帰り道
「―――以上で本日の委員会を終わります、ありがとうございました」
『ありがとうございました』
卯花の文字通り事務的なあいさつで本日の委員会が終了した。委員会の内容は特になし。
ラジオ塔の簡単な説明と放送機器の使い方を教わったくらいだ。
古原木学園にあるこのラジオ塔。実はラジオ塔と呼べるだけのものであって、かなり設備が整っている。放送室は4つあり、それぞれ使用用途が違うのだ。第一放送室は学校にのみ情報が伝わる委員会専用の放送室。第2放送室はもしもの際の予備部屋で、中々使われることは無いとか。
第3放送室は緊急時の際に使われる部屋で、いわゆる緊急無線と同じだ。火災・地震などの災害時に使われる。同様の放送回線が学校本棟の職員室に設置してある。
第4放送室、これがラジオ塔の真髄。なんとこの放送室で放送される内容は、古原木学園が面する地域や特別回線を敷いている地域に伝えられる。まさにラジオ局の様なものだ。
結構、地元の人や他の学校の生徒に人気があるようで、過去の放送委員会でお金を取る事まで議論にあがった。らしい。
あくまで卯花の言ったことや、魔界でのゲーム経験での伝聞・知識。実際にどう使われているかなど知らない。
「あ、あの‼」
っと、ラジオ塔について少し復習をしていたら声を掛けられた。
声に僅かな緊張が見られる。同級生か、一年生だと思われているのか俺は。
「君の名前教えてくれない?自己紹介の時間無かったから、ね?」
…話し方が心なしか犬に似ている。知っているとは思うが犬とは同じクラスの変態だ。
初対面の人間に対して馴れ馴れしく話しかけてくるところが気に入らない。
「放送の当番表で確認すればいいだろ、在籍は二年のB組だ。それに必ず入るわけではない、だから知るだけ無駄かもしれないぞ…」
「お、おう。ありがとうな」
自分でも冷たい態度だ、とは思ったがこれでいい。変に言い寄られるよりずっとまし。
これでも、今俺が置かれている状況ぐらいきっちりと理解している。
男子生徒は曖昧な返事をしたあと、すぐに何処かへ消えて行った。恐らく仲間のところだろう。…ほら、ラジオ塔に通じる渡り廊下の方から『冷たいねー』やら『男みたいな口調じゃん、言った通りでしょ』など聞こえる。冷やかしだな。
学園恋愛ゲームの定番だ、心もとない発言を連呼する生徒。純愛のギャルゲーでは登場が少ないものの、鬱要素が少しでも混じると待ってましたと言わんばかりに出てくる。
「人間とは哀れなものだな…」
望んでいなくとも、そうこぼしてしまった。
「ん?……梢か、何をしているのだ?」」
ラジオ塔を出たすぐそばの庭、梢が一人ベンチに腰かけて本を読んでいた。
こんな時間まで本を読んでいたとは何故なのか気になったので聞いてみたのだ。
「…あ、神流ちゃん委員会終わったんだ?」
「あぁ、今さっきな」
「それじゃ、一緒に帰ろう?」
「本は読まなくてもいいのか…」
「いやいや、一人で本を読むためにベンチに居る程の文学少女じゃないからね!?」
話し掛けた時は反応が薄かったが、徐々に濃くなってきた。うん、これでこそ梢の本質だな。
「神流ちゃんの委員会が終わるのを待ってたんだよ?学級委員は集まらなかったし、暇で暇で……、周りの目線が痛かったもん」
…反応がよかったのは最初だけだった、最後の方はぽつりぽつりで聞こえにくかった。
周りの視線を気にするのか、この妄想女は。
っと、ここにきて選択肢か。頻度が高かったり低かったり…実際に体験するだけでここまで感じ方が違うとは。
【辛かったよな、と云って抱きしめる/いい妄想ネタになったんじゃないか、と云ってぼける/本音は、と言ってからかう】
ここ最近は相手の好感度を上げることに夢中だったからな、たまには遊び心を交えてみよう。たった一回の選択ミスがあったとしても、バッドエンド直行にはならないはずだ。
画面でのプレイ時も選択ミス3回まではセーフだった。
だから……
「…いい妄想ネタになったんじゃないか」
からかう。
「私いつから妄想キャラ認定なの!?」
怒られてしまった、失敗か。高感度の変動はないだろう。
「さて、帰るか」
「え、スルーなの‼?もうちょっと反応してくれたっていいじゃん」
「冗談だ、梢の反応が若干面白くてな」
「若干?神流ちゃんの視点から見たお笑いは若干なんだ!?
その後、ぎゃーぎゃー騒ぎながらヒスる梢を宥めながら、帰路を歩いた。
まるで下級魔族を連れているようで、不思議なことに懐かしく思えてしまったことはだっておく。
そういえば今日は学校に来てから一回も美冬やこのめ・ひのめに会っていない。
このめ・ひのめは卓球部の見学だと思われるが、美冬は何をしているのだろう。既に帰宅しているのか…いつもの癖で俺を待っているか、この二択に限られてくる。
無難なところ、帰宅済みと思われる。後者は魔界に来てまだ数年にも満たない時のものだったから、流石に治っているだろう。門のところで忠ケルベロスの様に待っていた姿は懐かしい。
「それでねー、先生ったら私をパシりみたいに使うんだよ、ひどくない?」
「それが設定なんだ、気にしていたら身がもたないぞ」
「―――そっかぁ、設定なら仕方ないよね。……えっと、そうそう。昨日は面白いテレビがあってね」
『設定』。どんなに面倒くさい内容もこの一言で片づけられるので便利だ。ただし、この世界で予め決まっていたことにしか反映されない。試しに美冬で使ってみたら、まったく効果は無し。
「テレビか…この国ではどんなものが流行っているのだ?」
帰った時、少しでも魔界の発展に役立てるものを知識として入れておこう。これはゲームをプレイする傍ら、情報収集もかねているのだ。
楽しむ、が9割だが。
「流行っているものねぇ…私はあんまり見ないけどドラマとか、バラエティかな」
「…梢はあまり見ないものを勧めてくるのか」
「え?ご、ごめん。普段からテレビは見なくて」
「あ、いや…。すまない、そんなつもりで言ったのではなくて…」
先ほどの選択肢の一見から少しからかってみようと発言したのだが梢が妙にしおらしくなってしまった。急に態度が変わるものだから、それにつられて俺も言葉に詰まってしまい、微妙な空気が流れた。
『じゃあね、神流ちゃん。また明日っ‼』
そういって梢は学校から近い駅の中に入って行った。説明書の中で梢がどこに住んでいるか載っていない、他のヒロインも同様だ。グッドエンディング以上、あるいはお泊りイベント等を介さないと中々知り得ない情報なので、忘れるはずもない。
「ああ、気を付けてな」
梢との微妙な空気が過ぎ去ったことを嬉しく思っている自分が少し嫌になった。そんなモヤモヤを忘れようと家路を急いだ。
♦ ♦
『面白い番組?』
「ああ、今日梢にこの国で流行っているテレビを聞いてな。少し気になった」
帰宅後、案の定料理に取り掛かっていた美冬と、その傍らで料理の完成が待ち遠しそうな表情を浮かばせている二人がいた。俺より早くに帰っていたようだ。
人間界出身の美冬、魔界での記憶が上書きされたこのめ・ひのめ。この三人なら詳しいだろうと思い、話してみた。
「そうでしたね、お嬢様は昨今まで海外でお過ごしでしたから、日本のテレビ番組に詳しくなくても無理はありません」
「それで…どんな番組が面白いのだ?」
「そ、それは……」
美冬が一瞬遠い目をした。再び表情を直すが、包丁の刻む音が忙しない。
そうか、人間界ではもうそういった番組は放送されていないのか。同じ魔城で暮らしていたのだから当たり前だな。
困惑した様子の美冬に助け舟を出したのは、もちろん……
「それはね!」
「日本で一番おもしろい!」
『トーク番組なんだよ‼』
最強の双子。
「毎回テーマがあってね」
「それについて色んなことを話し合うんだよ」
へぇ。ただの話し合いがそんなに盛り上がるものなのか、出演者側の腕というものだな。
…古原木のラジオ塔でも地域放送が可能なくらいの腕前、ということと捉えられる。
「例えば、どんなことをだ?」
「うーん。あ、この前のスポーツはおもしろかったぁ」
「このめなんてジュース噴出してたもんね」
「ひのめ‼それは言わない約束じゃん!」
「妹様方、口げんかはおやめください。お怪我をなさいますよ」
「はぁーい」
このめとひのめの突如始まった口げんか、俺にとってはいつものことに思えるが、それを止めた美冬は何やらハラハラとしていた。まさか魔力を使った喧嘩でも起きるとでも思っているのだろうか。
「さ、お料理が出来ましたよ。今晩のメインはカツレツです」
「わーい、みふゆんのカツレツ大好き‼」
「すっごく美味しいんだよ‼」
キッチンと隣接するやや広めの部屋に次々と運ばれてくる美冬のお手製料理。木製の地味なテーブルの上に料理が盛りつけられた皿が置かれるだけで、華やかさが増す。
「流石にコース料理は作らなかったのか」
「一応、表柄はやや裕福な一般家庭ですから」
そうだったな。ゲーム設定上『紅炎熾』の家柄は中の上。それなのにコース料理が出るのはおかしいことだ。メイドが居る時点で上流階級に属するとは思うが、敢えて言わなかった。
「もうっ、ねえねいい加減に海外での暮らしから離れなよぉ」
「時差ボケになっちゃうよ」
「ならないだろ、大人をからかうな」
「あれ、ねぇねってまだ17だよね?」
「私たちと1歳しか変わらないのにぃ‼」
ついにひのめがヒスを起こした。このめと違って精神的な部分の成長が何故だか遅いせいで、こういう場面にとても弱い。
…このことを知らなかった初期の俺は、何回ひのめを泣かせたことだろうか…。
余りにも哀れだったのでその後のシナリオ分岐点でひのめが喜ぶ選択肢ばかり選んでしまった。結果は、誰とも結ばれず卒業してしまうバッドエンドだったことは言うまでもない。
「うるさいなぁ…早く食べてしまわないと折角美冬が作ってくれた料理が冷めてしまうぞ」
「えっ」
「それは…」
『いやだぁ‼』
ほかほかの蒸気を立たせる料理を前にして、この双子が我慢できるはずもない。
俺が発言したと思ったら、もうカツレツにがっついていた。エサを目の前にしたオークみたいだ。
「あまりお急いで食べるとつまりますよ?」
「こいつらなら大丈夫だろ」
目の前の義妹を見て、美冬と2人微笑んだ。
明日は3日目か……そろそろ伊紗との出会いだな




