17 まるで、麵が空中で踊っているかのようだ
試食にしては、本格的な準備。
まあ、ちゃんと作らないと試食にならないですし、ね。
彼女も、最初からそのつもりだったようですし。
たまたま、居合わせた常連の鳴人君に、試食をお願いしただけなんですよ?
たまたま、うん、タマタマなんですヨ?
最初は仄かに漂って来た匂いが、段々ラーメンっぽく、強くなってくる。
れんげちゃんは小鍋を用意して、四種類のスープをブレンドして鍋に注いだ。
「普段はメインの鍋にブレンドするんですけど、今回は試食用ですので…」
しかし、その動きは量、速さとも完全に熟練している手つきである。
そのままさらに火にかけつつ、麺の茹で上げに取りかかる。
俺は常連だから、よく分かる。
麺の味が鮮明に判るようになった理由の一つは、下味を付ける麺用の鍋に絶妙な塩加減が施されている事も。
多分、ただの精製塩ではない。
岩塩でもない。
綺麗な海水を天然の製法で精製した、旨い自然塩であろう。
勿論、茹で方の加減一つで全て台無しになるのだ。
しかし、れんげちゃんに限ってそんな心配はなさそうである。
丁寧に冷やして寝かせた麺をほぐす手つきといい、何の躊躇もなく大鍋に投入される手つきといい、平ザルで麺の水切りを行なう手つきといい、巧くて速い。
まるで、麵が空中で踊っているかのようだ。
いつ用意したのか、ドンブリに茹で上げた麺が乗せられ、ブレンドスープがたっぷりと注がれる。
普段のネギと違う、糸のように細いネギを中央にたっぷりと乗せて。
チャーシュー、ナルト、メンマをバランス良く配置。
麺を茹で始めてからは、本当に速い。
「お待たせしました。マスターに相談して、ネギの切り方と産地を代えて見たんですけど…」
ちょっと心配そうなれんげちゃん。
確かに、前の来々軒の具のネギは、斜めに輪切りにしていた。
あれはあれで、シャキシャキ感が楽しめて良かったのだが。
しかし、最近の「ネギラーメン」の主流は、この糸状の切り方である。
さっそく、口に含んでみると、ネギの芳香な香りがスープによく合って、中々美味である。
「うーん、いいんじゃない?」
そのままスープをレンゲで掬い、ネギを乗せて一緒に飲み込む。
絶妙なブレンド加減のスープとネギの新鮮さが巧くマッチして、ネギのみを食べるより、味が鮮明に感じる。
「美味い、美味いよ。スープとよく合ってる」
「良かった。快速便のドライバーさんって、こういうのに詳しいから、色々相談してみたんです」
「うん、そうだね…」
俺も笑いながら、軽く麺を頬張った。
「!」
口が、一瞬止まった。
だがそのまま、突き動かされるように口が動き、麺を飲み込んでいく。
旨いっ!
信じられない位旨いっ!
今までの来々軒の麺も、決して不味くはなかった。
親父、こんな麺が茹でられるのかとすら思っていた。
しかし、この試食の麺は。
れんげちゃんが茹でた麺は。
そういう次元で語れるレベルではなかった。
ネギの旨さなど、どこかにすっ飛んでいってしまった。
小麦の生み出す豊かな大地の香りと。
南の海の純粋な海水がもたらした澄みきった潮の香り。
それらが融合し、溶け合い、俺を地球の源へと導いていく。
四種類のスープの、絶妙なハーモニーに対して。
麺のそれはたった一人でアカペラを歌い上げる、偉大なるボーカリストである。
それが、信じられないような予定調和という奇跡を生み出し、いま俺の前に圧倒的な力で迫り来ているのである。
はっきり言って、このスープにこの麺なら、具なんていらない。
あんなに美味しかったネギもナルトもメンマも、そしてチャーシューも。
完全に力不足である。
俺は、ただ憑りつかれたように、黙々と麺を啜り、スープを飲み干した。
その行程の中で、自然に具が無くなっているようなものである。
れんげちゃんが麺を茹でるのと、俺がラーメンを食しきるのと、どちらが早いのだろうか。
プハァ…
ため息一つ吐いた時には、俺の目の前のラーメンは陰も形もなかった。
試食どころではない、ラーメンの味。
ネギとスープの組み合わせを見る試食じゃ、無かったのか!
うん、なんか、本当に美味しいラーメンが食べたいなぁ。




