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金の杖 銀の杖  作者: jorotama
第二章
19/97

『銀の杖と北の方舟』10

「よくそんな提案が通ったわね……」


 私は特定の宗教を信仰した事がないから心の底から理解できるわけではないけれど、この国においてサリフォー女神の象徴である『翼』のモチーフは特別な意味を持つ物であることは知っている。

 そのモチーフは教会の壁のレリーフと一部宗教書の表紙、それに聖職者が聖職者たる証としてサリフォー教会の教皇から与えられる銀のペンダントくらいにしか使用が許されていなかったはず。


「グラヴィヴィスから受け取った手紙に同封されていた『趣意書』には、信者への頒布はもちろんのこと、聖都ルルディアス・レイやこの国を訪れる人々に女神サリフォーとその信仰を広く認知させたり、布教のきっかけにする為……とあったけど」


 グラントの口元には若干、人の悪い笑みが浮かんでいた。

 どうやら彼にはこの一文でグラヴィヴィスの思惑が透けて見えているらしい。


「うまい言い逃れだよこれは。ブルジリア王国国内ではこれから先、どんどんと信者は減ってゆくことが目に見えているんだ。……もともとこの国のサリフォー信仰はその教義や信仰自体が支持されていたというよりは、学校や病院なんかの機能を負うことによって生活に根ざした物になっていただけだからね。国内の信者の数が減るならば、広く世界を布教の対象にするのは自然な流れだろう?」

「それは分かるけれど、どうしてそこで『言い逃れ』なんて言葉が出てくるの? べつにグラヴィヴィスはおかしなことを言っているわけではないのでしょう?」


 首をかしげる私にグラントは言う。


「聖都・ルルディアス・レイは確かに古いサリフォー信仰の中心地でもあるけど、商業の街であり、信仰心のない人間にとっては『ただの観光地』なんだよ」


 そこまで言われてやっと、私は彼が何を言わんとしていたのかを理解した。

 グラヴィヴィスから受け取った『趣意書』には、ペンダントの頒布先は信者だけではなくルルディアス・レイやこの国に訪れた人に……とあり、布教活動の一環であることが記されている。

 だけど『観光地』に来る信仰心の欠片もない人間にとって、女神サリフォーの翼を模したペンダントはただの『お土産』であり、ただの旅『記念品』に過ぎない場合がほとんどだろう。

 中にはそれを機会に女神サリフォーの信仰に帰依する人間がいないとは言えないけれど、教会が大仰に『布教活動』というほどの成果は得られないように思う。


 もともとサリフォー信仰は家庭や小さなコミュニティの倫理的秩序の概念を喚起すべくして生まれたものであって、サリフォーはそれ以上に深遠な存在でも神秘的なものでもない。

 弱者をその十枚の翼の下に庇い、夫婦という絆を裏切り不和不浄の行為をする者の首をかき切る……と言うくだりには幻想文学的な面白さを覚えはするけれど、この信仰が今の世の人々の支持を受けるのは難しいだろう。

 あのグラヴィヴィスがそのことに気づかない筈がないのだ。

 なにしろ彼は『女神サリフォーなど信じていない』のだから……。


 サリフォー教会の財政事情はこの先信者の減少とともに逼迫してゆくことが容易に想像できる。

 なんらかの資金源を得ることが必要なのだ。

 背に腹は代えられないにしろ、教会組織の矜持を守るためには『大義名分』が必要になる。それが『布教活動の一環』という一文。

 グラントはそれを指して「うまい言い逃れ」だと言っているのだ。


「聖職者だけに許されていた『翼』を世の中に、ありふれた土産物として氾濫させるのがグラヴィヴィスの狙いなのね」


 ただでさえ既にガタガタと軋みを上げて瓦解しかかっている組織の誇りを奪い、地に落とす。

 よくもここまで……と、感動すら覚える容赦の無いやりようだ。


「徹底しているよ、彼は。信仰の象徴を金を得る為に使い『聖職者』の精神的な優位性や神秘性を奪えば、今まで光り輝いて見えていた物がただのメッキだったかと肩を落とす信者も出てくるだろう」


 グラヴィヴィス自身が以前私に言ったとおり、彼は何かを作り上げるよりも壊す方が得意なのだというのはどうやら嘘ではないらしい。

 サリフォー教会を救う為の方策を探る姿勢を見せながら、彼は冷徹な手腕で必要以上に強大になったこの宗教組織を解体して行っているのだ。


「……今の教皇派は力を失っているとは言え……まじめにサリフォーを信仰している聖職者の中にもこれに反対する人たちは多かったでしょうね」


 恐らくは私腹を肥やすことなく真摯に信仰を貫いてきた聖職者の中には、グラヴィヴィスの発案した新たなる資金源が最終的には自らの信仰する宗教を俗に貶めるだけではないかとの危惧を抱いた者もあるだろう。

 信者の中にだって、そういった意見を持つ者もあるのではないかと思う。

 新たなる方策を発案してくる人間もあるだろうが、そういった代替案も提示しないままに不満を募らす人間は多い。


 グラヴィヴィスとの戦いに敗れた教皇は、今はほとんどお飾りのようにそのままの地位に留め置かれているらしい。

 新たなる資金源案を承認するという形でこの事の『共犯者』の立場になった教皇が、グラヴィヴィスへの反発の風除けに使われているようだ。

 だけど『風除け』があるにしても、グラヴィヴィスの立場が厳しいものになるだろうことは想像に難くない。


 私はふと、グラヴィヴィスが刺客に襲われた後で交わした会話が脳裏をよぎった。

 ずっと胸に引っかかり続けていたのだけれど、あの時グラヴィヴィスは自分を襲った刺客をフォンティウス王を信奉する何者かの指示で送り込まれた人間だろうと私に話してくれた。

 そして『この件に関してはこれ以上何も起きないと思います』……と言った。

 あの時はうっかり聞き流してしまったけれど、あの言い方。

 ……まるで『別の件』でも自分が狙われる可能性があるといわんばかりではないか。

 まさかサリフォー教会の『翼』モチーフを使用した頒布物の件での反発が、彼の命を脅かす程に高まっているんだろうか?


 ……実際には後々彼の命を脅かしすのはその件とは微妙に違ったのだが、現時点では二人ともそんなグラヴィヴィスの事情など知る由も無かった。


 眉間に皺を寄せて黙り込む私にグラントが物問いた気な視線をよこすのに気づいたけれど、私はこれについて口にするのは止そうと思った。

 私もグラントも、必要以上にグラヴィヴィスと関わり過ぎていると感じるからだ。

 グラヴィヴィスは馬鹿な人間ではない。

 自分の始末は自分でつけるだろう。


 私はきつく寄せていた眉間から力を抜いて、グラントの瞳を見返した。

 グラヴィヴィスといいグラントといい、頭の切れすぎる人間というのは私のような常人の計りうる部分を超えた場所で思惟を巡らす。

 きっとこの件に関してもあれこれ思考を巡らせているはずだ。

 だけど、グラヴィヴィスが今回求めたのは彼の助けではなく、対等な取引なのだ。


「教会のことは私達が考えても仕方が無いわ。それより今は競合相手に『負けない』ためにはどうするか……だったわね。いくつかデザインの案が来ているのでしょう? 私にも見せていただけるかしら?」


 私の言葉に暗色の瞳に笑みが浮かぶ。


「お嬢さんも商人の妻らしくなってきたな。頼もしいよ」

「あら、ありがとう。でもグラント? 前にも言ったけれど『商人の妻』なら、お嬢さんじゃなくて『おかみさん』と呼ぶ方がふさわしくてよ」


 私もグラントにつられる様に笑みを浮かべ、封筒からテーブルの上にイメージスケッチが何枚も並べられるのを見守った。

 今するべきことは、この好機を逃さぬ努力をすることなのだ。


 グラントは今回のサリフォー教会の『翼』モチーフでの意匠を琥珀を使用した物にしようとしている。

 グラヴィヴィスも恐らくグラントがブルジリア王国に申請した商館の事業内容計画を知った上で、彼に『趣意書』を渡したのだろう。

 もしこれを受注することが出来れば、ある程度の数は捌けることが予想できる商品になる。

 私たちにとってはこの際サリフォー教会の威信や威光がどうなろうと関係ない。鉄製品と並んで商館の主力とすべく準備してきている琥珀製品部門に、安定した出荷を見込める先が出来るかどうかが一番の問題なのだもの。


 鉄製品部門に関しては、グラントがナップスに託してレシタルさんらに知らせておいた事前情報が功を奏し、既に各方面への手配も終了し心配するところは無いに等しい。

 懸案の琥珀部門だが、宝飾品を商う国内の数軒が教会の選考を受けることになっていた。

 指定された期日までに『趣意書』から教会の意向を汲み取って作った意匠を選考会へ提出し、その段階で一度目のふるいにかけられる。

 15件の提出があったそうだけれど、ここで残ったのは5件だったそう。

 私たちが手がけた物も残ることが出来たのは、別にグラヴィヴィスの贔屓によるズルが行われたからではないだろうと思う。

 アレは自信を持って提出した意匠だもの。

 なにしろ大きなお金が動く取引だ。琥珀の宝飾品工房で意匠案を担当者と一緒に練る間にも、怪しい動きがあったようだ。

 最初の選考会で落とされた大きな銀工房では意匠案を盗み出そうとした人間がいたそうだし、残った5件のうちのどこかは分からないけれど、提出直前の意匠案を持ったまま別の工房へ移った宝飾職人がいたとかいないとか。……そんな噂も聞こえて来ている。

 幸いにしてグラント達の取り仕切る商館の管轄下の工房ではそんな騒動はなかったけれど、それは恐らくまだ完全に起動していない企業であることもあり、そう言った陰謀の標的にする必要はないだろうと見くびられていたからに違いない。

 だけど一次選考が終了しもはや4件の競争相手しかいない今、どんな妨害工作に遭うかもしれないと工房では関係者や職人らが神経を尖らせて作業に当たっている。

 本当に厳戒態勢だ。

 最終選考会は先に提出した意匠案とそれを元に作成した現物を用意してのプレゼンを行う事になっていた。


「……正直、ここまで厳しい世界だとは思っていなかったわ」


 ルルディアス・レイに近い小さな街、アルドンウェイの職人街の工房には何人もの護衛が置かれ、作業が完全に終了するまでこの作業に当たっている職人らは近くの借家に寝起きし、工房への行き帰りにも護衛がつけられていた。


「動く金額が大きいからね。真偽の程は定かじゃないけど、ダリファの宝飾工房の職人頭が利き腕を骨折したなんて話も聞こえてきているくらいだ」


 一つ一つの単価はそう高くないけれど数量が多く、しかも一度きりの仕事ではない継続型の契約。

 目の色を変えて必死になるのは理解できるけれど、そんな事件まで発生しているなんて洒落にならない。


「不正行為までしようとは思わないけど、俺だって出来れば請けたい仕事だよ」


 彼は『出来れば』なんて表現を使ったけれど、本当にこの仕事を得たいと思っているのは私だって分かる。


 商館の琥珀宝飾品部門では琥珀の原石を宝飾品として加工するため、幾つかの工房を抱えている。

 当たり前のことだけれど、工房で働く職人さん達にはそれぞれ加工技術の上下があって、それこそ王侯貴族が身に着けるような精巧で繊細な細工の宝飾品を作る者もいれば、まだ弟子入りしたばかりの見習いもいる。

 今回、教会の『趣意書』に添って作った物は、その『型』さえ作ってしまえばそう技術の無い者にもわりと容易に製造できるように意匠されていた。

 もちろん製造の監修はある程度の技術を持つ職人さんに任されるのだけれど、基本技術の習得過程でしてもらう仕事としてとても都合が良いのだそう。


「芸術的価値を持った高級宝飾品ばかり扱う一流の職人ばかりの工房を持つ事も魅力的だろうけど、色々と都合があってね」


 日に焼けた浅黒い顔にニヤリとした笑みを浮かべるグラント。

 一流の職人ばかりを抱える工房にしなかったのには訳がある。

 シュバノ村で取引される琥珀原石には当然のように等級があり、原石価値が高い物ほど高値で取引されるのだけれど、等級が高い原石……例えば内包物に虫などがある石は人気が高く、非常に入手が困難になる。

 長く取引きを続けている商人ならばそういった原石を自分の『信用』と『顔』で手に入れることが出来るようにもなるが、グラント個人ではなく『商館』の方にはまだ使えるような『顔』など無い。


 取り引き実績が無く正式に起業すらしていないのだから当たり前と言えば当たり前だが、良い石を手に入れる方法が無いわけではないのだ。

 それは、良い原石だけを欲しがるのではなくそうでない等級の低い石もまとめて、ある程度大量に引き受ける方法だ。

 実際のところ、宝飾品として完成した琥珀宝飾品の価値というのは原石本体の等級だけで決まるわけではない。

 濁りや琥珀特有の色むらや気泡など、原石の持つ個性をいかに引き出した意匠と細工を行うか、この要素が大きい商品なのだ。

 等級のばらつく原石を仕入れてもやり方しだいでは十分に採算を出すことが出来るし、一流宝飾品だけを扱う店舗だけでなく、高価な宝飾から比較的安価に入手できる装飾品類までランクの異なる幾つかのラインを抱えることで、高い等級の原石を手に入れるために在庫を抱えるなどと言う無駄な事にもならずに済む。

 石を任せてこそ職人は成長してゆく物。

 これなら若い職人にはどんどん原石を回すことも出来るし、安価な石をその個性に合わせて生かす経験は彼らのためにもなる。

 客層を分けて原石と技能を使い分け、それぞれの購買力に合わせた商品開発をするのは無駄を出さない為の良策と言えるだろう。


 今回グラントが教会の選考会に提出するのは、金属と二種類の琥珀を使用したペンダントだった。

 意匠案選考で振り落とされた作品の殆どが、聖職者が身につけている本物と大きさ違いのそっくりな意匠だったらしいけれど、これなら絶対に見間違うことは無いデザインになっている。


 金属の繊細な楕円形の枠に蜂蜜色の琥珀を嵌めて、そのフレームの中に若干の装飾を加えた『翼』モチーフを収めたペンダントトップは、聖職者が身につける銀の翼より小ぶりに出来ているが上品で華やかでありながら決して華美ではない。

 こんな透明感のある美しい蜂蜜色の琥珀、それも大きさのそろった物を幾つも用意するのは大変ではないかと何も知らない私は危惧したのだが、実はこの部分に使用している琥珀は『人工琥珀』なのだそうだ。


 まだ化石化していないコーバルと呼ばれる樹脂は比較的低い温度の熱で溶け、加工がし易い。

 このコーバルに虫を埋め込んだ品物がしばしば紛い物の虫入り琥珀として流通し商人や購入者を悩ませもするが、使いようによっては安価でそれなりに美しい宝飾品にも出来るのだ。

 人工琥珀だけでは正統な琥珀商品を取り扱う工房としては不味いので、このペンダントトップの上部、チェーンを通す金属部分の下には本物の琥珀ビーズも数粒使用されている。

 こちらは黄乳白色の等級の低めの琥珀だけれど、蜂蜜色のフレーム内部分とのコントラストでペンダントトップ全体に落ち着いた雰囲気と可愛らしさを与えていた。


「このビーズの部分は本物の琥珀なのね。……透明度や色味が一粒毎に違うから、同じデザインでもちょっとずつ雰囲気が違って見えるわ」

「それも狙いなんだ。消費者にとっては選ぶ楽しさもあった方が購買欲をそそられるだろうからね」


 と、グラントが自信ありげに言う。

 出来上がりの素晴らしさを目にした私も、なんだか胸がどきどきとした。

 女神サリフォーを信仰する宗教はこのブルジリア王国独自のものではないけれど、聖都・ルルディアス・レイには現存する中で最も古い教会がある。

 ブルジリア王国の有名な産物である琥珀を使うことによって、この国こそがサリフォー信仰の中心地である……と言う主張を込めているんだとグラントに教えられ、私は本当につくづく彼に感心した。


「私……今まで貴方は商人じゃなかったなら詐欺師に向いているんじゃないかと思っていたけれど、今の説得力のある説明を聴いていたら、インチキ宗教の教祖でもたくさんの信者を集められるような気がしてきたことよ……!」


 言葉の明瞭さや響きの良い声と確信に満ちた自信のある語り口に感動して私はそう言ったのだが、どうやらグラントには私の言葉が褒め言葉には聞こえなかったらしい。

 なんとも微妙な表情をされてしまった……。

 でも、本当にグラントが聖職者だったなら、神様じゃなくて彼自信に熱狂的な信者がつくんじゃないかと思うのは……もしかするとただの惚れた欲目とか言うものだろうか。

 今のは本当に褒め言葉なのだとフォローしようと思ったけれど、気恥ずかしいので止めておこう。なにしろあまり褒めすぎると……グラントはとても図に乗るんだもの。


 これは『行ける』……と、グラントを始めこの件に関わった人間達は、しっかりとした手ごたえを感じていた。

 ノルディアークの王城でグラヴィヴィスに手紙を受け取ってから一月と少し、さほど時間が無い中で始めた企画だったけれど、最終選考まで結構余裕を残して完成品を作り上げる事が出来たのは、皆が頑張ってくれたおかげだ。

 ……手紙を受け取った時は状況が状況だっただけにグラヴィヴィスに腹立たしい気持ちを抱きもしたけれど、こうなると少しくらい感謝してもいいような気がしてくる。


 ノルディアークで囁かれ始めたグラヴィヴィスと私の噂だが、あの後広まるにつれ尾ひれがついて、既に原型をとどめない形で流布しているようだ。


 曰く、グラヴィヴィスは未亡人と恋仲になった。

 とか

 不倫相手と密会中にその夫が現れ決闘騒ぎになった……

 とか

 他国の貴族女性に見初められ、執拗に追い回された

 など。

 相手に関しても一部で『バルドリー侯爵夫人』となっているけれど、別の個人名もチラチラと挙がっているし、未婚のお嬢さんだったり女ざかりの未亡人・絶世の美しさを誇るご婦人だったりと様々。

 中にはグラヴィヴィスの真の相手はその婦人ではなく夫の方だったのでは……なんてとんでもない噂まである。


 初めは気にしないようにしようと思いつつも、つい周囲の人たちにお願いして『噂』の収集などして気持ちを尖らせていた私も、こうなるとあまりの馬鹿馬鹿しさに苦笑いを浮かべる余裕も出来てくる。

 恐らくは『故意』に噂を立てただろうグラヴィヴィス自身の真意は見えないけれど、彼も最終的にはこういう漠然とした物に変化してゆくことは分かっていたのではないだろうか。


 とまれ、最終選考を受けるべく商品見本は完成した。

 後はグラント、もしくはレシタルさんが選考日に教会へこの商品見本と前回の選考時に提出した意匠案の複製、必要な書類等を教会本部へ持ち込んでプレゼンを行うだけだ。

 選考会まではまだ日数があったけれど、私達は早めにサリフォー教会本部のあるルルディアス・レイへと出発した。


 出発の日は快晴。

 ノルディアーク程ではないけれど、レグニシア大陸よりも緯度が高いブルジリア王国の夏は爽やかだ。

 素晴らしい仕上がりの商品見本と期待と希望をのせて、走る馬車の車輪はあくまでも軽やかで耳に心地よく響く。

 ……現時点、私もグラントもルルディアス・レイで待ち受けているものが『希望』や『期待』だけではない事など、思いもせずにいた……。



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