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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第5章 酒席に誘う親父、ご機嫌な彼女、来々軒のラーメン

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22/38

22 …で、いったい何の話ですか?

 ホント、わざわざ閉店後に呼びつけて、親父、一体何の話なんだ?

 ただ…似た者同士だというのは、ワカランでも、無いかもな。

 俺、来々軒の、昔っからの唯一の常連だからな。

 

 ビールをぐっと飲み干してから、俺は尋ねた。

「いや、まあ、話、というほどでもないんだが…」

 開いたグラスに注いでくれながら、はにかんでいる親父。

「そうだ、新しいラーメン、どうだ?イケそうか?」

「ええ、美味いです。単品としても、スープとの相性も、麺との絡みも、申し分無いですね。最近のラーメンの流行りでもあるし」

「そっか。じゃあ、ネギはこれで決まりだな」

 満足げに頷くと、ビールをグッと飲み干す親父。

 お代わりを注いでやりながら、聞いてみる。

「なんで、俺に聞くんですか?」

「常連さんだから、じゃダメなのかい?」

 ぷいっと、横を向いた。

 照れくさい時の、親父の癖だ。

「ダメじゃないですけど、そんな理由でじゃ、ないんでしょう?」

「…まあ、な」

 間を置くように、つまみも食べるように勧められる。

 薄い赤と柔らかい白のコンストラストが美しい、ナルトをつまんだ。

 これも、以前の来々軒の、スーパーの既製品とは違い、もちゅぐにゅっとした歯ごたえが美味しい。

 スープを吸っても水っぽくならないのは、下手な混ぜ物をしていないからだ。

 単品で食べるのは初めてだが、思った通り、軽い下味が付けられている。

 これだけでも、ちょっとした一品として店に出せるだろう。

「あの子が、そうするように勧めてくれたんだ」

「…れんげちゃんが?」

 小声になった親父に合わせて、俺も声のトーンを下げる。

「以前の、えー、あの子が来る前の来々軒の味を大切にしてくれる、よく通ってくれた常連さんの意見を聞いた方がいいって」

「それで、俺ですか?」

 確かに、俺はこの店の常連だった。

 休みの日以外、ほとんど毎日通っていたと言える位に。

 例えバイト先で昼にラーメンを頼んでいても、夜にはここの暖簾をくぐっていた位に。

 でも、それは。

 別にここのラーメンが旨かったからではない。

 それは、間違いのないことだ。

「…あんたは、えー、鳴人君は、どうしてこんなラーメン屋に通ってくれていたんだ?」

 何だか、敬語を使いたいのか違うのか判らなさそうに。

 ちょっと照れくさそうな、親父。

 俺にしても「鳴人君」なんて呼ばれ慣れていないから、なんともムズ痒い。

「自分の作ったラーメンを、そんなに卑下することはないですよ」

「いや、正直、自分でも味の程はよく判っているんだ。ほら、以前に変な背広男に絡まれた事があっただろう?」

「ああ、良く覚えてますよ…」

 いかにも判った風に来々件のラーメンの不味さを語っていた、厭味な男。

 だったら黙って金払って、二度とこなければいいだろうに。

 そう言えは、あの時俺は、止めに入った親父に殴られたんだっけ。

「…なんにも、言い返せなかった。なんにもだ。

 だから、鳴人君を殴ったのは、もしかしたら、その腹いせなのかも知れない。

 まだ、謝っていなかったな。スマナカッタ…」

「そんな、いいですよ。喧嘩腰になった俺も悪かったんだし…」

 なんだか、あまりにも率直に言われると、照れくさくて逃げ出したくなる。

 一気にビールを飲み干し、お代わりを注ごうとすると…

 いつの間にか、れんげちゃんが側に来ており、優しい手つきでグラスに注いでくれた。

 どうやらテーブルの上のビール瓶は、すでに空だったらしい。

 しかし、さっきまで調理場の片付けをしていたはずなのに。

 いつ、そんな事に気付いたんだ?

「な、いい子だろう?それに比べて…」

 親父、なんか目が潤んでいる。

 もしかして、泣き上戸か?

 ついでに、親父の奴、酒はあんまり強くないらしい。

 すでに顔が真っ赤だ。

「マスター、大丈夫ですか?」

 ちょっと心配そうな顔をしたれんげちゃんだが、そのまま空のビール瓶を持って調理場に下がる。

 どうも、明日のスープの仕込みも今のうちにやってしまうつもりらしい。

「聞いてくれよぉ、それに比べてあっしなんて、あっしなんて…」

 …親父、どこの国の出身だよ。

「ただただ、ラーメンしか作れないんだよ。他に出来る事もないんだよ…」

 まあ、形の上では“ラーメン”だったからな。

「でも、鳴人君は、よく通ってくれた、通ってくれたよ…」

 親父、手酌でグラスにビールを注ぐ。

「ありゃあ、どんなに嬉しかったか…」

「よして下さいよ、別にそんなつもりじゃないんですから」

 考えてみれば、どうして俺はあんなに熱心に来々軒に通っていたのだろう。

 あんな不味いラーメンを食べるために。

 その答えを、俺は知っている。

 目の前の、親父の為だ。

 そして、自分の為でもある。

 それは、正直、嫌悪感を覚える感情。

 自分の優越性を確かめるための作業。

 なのに、どうしてそんなに“嬉しい”などと言えるのだろう?

「どうしたい?俯いたりして」

「…いえ、別に…」

 言えない。

 こんな、人のよさそうな親父に。

 俺のドロドロとした感情の事なんて、とても言えない。

「こんな事いうのもなんだが…あっしは、自分の味を判ってくれる客なんて、きっといないと思っていたんだよね…」

「親父の、ラーメンの、味?」

 なんだ?

 なに言い出すんだ?

「あの背広男も、相当なラーメン通なんだろうけど、なんにも判っていないんだなって、腹の底では笑って聞いてたんだよね」

「…?」

 親父は、照れくさそうにビールをグラスに注ごうとした。

 俺は、その仕草をみてすぐに、自分から瓶を取り、親父に注いでやる。

「おっとっとっと、ああ、すまないねえ」

 お礼にとばかり、親父も接ぎ返してくれた。

「あっしのラーメンは、そりゃあ、味は確かに良くはない」

 そりゃそうだ。説明するまでもない。

「でも、でもね、なんちゅうか、この、飽きない味っていうか、空気みたいな味って言うか、そういうラーメンを作りたいっていうか…」

 親父は、自分でしゃべっているうちに照れてきたのか、ソッポをむいてビールを飲み干す。

 酒には弱そうな親父だが、飲まないと話せない事でもあるのだろう。

 俺は、お代わりを注いでやった。

 まあ、確かに、あれだけあっさりしたラーメンなら、空気みたいなものかもしれない。

 だが、それは、よっぽどお世辞を使った表現ではあるだろう。

 普通は「水っぽい」スープと、「伸びきった」麺としか言えない。

 悪く言う方は、際限が無くなるからとても説明しようが無い。

「鳴人君、あっしのラーメン、毎日食べて、なんか体が変だなあとか、体調が悪いなあとか感じた事、あったかい?」

「…そういえば…」

 言われてみて、気付いた。

 普通、毎日のようにラーメン食べていたら、体調を崩すものだ。

 言うなれば、油の固まりを溶かして飲んでいるようなものなのだから。

 それでも、大学に通うために引っ越して来てからの二年間という間。

 俺は、風邪一つ引いた事も無いまま過ごしてきた。

「ね?ネ?」

「ええ、まあ、そうですね…」

 悪戯っ子のようにニヤニヤ笑う親父。

 まあ、俺のバイトが肉体労働で、気を張っていなければならない仕事という方が大きいとは思うが。

 その分、油っ気を多くとっても平気な程、エネルギーを使っている事が理由なのか知れない。

 とはいえ、確かに仕事帰りには来々軒のラーメンが恋しくなった事は事実で。

 でもそれは。

 単に味を求めてじゃなくて、こんなただ「生きている」だけの自分よりも「下」がいる事を確かめたかっただけなのかも知れなくて。

 それでも、よくよく考えてみると。

 確かに不味いのだが、飽きない味ではあった、と思う。

「あっしのラーメンの、本当の味を判ってくれたのは、鳴人君以外では、あの子だけだったよ」

「…れんげ、ちゃんが?」

 なにぃ??

 あんな美味いラーメンを造れるれんげちゃんが、親父のラーメンの味を「判った」だなんて…

 来々軒のラーメンを、なぜか(少しだけ)自慢げに語る親父。

 人の心は、分からない。

 でも、通ってくれた常連さんの事は、分かったつもりになっているんです。

 そして、鳴人君も、親父の事はなんにも分かっていないんです。

 人の心は、分からないもんなんですよ。

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