第八話 芝居
#第八話 芝居
アデライード・クロイツベルク 十九歳
「クララ、それでその二人はどうしたのだ?」
自室の椅子に座り、テーブルの上のカップから立ちのぼる湯気を目で追いかけながら扇子で口元を隠してそばに立つ侍女に向かって問うた。
「子息の方でしょうか?男性の方はご令嬢にご自身が頼まれたチーズケーキを差し出されました」
「ああ、そんな事が!」
くだらない。侍女に向かって興味たっぷりに話してみたが、心の内ではそんな事はどうでも良いと考えていた。
世界が小さくなっても尚アリーは世界を知ろうと努力をした。侍女には世間の色恋を知りたいとねだり街の様子を確認させに行かせるようになった。
最初のうちこそ訝しんでいたが、侍女がすっかり入れ替わると箱入り娘が恋に恋している風に見られた。
少しずつ少しずつ仕入れた情報によると、アデラ市に教会の人間は既にいないようだった。
籠しか持たぬ者達を、籠すら持たぬ者達を救うために教会に依頼した事もいつの間にかゲオルグによって排除されていたようだ。
侍女達への言葉遣いも改めた。丁寧に話せば話す程ゲオルグの命令が頭に浮かびアリーの依頼に対して躊躇する事がある。
目の前にいる者こそ主であると理解させるために力強く話す事にした。
「それで、令嬢はまさか拒むなどないだろう?」
「はい、店に二人しかいないかのように顔を差し出し口をお開けになってケーキを口に」
「あわわわわ」
アリーは顔を両手で挟んで悶絶するふりをした。侍女達には普段の強気と色恋の話を聞いた時の初心さがくすぐられるのだ。
街の様子を伺いに行かされてもゲオルグに止められないのはこの芝居のおかげだ。
「それと、お二人は湯を沸かす設備のある場所で二人きりでお過ごしのようでした。男性が『薪を割る』、女性が『何かお手伝いする』とおっしゃっていました」
「なんと、店でいちゃいちゃするだけには飽き足らず、本当に二人だけで過ごすとはシュガーじゃな」
「ええ、本当に」
「無理かも知れんがそのシュガー令嬢の話、続編が手に入れられれば是非聞かせて欲しい」
はあ、とため息を付いて目を閉じて椅子にもたれると、それを機に侍女は頭を下げアリーの自室を退去した。
グレイグ・ヴェルナー。かつて五歳の誕生日に仲間にすると決めた伯爵子息。相手の令嬢はシェリル・ラングリス子爵。
ヴェルナー領とは山で分けた隣同士の間柄なので、他領よりは付き合いが深い。グレイグは伯爵を継ぐ事が決まっていて、婚前旅行にゲオルグの別荘を貸す事になっている。
その後はもちろん挨拶に来るだろう。何日か泊まるかも知れない。
ヴェルナー家には不穏な噂もあった。ヴェルナー三兄弟の末の弟ノールが病に伏して亡くなったと。
さして珍しい事ではない。病は貴賤に関わらず平等にやって来る。
だがそれは流行り病でヴェルナー家の迅速な対応と尽力で被害者はノールただ一人で済んだらしい。
流行り病なのに!?
他に重篤化したが助かったなどの話も聞かない。
そんな事があり得るのだろうか?
あるとすればどのような状況か。
ないとすれば?
凶事に倒れた?
であればそれこそ新婚旅行というのは建前で目的はノールの凶事の原因を探る為ではないか。
来客に依然として紹介されないアリーには真相を知る事は出来ない。例え邸内だとしてもゲオルグの私室に入る事は不可能だし、聞いたとしても真っ当な答えが返ってくるとは思えない。
それでも精一杯自分の出来る事をしようと考えた。
月に一度のアデラ市の報告書を読み返す。アリーが表に立っていた時には安価な果物や野菜が市に並び、翌日に商品として並べられない売れ残りは教会への寄付という形が取られた。
次第に認知度が高まり売れ残りが減ると売れ残りの寄付も減ったが、教会として出品している弱き者達の商品も売れるので寄付に頼らずともよくなった。
一方で教会の報告書を照らして見ると、助けを必要とする者達の数が市によって減りつつある事が分かる。
アデラ市に参加する事で読み書き、計算が出来るようになりきちんと店で働けるようになった者も増えた。
それだけでなく、賃金から幾ばくかの寄付が出来る者も現れた。まさにアリーの望む幸福の連鎖だった。
それが変化し始めたのは三年程前からになる。アリーの世界が狭くなり、自らの目と耳で報告書を補完出来なくなってからだ。
市の店が毎月のように入れ替わり、確かに安価な野菜を売る店は残ったが、単価の高いものが増えた。
教会の売り場は狭くなり、教会への寄付は減り、領民が苦しんでいるのが手に取るように分かる。
時が満ちるのを感じた。アリーに残された選択肢は二つ、何も気にせず見なかった事にして隣国へ嫁ぐか。
それとも、ゲオルグを・・・。
自分は網からこぼれ落ちそうな弱き者を助けたいと思う。
ゲオルグは富める者が増えれば下々の者まで次第に富が回るという考えだった。
答えは出ない。




