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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第5章 酒席に誘う親父、ご機嫌な彼女、来々軒のラーメン

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23 わたし、ずっと探していたんです

 親父の作るラーメンの味が分かる人が、もうひとり。それはれんげちゃん。

 いや、俺は別に、美味いと思ってあのラーメンを喰ってないぞ?

 まあ、落ち着けって…

 いや、その、何があったんだ?

 ってか、れんげちゃん、親父の娘じゃないのかぁ!

「あれ、言わなかったか?」

「聞いてません!…よ…」

 思わず声が大きくなりかけて、俺は慌てて声を萎めた。

 調理場で、れんげちゃんが驚いたような顔でこっちを見ている。

「まあまあ、落ちついて」

 顔を真っ赤にした、どう見ても酔っぱらいにしか見えない親父なのに。

 肩を叩かれ、諫められてしまった。

「…あの子が、不意にあっしの店に来て、『いい匂いですね』なんて言い出してね。てっきり、冷やかしかとも思ったンだが、ラーメン注文してくるから、まあ、一応お客なのだろうと、作って出したンだが」

 …れんげちゃん、なに考えてるんだ?

 あの来々軒のラーメンを、いい匂いだって?

「そしたら、これがまた、旨そうに食べるんだヨ」

「それって、今まで何も食べてなかったとか?」

 そうに決まってる。

 でなきゃ、あのラーメンを旨そうに食べる事なんて出来ない。

「いや、そんな感じじゃ無い、そんな感じじゃなかったンだ。

 …なんていうか、一口一口を、じっくり味わって食べているっていう風だったヨ」

 味…わって、たって…?

 親父、ラーメンじゃ無くて、話を作ってるんじゃないか?

「終いには、なんか泣きながら食べていてネ。食べ終わってからも、しばらく泣いているンだよ、こう、俯きながら、堪えきれない風に…」

「マスター、もう!鳴人さんに変な事言わないで下さいよっ!」

 おつまみとビールのお代わりを持って来たれんげちゃんが、ちょっと顔を膨らませて親父を叱っている。

 顔が、お酒でも飲んだみたいに、紅に染まっている。

 れんげちゃん、相当照れくさいらしい。

「いやあ、まあ、そうだな…」

「それで、どうしたんです?」

「もう、鳴人さんまでっ…あっと、スープ煮立っちゃう…」

 れんげちゃん、少し小走りに調理場に戻っていった。

 止めたいけど、止められない雰囲気だし。

 俺は親父にビールを接いでやりながら、話を催促する。

「いや、それで、あっしも心配になって『お嬢ちゃん、具合でも悪いのかい?』って聞いたんだよ。そしたら…」

「そしたら?」

「わたし、ずっと探していたんです、って言ったんだ」

「…何を?」

「“アイのある、ラーメン”って、言ったんだヨ」

 …なんだ、それは?

 確かに、今の来々軒のラーメンは、なんとも言えないけど、一言でいうなら、「アイのあるラーメン」なのかもしれない。

 だが、それは、今の話であって、当時の来々軒に、そんなものは全く無かった。

 無かったはずだ。

 いったい、れんげちゃん…

「それで、あの子は、あっしに此処で働かせてくれないかって頼んできたんだヨ」

「働くって、来々軒、で?」

「そう。あっしも言ったんだ。こんな小さな店だから、人手は自分一人で間に合ってる。第一、人件費を支払えるだけの売り上げもない、ってネ」

 そりゃあ、そうだ。

 来々軒で働こうだなんて、そんな事言い出すれんげちゃんの方が、はっきりいって悪い。どうかしている。無茶もたいがいにしろって所だ。

「情けない事だが、それが事実だ。仕方ないがネ。

…そしたら、あの子、なんて言ったと思う?」

「…もしかして、給料はいらない、とか?」

「惜しいな」

 親父はニタリ、と笑ってナルトを摘んだ。

「今はまだお手当てはいらない。試用期間で構わない。

…店が繁盛して、給金が出せるようになったら、正式に雇ってもらえますか?って言い出したんだヨ」

 店が繁盛するようになったら、って…

 それで、あんなに一生懸命だったのか。

 それにしても…

「あっしも、どうせ女の子の一時の気の迷いだろう、と思っていたさ。まあ、飽きたら辞めるだろうとも思ってもいたしナ」

 まったくだ。本気で言っているとも思えないけど、だからといって、彼女になにかメリットがあるとも思えない。

「で、雇ってみたら…今に至ったわけですね」

「ああ、だから、あの子に払う給料なんか、全然、惜しくないんだヨ」

 そりゃそうだろう。

 ラーメン一杯で500円の安さとはいえ、さっきもれんげちゃんが「夕方分の二百食完売」とか言っていた。

 これだけで10万円の売り上げ。

 昼の分の売り上げを入れたら、その2倍だから、売り上げ20万の計算だ。

 週1の定休日を引いても、25日間で月500万の売り上げ…

 それだけの忙しさを、一手に、そして完璧に切り盛りしているれんげちゃんだ。

 いくら払っても惜しくないし、惜しんでいたらバチが当たる。

「それでも、わかるだろ?お客さんに寒空の中待たせるのは、あっしとしても申し訳ないんだヨ」

「店の中に、入れられるだけ入れるとか?」

「いや、それは食べているお客さんにご迷惑だ」

「へえ、やっぱり。それが親父さんの“こだわり”なんですね?」

「へっへっ、まあ、あの子と相談して決めたことだけどナ」

「相談?」

「ああ、あっしがそういう事いったら『お店の方は大丈夫、任せてください。ボードを掲げて宣伝できなくなりますが、それでよろしければ』って言ってネ」

 れんげちゃん、それはもういいでしょう。これだけ行列出来ていれば。

 どうも、彼女もどっかズレてる所あるんだよな…

「それでも、この寒空の中、待ってて貰うお客さんには、申し訳ないと思っているンだ。それで、近いうちに、隣の空きテナントも借りて、店を広げようと思ってるんだけどネ…」

 …親父、随分大きく出たな。

 なんか、本当にラーメン屋の親父っぽいぞ。

「店の造りはどうするんですか?待合室にするだけの為に借りるんですか?」

「いや、大家さんや大工さんとも相談して、仕切りの壁を取ってしまって、客席を増やそうかと思ってる」

「そりゃ、かなり経費が掛かりそうですね」

「ああ、でも、お客さんのためだからナ」

 親父、酔っぱらいの戯言のつもりでは無さそうだ。

 目が、燃えている。

 風格が、漂っている。

 “やるぞ”っていう、気迫が出て来ている。

 これも“来々軒のラーメン”の効果なのか?

「それで、という訳でもないんだがナ…」

 親父、ちらっと俺の顔を見て、また目をそらした。

「な、なんですか。俺に、なにか出来る事でも…?」

「いやあ、まあ、迷惑でなかったら、の話なんだが…」

 なんだ?

 また、試食でも頼みたいのだろうか?

「今でもギリギリ、というより、忙しくてたまらないンだ。この上、店を広げるとなったら、もう二人では店の切り盛りは出来ない。もう一人、雇いたいんだヨ」

「ああ、俺の大学で、誰かバイトしたい奴を紹介すればいいんですね?」

「いや、違うんだ…」

 親父、景気づけ、とばかりに、一気にグラスをあおった。

「気心の知れている、人じゃないと、嫌なんだヨ…」

「気心、ですか…」

 そんな奴、いたかなあ…

 親父、じっと俺を見る。

 そんなに、睨まなくったって…

 あ、あれ?

「も、もしかして、それって…」

「鳴人君、無理は承知なんだが、なんとか頼めないだろうか? 勿論、バイト代は弾むし、大学の終わった後に来て貰ってで、構わないんだが…」

「エエエェッ?!」



                              (続く)


 れんげちゃんのお給金問題。

 行列のできるラーメン屋さんで、そんな心配はしなくても大丈夫なんですよ?

 こういう計算が得意な鳴人君が、早速マネー・シミュレーションしてくれます。

 だがしかし、この辺は続きをお読みくださいとしか、今はまだ言えねぇ…


 で、繁盛しているんで、お店も改築して、バイトを雇いたい。

 大きく出たね。

 鳴人君、バイト、頼めないだろうか…?

 ええぇっ!


 お店も作品も(ついでに作者も)、軌道に乗ってきたんで、いよいよ本格進行致しますね。 

 

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