4 御勘定は頂きませんから、どうぞお引き取り下さい
いくらマズくて不愛想なラーメン屋さんでも、やっていいことと悪いことがあります。
でも、警察を呼ぶような騒ぎも、困るんです。
ホント、困るんですヨ。
店の中が、シーンと静まり返った。
男は、俺と事を構えてもいいかどうか計りそびれている感じだし。
親父は、ただオロオロと、俺と男の方に視線を通わせるだけだ。
俺と言えば、ヤバいことを口走ってしまったと内心思いつつも、努めて平静を保とうと、自分に言い聞かせていた。
なんといっても、ここは通い慣れた来々軒の店内である。
いわば縄張りであり、ここでは相手が勤め人だろうと、留年生の俺の方が上だ。
ただ、何となくだが、そう思っていた。
しかし、男は、俺の年齢と格好に考えが至ったらしい。
たかがフリーターの警備員に思えたのだろう(そして、それはほとんど合っている)。
「なんだ、お前。もういっぺん言ってみろ」
立ち上がった男は、ちょっと足元がふらついたらしくよろけていたが、目が座っている。
俺は、黙って座っていた。
ただ、目だけはそらさなかった。
飛び掛かってこられても、叩きのめす自信はあった。
それこそ、年齢差もあるし、ある程度体力が無いと、交通誘導員なんてやっていられない。
その時、親父が動いた。
「お客さん、そこまでにしましょうよ、ね」
「うるせえっ、このくそ生意気なプータローに一発食らわせてやらなきゃ…」
プータロー?
俺は、椅子を倒して立ち上がった。
なんで見ず知らずの奴に、そこまで言われなきゃならないんだ?
俺を、ここの無気力親父と一緒にするな!
「お客さん、ここの勘定はもういいですから、ね、ね…」
いつの間にか、親父が男の背中にしがみついて、玄関から出そうとしている。
「放せ、このくそ親父!だいたい、こんな不味いラーメンに最初っから金出す気なんてねえよ!」
男がぶるんと体を回すと、親父の体は情けなく振りほどかれ、カウンターに頭を打ちつけてしまった。
まったく、頼りにならない親父だ。
「おい、勘定払うつもりないって、どういう事だよ。お前、食い逃げするつもりだったのか?」
情けない親父の代わりに、俺は叫んだ。
「けっ、こんな腐ったラーメンに金を払う馬鹿なんて、貴様位のもんだ。どうせ、ろくなもの食ってないから、舌が貧乏くさくなったんだろ」
「何っ!」
「お前みたいな奴がいるから、こんなラーメン屋が生き残っちまうんだろうが」
男が、拳を振り上げて俺に迫って来た。
俺も、身構えて応戦体制を取る。
こうなったら、トコトン暴れてやる…
「お客さん、止めてくださいよ!」
その時、親父が俺たちの間に飛び込んで来た。
男に背を向けて、体全身で男の突進を止める。
向き合った俺を睨む。
はっきりいって、何の迫力も感じなかった。
「なにやって…」
るんだ? 親父
そう言おうと思った瞬間。
目の前に、星が飛んだ。
鼻っ柱が、ツーンと痛む。
店内が、よろめいた。
…いや、よろめいたのは俺の方だ。
どうやら、親父に顔面を殴られたらしい。
「さ、さ。これでいいでしょう。店の中で、お客さんの騒ぎは、困るんですよ」
「あ、ああ…」
「御勘定は頂きませんから、どうぞお引き取り下さい。お願いします」
「わ、判った…」
玄関の戸が、ガラガラと響く音がする。
男が、出ていったらしい。
「…親父…」
ようやく、俺は起き直る。
まだ鼻の奥が痛い。
顔の内部から、ジンジンと痺れるようだ。
触ってみると、案の定、指が血で染まった。
ふと、親父の方を見ると、こめかみから血が流れ落ちている。
カウンターにぶつけた時、頭を切ったらしい。
親父と俺は、お互いの顔を見合わせた。
俺は、注文でもするかのように、言った。
「帰るわ」
「へい」
親父も、注文を受けるかのように、応えた。
いや、そうだけどさ。
だからって、なんで俺が殴られなきゃならないんだよ。
殴るなら、あっちの客だろうが。
くそぅ…




