28 むぇ、むぇんめむぁん…
互いに、ラーメン論は譲れない。
でも、認め合うことは出来る。
散々論議をぶつけ合った後に、芽生える友情、みたいなもんか?
「だから、俺は、自分の“ラーメン”は譲れない。けど、今日は、こんな話をしに来たんじゃなくって…」
俺は、どっかりと腰を据え直して、親父を睨んだ。
「あっしも、自分の“ラーメン”は譲れねえなあ。話を、聞こうじゃないか」
親父も、どしんと腰を据えつけて、真っ向から俺を睨む付ける。
バッとだしたグラスに、れんげちゃんが心得ているかのようにビールを継ぎ足す。
自然に、俺もグラスを突き出しており、トクトクと気持ちの音を立ててビールが注ぎ込まれていく。
「だから、俺はただの客なんだから、あの“ご予約席”っていうのは、やめて欲しかっただけで、ただ、それだけなんだよ」
「そんな“駄々”こねる為に、わざわざ足を運んだのかい?ラーメン屋でカレーライス頼むクソガキみたいに」
親父が、不敵にニヤリと笑う。
その表現があまりに可笑しくて、似合っていて、親父がそんな発想できるのが可笑しくて、皮肉られているのが俺自身ということがますます笑えて。
俺も、ニヤリと笑い返してやった。
「俺は、客商売なんて、まったくやった事がないんだぜ?」
「あっしも、女房と、全くのド素人の状態から始めたんだよ」
「俺は、ただのラーメンオタクなだけだぞ?」
「心配すんな。御託なんぞ並べる気力も無い位、毎日忙しいから」
親父、さっきの迫力はどうしたんだよ。
涙腺が、なんか緩んでるぞ。
「大丈夫です、私がいます。大丈夫、私がずっとおそばにおりますから…」
れんげちゃんまで、なぜか、泣き顔になっている。
微笑んでいるのに、なぜか涙があふれている。
「鳴人さん、どうしてでしょうね…どうして、こんなに…」
後は、言葉にならなかった。
なぜって、れんげちゃん、感激のあまり。
俺を「ムギュッ!」と抱きしめてくれたから。
「むぇ、むぇんめむぁん…」
抱きしめる腕は力強く。
抱きしめる胸は柔らかかった。
それはあまりに熱く、柔らかで、包み込まれるようで、気持ちよくて、息も出来ないほどで、故に苦しくて…
「むぐぉぉ…」
「あっ、ご、ゴメンナサイっ!」
「い、いや…ど、どうぞ、これからも、よろしく…」
「ええっ??」
「あ、いや、その、また抱きしめてネなんて意味じゃなくって…」
「え、あ、そ、その…」
れんげちゃんは、顔中を真っ赤に染めていた。
多分、俺も同じように真っ赤に染まっていたと思う。
側で見ていた親父が、堪えきれないように笑い出した。
親父の顔も、酒に酔って真っ赤に染まっていた。
~ ・ ~
れんげちゃん、あんなに小柄なのに、胸、大きかったなあ…
道理であのガキ、抱きしめられた後、黙りこくったわけだよな。
それに、感激屋だし、彼女、あんな風に喜びを表現するのかぁ…
親父、なげやりそうに見えて、真剣にラーメンの事、考えていたんだな。
俺のオタクくさいこだわりを、全力で受け止めてくれて。
だから、俺は実際に関わらなければならない。
単なる常連じゃなくて、ラーメンに関わる者の一人として。
きちんと親父に向かい合えるように。
そして、れんげちゃんとも…
俺は部屋の中で、ニヤニヤ笑いながら、嬉しさを噛みしめていた。
明日という日が、こんなに楽しみな事は、今まで無かった。
来々軒のラーメンが、俺の心に、温かい熱意を注いでくれる。
たかが、ラーメンなのに。
それでも、美味いラーメンは、俺自身を変え、親父を変え、来々軒をここまで変える力を持っているのだ。
(続く)
れんげちゃん、小柄で華奢だと思っていたのに。
意外に着痩せするタイプだったのね。
だからってね、これからもよろしく、は、ないでしょ?
いや、れんげちゃん、まんざらでも、ないらしいですネ。




