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異国のカフェで、壊れかけた私を拾ったのは無愛想な菓子職人でした  作者: 深町 灯


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50/50

50話 それぞれの春へ

 五月。


 街はすっかり初夏の空気に包まれていた。


 テラス席には人が溢れ、公園では子どもたちが走り回っている。


 私がこの街へ来た頃とは、まるで違う景色だった。


 もちろん、街が変わったわけじゃない。


 変わったのは私だ。


 最初は何もかもが不安だった。


 言葉も分からない。


 友達もいない。


 未来も見えない。


 日本へ帰りたいと毎日のように思っていた。


 それなのに。


 今は、この街を歩くだけで懐かしさを感じる。


 不思議だった。


 私はライン川沿いをゆっくり歩く。


 風が気持ちいい。


 遠くで船が進んでいく。


 空は高くて青い。


「いた」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 悠真さんだった。


「探した?」


「少し」


「ごめん」


 私が笑うと、彼も笑った。


 あの日から一か月。


 何かが劇的に変わったわけじゃない。


 でも、確かに変わった。


 隣にいることが当たり前になった。


 手を伸ばせば届く距離。


 それだけで十分だった。


 二人で川沿いのベンチへ座る。


 しばらく風の音だけが聞こえる。


「帰国したら忙しくなるな」


 悠真さんが言った。


「たぶんね」


 私は頷く。


 勉強もしたい。


 新しい仕事も見つけたい。


 まだ叶えたい夢もある。


「でも大丈夫そう」


 彼が言う。


「そう見える?」


「うん」


 私は少し考える。


 昔の私なら、


 “できるかな”


 ばかり考えていた。


 でも今は違う。


 不安はある。


 それでも進める気がしていた。


「ドイツに来てよかった」


 自然と口から出た。


 悠真さんが静かに笑う。


「俺も」


 風が吹く。


 木々が揺れる。


 春から初夏へ変わる匂いがした。


 私は空を見上げる。


 あの日。


 空港で泣きそうになりながら到着した自分へ伝えたい。


 大丈夫。


 すぐには笑えなくても。


 遠回りしても。


 ちゃんと前へ進めるから。


 失ったものばかり見なくていい。


 新しく手に入るものもあるから。


 この街で出会った人。


 過ごした時間。


 悩んだ日々。


 全部が今の私を作っている。


 だから。


 もう大丈夫だ。


「帰ろうか」


 悠真さんが立ち上がる。


「うん」


 私も立ち上がる。


 二人で歩き出す。


 夕陽が長い影を作っていた。


 その影は少しずつ重なりながら、前へ伸びていく。


 未来はまだ分からない。


 でも。


 分からないからこそ、楽しみなのかもしれない。


 私は小さく笑った。


 そして、新しい一歩を踏み出した。



完 。



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