第三九話「やるとき」
初めてのオリヴィエ視点ですね。
バァンッ! と何かが激突するような激しい音が轟いて。それに私は叩き起こされた。
何か大きなものがこの宿にぶつかったように感じだった。
「オリヴィエ起きて! マンティコアが出たんだって」
「起きてる。……マンティコア?」
マンティコアが出たらしい。
クームの堀を超えて来たとか。珍しい事件もあるもんだね。
しかもすぐ近くのようである。
うーん。マンティコアか。正直めんどくさい相手。絶対勝てないとは言わないし、勝てる見込みだってないことはないけど、相手しなくていいならそれに限る。クームは大きい街だしどっかの腕利きが仕留めてくれるかな。
バタバタと慌てるライラを尻目に私はそんなことを考えていた。ひとまず持ち運べる大事なものだけ、私の場合は杖と本くらい、を持って宿の裏口から出て、裏手の原っぱで集った。
連れは3人と1匹。
まず私の護衛として同伴してくれたロッシ。私は純魔だから戦闘になったら一人で戦うのは厳しい。だから壁役として非常に頼りになる。彼は魔法についてはからっきりだけど、剣盾のとても騎士っぽい戦闘は研ぎ澄まされ過ぎててもはや何かおかしい領域に達している。
そしてアルトフォス兄妹。
兄のユーク・アルトフォスは、私の学院時代の先輩で、私に魔法陣の美しさを伝えてくれた人だ。エリューの魔法陣のメンテを依頼したところ、即決で来てくれることになった。
妹のライラ・アルトフォスは、学院の同期生だ。ライラは生き物が好きで、いつまでたっても使い魔の契約ができないことを相談しにいって仲良くなったんだったか。その使い魔は現在なぜか契約が切れてしまったのか呼び出せないけど。それでこっちがもともと魔物の調査に呼んでくるつもりだったほう。
兄妹ともに現在は王立神秘院で働いているらしいけど、私の話に興味を示してくれて来てくれることになった。
あとはライラの騎獣であるヒポグリフ。名前はピュゼロだったか。人懐っこいやつだ。
それで王都からクームまで特にトラブル来たんだけど。ここに来て厄介事。
自分達を含め、裏口から宿泊客がどかどかと出きて散り散りに逃げていく。
そんな中私達は足を止め、頭を突き合わせて対応を会議する。
「マンティコアとは、困りましたね。無謀ってほどの戦力ではないと思いますがどうしましょうか?」
ロッシが皆に問いかける。……それ私も勘定に入ってないか? やだよめんどくさい。
「マンティコアはただの獣じゃない。何か理由があって、襲撃してきたと考えるられるが……、そこんとこはどうだライラ?」
ユークさんが問いかける。彼もライラと同じような赤毛で、それを短く切りそろえ、眼鏡をかけている。そんな兄に問いかけられた妹は。
「う、うん。そうだね兄さん。戦うにしてもよく観察した方がいいかも。マンティコアは言葉を話せるくらい知能が高いから、退治されるかもしれないこんな大きな街にやってきたのは何か理由あってのことかもだね。すぐ近くまで来てるはずなのにさっきから動きもないし。あーむしろ珍しいからお話できるならしたいなぁとか思ったり……?」
と同調した上で、更に欲を見せる。やめなよ危ないよ? 一応ライラは魔物や幻獣の専門家だから分からんでもないけど。
でも私としてはあんな大物誰かに押し付けたい気持ちで一杯だ。
「私は、正直めんどくさい。誰かに任せてとっとと逃げよ?」
最後に私が意見を云うと、途端に周りの視線が冷たくなった。消極的な私の案はどうやら歓迎されていないらしい。
「オリヴィエはセンスがあるのにやる気がないのが玉に瑕だな」
「まぁ、この子がものぐさなのは今に始まったことじゃないけども……ね」
ユークとライラが変わらない私の気質に若干呆れているみたい。
まぁ私はやるときは奴だと自負してるから。うん。
なんて行動方針を擦りあわせていたところで。
「誰か、誰か! あのマンティコアを倒してくださいっ! エリューさんが、襲われてるんです!!」
転がるように裏口から飛び出してきた、小柄な少年がそんなことをのたまった。
けれどそんな言葉に耳を貸す人はいない。ここは冒険者宿じゃないし、誰彼も自分の身が大事で、他人を助ける余裕なんてない。
私もそのスタンスだった。……けれどこれは話が別だ。
「……ケイティス?」
助けを求めていたのはつい数日前に発った冒険者宿で働いていたはずの少年。なぜこの街にという疑問をさしおいて彼の口から飛び出た言葉は私の態度を翻させるのに十分だった。
彼の助けを求める声が、虚しく吹く風に攫われる。彼は頼りなくきょろきょろとして。 そして私と目が合った。
「オリヴィエさん?」
彼は私達を見つけて、よろよろと歩み寄ってくる。まるで信じられないといった感じだ。
「ケイティス? どうしてここに?」
「ロッシさんも、あぁちょうどよかったっ!」
その段になってロッシも彼に気づいたみたいで、ケイティスに声をかける。
ロッシの方が距離的に近かったはずなのに私の方が先に気づかれたのはひとえに目立ちやすさの差なんだろうか。どうにもロッシは地味すぎるし、それに対して私は目立つ髪色と瞳をしてるし、おまけにトレードマークの三角帽子もある。
「それよりどういうこと。まさかマンティコアにエリューが襲わてるの?」
「っはい。その通りです。事情は色々あるんですけど、今はエリューさんは話で時間を稼いでいるはずです! 戦闘が始まってしまったら!」
そのケイティスの言葉を嘲笑うかのように、向こうで魔力がうねるのを感じた。次いで、膨大な水音。尋常じゃない魔法が行使されているのが分かる。
「……もう始まった?」
「っぽいね。もしかしてエリューって昨日あった黒髪の綺麗な子?」
ライラが確認を取るなか、自分は眉根を寄せて、建物の向こうにいるであろう巨躯を睨みつけた。
ん、というかもしかしてライラはエリューと会ったことある?
「っそんな! は、早く助けにいかないと……!」
「まぁ、待て。この子はおまいらの知り合いかしらんが、マンティコアを相手取るのは厳しいものがあるだろう。無駄に屍を増やすだけかもしれんのだぞ」
ユークに窘められるケイ君。いやむしろ試しているのか? 確かに普通なら死地に飛び込めと言っているようなものだ。私だって見ず知らずの他人ならきっと見て見ぬふりをしていたかもしれない。
けれど、エリューは私の友達だ。助けにいく理由ならそれで十分なんだよユーク。
「それは、……それでもお願いします。僕の力では天地がひっくり返ったってマンティコアには敵いません。誰かに頼る他、ないんです……」
ケイ君は苦渋を舐めるようにして、ユークの足元に崩れ落ち、私達を見回す。
「そうか。……だそうだが、どうする?」
ユークが皆へと問いかける。最終的な判断は私に委ねるいうことだろう。
「いいよ、私がやる」
私は毅然とした態度で、一歩進み出た。やるときはやるって自負してるんなら、これはやるときだ。ほう、といった表情をしてユークがにやけていた。分かってたな。
「そうか。なら魔法陣をいくらか融通しよう。待ってろ、即席で《アスポート》を刻んで、召喚できるようにする。帽子をよこせ。その中に送ろう」
「ん、助かる」
ユークは持ちだした手製のマジックアイテムの上に更に《アスポート》の魔法陣を敷くつもりみたい。《アスポート》は印を刻んだ物体等を特定地点に送りつける《アポート》の逆の魔法。魔法陣同士が干渉しあってダメになるかもしれないのによくやる。
まぁ、でもユークは魔法研究のスペシャリストなのできっと大丈夫だろう。
次に私はロッシの方に向き直る。彼は持ちだしていた剣と盾の具合を確かめていた。やる気のようだ。
「とりあえず、ロッシは今すぐ行ってほしい。……どうも戦闘中っぽいし」
上空には真っ黒い雲が渦を巻いて立ち込め始めている。雷雲? 自然のそれじゃなくこれは魔法だ。エリューがいくら魔法耐性があるとはいえ、持ちこたえるには厳しそう。今直ぐ助太刀に行く必要がある。ロッシなら剣と盾さえあればなんとかなるはずだ。うん。
「そうですね。ひとまず私は行ってきます。皆さんはちゃんと準備を整えてくださいね。それでいてなるべく早く!」
そういうと彼は愛用の剣盾を携えて、宿の表の戦域へと足を踏み入れていった。
私達3人は、宿の裏手に残され、ここで万全の準備を整えることとなる。しかしその中で二の足を踏む者がいた。
「ほ、ほんとにやるの? マンティコアだよ? ピュゼロと同じ幻獣といえど、ちょっと格が違いすぎると思うんだけど……」
ライラは先の私と入れ替わるように怖気づき始めた。まぁ気持ちは分かる。話すのと殺り合うのは話が別だ。彼女は私の心配をしてくれているのだろう。でも一つ勘違いをしているよう。
「やる。襲われてるのは私の友達。ライラがいれば見込みが出るので付き合ってもらう」
この中では彼女も貴重な戦力。ヒポグリフを駆ることができる彼女の機動力はマンティコアと正面切って戦うとすれば欠かせないものになる。心配するなら私の心配だけじゃなく自分の心配もすべき。まぁ拒否権はないけど。
仮にライラ、というかヒポグリフ無しで戦うことになったら、私の運動能力では魔法を避けたりできず、真正面から受け止めたり相殺したりしないといけなくなってしまう。魔力量には自信があるけど流石に疲れるのでそれは避けたい。
「いやいやいや! 私は仕事柄幻獣について詳しいから言わせてもらうけど、単純なパワーだけでもそこらの魔物より遥かに上なくせして魔法も一級品なんだよ!?ちょっと話すだけならともかく、いくらオリヴィエが天才児だったとしても敵いっこないって!」
「大丈夫、スフィンクス先生と同じでしょ? 勝ったことあるよ」
スフィンクス先生とは、学院に併設された図書館の守護獣。その名の通り、幻獣スフィンクス。彼はマンティコアと同じように言葉を解し、学院の講師も努めているわけなのだが、彼と禁書の持ち出しをかけて勝負をしたこともある。
「……たぶんランクは同じくらいだけどっ! あれは言葉遊びみたいなものだったでしょ!?」
ライラに冷静に指摘される。う、うん。確かに詠唱を妨害しあってどっちが先にキャントリップを完成させるかの勝負だけど……。えーと、なら学院を中退してからの戦績で。
「むぅ、なら……私は学院を中退してから邪教徒とずっと戦ってきた。『水葬された』ヴォルドニック、『魂隠し』のコンチュールを仕留めたこともある、これでどう?」
「話に聞きかじったことはある名前ではあるけど……。あぁもう! オリヴィエは賢いんだから勝算はあるんだよね!?」
そこでようやくライラは折れてくれた。ひとえにこれは友達やっててよかった感じの折れ方。いい友人を持ったもの。巻き込んでしまった申し訳ないけど、私も死力を尽くさしてもらうから。
「無謀じゃないよ。断言する」
「はぁ、分かったよ。ピュゼロもそれでいい?」
『ピュエ!』
側にいるピュゼロをライラが撫でると、空に向けて嘶き、やる気十分といった調子で翼をはためかせる。
「もう、なんでこの子はこんなに勇敢なの……。一応空戦はできなくはないけど本場の騎竜には劣るよ、あと私の魔法についてはそんなあてにしないでね? 魔法の成績は最後までそんなよくなかったし……」
「ん、分かってる」
「おい、アスポート処理終わったぞ。ピュゼロに色々と魔法かけておこうか?」
「さすが兄さん仕事が早い。是非是非~」
ライラが鞍や蹄鉄の状態を確認し、ユークが再生や防護の魔法をかけていく。
その間私は、返してもらった三角帽子を目深にかぶり直し、杖にしまってある魔法陣の状態や、喉の調子を確かめていく。
そしてケイティスはこのやりとりを呆然と見つめていた。
「みなさん、ほんとに……?」
彼は私達がマンティコアと戦うことがが未だに信じられないようで、、目をパリクリさせてテキパキと準備を進める私達を見つめていた。
「大丈夫ケイティス。勝算ならある。大船に乗ったつもりで構えててくれればいい」
そう勝算ならあるのだ。こと魔法戦においては最高の環境で教育を受けて、3年余りの間邪教徒相手に実践で培った魔法技術に私は絶対の自信を持っている。
大気が裂けるような鳴轟が響いた。
雷の落ちた音。
なかなかの大魔法。
けれど、捌けないこともないな、と私は思った。




