21 やっぱり、俺たちは似た者同士なのかもしれない
人の気持ちなんて分からないけど、ラーメンのウマいマズイは分かります。
このままじゃいけない、変わらなきゃならないのも、分かります。
その後押しを、この旨いラーメンがしてくれるんです。
です、けど…
人の気持ちなんて、判らない。
いつも顔を突き合わせている彼女の気持ちだって、判らないかも知れない。
だから、俺は人が嫌いだし、なるべく関わり合いたくない。
関わらないように今まで過ごして来たし、これからもそうするつもりだった。
でも。
彼女が、俺を変えていく。
来々軒のラーメンが、俺を変えていく。
腹の中から沸き立つような、この熱い思いが、俺を変えていく。
~ ・ ~
店から客の気配が消えた時刻。
何も手に付かなかったまま、気もそぞろに俺は来々軒に向かう。
表口から入ろうかと思ったが。
それも何だか野暮かも知れない。
れんげちゃん、よそよそしいと思ってしまうかも知れない。
俺は迷った末に、裏口から入る事にした。
「…こんばんわ…」
まるで忍び込むみたいに、そっとドアを開けて覗いてみる。
すでにお客は誰もいない。
人の沢山いた、その気配、残り香が、一抹の寂しさと共に漂っていた。
そんな中で、れんげちゃんが一心不乱にテーブルやカウンターを磨き上げている。
「…あのぉ」
「あっ、鳴人さん。どうぞどうぞ」
にっこにこと笑いながら、手拭きで自分の手を拭いて、れんげちゃんはドアを開けてくれた。
「スープが無くなってしまったので、マスターが店を早く閉める事にしたんです。午後の分二百食が完売なんですよっ!」
本当に嬉しそうに彼女が話す。
俺も嬉しくなって、ついと店内を見渡すと。
奥の方で、親父が俺を見つめていた。
い、いたのか…
いや、まあ、そりゃ、いるよなあ。
店を閉めたばかりなんだし。
逆に、いなきゃ変だし。
「忙しい所、悪かったなぁ」
「い、いや…」
別に親父が苦手、という訳ではない。
ただ、心の構えというか、予想していなかったというか。
ただ、それだけの事なのだが、俺の心臓は駆け足でもしているかのようだった。
「マスター、後は私がやりますから…」
「そうか、じゃあ、すまないがよろしく頼む」
ああ、親父、帰っちゃうのか。
それじゃあ、れんげちゃんと二人っきりで試食会なのか…?
だが、親父は片手にビンビール、もう片方にグラスを二つ持って、小上がりに上がった。
俺に、向いに座るようにという雰囲気を漂わせて。
親父と差し向いで、酒を飲めっていうのか…
別に、嫌じゃないけど、こんな事初めてで。
それでも、勝手知ったる来々軒。
戸惑いなどおくびにも出さず、俺も小上がりに上がる。
「こんなものしかありませんが…」
実にいいタイミングで、れんげちゃんがおつまみを持ってくる。
具材のメンマとナルトを切ったもの。
旨味たっぷりのチャーシューと、薬味として苦み走った新鮮な糸状のネギ。
その味をよく知っている俺は、全く不満は無かった。
「あれ、栓抜きを忘れ…」
親父がごそごそと探している。
と、軽やかにれんげちゃんが瓶ビールを取り去り、魔法のような手つきで現れた栓抜きで、シュポンと開けてくれた。
「どうぞ」
俺と親父にビールを接いでくれると、れんげちゃんは調理場に入って片付けの続きを始めたようだ。
「さて、何に乾杯しようか?」
いつになく、くだけた口調の親父。
というより、ラーメン屋の一国一城としての貫祿が出て来たようにも思えるし。
それでも、昔の“やる気のない人生”を全身から発していたような元は残っているような気もするし。
「なんでもいいんじゃないですか?」
「それじゃあ、あの子に、ということで」
「それ、いいですね。じゃあ、れんげちゃんに」
「“れんげちゃん”に」
グラスが、チリンと音を立てて響きあった。
カウンターの向こうで、きょとんとした顔をして彼女がこっちを見つめている。
思わず苦笑いを浮かべた俺の向こうで、親父も同じように苦笑している。
やっぱり、俺たちは似た者同士なのかもしれない。
ホント、人の気持ちなんて分からない。
親父と差し向かいでビールを酌み交わすって。
れんげちゃんと二人っきりで試食会じゃ、なかったのかぁ!
なんて事は、言わない。
別に、何でもないふりをして、小上がりに座り込むのです。
男の、意地というか、カッコツケというか。
好きな女の子の前で、みっともなくオロオロなんて、出来ないんです。




