第十八首 隠り世の 闇を視る目に 灯る火の 温もり知るや 秋の初め風
――秋の夜の 差し向かふ身の ふたりして 縁側にゐて ただ眺むらし。
(直訳:秋の夜長に対峙する二人の男。私はそれを、縁側から眺めているだけ)
沈黙は、一段と大きくなった虫たちの音が許さなかった。
景衡は、その暗い肌をどこか神秘的に夜へと溶け込ませながらこちらを見つめ、弦一郎の言葉を待っていた。
それまで隣にいるかぐやを見ていた弦一郎は、ふと視線を外し、景衡の立つ庭先へと目を向けた。
「どうやら、お前の親父の言葉は本当だったらしいな。どうしてわかった?」
息子には才能がある。
景衡の父親は確かにそう言っていた。
それを裏付けるかのように、景衡はこの屋敷に施してある『安全装置』を察知していた。
他の誰かにそのことを見破られたのは、初めてのことでもあった。
この異常事態にもかかわらず、弦一郎はまったく動じず、かぐやの横で胡坐をかき、笑みを浮かべるだけだった。
一方で景衡は、面白くなさそうに下を向き、足元にある砂利を草履の裏で掃いて整え始めた。
しばらく、また誰も、何も言わない時間が流れる。
ふいに、それまで耳に痛いほど騒いでいた虫たちが、一斉にその音を止めた。
それを合図に、景衡は顔を上げると、今度は大きくため息をついた。
「……あのガキとは反対でな。俺にはよく『視える』んだよ。魍魎、妖魔、神力。そういったものが、生まれつき」
景衡は誰とも目を合わさず、軒下を一点に見つめていた。
深い森にホーホーと響くフクロウの空声が、かぐやの耳には彼を慰めているように聞こえた。
「……苦労しただろう?」
すべてを包み込んでくれる低い声が静寂を破る。
天より賜りし力というものは、人から羨まれることも多いが、恨まれることもまた多い。
そのことを身をもって知っているかぐやは、弦一郎の優しい言葉に、内心でほろりとさせられていた。
「その話は、今はいい。ともかく、この屋敷に張られてる結界は普通じゃない。陰陽術だったら、あっという間にパンクしちまうような強固な守りだ。何なんだ、この……神通力に近い、めちゃくちゃな法力の正体は」
景衡が落ち着いた声色で言い終えると、弦一郎はまたしても、かぐやに視線を向けた。
こちらを見下ろす彼の目は「もういいぞ」と言っていた。
かぐやは小さく頷き、新たなる仲間に向けて、その口を開いた。
「私の『歌』の力です」
景衡は首元の筋をピクリと動かし、すかさず一歩前に出て言葉を挟む。
「まさか……」
しかし、弦一郎がすぐに遮る。
「いや、それは『あまね』にしかできない技だ。『歌』の力って言ってるだろう? かぐやはそこまでできやしねぇ」
身も蓋もない彼の言い方に、かぐやは顔を少しむくれさせて対抗した。
弦一郎は鼻で笑い、そんな彼女の顔を片手で包むと、膨れた頬をムニムニと押しつぶした。
「まあ、術式に制約はつきものだからな。かぐやの場合、一日一首ってところか。そこら中を連れ回して鍛えてやって、なんとかそれくらいになってきた」
合点がいったのか、呆れたのか、あるいは両方か。
景衡は乗り出していた身を引くと、腕を組み、考えるしぐさを見せた。
もちろん弦一郎はそれを見逃さない。
「どうした?」
「いや……不便じゃないのか? 力が邪魔をして、歌を楽しめないだろう?」
よくぞ言ってくれたとばかりに、今度はかぐやが身を乗り出す。
「そうにゃんです! この力もそうにゃけど、それが出来にゃいから、宮中では、ますます孤立しちゃって……」
弦一郎に頬を包まれたままで上手く口が回らなかったが、彼女の想いは本物だった。
生まれ持った異能のせいで気味悪がられ、宮中を追われ、この屋敷に隠れ住むことを余儀なくされた。
せっかく皇族として生まれたのに、この上なく最悪の人生を歩んできたかぐやだったが、弦一郎が来てから風向きが大きく変わった。
歌の力を使って、この屋敷を守ることを提案してくれたのも彼だった。
かぐやの頭によぎったのは、今も頬を包む大きな手の熱量にも負けない、弦一郎と過ごしたこれまでの日々。
もっと耽りたい。
彼女がそう思ったところで、景衡は砂利を鳴らし、一歩進み出てきた。
「そうだったのか。どおりで……術式じゃなく、歌そのものが奇跡となって、この屋敷を包み込んでいたのか。理屈を超えた出鱈目な法力だが……大変だったんだな、宮様も」
彼は、細めた目を真っすぐにこちらへと向けてきていた。
「あの夜風とかいうガキも……そういう連中が集まる歌でも、詠み上げたのか?」
その問いに答えたのは弦一郎だった。
「鋭いな。お前は、どう思う?」
まさかそんな意味深なことを言うと思っていなかったかぐやは、思わず弦一郎の顔を見上げた。
彼は池の底を覗き込むような、不思議な眼差しを景衡に送っていた。
眉間にしわを寄せ、しばらく地面を見つめたままの景衡だったが、突然正気を取り戻したかのように顔を上げると、彼はゆっくりとその首を振った。
「……さすがに」
直後、弦一郎はいつものように口の端を上げて笑った。
「当たりだ。そこまでは歌に込めていない。俺たちの出会いは偶然に過ぎん。以前、お前が言っていた『巡り合わせ』ってやつだな」
リンリンと虫が鳴く。
再び騒めき始めた秋の夜の中で、景衡は目を閉じ、噛みしめるように頷いた。
「これから、よろしく頼むぞ?」
「……どうだか。誰かさんに、面倒なガキを押し付けられたもんでな」
二人の男たちは軽く笑い合い、話はそこで終わった。
景衡はくるりと背を向け、部屋に帰っていく。
かぐやは弦一郎と肩を並べたまま、導かれるように歩いていく景衡の後ろ姿を眺めた。
――ちがふ身の よりあふ夜半の 虫の音に ひかる結びの 糸ぞみえゆく。




