『神の隠し子』 ー第2夜ー
「ねえ鈴、どこにいくの?」
募りゆく探検への思いが留めきれなくなり、僕は静寂を打ち砕いた。
「書籍館よ。実際のところ、私達村から出た事ないじゃない?」「遭難とかしないためにも最低限、周りの地理状況とかは理解しておく必要があると思うのよ」
いつも突拍子のないことを言う鈴から、至極まともな意見が出たことに僕は、驚きを隠せないでいた。
「ちょっと! 何よその反応は! 私だってちゃんと考えているんだからね」
「いや、馬鹿にしているわけじゃないよ! ただ鈴ってさ、ここぞって時は、昔から頼りになるなあって」「僕なんか、普段はまともなことを取り繕って言っているけど、肝心な時はてんで駄目でさ。なんか関心しちゃったんだ」
僕は、鈴の物事への実行力の強さに純粋に関心した気持ちと、それとは別の一種の羨ましさの感情を隠しつつ答えた。
「なっなによいきなりっ」
「とにかく! 今は本を探すわよ、本を!」
「あらあら、相変わらず仲がよくていいわねえ」
書籍館の目の前で話していた会話を聞いてか聞かずか、僕の母さんが話かけてきた。
「母さん!」「なんでここに!」
「何でって、この子ったら忘れたのかしら? 私は書籍館の館長じゃない」
「書籍を整理していたら、あらびっくり! 窓の外に仲慎ましくしているカップルがいるじゃないの」
母さんの話を遮ろうとする僕に覆いかぶさるように鈴が顔を赤らめながら答えた。
「カップルって! 違いますってば!」
「んふふ、ごめんなさいね、鈴ちゃんのその可愛い顔を見たくて少し意地悪を言ってしまったわねえ」
「ところで、ねえ」「可愛らしい子達が、書籍館には何の用かしら?」
そこはかとなく、空気が重くなった気がした。何というか、口調は先ほどと同じく優しいのだが、どこか重みを感じる。
「実は私達、1週間後に学校で抜き打ちテストがあって、その対策用の資料を探しているんですよ」
「学校の書籍は小説や漫画ばっかりで役に立たないんですよね」
(鈴、助かった! とっさの嘘にしては上手い! というよりも、1週間後に抜き打ちテストがあるのは本当だし、嘘でもないか)
「あら! それは偉いわねえ! 中学勉学用の書籍は1階にあるわよ」「私は3階の館長室にいるから、わからないことがあったらいつでも声をかけてちょうだいねえ」
そう言って母さんは書籍館の中に戻っていった。
さっきまでの空気の重みは嘘のように消えている。僕のただの思い違いかわからないけど、母さんはたまに、どこか含みのある言い方をする。
僕は、どこか距離を感じる気がして、母さんながらこの言い方が少し苦手だ。
「あった!」
僕たちは期待を膨らませながら、一冊の書籍を手にしている。
書籍館に入館してから小一時間かけて、この村の地理本を見つけた。
書籍館は小中高の勉学書だけではなく、漫画・小説等の娯楽系のものから、信仰・風習・慣習等の文献系のものまで数多く集まっている。
そういえば、この前授業で習ったのだが、見晴村は3つの役人で成り立っているという。
・村長を中心として、村の規則や規律を形作る『形略人』
・警察を中心として、村の規則や規律の遵守・実行を担う『執行人』
・書籍館を中心として、村の規則や規律の受け継ぎ手となる『土着人』
3つの役割の1つである書籍館の館長である、望月多恵が僕の母さんであり、いつも頭が上がらない。
「ねえ宗一、見てよこれ。見晴村の周りって本当に何もないわよね」
鈴が地理本を開きながら毒を吐いている。確かにこうして見ると何もない。
見晴村を中心に楕円を描くように深い森が広がっていて、その森の先々には広大な霊山の岩肌が垣間見えている。村を起点に、まるで水面の輪が広がっていくような自然の景観の波状は、どこか小さな村の閉鎖的な不気味さを醸し出す。
「ホントだね。周り山ばっかりだね」「なになに、本の情報によると」
・『東の森 ”上ッ森” 越えて ”楯ヶ岳” 』
・『南の森 ”中ッ森” 越えて ”錫ヶ岳” 』
・『西の森 ”下ッ森” 越えて ”弓ヶ岳” 』
・『北の森 ”奥ッ森” 越えて ”鉾ヶ岳” 』
「はああ。なんかこう見ると、家出する子達の気持ちもわからなくもない気がするわ」
「私、一度でいいから、街という場所に住んで見たいわ」「きっと楽しいことの連続に違いないわ」
そうこうしているうちに書籍館の閉館時間のアナウンスが流れてきた。
「そろそろ帰らなくちゃね」「今日は付き合ってくれてありがと」「とりあえず、明日の放課後は家から近い東の森から捜索することにしない?」
「そうだね、実質他の森は休日とかでないと時間的に難しいもんね」
未知への楽しさか恐怖か、そんな泡方のような感情を抱きつつ、翌日僕たちは東の森へと向かう。




