↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィーバー☆平安物語  作者: ふるみ あまた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/18

第十二首 昼の陽の あまりに強き わび人を なぐさめ給ふ 夜半の月影

 

 淡い緑の小袖に、前掛けとして(しびら)を重ねた小綺麗なおばさん。


 (あこめ)こそしていないが、その仕着せに見覚えしかないかぐやは嫌な予感がしていた。


「あなたは、宮中の女官?」

「いえ、そんな、めっそうもない。わたくしは、ただの女孺(にょじゅ)勤め。それも、過去の話でございます」


 すると、何か事情があって、宮中を追い出されたのか。


 かぐやは、弦一郎をチラリと横目で見る。


 今は、縁側に座ったままの夜風と鞠遊びなどに興じている彼だったが、おそらくは、このおばさんを宮中で見かけたことがあるのだろう。


 東男の野性的な勘かどうかはわからないが、ともかく、彼はこのままにはしておけないと判断して、彼女たちをここまで連れて来た。


 それだけは間違いなさそうだった。


「お名前は?」

「生まれ故郷の名にございます。宮中におりました頃も、名のない身分のわたくしは、ただ『吉野』とだけ」


 そっちに座っている『ウシカイオ』より、何倍もいい名前じゃないか。


「……『あまね』ですか?」


 その一派しか、あそこにはいない。というより、いられないというべきか。


 その名を聞いた吉野とウシカイオ、さらには、横にいる弦一郎までがピクリと体を硬直させる。


 やはり、とかぐやは納得した。


 自分も宮中にいた頃は、あの女の手先にさんざんなことをやられた。


 部屋の前に汚物を撒かれたり、羽化直前のカマキリの卵を机の引き出しに入れられたり、おじいちゃんの誕生日にしたためた和歌の紙でお尻を拭かれたり、思い出すだけで反吐が出る毎日。


 そのうちに心がやられてしまって、歌の力、法力を奪われた。


 式部だとか、納言だとか。


 事件を起こしたのは、そういった取り巻きの方であって、あまね本人に特に恨みはない。


 宮中という、下の者たちが、何か勘違いして動かしている組織そのものが、ただただ悍ましい。


 弦ちゃんみたいなイケメンなんて、どこにもいなかった。


 貴族の男たちは見えない権力をその目で捉えようとして、皆、顔が明後日の方向に曲がっていた。


 百歩譲って、好みの男がいたとして。


 実際、いました。


 貴族ではないですが、五歳くらいの頃、よく遊んでくれた、宮中で警備を担当されていた方が。


 顔は面白い感じだけど、よく笑って、体が逞しくて、字も綺麗で、賢い。


 そんないい感じの殿方が、初恋の相手でした。


 結局その人は、権力闘争の巻き添えを食らって、職を失い、今は行方知れず。


 この吉野という人も、直接というよりは、仕えている主人が被害を受けて、そういうことになってしまったのでしょう。


「……なんとなく、事情はわかりました。我が屋敷で奉公してもらえれば、このまま暮らしてもらって構いません。ですが、だらしのない男女関係を持ち込むことだけは、許せません」


 シングルなのか、ダブルなのか。


 一口に不倫といっても、様々な組み合わせがある。


 なぜ弦一郎は、この二人の関係を、そういうものだと断定したのだろう。


 基本的な疑問を残すかぐやではあったが、彼の出す結論はいつでも大体合っているという経験則が、その疑念を塗りつぶす。


 そんな彼女の思いを先回りして読んでいる男は、ようやくのことでその真相を語り始めてくれた。


「とはいっても、妾だ。正式には元妾か。なまじ見てくれがいいから、元主人にいいように使われてたんだよ。な?」


 とてもフランク。


 身分関係なく接すること。


 それは素晴らしいことだが、真っすぐ過ぎる彼の言葉は、ときに人の心へと深く入り込む刃にもなる。


 ふいに、吉野の瞳から一滴の涙が零れ落ちた。


 やがて彼女は唇を震わせながら、言の葉を紡ぎ出した。


「……みじめでございました。あそこにいた私は、人ではなかった。ですが、この人は……牛飼男(うしかいお)は、違った。自らも、厳しい環境に身を置いているのに、私を、すべてを失い、路頭に迷うしかなかった、薄汚れた女に、雨露をしのぐ場所を分け与え、温かい食事まで……一人の人間として、私を、扱ってくれました」


 すべてが、繋がってきた。


 吉野の隣に坐する煤けた牛飼男も、宵闇の中で瞳を光らせている。


 これに対し、かぐやは――。


「……スン」


 鼻をすすって、渾身のもらい泣き。


「宮様……どうか、ご慈悲を」


 ウシカイオが首を垂れれば、どこからか優しい風が吹いてきた。


「わかりました。そっちのポチも含めて、どうぞ、今まで通り、お過ごしください」


 心を痛めてもなお生きようとする者へ、せめてもの(はなむけ)として、彼女は心の中で歌をしたためる。



 ――なほ生きむ 憂き世はつらく あるなれど 君がひとこと 闇を照らせば。




 ◇ ◇ ◇


 庭に(よしず)を敷いて座らせていた、吉野も、牛飼男も、ポチも、もういない。


 深くなった夜の縁側には、女と男、そして少女だけが並んで腰かけていた。


「あれで、よかったのかな?」


 己の働きかけが、正しかったのかどうか。


 いまいち自信が持てなかったかぐやは、弦一郎に語り掛けた。


「生かすも殺すも、あいつら次第。そんなものは、今すぐにはわからん」


 前向きな言葉を期待していたかぐやは、シュンと下を向く。


 すぐさま、チッと舌打ちの声が聞こえた。


 もちろん、弦一郎が発したものだった。


「ったく、しゃあねぇなぁ。夜風、占ってみてくれるか?」

「はい」


 足をぶらぶらとさせて座っていた夜風が、スッと立ち上がった。


 深紅に染まった彼女の瞳が、上天を向く。


 その眼差しが捉えていたのは、夜空に輝ける月だった。



『――月は、日に勝らず。だが、月明かりにしか集えない者たちにとっては、何よりも貴く。彼の者たちは、月の民。歌姫が作り出すのは、月の都』



 夜風は庭先に向かって一礼すると、再び縁側へと腰かけた。


 弦一郎は「フフン」と鼻で笑って、かぐやの方を見る。


「……だとよ?」

「どういう、意味?」

「わからんか? 俺の名前が出なかったから、料金は払えんということだ」

「そんな! また、わらび餅が食べたいです」

「はっはっは! ……あのおっさんたちに、米とか着物とか、やらんとな」


 彼の提案に、かぐやは何度も何度も、深く頷いた。


 ふいに起こった庶民との接触。


 それによって受けた、カルチャーショック。


 住む世界はだいぶ違っていたが、そこで育まれている愛の形は、自分たちと比べて違わぬどころか、それ以上に綺麗なものだった。


 またひとつ、学びを得た彼女は、心の一首。自分ができることを、ただ繰り返した。



 ――捨つる身を 拾ふ心の ゆたけさを ともに持ちけり (かな)しき君と。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。