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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第1章 寂れた俺、寂れた店、寂れた親父

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4/9

4 御勘定は頂きませんから、どうぞお引き取り下さい

 いくらマズくて不愛想なラーメン屋さんでも、やっていいことと悪いことがあります。

 でも、警察を呼ぶような騒ぎも、困るんです。

 ホント、困るんですヨ。

 店の中が、シーンと静まり返った。

 男は、俺と事を構えてもいいかどうか計りそびれている感じだし。

 親父は、ただオロオロと、俺と男の方に視線を通わせるだけだ。

 俺と言えば、ヤバいことを口走ってしまったと内心思いつつも、努めて平静を保とうと、自分に言い聞かせていた。

 なんといっても、ここは通い慣れた来々軒の店内である。

 いわば縄張りであり、ここでは相手が勤め人だろうと、留年生の俺の方が上だ。

 ただ、何となくだが、そう思っていた。

 しかし、男は、俺の年齢と格好に考えが至ったらしい。

 たかがフリーターの警備員に思えたのだろう(そして、それはほとんど合っている)。

「なんだ、お前。もういっぺん言ってみろ」

 立ち上がった男は、ちょっと足元がふらついたらしくよろけていたが、目が座っている。

 俺は、黙って座っていた。

 ただ、目だけはそらさなかった。

 飛び掛かってこられても、叩きのめす自信はあった。

 それこそ、年齢差もあるし、ある程度体力が無いと、交通誘導員なんてやっていられない。

 その時、親父が動いた。

「お客さん、そこまでにしましょうよ、ね」

「うるせえっ、このくそ生意気なプータローに一発食らわせてやらなきゃ…」

 プータロー?

 俺は、椅子を倒して立ち上がった。

 なんで見ず知らずの奴に、そこまで言われなきゃならないんだ?

 俺を、ここの無気力親父と一緒にするな!

「お客さん、ここの勘定はもういいですから、ね、ね…」

 いつの間にか、親父が男の背中にしがみついて、玄関から出そうとしている。

「放せ、このくそ親父!だいたい、こんな不味いラーメンに最初っから金出す気なんてねえよ!」

 男がぶるんと体を回すと、親父の体は情けなく振りほどかれ、カウンターに頭を打ちつけてしまった。

 まったく、頼りにならない親父だ。

「おい、勘定払うつもりないって、どういう事だよ。お前、食い逃げするつもりだったのか?」

 情けない親父の代わりに、俺は叫んだ。

「けっ、こんな腐ったラーメンに金を払う馬鹿なんて、貴様位のもんだ。どうせ、ろくなもの食ってないから、舌が貧乏くさくなったんだろ」

「何っ!」

「お前みたいな奴がいるから、こんなラーメン屋が生き残っちまうんだろうが」

 男が、拳を振り上げて俺に迫って来た。

 俺も、身構えて応戦体制を取る。

 こうなったら、トコトン暴れてやる…

「お客さん、止めてくださいよ!」

 その時、親父が俺たちの間に飛び込んで来た。

 男に背を向けて、体全身で男の突進を止める。

 向き合った俺を睨む。

 はっきりいって、何の迫力も感じなかった。

「なにやって…」

 るんだ? 親父

 そう言おうと思った瞬間。

 目の前に、星が飛んだ。

 鼻っ柱が、ツーンと痛む。

 店内が、よろめいた。

 …いや、よろめいたのは俺の方だ。

 どうやら、親父に顔面を殴られたらしい。

「さ、さ。これでいいでしょう。店の中で、お客さんの騒ぎは、困るんですよ」

「あ、ああ…」

「御勘定は頂きませんから、どうぞお引き取り下さい。お願いします」

「わ、判った…」

 玄関の戸が、ガラガラと響く音がする。

 男が、出ていったらしい。

「…親父…」

 ようやく、俺は起き直る。

 まだ鼻の奥が痛い。

 顔の内部から、ジンジンと痺れるようだ。

 触ってみると、案の定、指が血で染まった。

 ふと、親父の方を見ると、こめかみから血が流れ落ちている。

 カウンターにぶつけた時、頭を切ったらしい。

 親父と俺は、お互いの顔を見合わせた。

 俺は、注文でもするかのように、言った。

「帰るわ」

「へい」

 親父も、注文を受けるかのように、応えた。


 いや、そうだけどさ。

 だからって、なんで俺が殴られなきゃならないんだよ。

 殴るなら、あっちの客だろうが。

 くそぅ…

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