試験勉強 〜似ているのは〜
「先生が、『今回の試験は、生徒の学力を知るためのもの』と仰っていましたから、基礎的な問題が中心になると予想されます」
アイラが本のページを捲っていく。
「王国史を中心に、重要なところだけ押さえていきましょう」
そう言ってアイラが示したのは、建国前のページだった。神話の時代だ。
「六英雄については、ご存知ですね」
「よく母さんが、寝る前に話してくれました」
「寝かしつけのお話としては定番です」
マリナは頷きながら、母親が話す物語に夢中になって、却って眠れなくなったことがあったのを思い出していた。
「あとは、『言うことをきかないと、魔王が来て攫っていくぞ』」
「それ、言われたことあります」
「子どもに言うことをきかせたいときの、常套句です。でもこれは、親が魔王に責任を押し付けているようで、わたくしは好きではありません」
「責任を押し付ける?」
「わたくしには、子どもに嫌われたくない親が、魔王を悪者にして、嫌な役回りから逃げているように見えるのです」
そんなふうな考え方もあるのかと、マリナは目から鱗が落ちる思いがした。それでも魔王のイメージは変わらない。だからこそ、あの常套句がある。
「でも、魔王は恐ろしいものですし」
「本当に?」
「え……」
アイラに訊かれて、マリナは返答に詰まってしまった。魔王は恐ろしいもの。ずっとそう言われてきた。疑ったことなど一度もない。
「魔王がどのような存在だったのかは、誰にも分からないのです。今の魔王像も、長い年月の間に作られていったものかもしれませんよ」
「そうなんですか?」
「六英雄の伝説は諸説あります。六英雄も魔王も、どこまでが歴史で、どこからが伝承なのか、今となっては分からないことも多いのです」
そこまで言って、アイラが本を指で叩いた。
「ですが、そこは試験には出ません」
「出ないんですか」
「試験で大事なのは、六英雄と神聖ディアス教との関係です。六英雄の伝説は、ディアス教の成立と深く関わっていますから」
マリナは慌てて姿勢を正した。アイラに教えてもらいながら、本の内容を追っていく。建国当初の動乱期、支配体制や王朝の確立、宗教の成り立ち、さらに隣国との関係や災害など、覚えることが多くて嫌になってくる。
「……頭が痛い」
「少し、休憩しましょうか」
アイラに言われてマリナは机に突っ伏した。
ふと、気になっていたことを訊いてみる。
「あの、どうしてこんなに、親切にして下さるのですか?」
「あら、困っているクラスメイトに親切にするのは、当たり前のことではなくて?」
あっさり返されてしまった。アイラは事もなげに言うが、それを行動に移せるところは、素直に凄いと思う。
そんなマリナの思いに気づいたのか、アイラがにこやかに続ける。
「わたくし、憧れている方がいますの」
そう言って、アイラが差し出した本のページには、一人の女性の肖像画が載っていた。
下に小さく名前が載っている。
第四十七代国王
フロール=レアリス=ラインシェリア
「王国中興の祖と言われる女王です」
「中興の祖……」
「わたくし、この方が好きなのです」
「え?」
思わずアイラの顔を見てしまう。
「四百年前、滅亡の危機にあった我が国を救った偉大な方です。王国史上初の女王でもあります。何より、困っている人を見捨てなかった方です」
女王のことを語るアイラは、どこか誇らしげに見える。
「この方は、初代学院長とも関わりが深い方です。そして、学院の名は、この方の名前が由来です」
「え、フルールって、花の女神からとったんじゃないんですか」
「学院の生徒が、そこを間違えてはいけません」
それは……確かにその通りだ。
「いいですか。中興の祖と言われ、現在まで続く繁栄の礎を作った女王です。しかも、初代学院長とも関係が深く、学院名の由来でもあるのですから、絶対に試験に出ます。ここだけは、何がなんでも覚えなさい」
「はい」
マリナは再び本に向かった。
フロール女王についての記載は、数ページに渡る。情報が多くて目まいがする。
「ひとつ、面白いことを教えましょうか?」
難しい顔をしているマリナを見て場を和ませようとしたのか、アイラがそう言って、女王の肖像画を指差した。
「誰かに似ていると思いませんか?」
マリナが肖像画を見つめる。言われてみればどこかで見たような気もする。
「あ、まさか」
肖像画を見つめていたマリナの脳裏に、ある人物の顔が浮かんだ。
気づきましたね、という顔でアイラが頷く。
「歴代の王族の中で、フロール女王にもっとも似ていると言われるのが、現王太子殿下なのです」
その言葉にマリナの心が揺れた。
……気づいてしまった。
四百年前の女王とラウルが似ている。それはつまり、少なくとも四百年間、実際にはそれ以上の間、血筋が受け継がれてきたということだ。ラウルという一人の人間の後ろには何人もの祖先がいて、彼らが血を繋いできたからこそ、今のラウルがいる。
この世界の人たちはゲームキャラクターではなく、生きた人間だ。
そんなことは分かっているつもりだった。
それなのに自分が、世界の表面だけしか見ていなかったことに、今更ながら気づかされてしまった。
この世界にも歴史がある。
当たり前のことなのに、改めて突きつけられたような気がした。
ラウルも、アイラも、アレクセイも、皆、この世界の歴史の続きの中に生きている。
でもマリナは違う。この世界の歴史の中に外から割り込んできた存在。自分が来たことで、この世界で生きていたマリナの人生を奪ったかもしれない。
(わたし、ここにいて良いの?)
自分だけが皆と違うところに居るような気がして、胸の奥が痛んだ。
「顔色が悪いですわ」
「……大丈夫です」
「大丈夫という顔ではありませんが」
「本当に何でもないですから」
それだけ言うのが、やっとだった。
「何か事情があるのですね。言いたくないのでしたら、無理に言わなくても構いません。ですが、あまり一人で思い詰めないでください」
アイラの優しさが身に染みた。
真鍮の支柱に支えられたランプが、机の上に温かい光を落としている。
窓の外には薄闇が広がっていた。
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