第十九話
それから、僕の屋敷には来客が続いた。
朝のうちに金髪蒼眼に化けたビクターがやってきて、ウォードと戦費調達のための起債の打ち合わせを始めた。
昼前にはスターリングが訪れて冒険者ギルドに張り出す募集の張り紙を含めた手配を自分に任せてくれないか、編成と軍規の徹底のためにゼシカの手を借りたい、と言い出した。
その直後にはフィリア殿下がお越しになり、兵站や援助物資のルート、ヴォイド郡をとりまく最新情勢や予想される法的問題について、実務的なレクチャーを受けた。
午後には仕事を終えたシルヴィアがうちに寄り、無事に長期休暇が取れたことと、火薬を含む諸々の工作物資の調達について説明してくれた。
そのリストにビクターが強い興味を示したので、この二人にその方面は一任することにした。
日暮れには宮廷から勅使が来て、これより陛下よりヴォイド郡と男爵の爵位が与えられるのでただちに礼装を整えて参内せよと命令があった。
貴族の正装たる長衣を僕は持ち合わせていなかったので、至急ビクターの屋敷に寄って、着付けをしてもらい、叙勲式の作法について教わった。
陛下には騎士と準男爵の叙勲のときに拝謁しているので、これで三度目になる。
さすがに顔を覚えてくれたようで、ヴォイドの紋章が刻まれた封蝋用の銀の指輪と、ヴォイド郡の領有を認める陛下と宰相と内相のサインつきの書状を侍従から受け取って僕に手渡しながら、
「あなたは義兄のラッセルどのとおなじく異界人と聞きましたが、なかなかどうして、長衣が様になっていますね」
と、気さくに声をかけてくださった。
御年は四十六。
中肉中背、ふくよかな頬と豊かな白髭が印象的な御方だった。
僕の主君にあたる人だ。
細い切れ長の眼には、ビクターが(これ以上僕の口からは……)と評したような様相はうかがえない。
僕の眼には、威厳ある君主のように映った。
「は、恐れ入りまする」
「朕も外征のおりに北部のウェイルロードを通ったことがありますが、あのあたりの冬の朝晩の冷え込みはなかなか辛いものがある。
あなたも風邪など引かぬよう、気をつけてください」
「お気遣い、痛み入りまする。
陛下におかれましてもどうか玉体を御労りくださいませ」
陛下は鷹揚にうなづき、それから黒地に金糸の刺繡がちりばめられた見事な外套をとりよせて、
「これをお使いなさい。
寒さがいくらか和らぎましょう」
僕の肩に外套をかけながら、突然声を落とし、
「この先、いろいろと困難があるでしょう。
裏地に署名と印を捺した白紙の密勅が縫い付けてあります。
好きなように使いなさい」
僕は、はっとして顔に出るのをなんとか堪えた。
外套の下賜にかこつけて白紙の密勅を与えるということは、陛下の身辺に意のままにならぬ不逞の輩どもがいること、それからどういう訳か僕ごときを深く信頼されていることを意味していた。
率直に言って、政府の要職にある人たちの、陛下への評判は、必ずしも芳しいものではない。
ビクターの評も、(個別の臣下の好き嫌い以前に、ご政道に興味をお持ちでない……)というものだった。
しかし帝国の現状を見るならば、あの宰相を重用して国はよく安定しているし、並居る強国に一目も二目も置かせているのも事実だった。
祖父から教わった言葉のなかに、最悪の君主のもとでは民が君主を侮り、次に悪しき君主のもとでは民が君主を恐れ、よき君主のもとでは民が君主を称え、最上の君主のもとでは民がその存在を忘れる、というものがあったような気がする。
老子だったか。
この分類に当てはめるなら、この御方はたしかに存在感が薄く、その一方で国はよく治まっており、老子にいわせるなら最上の部類に入るのかもしれない。
少なくとも、僕にはこの人物がよく言われるような愚鈍な人物とは到底思えなかった。
それとも、この人物は、あの宰相による長年の感化をうけて「成長した」のだろうか。
「……これは、マンティコア大公のお気遣いでしょうか?」
「いえ、朕の意思です」
と、陛下ははっきりと仰せになった。
「朕もウェイルロードの惨状について報告を受け心を痛めていました。
民を苦しめる者どもはわが臣下といえども撫で斬りにして結構、気遣いには及びません。
よろしく頼みましたよ、男爵」
「は。陛下の御意に沿えるよう、粉骨砕身いたしまする」
御前から退くおり、先導してくれた侍従の一人が、
「『永久機関』の一件以来、陛下はあなたさまのことがいたくお気に入りでして」
と、説明してくれた。
「陛下は寝室に神話の神々や古今の美女、英雄のフィギュアを飾るのを趣味としておられるのですが、日本刀を構えたあなたさまのフィギュアも、そこに並んであるのです。
……ヴォイドさま?」
僕は思わず、ニヤリとした。
喉から含み笑いの声さえ漏れていたかもしれない。
はっきり言って、ウェイルロードにまつわるさまざまな情勢を聞く限り、ヴォイド郡の領主となって死なずに済む可能性は五分五分だと思っていた。
魔物やら賊やら門閥の軍勢やらはともかく、宮廷の政治情勢だけは僕の手ではどうにもならない。
しかし、皇帝から白紙の密勅とその裏付けとなる信頼を得たとなれば話は別だった。
極言すれば、状況さえ整えば、十常侍の乱の袁紹や安史の乱の安禄山のように、
「君側の奸を除く」
と称して帝都へ攻め上ることも可能になる。
つまり、最悪でも獄死を免れて戦場で死ぬことができると、これで確定した訳だった。
笑わずにいられようか。
(ウェイルロード戦記・前編、おわり)
お読みいただきありがとうございました。前もってお話したとおり、ここで区切りとさせて頂きます。大変心苦しいのですが、このままエタるものとご理解いただけると幸いです。このうえ厚かましいことではありますが、また縁がございましたらお付き合いください。




