18 たかが、ラーメンである。でも、だからこそ。
ネギとの相性を見る試食でしたよね。
麵が美味すぎて、それどころじゃなかったんですけど。
旨い麺って、本当に旨いんですよね。
すぐ食べ終わっちゃうんで、儚系と呼ぶのだそうです。上手い事言いますね。
「あ、あの…」
れんげちゃんが、呆然と俺を見つめている。
「えっ…?」
俺も、ようやく我に返ったように、彼女を見つめた。
「ど、どうでした…?」
いうまでも、無い事である。
「すっごく、旨かったっ!こんなラーメン、食べた事ないよ!」
「そ、そうじゃなくて…」
すごく困ったような顔で、俺を見つめている。
なんだ?
なにか、変だ…?
「ネギと、スープや麺との相性、どう、でした?」
「…」
俺は、言葉に詰まった。
はっきりいって、何にも判らなかった。
出されたラーメンが、美味くなった「いつものラーメン」なら、なにか言えるのだが。
今のラーメンは、麺が「別物」である。
「…ゴメン…よく、判らなかったよ…」
「えっ…」
れんげちゃんは、驚いたように俺を見つめて。
そして、ふと目をそらして、下を向いた。
とても、哀しそうに。
俺も、何も言えなかった。
「これは、普段の来々軒のラーメンじゃない」とも。
「気にしなくていいよ。このままで充分旨いよ」とも。
たかが、ラーメンである。
でも、だからこそ。
ウソは言えなかった。
不味いラーメンは不味い。
でも、美味いラーメンは美味くて
そして、判らないものは判らないのだ。
そういう自分の判断を押しつけて来た事で、どれほど多くの人たちを傷つけて来た事だろう。
俺は、そういう人間で、でも、そういう性格を妥協して流されるのも嫌で。
だから、出来るだけ、人とかかわり合わなければ、誰も傷つかないし、俺自身も傷つかない。
「ゴメンナサイ。無理に頼んでしまって…」
れんげちゃんの方こそ、無理やりな笑顔を造って、俺にそんな事を言ってくれた。
試食という事を忘れて夢中で食べていた俺に、責任があるのに。
「いや、俺の方こそ。だから、お詫びの印に、もう一杯作ってくれない?」
れんげちゃんの瞳が一瞬、ぱっと輝いた。
しかし、すぐにまた曇る。
「でも、あんなに食べてしまって、二杯目なんて…」
「大丈夫だよ。少し少なめにしてくれれば。今度はきちんと味わって食べるから」
やっと、れんげちゃんの顔に笑みが戻って来た。
「それじゃ、お願いします」
支度に取りかかるれんげちゃん。
彼女の、ラーメン一つ一つにかけるコダワリは相当なものだ。
一体、何が彼女をそうさせるのだろうか。
いくら身内のためとはいえ、こんなボロアパートの真上に引っ越して来る事といい。
食材の追求の為とはいえ、宅配便のドライバーと仲良くなったり、情報を聞き出したり。
スープ作りにしたって、どうも一人で全部こなしているようだ。
重い鍋も持ち上げるし、硬い骨も砕く、時間と手間と体力のかかる、男でもやりたがらない仕事だ。
しかも、完全に熟練しており、手際に無駄がまったく無い。
相当小さい頃から、毎日やっていなければ、これだけの事は出来ない。
親父とれんげちゃん、ラーメン一族の末裔なのか?
自分の思いつきの冗談に吹き出しそうになった俺を、怪訝そうにれんげちゃんが見つめる。
「お待たせしました…本当に大丈夫ですか?」
「ああ、ゴメン。二杯目位、平気平気」
本当に、いい香りのラーメンである。
逆に、二杯目位の方が、落ちついて食べられるというものだ。
今度は、ネギを麺と絡めてすすってみる
…旨い。
やっぱり、この麺、旨い。
目茶苦茶、旨過ぎる。
ネギとの相性どうこうなんて、とても言えない。
全く関係ないとすら、言い切れる。
一気に食いたいのを我慢して、様子を見守っているれんげちゃんの方を振り向く。
「えっと、普段、麺を茹でるのは親父…マスターなんだよね」
「は、はい…」
ちょっと緊張気味の、れんげちゃん。
「じゃあ、このラーメンは“来々軒”のラーメンじゃないよ」
「えっ…」
驚いたような顔をした、れんげちゃん。
「だって、スープの造り方も、出汁の取り方も、具の素材も、ネギ以外はみんな同じにしているのに…」
なんだ、気づいていないのか。
「麺が全然違うでしょ。このラーメンなら、具はいらないよ。全く別物…」
れんげちゃんが、俯いている。
肩が、震えていた。
ポタリ、ポタリと、雫が落ちている。
彼女、泣いているのだ…
な、なんで…??
俺は、内心とてもうろたえながら。
でも、どうする事も出来ずに、ただただ彼女を見つめていた。
(続く)
これは、来々軒のラーメンじゃない。だって、麺が旨すぎるもん。でしょ?
…なぜ、泣くんだ??
女の子って、謎だなんですけど。
誰か、教えてくれぇ!




