23 わたし、ずっと探していたんです
親父の作るラーメンの味が分かる人が、もうひとり。それはれんげちゃん。
いや、俺は別に、美味いと思ってあのラーメンを喰ってないぞ?
まあ、落ち着けって…
いや、その、何があったんだ?
ってか、れんげちゃん、親父の娘じゃないのかぁ!
「あれ、言わなかったか?」
「聞いてません!…よ…」
思わず声が大きくなりかけて、俺は慌てて声を萎めた。
調理場で、れんげちゃんが驚いたような顔でこっちを見ている。
「まあまあ、落ちついて」
顔を真っ赤にした、どう見ても酔っぱらいにしか見えない親父なのに。
肩を叩かれ、諫められてしまった。
「…あの子が、不意にあっしの店に来て、『いい匂いですね』なんて言い出してね。てっきり、冷やかしかとも思ったンだが、ラーメン注文してくるから、まあ、一応お客なのだろうと、作って出したンだが」
…れんげちゃん、なに考えてるんだ?
あの来々軒のラーメンを、いい匂いだって?
「そしたら、これがまた、旨そうに食べるんだヨ」
「それって、今まで何も食べてなかったとか?」
そうに決まってる。
でなきゃ、あのラーメンを旨そうに食べる事なんて出来ない。
「いや、そんな感じじゃ無い、そんな感じじゃなかったンだ。
…なんていうか、一口一口を、じっくり味わって食べているっていう風だったヨ」
味…わって、たって…?
親父、ラーメンじゃ無くて、話を作ってるんじゃないか?
「終いには、なんか泣きながら食べていてネ。食べ終わってからも、しばらく泣いているンだよ、こう、俯きながら、堪えきれない風に…」
「マスター、もう!鳴人さんに変な事言わないで下さいよっ!」
おつまみとビールのお代わりを持って来たれんげちゃんが、ちょっと顔を膨らませて親父を叱っている。
顔が、お酒でも飲んだみたいに、紅に染まっている。
れんげちゃん、相当照れくさいらしい。
「いやあ、まあ、そうだな…」
「それで、どうしたんです?」
「もう、鳴人さんまでっ…あっと、スープ煮立っちゃう…」
れんげちゃん、少し小走りに調理場に戻っていった。
止めたいけど、止められない雰囲気だし。
俺は親父にビールを接いでやりながら、話を催促する。
「いや、それで、あっしも心配になって『お嬢ちゃん、具合でも悪いのかい?』って聞いたんだよ。そしたら…」
「そしたら?」
「わたし、ずっと探していたんです、って言ったんだ」
「…何を?」
「“アイのある、ラーメン”って、言ったんだヨ」
…なんだ、それは?
確かに、今の来々軒のラーメンは、なんとも言えないけど、一言でいうなら、「アイのあるラーメン」なのかもしれない。
だが、それは、今の話であって、当時の来々軒に、そんなものは全く無かった。
無かったはずだ。
いったい、れんげちゃん…
「それで、あの子は、あっしに此処で働かせてくれないかって頼んできたんだヨ」
「働くって、来々軒、で?」
「そう。あっしも言ったんだ。こんな小さな店だから、人手は自分一人で間に合ってる。第一、人件費を支払えるだけの売り上げもない、ってネ」
そりゃあ、そうだ。
来々軒で働こうだなんて、そんな事言い出すれんげちゃんの方が、はっきりいって悪い。どうかしている。無茶もたいがいにしろって所だ。
「情けない事だが、それが事実だ。仕方ないがネ。
…そしたら、あの子、なんて言ったと思う?」
「…もしかして、給料はいらない、とか?」
「惜しいな」
親父はニタリ、と笑ってナルトを摘んだ。
「今はまだお手当てはいらない。試用期間で構わない。
…店が繁盛して、給金が出せるようになったら、正式に雇ってもらえますか?って言い出したんだヨ」
店が繁盛するようになったら、って…
それで、あんなに一生懸命だったのか。
それにしても…
「あっしも、どうせ女の子の一時の気の迷いだろう、と思っていたさ。まあ、飽きたら辞めるだろうとも思ってもいたしナ」
まったくだ。本気で言っているとも思えないけど、だからといって、彼女になにかメリットがあるとも思えない。
「で、雇ってみたら…今に至ったわけですね」
「ああ、だから、あの子に払う給料なんか、全然、惜しくないんだヨ」
そりゃそうだろう。
ラーメン一杯で500円の安さとはいえ、さっきもれんげちゃんが「夕方分の二百食完売」とか言っていた。
これだけで10万円の売り上げ。
昼の分の売り上げを入れたら、その2倍だから、売り上げ20万の計算だ。
週1の定休日を引いても、25日間で月500万の売り上げ…
それだけの忙しさを、一手に、そして完璧に切り盛りしているれんげちゃんだ。
いくら払っても惜しくないし、惜しんでいたらバチが当たる。
「それでも、わかるだろ?お客さんに寒空の中待たせるのは、あっしとしても申し訳ないんだヨ」
「店の中に、入れられるだけ入れるとか?」
「いや、それは食べているお客さんにご迷惑だ」
「へえ、やっぱり。それが親父さんの“こだわり”なんですね?」
「へっへっ、まあ、あの子と相談して決めたことだけどナ」
「相談?」
「ああ、あっしがそういう事いったら『お店の方は大丈夫、任せてください。ボードを掲げて宣伝できなくなりますが、それでよろしければ』って言ってネ」
れんげちゃん、それはもういいでしょう。これだけ行列出来ていれば。
どうも、彼女もどっかズレてる所あるんだよな…
「それでも、この寒空の中、待ってて貰うお客さんには、申し訳ないと思っているンだ。それで、近いうちに、隣の空きテナントも借りて、店を広げようと思ってるんだけどネ…」
…親父、随分大きく出たな。
なんか、本当にラーメン屋の親父っぽいぞ。
「店の造りはどうするんですか?待合室にするだけの為に借りるんですか?」
「いや、大家さんや大工さんとも相談して、仕切りの壁を取ってしまって、客席を増やそうかと思ってる」
「そりゃ、かなり経費が掛かりそうですね」
「ああ、でも、お客さんのためだからナ」
親父、酔っぱらいの戯言のつもりでは無さそうだ。
目が、燃えている。
風格が、漂っている。
“やるぞ”っていう、気迫が出て来ている。
これも“来々軒のラーメン”の効果なのか?
「それで、という訳でもないんだがナ…」
親父、ちらっと俺の顔を見て、また目をそらした。
「な、なんですか。俺に、なにか出来る事でも…?」
「いやあ、まあ、迷惑でなかったら、の話なんだが…」
なんだ?
また、試食でも頼みたいのだろうか?
「今でもギリギリ、というより、忙しくてたまらないンだ。この上、店を広げるとなったら、もう二人では店の切り盛りは出来ない。もう一人、雇いたいんだヨ」
「ああ、俺の大学で、誰かバイトしたい奴を紹介すればいいんですね?」
「いや、違うんだ…」
親父、景気づけ、とばかりに、一気にグラスをあおった。
「気心の知れている、人じゃないと、嫌なんだヨ…」
「気心、ですか…」
そんな奴、いたかなあ…
親父、じっと俺を見る。
そんなに、睨まなくったって…
あ、あれ?
「も、もしかして、それって…」
「鳴人君、無理は承知なんだが、なんとか頼めないだろうか? 勿論、バイト代は弾むし、大学の終わった後に来て貰ってで、構わないんだが…」
「エエエェッ?!」
(続く)
れんげちゃんのお給金問題。
行列のできるラーメン屋さんで、そんな心配はしなくても大丈夫なんですよ?
こういう計算が得意な鳴人君が、早速マネー・シミュレーションしてくれます。
だがしかし、この辺は続きをお読みくださいとしか、今はまだ言えねぇ…
で、繁盛しているんで、お店も改築して、バイトを雇いたい。
大きく出たね。
鳴人君、バイト、頼めないだろうか…?
ええぇっ!
お店も作品も(ついでに作者も)、軌道に乗ってきたんで、いよいよ本格進行致しますね。




