51. 校外実習 ~ 続・交渉の時間 ~
素材集めは順調に進んだ。
ワイバーンの爪の時と同じように、それぞれ交換するものを要求された。
剥製にする為にできるだけ立派な角をした鹿の首が欲しい、猪鍋が食べたいから猪を一頭欲しい、腹が減ったからあの鍋を食わせてくれ、という要求だった。
亜空間倉庫から取り出した鹿の角を確認してもらい了承を得て交換し、猪を取り出して交換し、鍋を差し出して交換した。夕飯がなくなってしまったが、それくらいならまた狩ればすむ。
「なんだかんだで、順調に物々交換が進んでいくな」
「あとはマートルの花か」
「トルサーダン先生かぁ。なにを要求されるんだか……」
「……変わり者って噂だけど、本当?」
「……?」
集まった素材を並べ、それを眺めるアルフたち。
件の教師のことをよく知らないノールが、首を傾げる。
植物学は受講していないので、アルフも正直その教師のことはよく知らない。
ノールと一緒に首を傾げていると、植物学を受講しているティルが頷く。
「ノールがどんな噂を聞いたかは知らないけど、出回ってる噂は大抵本当だから。変わり者ってのも本当」
「確か、授業のないときは温室に篭りきりだとか」
「家にも帰らないで、温室で寝泊りしてるらしいですね。たまにふらっと、講義を休講にまでしてどこかの山奥に篭ったりもしてるとか」
「それは……学院側は、なにも言わないのか?」
「もう、随分前に諦めたらしいよ。まあ、休講もそんなに長くは続かないし、休講にした分のフォローもちゃんとしてるから」
ガードとマリウスの質問に答えるティルの顔には、苦笑い。
ティル自身も、受講を決める際に迷ったのだ。将来のことを考えると必須だが、それでも迷うほどこの教師の噂は突拍子もなく、評判は両極端だった。
それからまた少し話をして、結局のところ、何を要求されるかは想像も付かないので聞いてみるしかないだろうと、それまでと同じ結論になった。
そこに、解体のために熊を持っていった冒険者たちが戻ってきた。
「おう、待たせたな。これが肉、これは爪と牙、こっちは毛皮だ。で、これは肝以外の買い取りされる内臓類」
どん、どん、とそれぞれ中身が何かを説明しながら、包みを置いていく。
解体の際にいくらかの部位は処分されたとはいえ、もとが巨大な熊なのでその量は多い。
アルフはそれらをひょいっと亜空間倉庫に取り込んだ。
最近アルフは、物を入れるという動作をせずに亜空間倉庫に物を入れる技を習得した。傍目には突然物が消えたように見えるので、驚かれる。
というか、この技術は悪用すると泥棒になってしまうので要注意だ。
しかしエトランドが、アルフがそれをできるということではなく、そういうことが可能であることに驚いていたので、一般的には、というよりもむしろ、既存の技術ではないのだろう。少なくともエトランドの知れる範囲内では。
だから、人目があるところではちゃんと、それとわかる仕草をすることにしている。
「それぞれバラで売ってもいいが、冒険者ギルドとか商業ギルドに持っていけばまとめて買い取ってくれる。まあ、登録してないと少し割安だが、買い叩かれることはないな。値段交渉はできないが」
「どうも、ありがとうございました」
冒険者のアドバイスに、ティルが礼を言う。
じゃあなと去っていく冒険者を見送って、さて、とアルフたちは教師たちのテントのほうへ目を向けた。
「そろそろ、行くか」
ちらほらと、帰ってくる生徒が見えてきた。
ガードの言葉に、アルフたちは腰をあげた。
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「トルサーダン先生」
ティルが呼びかけると、パサついた髪を適当に切っただけ、というような頭をした男が振り返った。
ひょろりと細身の長身に見えるが、着やせして見える性質なのか短い袖から出た腕にはしっかりと筋肉が付いている。
ティルの話からして、野営のために鍛えているのだろう。もしくは自然とそうなったのか。
「ハンデストか。どうかしたか」
「先生、とぼけるのはよしましょう。何を要求しますか」
いきなりズバッと切り出したティルに、アルフたちは驚いた目を向ける。
が、この中で唯一この教師について知っているティルのすることだ。誰も口を挟まなかった。
「ふむ。最初はこの籠いっぱいにトチの実を集めてもらおうと思っていたのだが、お前たちが相手なら別のものを要求しようか」
この籠、と示したのは、アルフが二人は余裕では入れるほど大きな籠だった。
そして、トチの実は大体アルフが両手で包めるくらいの大きさだ。
一体どれだけ集めればいいのか、気が遠くなる。
「別のもの、ですか?」
「うむ。そこの、アートライド。お前が作った弓に使っている糸をひと巻き、用意しろ」
そう言って、木を削って作ったらしい糸巻きを、ぽいっとアルフに向かって放った。
糸巻きを受け取って、アルフは少し考える。
この糸巻きは、籠と違って常識的な大きさだ。
蜘蛛が巣をはるのはそんなに時間はかからない。問題はどれだけ蜘蛛の巣を見つけられるか、だ。
生徒たちが森に入り、壊れてしまった蜘蛛の巣もあるだろう。果たして十分な量が残っているだろうか。
しかしここでこうしていても始まらない。
アルフたちは取り敢えず、森の入り口まで移動した。
「蜘蛛の巣を見つけるなら、人があまり行っていない場所を探すべきか」
「でも、それってつまり森の奥ってことですよね。その分危険になりますよ」
「そこまで奥には行かなくていいんじゃないかな。みんな大体、川の辺りまでしか行ってないみたいだし」
ガードとマリウスが森の奥を見透かそうとする仕草をする横で、ティルは言う。
昨日の狩りを終えた時の周囲の獲物を見るに、殆どの生徒は川を越えていないと判断したのだ。
この森は、川一本挟んだだけで、不自然なほどガラリと植生が変わっていた。
おそらくこの森は、ひとの手によってつくられた森なのだろうとティルは判断した。
そして、今日の課題のものも、全て川のこちら側で手に入った。
つまり、川向こうは手付かずということだ。
「ではあとの問題は、あれを作れるのがアルフレッドだけだということだな」
取り敢えず川までいこうと森に入り、ガードが次の問題点を挙げる。
「つまり、時間との勝負ってことですね」
最初に見つけた蜘蛛の巣からアルフが糸をとっている間に、それぞれが蜘蛛の巣を探していったが、結局、一般的なひと巻き分に少し足りない量を集めたところで、時間切れとなった。
残念ながら、マートルの花は手に入らなかった。




