第一首 平安の ナイトプールで 金ビキニ 歌姫様に 品のない武者
線の細き男、あいなし。
打ちても、打ちても。
打ちても、打ちても、打ちても。
いかに打ち伏せども、立ち上がりて、なおも我を抱かむとする男――疾く、来よ。
「浸ってんじゃねぇ、引きこもり女が!! 外出るぞ!? 今日はナイトプールだ!!」
白檀の香りを漂わせながら現れたのは、がっしりとした筋肉が逞しい骨太な男。血の気の多い彼は東国出身の武者であり、夢見がちなかぐやの許嫁でもあった。
「『討魔太夫』殿は、いつも突然いらっしゃるのですね?」
「浸るなっつってんだろ! 夢の世界から戻ってこい!」
「……遅いよ、ゲンちゃん」
「うるせぇなぁ。いいからさっさと、これにでも着替えろ」
一度抱かれたら忘れられない、ワイルドな腕が投げてよこしたのは、金色に輝くビキニだった。
「あの……」
いくら広げても、広がってくれない。
色事を想像させる、最小限の生地を手の中で弄びながら、かぐやは言い淀んだ。
「いい色だろ? 月の色だ。お前に似合うと思って、渡来人に作らせた」
屈託のない彼の笑顔は、彼女にとってはどんな望月よりも甘く輝いて見えた。
「……着替えるから、出てってくれる?」
「おう」
パシャリと唐紙を締め、ゲンちゃんは去った。
今日は何が起こるんだろう。かぐやは心を弾ませながら、十二単に手をかけた。
◇ ◇ ◇
月明かりが眩しい、今宵は十六夜。
肌に刺さる月光と男どもの視線に、かぐやはたまらずゲンちゃんの後ろに隠れようとする。
視界に入ったのは、生傷の絶えない広い背中。
恥じる気持ちを感じた彼女は、彼のすぐ後ろに寄り添って、半身だけを隠すことにした。
「つらいか?」
「……ううん」
気丈に振る舞ったものの、重い着物から羽よりも軽い金ビキニへと装いを変えたかぐやは、肩出し、へそ出し、丸出し状態。
ついでに寝殿造りにあるプールには、いろんなやつらの白粉の出汁が滲んで浮かんでいた。
「きったねぇなぁ……無理して入んなくて、いいからな?」
「うん」
手首をしっかりと掴みながら、ゲンちゃんが人混みをかき分けていく。その先にあったは、竹ひごのラウンジャーだった。
「よいしょ!」
「あっ……」
かぐやを膝の上へと引き込みながら、彼はどかりと座り込む。
猛る獣のような力を前に、彼女はされるがまま。硬く引き締まった彼の腹筋に、自らの腰が密着するまで、その体を弄ばれる。
「ゲンちゃん……私、恥ずかしいかも」
肌と肌がじっとりと触れ合う。ふっと笑った彼の息が、かぐやの耳にかかった。
「気が合うな」
鬼火灯籠に照らされたちぐはぐな二人は、そのまま心地いい沈黙に身をゆだねる。
ゲンちゃんは凛々しく月を見上げ、かぐやは胸の高鳴りをひっそりと歌にした。
――いかでかは 安くは得べき 世の中に 人を愛しと 思ふ心を。
「……なるほど。粗暴な田舎武者と、かような場所に来られるとは。内親王殿下も、ずいぶんと落ちぶれましたな?」
線の細き男、あいなし。
短い間だけ許された甘い時間を、かぐやが忌み嫌う男が引き裂いた。
時が変われば、立場も変わる。
かつては、かぐやのもとに足しげく通い、愛の歌を詠みに来ていたこの男。
こんな自分に振り向いてくれるとは、目のある男だ。
当時のかぐやはそう考え、心を開きかけていた。
ところが、すべてはまやかしだった。
男の胸の内に、彼女のことなど一欠けらなかった。
その心は宮中の権力闘争、都の毒に染まりきっているだけだった。
「……とはいえ、荒武者の猛き力、実に惜しい。我が一派に降るならば、殿下ともども、都の頂へと引き上げて遣わしてもよろしいですぞ?」
かぐやは眼前に現れた男を穢れとして見なし、一瞥すらくれなかった。
そんな彼女の心を落ち着かせたのは、再び耳元にかかった甘い吐息だけだった。
「寝取られ男に、そんな力ねぇだろ。そういえば、コイツとは何回ヤれたんだっけ? 結構、身持ち硬かっただろ? 俺たちは……何回だっけ? 五、六回だっけ?」
「……ひと晩で?」
品性下劣なゲンちゃんの挑発に、生真面目なかぐやが平然と乗っかる。この最悪な合体技に、男の顔色がにわかに変わった。
「……殿下の前ぞ。弁えよ、田舎者」
「かぐやを『殿下』と呼ぶ限り、お前には何の興味もない。消え失せろ」
男の口元が、ぶるぶると引き攣る。
彼は青白い指で素早く印を結ぶと、狂ったように高笑いをあげた。
「急急如律令!!」
線の細い身体からは想像もつかないほどの邪悪な霊力が吹き荒れ、竹ひごのラウンジャーが激しくガタガタと震えた。
プールの水が生き物のようにせり上がる。
その水柱を突き破って、牛の頭を持った異形の獣が姿を現した。
湿った皮膚から湯気を立ち上らせるその式神は、ゲンちゃんの逞しい体躯すら小さく見せるほどの巨体を二本の足で支えていた。
「行け、牛頭! 和平を乱す、不届き者たちを滅せよ!」
「フスーッ、フスーッ」
異形の式神は生臭い鼻息を吹き鳴らすと、圧倒的な質量を持つ拳を振り下ろす。
そこには、かぐやを背中で庇うようにして立つ、ゲンちゃんの姿があった。
「ゲンちゃん!?」
ドシリ。
打ちても、打ちても。
打ちても、打ちても、打ちても。
いかに打ち伏せども、立ち上がりて、なおも我を抱かむとする男――疾く、来よ。
「――そんなもんで、俺をすり潰せるとでも思ってんのか?」
「バカな!?」
耳から鼻から、血を流して異形の猛攻に耐える頑強さ。
橘弦一郎遠政。
東国一の暴れ武者、通称『討魔太夫』は不敵に笑っていた。
「バカはお前だ。不敬罪成立。かぐや、好きな獲物を出していいぞ」
赦しを得たかぐやは、内に秘めたその想いを、今度は声に出して詠み上げる。
「弦の音の 響くがごとく 立ち上がり 大地を支うる 我が一郎よ――」
鬼火灯籠と十六夜の月の光が、弦一郎の手の中に吸い込まれていく。
集まった光は意思を持ったかのようにうねり、その形を変えていった。
――ガキィンッ!!
金属が激しく噛み合うような轟音とともに、ついでにかぐやの金ビキニがまばゆく輝く。
強烈な発光が引いた次の瞬間、弦一郎の右手には身の丈を大きく超える、黄金の槌が収まっていた。
「フィーバー☆ターイム!」
耳から垂れる血を乱暴に拭うや、弦一郎は床に亀裂だけを残して、高々と跳躍。
縁だけが妖しく輝く月を背に受け、大槌を天に掲げる。
そして、終わりが始まった。
「じゃあな」
悪童的な笑みを浮かべた武者が放った一撃――。
異形の獣・牛の頭がぐしゃりと潰され、弾け飛ぶ。
「な!?」
自慢の式神を肉塊すら残さず粉砕され、衝撃の風圧で男の身体は派手に転がった。
「あ、あ、あぁっ!?」
汚れたプールの床板に這いつくばり、男は言葉にならない叫びをあげる。宮中の毒に染まった青白い顔は、今や恐怖で土気色に変色していた。
どすん、と重たい音を立てて着地した弦一郎は、手の中で役目を終えた黄金の槌を光の粒子へと還した。瞬く間に夜の世界に光が戻ると、彼は男に向けていた背中を翻し、無邪気に微笑んだ。
「安心しろ。テメェは俺が直接、ぶっ飛ばしてやるから」
「ひ、ひぃぃっ……!!」
弦一郎は男の胸ぐらを掴んで立ち上がらせると、鉄よりも固い拳を、その眉間にめり込ませた。
召し物が破れた音、少し遅れて、水しぶきの音が響いた。
静寂が訪れた寝殿造りには、貴族inナイトプールwith白粉が完成していた。
「はぁ……」
すべてが終わると、かぐやの全身から力が抜けた。
その場にへたり込みそうになった彼女の体を、ゲンちゃんが支える。
「大丈夫か?」
「ちょっとだけ、気持ち悪いかも」
「甘えるな、引きこもり。帰るぞ?」
不器用な暴言とは裏腹に、彼は大事そうにかぐやを背負って歩き始めた。
「……ありがとう、ゲンちゃん」
「黙れ」
空に浮かぶ月と彼の背中を重ねたかぐやは、心の中で詠み上げる。
――雲隠れ せむとする月 おしくとも 隠せる影ぞ いよいよめでたき。
【あとがき】
ナイトプール以外で、平安時代にふさわしいデートスポットがありましたら『ふるみ あまた』まで、ご一報ください。




