒューゲンヴァルトの地図そのものがが眼下には広がっていた。そんな俯瞰ができるほど地面は遠く、つまり此処は極まって高かった。
これはもう高度は十分と判断し、自分はアルコンさんから距離を取りながら詠唱を紡ぐ。狙いを悟られれば終わり。だから素早く、けれど確実に。
さっきと同じ要領で、手元のお手本通りに。
「“ここに来たれ”・“空を穿つ”・“万里の槍”────《アポート》!」
ポンと自分の手元へ二の矢が召喚される。
これで、完成。
鷹の翼は完全にもぎ取られた。
もう用済みになった槍矢をアルコンさんに投げて寄越す。
「はいどうぞ」
「あぁ……?」
自分の狙いは何かと言えばアルコンさんを無力化すること。
そのための、ここはいわば牢獄だ。
彼を数分の間閉じ込めるための。
大弓を失ったアルコンさんは槍矢を放つことができない以上《リープジャンパー》による瞬間移動なんてもう無理。槍矢は2本彼の手元にある。
つまり彼は自由落下で数分かけねば地上へ帰ることはできなくなったということ。
対して自分は────。
「────! ────!」
下から聞こえてくる声。高空の激風のせいでかすれて途切れ途切れだけど確かに聞こえた声。
その声が聞こえたということは自分の目論見は完璧に上手くいったということ。
なら後は彼女が迎えにくるまでの数秒で、アルコンさんの吠え面を拝んでやろうじゃないか。
「それじゃあアルコンさん。パラシュートなしのスカイダイビング、楽しんでくださいね!」
「何を言ってやがるお前だって……」
「いえ、自分は遠慮しておきます。かわりにジェットコースターに乗ることにはなりますけどね」
「あぁ……? ッまさか!」
アルコンさんも察したようだけど。もう何もできはしない。
自分は空中でくるりと身を翻し、迎えられる準備を整える。
「ライラさーん!」
「エリューーー!!」
真下からこの天空へと駆け上がってきたのはヒポグリフ。
それに騎乗するのはもちろんライラさん。
そう自分にはこのヒポグリフがある。これがあれば自由落下で数分の間、空の監獄に閉じ込められたアルコンさんよりも格段に早く、地上へ逃れられる。
もぎ取られるようにして自分の体がライラさんに抱きすくめられた。
ずうっと続いていた浮遊感からようやく解放される。
そして呆然とするアルコンさんを見やって、かるく手を振り
「じゃあアルコンさん! 今度はちゃんと戦りあいましょうねー!」
と言ったところでヒポグリフはほぼ垂直の姿勢から、山なりに方向転換、ふわりと自分たちの体が浮き上がりそうになる。自分はライラさんの腕の中にいながらもそれだけでは安心できず、思わず前にあった手綱をぎゅっと掴んだ。
こうして自分達はアルコンさんを蒼穹に置き去りにして、隕石のように地上へと落ちていくのだった。




