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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第4章 必死な親父、引っ越してきた彼女、別次元のラーメン

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17 まるで、麵が空中で踊っているかのようだ

 試食にしては、本格的な準備。

 まあ、ちゃんと作らないと試食にならないですし、ね。

 彼女も、最初からそのつもりだったようですし。

 たまたま、居合わせた常連の鳴人君に、試食をお願いしただけなんですよ?

 たまたま、うん、タマタマなんですヨ?

 最初は仄かに漂って来た匂いが、段々ラーメンっぽく、強くなってくる。

 れんげちゃんは小鍋を用意して、四種類のスープをブレンドして鍋に注いだ。

「普段はメインの鍋にブレンドするんですけど、今回は試食用ですので…」

 しかし、その動きは量、速さとも完全に熟練している手つきである。

 そのままさらに火にかけつつ、麺の茹で上げに取りかかる。

 俺は常連だから、よく分かる。

 麺の味が鮮明に判るようになった理由の一つは、下味を付ける麺用の鍋に絶妙な塩加減が施されている事も。

 多分、ただの精製塩ではない。

 岩塩でもない。

 綺麗な海水を天然の製法で精製した、旨い自然塩であろう。

 勿論、茹で方の加減一つで全て台無しになるのだ。

 しかし、れんげちゃんに限ってそんな心配はなさそうである。

 丁寧に冷やして寝かせた麺をほぐす手つきといい、何の躊躇もなく大鍋に投入される手つきといい、平ザルで麺の水切りを行なう手つきといい、巧くて速い。

 まるで、麵が空中で踊っているかのようだ。

 いつ用意したのか、ドンブリに茹で上げた麺が乗せられ、ブレンドスープがたっぷりと注がれる。

 普段のネギと違う、糸のように細いネギを中央にたっぷりと乗せて。

 チャーシュー、ナルト、メンマをバランス良く配置。

 麺を茹で始めてからは、本当に速い。

「お待たせしました。マスターに相談して、ネギの切り方と産地を代えて見たんですけど…」

 ちょっと心配そうなれんげちゃん。

 確かに、前の来々軒の具のネギは、斜めに輪切りにしていた。

 あれはあれで、シャキシャキ感が楽しめて良かったのだが。

 しかし、最近の「ネギラーメン」の主流は、この糸状の切り方である。

 さっそく、口に含んでみると、ネギの芳香な香りがスープによく合って、中々美味である。

「うーん、いいんじゃない?」

 そのままスープをレンゲで掬い、ネギを乗せて一緒に飲み込む。

 絶妙なブレンド加減のスープとネギの新鮮さが巧くマッチして、ネギのみを食べるより、味が鮮明に感じる。

「美味い、美味いよ。スープとよく合ってる」

「良かった。快速便のドライバーさんって、こういうのに詳しいから、色々相談してみたんです」

「うん、そうだね…」

 俺も笑いながら、軽く麺を頬張った。

「!」

 口が、一瞬止まった。

 だがそのまま、突き動かされるように口が動き、麺を飲み込んでいく。

 旨いっ!

 信じられない位旨いっ!

 今までの来々軒の麺も、決して不味くはなかった。

 親父、こんな麺が茹でられるのかとすら思っていた。

 しかし、この試食の麺は。

 れんげちゃんが茹でた麺は。

 そういう次元で語れるレベルではなかった。

 ネギの旨さなど、どこかにすっ飛んでいってしまった。

 小麦の生み出す豊かな大地の香りと。

 南の海の純粋な海水がもたらした澄みきった潮の香り。

 それらが融合し、溶け合い、俺を地球の源へと導いていく。

 四種類のスープの、絶妙なハーモニーに対して。

 麺のそれはたった一人でアカペラを歌い上げる、偉大なるボーカリストである。

 それが、信じられないような予定調和という奇跡を生み出し、いま俺の前に圧倒的な力で迫り来ているのである。

 はっきり言って、このスープにこの麺なら、具なんていらない。

 あんなに美味しかったネギもナルトもメンマも、そしてチャーシューも。

 完全に力不足である。

 俺は、ただ憑りつかれたように、黙々と麺を啜り、スープを飲み干した。

 その行程の中で、自然に具が無くなっているようなものである。

 れんげちゃんが麺を茹でるのと、俺がラーメンを食しきるのと、どちらが早いのだろうか。

 プハァ…

 ため息一つ()いた時には、俺の目の前のラーメンは陰も形もなかった。


 試食どころではない、ラーメンの味。

 ネギとスープの組み合わせを見る試食じゃ、無かったのか!


 うん、なんか、本当に美味しいラーメンが食べたいなぁ。

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