61 一体、なにがそんなにイケナイのかねェ
定休日だからこそ、普段できないお掃除をしてしまいましょう。
れんげちゃん、本当によく働くね。
こういうことは、任せてください。
それで、お店の改装資金は、いかがでしたか?
親父と一緒に店に帰ると、すでに人の気配がしている。
れんげちゃん、床にワックスがけをしていた。
といっても、もう乾拭きの段階で、乾くのを待ちながら、というところらしい。
ホント、よく働く娘だよ。
「ただいま」
「お帰りなさい、どうでした?」
「だめだったよ。この不景気のご時世だ、銀行も“貸し渋り”なんだろうね」
「…そうですか。仕方ありませんね。今、お茶を入れますから、ゆっくりおやすみになって下さいね」
言葉に甘えて、俺と親父は小上がりに上がり込む。
「鳴人君、あっしは未だによく分からないんだが。あっしは、ただお客さんに美味いラーメンを食べてもらいたい、ただそれだけなんだヨ。
…一体、なにがそんなにイケナイのかねェ」
「いやぁ、悪い悪くないの問題じゃないと思いますよ。ただ、銀行の立場からいえば、浮き沈みの激しいラーメン業界は、融資先としては相手にしたくないんでしょう」
「というと?」
親父、ちょっと自信なさげな顔をしている。
以前の、やる気の感じられなかった親父の、あの顔だ。
はっきりいうべきかどうか、ちょっと迷った。
だが、親父が俺を信頼して帳簿を付けさせたように。
俺も、親父を信頼して、今の状況を告げなければならないのだろう。
「正直いって、来々軒の経理状態はあまり良くはないです。売り上げは多いんですが、利益には結びついていない。言い換えれば、店には資金があまり無いはずです。
普段の売上金は、親父さんが夜間金庫に預けに行ってるんですよね?」
「そうだヨ。通帳には、かなりの額が入っているはずだヨ」
「ええ。帳簿を見れば、その辺は判るんですよ。つまり、材料などを月掛けで買っていますから、その支払いの為の運転資金なんです。
それを差し引くと、いくらも残らないはずです」
「…彰油さん、そうなのかい?」
お茶を持ってきたれんげちゃんに、親父が訪ねる。
そうか、支払い分の資金は、れんげちゃんが管理しているのか。
取引先は、ほとんど彼女が決めているのだから、支払方法なども引き落としや振込の関係で、口座を作る必要があったのだろう。
「はい。これ、お店の通帳です」
そういって渡してくれた通帳の中身は、かなりの額が入っていた。
だが、支払いの期日がくれば、順次引き落とされるはずで、その辺は帳簿で確認できる。
電卓をだしてざっと計算してみると、やはりほとんど残らない。
「…さすがに速いね」
「なにがですか?」
メモに金額を書いていると、親父が感心したように俺を見ている。
「いや、計算が、ね」
「そりゃ、電卓ですから」
変なこというなあ。ああ、キーを打つのが、ということか。
「とにかく、利益が出なさすぎなんですよ。薄利多売っていうか、売り上げが利益に結びつかないっていうか。銀行の人も言ってましたが、ラーメン屋ですから、お客の回転率はそんなに上げることはできないし、一日にできる量も決まってますよね。こういう状況で、いざというときのための土地や建物なんかの資産もない。しかも浮き沈みの激しい業界の中で、ほんの数カ月間行列ができたからといって、おいそれとはカネは貸せない、ということなんですよ」
言ってから、ああ、キツイ事言ってるよな、なんて、少し後悔した。
思ったことをズバズバと口にするのは俺の悪いところで。
でも、そういうことに妥協したくもない自分もいて。
「ふぅむ。ようやく判ってきたよ。さすが鳴人君、説明が上手だネ。あのイケスカナイ銀行員とはエライ違いだヨ」
まあ、確かにあの男、イケスカナイのは同感だけど。
親父、俺の説明に感心する前に、もっと早く状況を踏まえてくれよ。
「…で、鳴人君としては、どうすればいいと思う?」
「俺の、意見ですか…?」
直した方がいい、ということは沢山あるけど。
ある程度、腹を割って話さなきゃならないだろうしな。
さて、どこまで言ってもいいものか…
「話が、長くなりそうなんですけど」
と、まるですでに察していたかのような、れんげちゃん。
ビールとおつまみを、持ってきたよ。
こういう気配りというか、機転というか。
その辺りは、もう天性のものとしか思えないね。
それにしても、あまりにも、気の回しすぎだよ。
「お、気が利くねえ…」
親父も、真剣な話をしてるんだから、そんなに嬉しそうな顔しなくたって…
…ま、いいか。とりあえず話すだけ話して、後でじっくり考えて貰おう。
お店の運営方針は、なんだかんだ言っても親父が決める事だよな。
俺としては、その手助けが出来ればいいわけだし。
でもなあ、親父にその辺を分かってもらうのって、結構大変だったんだよな。
いやまあ、なんとかここまで、漕ぎつけたんだし。




