40. 宣戦布告
聴取が終わり、アルフたちはひとまず帰ることになった。エトランドはこの場の調査が残っているのでまだ帰れないが。
リオンはギルドに寄るとかで、歩いて学院を出て行った。
学院側が用意した馬車に乗り、三人はそれぞれ帰路についた。最初マリウスはガードと同じ馬車に乗ることを遠慮していたが、ガード自身の言葉によって諦めて乗ることになった。
マリウスの家に、今回の件の事情説明はされていない。マリウスは別にそれを理不尽とは思わなかったし、むしろそれでいいと思っている。
というか、説明されても困る。あそこで見たこと、起きたことは、話せないことだらけだとマリウスは認識しているからだ。
直接禁止されたのは念話のことくらいだが、あの遺跡が何に使用されていたかなんて口外できるはずがないし、図書館にあった転移陣と、それによる今までの行方不明者のことも言えな。
となると、話せることなどありはしない。
だから、別の理由を用意した。
学院から一番近いのはマリウスの家なので、マリウスは馬車の中に四人を残して一人降りた。
アルフとガード、そしてそれぞれの護衛に礼をして、家の門をくぐる。
ぎりぎり貴族といっても、門番くらいはいる。
普段徒歩で登下校しているマリウスが突然立派な馬車に乗って現れたことに驚いている門番をよそに、マリウスは前庭を抜け帰宅を告げた。
普段より遅い帰りに「今日は遅かったですね」と、出迎えてくれた剣の師に言われ、マリウスは用意していた理由を口にした。
「実技の授業の後で、みんなと居残りで訓練してた」
事実とは違うが、やったことはそう違わないよなとマリウスは思った。
---------------
「アルフレッド」
マリウスが馬車を降りて、少し。
不意にガードがアルフを呼んだ。
「?」
ガードのほうから話しかけられて、アルフは内心驚きつつも首を傾げて先を促す。
「正直、俺はお前が嫌いだ」
(は?いや、うん。知ってるけど……)
何をいきなり、とアルフは目を丸くする。
「俺は今まで、お前との意志の疎通がどうしても不便だからあまり関わりたくないと思っていた」
ああ、うん。確かに面倒だよねとアルフは納得する。
ガードへの返事を書いているとき、ガードが苛々している事にアルフは気付いていた。
慣れてくれば気にならなくなる、というのは自分のほうでは何の苦労もせず、相手にだけ労を負わせることだ。
だから慣れてくれとは言えないし、言わない。
「だが、今回の事があって違うと気付いた」
ガードは一度、窓の外に視線を投げて一呼吸間を置いた。
「俺はお前に嫉妬していたのだ」
(………ん?)
真っ直ぐに向けられた視線を受け止めながら、アルフは首を傾げた。
予想外の言葉を言われた。
完全に意表をつかれてしまった。
「お前は、俺が何年もかけて習得したことを、あっという間に自分のものにしてしまう。お前とて相応の努力をして身に付けたことだろう。それは解っている。しかし、頭では理解しても、心は納得できない」
一つとはいえ年下の相手に。
劣っているという現実がガードを苦しめる。
「そしてお前は、出会ったときから既に俺よりも先にいた」
アルフは何もいえない。
どうすればいいのかわからなかった。
「今回のことでそれが良くわかった。俺はどんなに努力しようと、お前に劣る。お前がアートライドの者だからだと、無理やり納得させることは出来るだろう。しかしそれに、何の意味があるか」
馬車が停まった。
アートライド邸に着いたのだ。
「俺は逃げるのは嫌いだ。だから決めた」
何を?とアルフは視線で問う。
「俺はな、アルフレッド。お前の背中を追いかけてやろう。かなり不本意だが、今は仕方がない。お前の背中を追いかける幾多の者達の中で、先頭をひた走り、いずれはお前すら抜いてみせよう」
だからな、アルフレッド。
「俺が負かすまで、お前は誰にも負けてはいかんぞ」
キョトンとするアルフ。
静かに馬車のドアが開けられたが、驚きすぎたアルフはそれに気付かなかった。
先にマースが馬車をおりて、アルフを促す。
ぎこちなく馬車をおりるアルフを、ガードは座ったまま見つめる。
「では、殿下。失礼いたします」
「ああ」
喋れないアルフに変わり、マースが暇の言葉を簡単にではあるが告げた。
ガードが短く返して、馬車のドアが閉められる。
再び走り出し、城へ向かう馬車を見送って、アルフはマースに促されて屋敷へ足を向けた。
「………………」
「アルフ様?」
ピタリと途中で足を止めたアルフに、マースが呼び掛ける。
『ビックリした』
その一言に尽きる。
ガードが告げた言葉は、最初のアルフの事が嫌いだというの以外、どれも想像もしなかったものばかりだった。
嫉妬に、劣等感。
自分に対して負の感情を持っていると言われたのに、嫌な気持ちには全くならなかった。
正面からあそこまで堂々と言われたら、「あ、そうなの」と返してしまいそうになる。
「アルフ様、いずれ殿下に負けてしまうかもしれませんね」
アルフの実力を知るマースにすら、そう言わせる気迫がガードにはあった。
だが。
『ガードが俺より強くなったら、負けるだろうね』
それまでは、負けてあげない。
笑って、屋敷へ向かう足を再び動かす。
ゆったりとしたその歩みは、聞こえてきた赤子の鳴き声にすぐに駆け足になった。




