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死神少女が生きてるだけ  作者: ゲパード
第一章 大鷲篇
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第四六話「オルゼ偵察」

 

 

 

 結局昨日は、少し街に出て普通にショッピングした。ライラさんと。

 ゆっくりするとは何だったのか。

 まぁ英気を養う的な意味だとしたら、そのとき食べたパフェが最高だったので実に理にかなっている……のか?

 まぁライラさんには「(太りますよ……)」という視線を散々に投げかけてあげたが、残念ながら彼女はパフェに夢中で気づいてくれなかった。その点自分は体が変化しないイコール太ることもないので気が楽だ。

その後は適当な眼鏡を購入してきた。前のは赤いフレームの眼鏡だったので今度も同じカラーリングのものを。

 それで宿に帰るとオリヴィエさんとユークさんが表で魔法陣を広げていた。芝生をキャンバスに描き出される芸術的な魔法陣は見物人が出るほどだった。それで眼鏡をユークさんに預けて、その横で自分はロッシさんに少し訓練をつけてもらった。


 ロッシさんの剣には驚かされた。

 というのも普通、戦闘のための技術体系は一人に一つしかない。仮に二つ以上の流派を身につけたとして、それらは一つに混ざり合ってしまうものだ。

 けれどロッシさんは複数の流派を扱いこなしていた。

 右剣左盾の《ヴォロス王国騎士剣術》

 左剣右盾の《ルシアス貴流刺剣術》

 両手盾の《クロイツェム戦盾法》

 両手剣の《ラグラン流剛断剣》

 

 これらの流派が戦闘中に突然切り替わる。それはもはや戦っている相手が入れ替わったのと何ら変わらない。

 魔法なし大鎌のみで立ち回ったけれど最初の内は全く歯が立たなかった。

 しばらく立ち回っているとイケるか……? って思うシーンが出てくるんだけどその度に流派が切り替わって突き放される。

 自分の大鎌運用は、まず根底に『オーロラ亭』を訪れた冒険者さんから教わった槍使いがあって。それの上にほんと我流で作り上げた大鎌術がある感じだ。一応槍を教わったのは自分が師匠といって仰ぐぐらいの人だったからそっちの基礎はだいぶ自信こそあるけど、やっぱり我流は我流だし、実戦で磨いたわけでもない。

 それに対してロッシさんの修める剣技はどれもこれも格式高いもの(だと思う)。うん、まぁどんなに奇策を弄して不意を打ってもいなされちゃうんだよね。でもちゃんとした剣と打ち合うなんてその実始めてだったから貴重な経験になった。


 そんな感じで日が落ちるまでロッシさんと汗を流した後、今度はオリヴィエさんとユークさんに魔法運用についてのレクチャーを受けた。

 オリヴィエさんからは実践的な詠唱について、ユークさんからは魔法陣の運用について。小難し専門用語がしょっちゅう飛び出すし、現場で魔法運用を磨いたオリヴィエさんと神秘院で研究に打ち込んでいたユークさんでは見解が異なったりして、素人の自分としてはどっちを信じればいいんだとオロオロしたりもした。

 時計の針が頂点で重なったあたりでようやくお開きとなり自分はやっと床につくことができた。


 そうして今朝。

 自分らはヒポグリフのピュゼロに跨っていた。宿の裏手、昨日ユークさんが敷いた魔法陣が残っているそこでピュゼロは調子を確かめるように翼をはためかせている。

 炭化して消滅していた左腕は寝て起きたらすっかり元通りになっていた。

 前にはロッシさんの細身だけどがっしりした背中、更にその前にはライラさんが乗って手綱を握っている。


 視線を横にやると見送りのオリヴィエさんとユークさんが出て来てくれていた。ケイ君の姿はないからまだ意識が戻ってはいないってことだろう。


「じゃあ行ってきます」

「ん、気をつける。あと無理しない」


 オリヴィエさんは自分のことを心配してくれているみたいだ。魔力量は5割まで戻ったし、無茶するとあっさり死ぬのは身にしみている。

 それに万が一エリニテスと出会ってしまったときのために、対『魔言』用に《レジスト》の魔法陣を刻んだ耳飾りイヤーカフを渡されている。『魔言』相手に魔法でどこまで抵抗できるかは分からないが無いよりはいいだろう。


「わかってます大丈夫ですよ。それにロッシさんっていう心強いボディガードもいますしね」

「そ、そんな全幅の信頼を寄せないでくださいよ。魔法なんかで攻められると私はどうもできないんですから」

「あれ。そうなんですか」


 それもそうか。剣と盾の技術がいくらすごくても限度がある。昨日マンティコアが毒霧を使ったって話を聞いたけど、それなんかがどうにもならない類の攻撃なんだろう。


「じゃあ頼むぞ。貴重なマジックアイテムか魔道書でももって帰ってくれよ」

「そっちは余裕があったらですって」


 ユークさんにあらかじめ釘をさす。そもそもあのアジトが魔獣蔓延はびる危険域である可能性は十二分にありうるのだ。


「じゃあロッシさん、エリュー、行くよ。しっかり掴まっててね」


 ライラさんがそう注意を促し、自分は「はいっ」返事をしてロッシさんのお腹に腕を回して言われた通りしっかりと掴まる。

 それをライラさんは振り返って確認してから手綱をしならせた。

 次いでピュゼロが羽ばたき始める。


 大気を真下へと打ち付け、羽ばたきひとつ。

 グンと一段視界が持ち上がる。

 バサァ! という力強い羽音がまたひとつ。

 下を見下ろすと、こちらを見上げるオリヴィエさんと目があった。芝生に風の波紋が広がっていて、それを面白がって観察している内に視界に映る光景が遠ざかっていく。


「ひとまずムグスール山でいいんだよね?」

「はい、見晴らしのいいところから街を見渡してみましょう」


 確認をとったあとライラさんは手綱を鳴らす。

 それを受けてピュゼロの空を叩くような羽ばたき方が切り替わる。


「じゃあいくよー!」


 一瞬宙空に置き去りにされるかのような浮遊感、ロッシさんに回した手にひっかかってそこを支点に体が引っ張られるような感覚。

 ピュゼロが全速で空を翔け始めた。

 景色が流れ出す。羽ばたきは掻き分けるようなものに変じていた。

 二度目だし悲鳴を上げたりはしない。いやでもこれはっやいなやっぱり。


 遠くにある雲を視界の中心に捉えると、それがすぐに視界の端っこへと追いやられていく。それほどに快速だった。

 ピュゼロはやがてムグスール山の斜面にぶつかるかいなかというところで、その斜面を撫でるような匍匐飛行へ移行する。あまり高空を飛ぶと目立つからだ。

 しかしムグスール山は裾野の広い山とはいえ、この調子なら2時間もあればオルゼ手前まで着くんんじゃなかろうか。自分は真下に流れ行く緑を眺めながらそう考えた。


 そうして自分達は一路オルゼ偵察に向かうのだった。







 見上げても太陽が見えない。生憎と今日は曇天のようだった。

 昼にはまだなっていないだろうが、時計の短針が上へと上がり始めてはいるだろう。

 しかしクームはからりと晴れていたのだが、ムグスール山の向こうはどうやらどんよりした空模様。位置的にクームの方が西にあるのでこれからクームの天気も悪くなっていくのだろう。

 さっきムグスール山の向こうと言ったが、そうつまり自分達はオルゼの街に着いたのだ。

 より正確に言うとオルゼの街を一望できる、ムグスール山の中で見晴らしのいい崖だ。


「街の様子はどうなの? やっぱり変わってるの?」


 ライラさんがそう聞いてくる。

 今自分らは持ってきた双眼鏡を覗き込んで街の様子を観察しているわけだ。といってもライラさんは元々を知らないから見てもあんま意味ない気がするけどね。

 時間的には人が働きだしてしばらくぐらいの時間なので人々にも動きがみられるはず。 そう思って双眼鏡で街の様子を隈なく見ているけど。


「なんか……別に変わってないっぽい……?」


 そう変わったところが見られないのだ。

 元々『大鷲』のせいで人の行き来はそんな多くないとはいえ、オルゼから出入りする馬車はあるし、人の往来もまばらとはいえちゃんとあった。

 もっとこう、閑散としているかと思ったりしていたのだが、そんなことは全然なかった。

 

「少なくとも街の様子はそうですね……。『オーロラ亭』はどうなってますか?」


 ロッシさんも一通り見回して同じ感想を抱いたみたいだ。

 『夜明けのオーロラ亭』が位置しているのは街の西で、自分達が今いるムグスール山からは少し遠い。

 今までは手前、つまり東側の街の様子を見てたわけだけど、ロッシさんに促されて『オーロラ亭』の方へ双眼鏡を向けた。


 時間的にはいつもなら朝市が終わったぐらいか。というかアギラとの戦闘で少なからず被害が出てるはずだけどどうなっているんだろう。

 そんなことを思いながら双眼鏡越しに慣れ親しんだ円形広場を視界に収めた。


 人がいる。小さなまるで子どもみたいな人影だ。

 それと対照的な大柄な人影と向かい合っているように見えた。


 自分は双眼鏡の倍率をいじる。

 人影だったそれの輪郭をしかと捉えた。


 大柄な方の人影は自分に背を向けていた。背中にはなかなか大きな剣を背負っている。

 それで小柄な方、黒い髪をサイドポニーに束ねているこの少女は……。


「エリニテス」


 自分はそいつの名を呟いた。自分を追い出してくれた狡猾な死神。

 あいつがあそこに居ることこそで、自分の味わった苦難はやはり現実のものだったんだと実感する。

 そして同時に胸が締め付けられる、このオルゼの変わりない光景は『魔言』で無理くり維持されているのだろう。とはいえ自分という存在が抜け落ちても何の齟齬も起きていない。まるでお前なんていらないんだよと誰かに突きつけられているみたいな現状はすこし来るものがある。


「まさか……驚きましたね」


 横合いからの声に双眼鏡から目を離してそちらを見やると、ロッシさんと目が合う。

 彼はエリニテスの姿を見て、自分と瓜二つなそのすがたに驚愕したってことだろう。

 でも同時にこれで自分がデタラメを言っているわけじゃないことは証明できた。

 横ではロッシさんと同じように双眼鏡を覗くライラさんが、エリニテスの姿を認めて驚愕を表情にあらわしていた。


 自分は再び双眼鏡を覗き込む。

 エリニテスは円形広場で何をしているんだろうか。大柄な人と何か話してるのか?

 ん、話してる?


 そういえば自分の『映唱の魔眼』は音が視られるんだよね。ということは双眼鏡によって拡大されたこの視界なら会話を視ることができるのでは?

 バロルはどう思う?


『ァー……なんか、会話してるこたァは分かってもその内容まではァ分かんねェんじゃねェか?』


 あーそのオチありそう。

 どうしよう。魔眼の発現には少なくとも3割の魔力を持ってかれるし……。

 でもまぁ戦闘するわけじゃないし、それで情報が得られるっていうなら賭けてみる価値はあるのでは? あちらさんにしてもまさかそんな方法で情報を抜かれるなんて思ってもないだろうしね。


 というわけで眼球に魔力を詰め込んでいこう。

 二度目だから要領は心得てる。

 時間にして十数秒。

 波の世界へと自分は迷い込む。


「エリューちゃん。目が……」

「おぉーそれが魔眼ってやつだね。かっこいー」


 自分が押し黙っていたのでそれを気にかけて覗き込んでいた二人がそう反応してくれる。 あ、そういえば自分で自分の目玉は見れないから魔眼発動させるとどうなるか知らないな自分。と思って聞いてみたところロッシさんから「普段のエリューちゃんの目は煌々と輝く満月のような金のまなこだけど、今の魔眼は冴えた月の色のように澄んだ銀色をしているよ」と実に詩的な表現に預かった。

 「やめてくださいよ」と照れ隠しながら自分は魔眼を発動させた意図を二人に手早く伝えつつ、この会話の中で声の波を観察することにした。

 複雑に重なりあう声の波。それをひたすらに解析していく。……っ! 頭蓋骨が軋んでいるような錯覚に襲われ、額を抑える。けれど根を上げたりなんてしない。この程度で挫けていて何ができるというのか。

 そして説明を終えるとすぐに双眼鏡でオーロラ亭の方を覗き込む。そもそもエリニテスが建物の中とかに行っちゃってたらどうしようもないからね。


 まだエリニテスとその大柄の男性は話していた。……というかあの人、というかあの武器どこかで見たことがあるような。

 そんなことが頭の片隅に浮かんで、今はそれより会話の内容だと思い直る。

 エリニテスを双眼鏡の中央に捉え、その口元に注視する。

 双眼鏡越しにそこから発される波を読み取る。読み取ってみせる。


『────スの意識がないから今のエリ───────ているか分からないわね。あの子があちらへ──────内なのだけれど、あそこまで無茶するとは思────たから……』


 距離にして1km先のの会話。それが視えた。

 けれど途切れ途切れにしか読み取れない。何の話だったのかは要領を得なかったけれど、要領は掴んだ。


『────の魔獣も全部この街に縛り付け────だし、どうとでもな──ろう?』


 よし。今度はちゃんと視れた。

 というかこれは朗報? 少しだけ聞き取れなかったけど「魔獣」が「全部この街に縛り付け」と言っていた。

 マンティコアの言葉から今まで『大鷲』の構成員だと思っていた人間は、その実アギラによって契約させられている魔獣から生み出された使い魔のようなものであり、生身の人間なんていなかったということが割れている。

 つまり『大鷲』の構成員は首魁のアギラとエリニテス、そしてその配下の魔獣達だけ。

 「魔獣」が「全部この街に縛り付けてある」なら『大鷲』はおそらくあのアジトを放棄して、このオルゼの街に潜り込んだってことだ。

 だとしたらこっちはそのがら空きのアジトにお邪魔して色々と家探ししてやろう。自分は『御手』で居場所をサーチされる以上街に居るべきじゃないかもしれないから、そうなったら元『大鷲』アジトを根城にしてしまうのもいいかもしれない。


『んーそうといえばそ─────れど。窮鼠猫を噛むとも言うし─。────の子は鼠と侮るには少しばかり見所がありすぎるわ。一度取り逃が─────当に痛い、というか面倒くさい。魔獣をけしかけてみたけれど、雑魚では─────ず、あの老獅子ですらやられて……まだ三日とはいえ少し焦りを感じるわ。あなたのお仲間はあっちに───しまったようだしねー』


 だいぶ声を視るのにも慣れてきた。

 話の内容は自分に関することみたいだ。「老獅子」っていうのはたぶん昨日のマンティコアのことだろう、それを退けられたのは隣にいるロッシさんやライラさん達のお陰だけど、それについてもエリニテス側に伝わっているみたいだ。

 まぁ一日あったしそらがどのように伝わったかはいい。いや馬より早い情報伝達手段があるってことだからまずいのはまずいんだけど。

 それよりエリニテスが話している相手。奴は「あなたのお仲間はあっちに────」と言った。ということは。


『あぁ、ロッシとオリヴィエな。ま、オレが出ていって殴りつければ目を覚ますだろう』


 確信した。

 ロッシさんとオリヴィエさんが仲間で、背中に特徴的な武器──大剣弓を背負っている。 あれはアルコンさんだ。

 あの人が敵の手に落ちていた。既にあの人の戦闘能力がそこらの冒険者の比ではないことはギガントコボルトの一件で分かっている。

 ……懸念材料が増えてしまったなぁ……。

 そうして自分が不安に顔を曇らせている間も会話は進んでいく。


『……ふふ』

『あー? 何かおかしいか?』

『いえ……少し、面白かっただけよ』


 そうだアルコンさんは十中八九『魔言』で認識をいいようにされてあの死神エリニテス自分エリューだと思わされているはずだ。だからあんな友好的に話している。その上自分の方は『大鷲』のボスだと認識の上で仕立て上げられているはずで、だからアルコンさんの側から見るとロッシさんやオリヴィエさんが何らかの方法で洗脳されて『大鷲』の側についてしまった錯覚してしまう。

 だけど真実はこの真逆。操られているのはアルコンさんの方。だからエリニテスは「面白かった」と感想を零したのだろう。


『ま、魔獣でダメなら貴方達に任せるわ。アギラは儀式の準備で少なくとも一月は手が離せないもの』


 ん、またいい情報。

 アギラはどうやら儀式とやらにかかりきっりのようだ。どうせろくな儀式じゃないだろうけど、それまでに一月分の猶予があると知れたのはありがたい。その間に力を溜めることができる。

 ということは一月の間アルコンさんを始めとする血盟員の襲撃を退けつつ、どんなものかは知らないが儀式の直前アギラに襲撃をかければいいって感じかな?


『あぁ任されたよ。また指示があったら言ってくれ。オレも戦いたくてウズウズしてんだ』

『ふふ、頼もしいわね』


 それで会話は終わったようでアルコンさんは踵を返してそこかへ行こうとする。その拍子にずっと背中を向いていて見えなかった彼の顔を見ることができた。

やっぱりあれはアルコンさんだ。


「アルコン……そんな……」


 隣のロッシさんが嘆かわしそうに声を上げる。

 そりゃそうだろう。彼とロッシさんは騎士団の同期と聞く。そんな間柄なのに敵味方に分かれて戦う羽目になるだなんて、心中は複雑に違いない。


「アルコンさんとこれから戦うことになりそうですね」

「……ですね。それに彼だけじゃない。リィゼさんもおそらく敵の手に落ちているだろうね。互いに手の内を知っている……やりずらい相手だ。いや、むしろこっちは殺してしまわないように無意識でも手を緩めてしまうかもしれないのに、あっちは操られているんだからそれは期待できない。……その分ではこっちが不利か」

「かもしれませんね……。でも……どうします? 今奇襲をかけてしまう手もありますよ? 自分がいる分、2対1で有利ではあるかも」


 アルコンさんは今一人で街を歩いている。彼がこれから襲ってくるかもしれないなら先手を取ってしまうのもいいかもしれないと考えたのだが。


「いや、それはよした方がいいだろう。仮に彼を倒したところで『魔言』による洗脳が解けるわけじゃない。彼が街の外まで出てくるとも限らないし、あくまで私達は偵察に来たんだ」

「そ、そうですよね。気を逸りました。すみません」


 そうだ。血盟員さん達が襲ってきたとしてそれの洗脳を解く方法が見つかっていない。それを先に見つけないと戦っでもても消耗するだけだ。それか上手く身柄を拘束するかか。オリヴィエさんとユークさんならなんとかなるだろうか? でも悪魔の操る魔眼や魔言といったものは魔法とは全く異なる理で成っている。うまく身柄を拘束できて二人に調べてもらっても専門外だという結論に落ち着いてしまうかもしれない。

 それさえ見つかれば希望が見えるんだけど……。


「……ねーねー」


 そんな風にして『魔言』について考えあぐねていた自分に、ロッシさんの向こうから声が投げかけられる。

 その位置にいるのはライラさんだ。彼女は街の方を指差しておずおずと口を開いた。



「なんかそのくだんのアルコンさん。こっち見てない?」



 その口から信じがたいの言葉が飛び出してきた。

 まさかという心持ちで自分は双眼鏡を覗き込み、見慣れた円形広場の只中に立つ大柄な人影を丸い視界に収めた。


 そして目が合った。

 アルコンさんはこの1kmあまりの距離で確かにこっちを見ている。

 自分は信じられなくて一度双眼鏡を目から離して、また覗き込むもやっぱり彼はこちらを見ていた。い、いやありえないでしょ。目がいいとかそんなレベルじゃない。


『っとエリュー? どうやら早速仕事らしいぜ』


 魔眼ごしに会話が視える。

 その言葉は自分の姿が見えていることの証明に他ならなかった。

 けれど呼びかけられたエリニテスはどうやら何のことを言っているのか分かってないようだった。

 自分だって信じられない。裸眼で1km超の距離にいる人間を判別するなんて。

 だけどアルコンさんはおもむろに大剣弓を背から取り出して、ブンっと軽く振るう。彼が握ったのは大弓。

 二節分の詠唱から《アポート》を発動させ、極太のまるで槍と見紛うような矢が二本、彼の手の平に出現する。


『ムグスール山にエリニテスとロッシと、あと一人が要るぜ。見えた・・・。ひとまず俺が足止めしに行くから早急に応援を寄越してくれよな』

『え……驚いたわね。……ちょっと私では見えないけれど。了解したわ、『血盟員』を数分ののちに向かわせるわ』

『じゃあちっと行ってくるぜ』


 アルコンさんは大弓に矢を番えて、弦を引き絞る。射角は高く、放物線を描くように。

 ──標的は自分達だろう。けれど距離が距離。あの矢がここまで着弾したとして、十分に避けることはできるだろうし、十分に逃げ切れるはずだ。

 自分はそんなことを考え、双眼鏡から目を離して、大鎌を背負い紐から外して構える。


「皆さん散開してください! 特にライラさんは奥に!」


 ロッシさんが切羽詰まった声を張り上げる。彼も剣と盾を抜き放って臨戦体勢に移っていた。

 促されるままライラさんは森の奥に隠したヒポグリフの元へ駆け出す。


 それを見届けた、前に向き直り魔眼が視た風切り音を頼りに、見上げる。

 オルゼの空を穿つ矢、いやそこらの槍の穂先より太いあれを矢と呼んでいいものか。

 重力に引かれ、アーチを描く槍矢。

 弾道を見るに、アレは外れない。

 かくして槍矢は飛来した。


 着弾地点はドンピシャ、少し後退した自分の場所。

 それを迎撃しようと大鎌を振りかざそうとしたところで、ロッシさんが割って入ってくる。

 

 彼は剣を振り上げる。

 両手でしっかりと握った、おそらく《ラグラン流剛断剣》。

 その豪快な太刀筋で見事に槍矢を迎撃する。


 よし! これでおっけーだ!

 逃げましょうロッシさん!


 自分がそうして、山の中へと逃げ込もうとしたところで、たたらを踏んだ。

 ロッシさんは、まるで脅威が去っていないかのように両手で剣を保持していたからだ。


 そして未だ維持されていた魔眼にも変なものが写り混む。

 それは槍矢。ロッシさんに弾かれ空中をくるくると回るそれに、白いもやのようなものが纏わりついていた。


 それを自分は視たことがあった。

 あれはたぶんオリヴィエさんの《プリズム・レイ》をくぐり抜けたときに見えたものと、そしてアギラの《ディバイディング》を避けたときと同じもの。

 魔法の詠唱によってもたらされる効果範囲が見えているってことだ。

 でも一体何が起こるっていうんだ? アルコンさんとは1km超の隔たりがある、この距離で効果的な魔法なんて……。


 ロッシさんは振り切った剣を切り返す。

 虚空に向けてなぎ払いを放った。

 一見意味の掴みかねる行動。

 

 けれどガキィンッッッ! という金属音が響き渡る。


 それは何かとぶつかったということ。

 何事かと目を見張って、そこにあった光景は。


 ロッシさんとアルコンさん、二人が真正面から剣をぶるけあい鍔迫り合いをしているというものだった。


 え? 何でアルコンさんが……? 

 今さっきまで1km先にいたよ……ね……?

 推測は頭の中に一つある。けれど信じられない。

 だって槍矢を起点にした超距離テレポートだなんて。

 そんなのデタラメに過ぎるじゃないか。1km四方の天地どこへ逃げようと槍矢と届く限り追ってこれるだなんて。


「よぉロッシ。何してんだお前」

「……それはこっちのセリフですよアルコン……!」


 鍔迫り合いは膠着していた。

 いやロッシさんがさせているといった方が正しいのか。

 アルコンさんが剣を引けばそれにぴったり磁石でもついているのかと思うほどの体運びでくっついていき、押されようとも二本の足でしかと踏ん張って押し返す。


 けれどもアルコンさんもそう安々と御されるような腕前ではない。

 剣を引くのと完全に連動させて、蹴りを放つ。

 それをロッシさんは体を捻って避けねばならず、その隙にアルコンさんはバックステップで距離を取ってしまう。それだけで彼は止まらず、二度三度とバックステップの後、バク宙する最中にガチャンッという金属音。それは大剣弓『弧月』が変形する音。


 天地逆さまな体勢で彼の手に握られていたのは大弓。

 素早く番えられた槍矢の先端は自分の方を向いていた。


「よぉ死神ィ。オレともりあってくれよ」


 あぁ、そうだ。この人も戦闘狂だった。

 これはまた、実に厄介な人に目をつけられてしまったわけだ。


 槍の如き矢が放たれる。

 

 

 

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