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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第5章 酒席に誘う親父、ご機嫌な彼女、来々軒のラーメン

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20 御予約席と、味噌スペ一丁!

 ご予約席。

 カウンター六席、小上がりテーブル二脚の小さな店に、あえてのご予約席。

 しかも、メニューにないスペシャルとかいうラーメンを提供される、常連らしい男。

 ナニモノ?と調べたく…

 いや、別にどうでもいいかな。なんか、お店の都合なんでしょ?

 そこまでの関心は無いや。

 それより、このラーメン。美味い、美味すぎる!

「ほら、鳴人さん。みなさん待っているんですから」

 そういわれ、やっと気づいた。

 “いつもの”俺の座るカウンターの奥の席に、白い立方体の札が立っている。

 “御予約席”と、きれいな黒マジックで書かれていた。

「も、もしかして…」

「食べて頂かないと、席が開かないんです。さ、早く」

 いかにも当然という顔で、れんげちゃんは俺の背中をぐいぐいと押した。

「わ、判ったよ…いつもの」

「ハイッ!マスター、味噌ラーメンスペシャル一丁っ!」

「アイヨッ!味噌スペ一丁!」

 スペシャル?

 何の事だ?

 全然判っていないのだが、そうしなければならないような雰囲気のままに、俺は席についた。

 他のお客たちも、一瞬何事かと顔を上げたが、すぐに目の前のラーメンを夢中で頬張り始める。

 待っていた客も、別段文句をいう素振りでは無かった。

 親父の造るラーメンの手早さ。

 れんげちゃんの支度の手早さ。

 それらが「それほど待たなくても旨いラーメンにありつける」と告げているのだろう。

 しかし“御予約席”とは、いったい何の事だ?

「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ」

 速い。あまりに速すぎる。

 というより、俺が来たのに合わせて、すでに麺を茹で始めていたらしい。

 それでも、出来立てのアツアツな湯気が、俺の胃袋をすでに揺さぶっている。

 そしてこのラーメン、いつものとは違った。

 昨日、れんげちゃんが試食用に出してくれた、あの糸状ネギラーメンである。

「これって…」

 れんげちゃんに声を掛けようとしたが、すでに彼女は別のお客の会計を扱っている。

 玄関をでて、お客を見送ると。

「三名様、お待たせしましたどうぞッ!」と、はっきり響く可愛い声で並んでいるお客を店内に招いている。

 と思うと、小上がりを素早く丁寧に拭き上げて、店内で待っていたお客たちの席を整えてしまった。

 客たちが座るや否や、というタイミングで、もうラーメンを運んでいる。

 待っているお客を目だけで制して、メニューを決めさせている。

 その間に「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」と、可愛い口調で待たせたお客に頭を下げている。

 速い。

 そして、全く無駄が無い。

 俺如きが、とても声を掛ける事なんて出来ない。

 まあ、食べ終わった後で事情を聞いても、問題ないだろう。

 ネギを口に含む。

 シャッキリとした歯ごたえの中に、瑞々しい苦みが走る。

 摘みたてを高速で産地直送されたものであり、しかも保存管理がしっかりなされているネギだけが持つ「生きている」うま味が口の中にあふれてくる。

 しかし、問題は麺だ。

 そう、麺との相性である。

 どんなにネギが旨くても、昨日のれんげちゃんの茹でた麺は、そういうファクターを一切受け付けない、美味さと旨味の絶大なハーモニーであった。

 その中に、このネギを加える事ができるのかどうか…

 麺を、頬張ってみる。

 うん、旨い…

 どこにでもある、普通の製麺にも関わらず、丁寧にしっかりと茹で上げられており、茹でむらも茹で過ぎもない。

 適度に水分を吸い込んだ麺の一本一本が、歯の中で仄かな抵抗を見せながら、プチプチっと千切れて行き、俺の体の一部となるべく、喉の奥に吸い込まれていく。

 そして、昨日のような圧倒感を感じる事は無かった。

 どこにでもある麺を美味しく茹でた、美味しいラーメン…

 そうか、この麺、親父が茹でたんだった。

 これが本当の“来々軒”のラーメンである。

 いつもの“麺”じゃないか。

 それなら…

 ネギと麺を、一緒に食べてみる。

 ふわぁ…

 丁寧で優しい麺の小麦粉な味わいの中に、ネギのツンと立つ香りが嬉しい。

 お互いがお互いを包み込み、引き立たせ合って、どこにでもあるのだけれで、どこにもないような「来々軒のラーメン」を形作っている。

 以前のネギのシャキシャキ感も捨てがたいのだが、あれは「ネギ」のみを楽しむ具である。

 このネギは、麺の美味さを引き立たせ、それ自体も美味く食べられるような、工夫と愛情に満ちた具材と言えるのかも知れない。

 これなら、ネギ本来の味が生きるし、良い具材を求めるべく、産地から送って貰うだけの“価値”があるというものだ。

 プハァ…

 美味い。美味かった。

 れんげちゃんの茹でた、圧倒的なパワーで迫るラーメンに対して。

 親父の茹でたラーメンには、なんというか、別なものを感じた。

 うまく言えないけど、無理やり呼ぶのなら…

 …以前に店の中で会った、年配の作業員がそう呼んでいた。

 「アイのあるラーメン」と。


 すっかり満足してしまった俺に、れんげちゃんがにっこり笑って「五百円になります」と会計を始める。

 そう言えば、昨日、彼女の泣き顔を、俺は見たんだった…

 でも、この美味いラーメンが、そんなわだかまりを綺麗さっぱりとぬぐい去ってくれた。

 人の気持ちは、例え判らなくとも。

 美味いラーメンは、誰でも判る。

 それで、いいじゃないか…

「あの…」

「えっ?」

 500円玉を受取りながら、れんげちゃんがそっと、という風に俺に話しかけた。

「今晩、お時間ありますか?」

 …ああ、試食の事か?

「大丈夫だけど」

「良かった。じゃあ、お店を閉める午後九時半に、もう一度来て頂けますか?」

「いいよ。喜んで」

 れんげちゃんは、ホッとしたような笑みを浮かべると。

「ありがとうございましたっ!」と元気に声を掛けてくれた。

 それに合わせて「アリガトヤシタッ!」という親父の掛け声に送られて、俺は来々軒を後にした。

 れんげちゃんの茹でた麺とは明らかに違う、親父が茹でた麺。

 でも、これこそが、来々軒のラーメンだよな。

 あれ、親父って、こんなに旨いラーメン、作れたっけ?

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