第14話 幻術
中学校の三階。
そこの廊下。
渉と龍蔵寺 猛、小葉が争った場所。
教室の壁が崩れ、散々な景色になっている。
猛は、半身を起こす。
神崎 さやかは、ひざをつき、小葉の目線を合わすような格好。
少し離れて、渉と雫がいる。
「要するに、家名高い旧家同士の主導権争いね。こんな時に、くだらないわ」
神崎 さやかは、そう言うと、小葉から離れた。
「この子のことは……」
龍蔵寺 猛の顔色がくもる。
さやかは、大きく息を吐いた。
「見なかったことにしてあげる」
教会にとって、死人は、祓う対象だ。
そこに、事情は問う余地はない。
存在が、彼らの理に反するからだ。
それでも、彼女は、
「誤魔化す術をほどこす余裕がないなら、小葉ちゃんと、どっかに隠れてなさい」
鴉神父は、見逃さないという意味を込めて言った。
「そこの化け物は、どうなる? 森宮家秘蔵の……」
猛は、ふと思い出した。
雫が刀に変じた一件。
人格が入れ替わったかのような、渉の振る舞い。
切り落とした腕の再生。
最強の一角。
正に、森宮家の秘蔵っ子。
それにまつわる、さまざまなうわさ、死人使い、死人憑き、不死の呪い……等々……
その全てが、多分、真実だと、あらためて気がついた。
正に化け物だ。
生きた禁忌と言いかえた方が良いかもしれない。
森宮 渉は、死人使いであり、死人憑き。
尋常じゃない、回復力は、不死なのかもしれなかった。
教会が、もっとも忌むべき存在だ。
ただ、追求はやめた。
それは……
猛は、雫を見た。
「術が回復するまでは、身を隠させてもらおう」
彼は、そう言うと、ふらつきながら立ち上がった。
森宮 雫、あれは、生者に死人だ。
「あんな名前、森宮家の血筋に居たか?」
彼は思う。そして、どうして、最初から疑問を抱かなかったとも思った。いずれにせよ、そこを追求すると……
猛のふらつく体を支えてくれている、小葉の頭を優しく撫でてやる。
小葉の、この行動も、彼の組み込んだ術式の成果に違いない。だが、そこに心を、どうしても、感じてしまう。
風景が一変した。
それは、突然ではなく、渉は、その前兆に居合わせた。
その時、彼は、風景の記憶に取り残されたような感覚を味わった。
廊下が、行き交う生徒たちであふれる。窓からは、春のまぶしい陽光が差し込む。もちろん、教室の壁は崩れてなく、廊下は、平穏無事だった。
色彩は、不自然。
陽光はまぶしいが、風景は、モノクロ。
歩く生徒が、渉の体をすり抜けていく。
それが、現実になる。
見知らぬ生徒が、渉の肩にぶつかった。
その生徒は、誤りもせず舌打ち。
渉は、失礼な奴だと思う。
見知った顔が、彼に声をかけた。
「おい、森宮、授業がはじまるぜ」
四限目の授業はなんだったか?
渉は考えてしまう。
五感が受けとる風景に記憶を合わせようと、情報が整理されていく。
「ボーとしちゃって、どうしたの?」
そんな彼に、雫が声をかけた。
初仕事の前、祠で出会った少女。
受肉した死人の女の子。
お人形のような可愛らしい容姿を持った女性。
「そんなの、いつものことじゃない」
さやかは、キッとにらむ。
口調は、いつもの神崎 さやかだった。
服装もいつもどおり、とはいえ、中学校だから、指定のセーラー服というだけ。
ただ、違うのは、にらんでいる相手が、雫というところだ。
いつものなら、渉が不機嫌の対象だった。
廊下を歩く生徒は、誰も、雫に注目していない。彼女が学校にいるのなら転校生? そんな感じになのだろうと渉は思う。
始業のチャイムが鳴った。
廊下が静かになる。
階段の方から教師の姿が現れた。
「気をつけなさい。まさかとは思うけど、幻術にはまってるわけ?」
渉の五感は、全力で、今、この風景が現実だと訴えてくる。記憶は、五感に従うように、塗り変わっていく。
雫のセーラー服に血の跡がある。
なぜ、忘れていた?
渉は、思い出す。
それでも、五感が否定する。
そして、彼は、彼女の名前を呼んでみた。
彼女の本当の名前。
偽名ではなく真名を言う。
「斬り姫の太刀、月の雫」
雫が呼応するように、渉の手を握る。
彼女の姿が霞になり、やがて太刀へと姿を変えた。
刀身の輝きはひかえめ。
派手はなく、銘も刻まれてない素朴な太刀。
握りに施された装飾は細やかで丁寧。
刃こぼれはなく強靭に見える様は、ひかえめな輝きに反して、銘刀の匂いを漂わせる。
その太刀を渉が握った。
きっと数えきれるほど、人を斬った刀。
「重いな……」
「あら、嫌い?」
太刀から雫の声が聞こえる。
「この方が惑うことがない。だから、好きだ」
「きゃっ! ちょっとさやかちゃん聞いた? 私、頑張るわよ」
神崎 さやかは、その一部始終に目を丸くしていた。
雫の嫌味も、彼女には響かない。
さやかは、知識として知っていた。
死霊の武器化という知識。
その歴史と残酷な製法……
そんなものの力を借りるのは、
「最低ね」
とさやかは、返事する。
風景は、中学校の日常。
平日の授業開始直前だった。
そこに、太刀を握った森宮 渉の存在が現れた。
廊下を教室へと急ぐ女子生徒が甲高い悲鳴を上げた。
何事かと教室からも騒ぎ声が聞こえる。
扉を開き飛び出してくる教師。
「こら! 何をしている!」
勢いよく迫ってくる教師を、さやかが迎え打とうとする。
それを、渉が、彼女の肩に手を置いて制止した。
「あとは、僕がする」
「あなた、なんか」
さやかは、途中で言葉を止めてしまう。
あんなものの助けを借りたくない。
彼女の、その気持ちは確かだ。
ただ、渉の表情に、昔を思い出しただけ……「さやかちゃんは、僕が守る」その言葉を、彼女は思い出してしまう。
「バカみたい……」
さやかが、そうつぶやく頃には、渉は、彼女の前に立っていた。
幻術は、寸分の狂いもなく、現実を再現していた。
幻の人々は、生きているように、渉には見える。
間違いがあれば、人を殺めてしまう。
そういう状況だ。
もしかしたら、本当に生きた人が混じっているかもしれない。
そういう疑念すらわいてくる。
もし、人が混じっていて、それを殺めてしまえば、取り返しのつかない悪事に違いない。
だから、神崎 さやかには、彼は任せない。
他人が傷つくくらいなら、自分が傷つけ!
この状況での選択肢は一択しかない。
怪しいものは斬る。
そこに躊躇があれば、他の誰かが傷つくかもしれない。
教師が間合いに入る。
一線を超えた。
渉は迷いなく太刀を振るう。
それは臆病もの一閃。
他人が傷つくを恐れて振るう太刀の一閃だ。
人類が最初に手にした武器は石だったかもしれないし、枯木だったかもしれない。そして、それは、きっと強者に襲われた弱者が、必死に反撃のために使ったのかもしれない。
真の強者に武器はいらない。
臆病者が、強い決意を持って振るう太刀筋。
それは、原初の一閃といっていい。
勇ましい言葉をどんなに並べても武器の本質はそこだ。
渉は、他の誰かが傷つくのが怖い。
ただ、それだけ……
だが、それだけでも、覚悟には十分。
教師の姿は、霞んで消えた。
階段の方から、別の気配。
四階の理科準備室で寝かせられていた死体。
校長と学年主任の先生が現れた。
彼らは、血色もよく、生前と変わるところはない。
だが、ここは、幻術の世界。
間違いなく、彼らは人でない。
「森宮! こんなことしでかして、ただじゃ済まんぞ!」
学年主任が吠えた。




