15 お気持ち、とても嬉しかったです
可愛い女の子が、空き部屋を一つ挟んでお隣に。
気になって気になってしょうがありません。
でも、今朝、やらかしちゃったしなぁ…
人嫌いでコミュ障な、鳴人君。
ああ、もう、ホント甘酸っぱいなぁ。
「本日定休日」の札がかかった来々軒の前で、その上にあるれんげちゃんの部屋を見る。
引っ越しはもう終わったようで、人の気配はない。
裏に回り、階段を登った。
ドアの正面には、小さな家を描いた、結構細かい手彫り細工が張りつけてある。
明色系でペイントされており、いかにも女の子らしい。
その中に『彰油 れんげ』と彫られており、表札代わりのようだ。
表札自体は、新しいものではない。少なくとも、しばらく使われていた感じだ。
「れんげちゃん、親父と一緒に住んでいた訳じゃないんだな」
独立して住んでいたけど、なにかの理由で来々軒を手伝うようになったと考えるのが自然だろう。
親子という可能性が一番強いけど、親戚関係の線もあるわけだ。
別々に住んでいたのなら、年齢的にもむしろそっちの可能性の方が強い。
赤の他人という可能性は、考えるまでもない。
誰があんな小さなラーメン屋のために、その真上の部屋に引っ越してくるものか。
血縁関係でも無い限り、あり得ないだろう。
部屋の中は留守のようで、物音も何もしない。
荷物も少ないようだったし、もう片づけは終わったのだろう。
朝方の事を、謝りたいという気持ちも、あるにはあった。
だが、特段謝らなければならない、という訳でもない。
でも、謝りたい。
しかし、謝るような事でもない。
それでも。
いやしかし…
俺は、れんげちゃんの部屋の前でしばらく躊躇していた。
それは、本人が部屋の中にいないからこそ出来るのであって、もし彼女が中にいると判っていれば、逃げるように自分の部屋に行っているのである。
俺は、人が嫌いであり、結局の所、気が弱いのだろうという事は、自分でもよく判っているのだ。
自分の馬鹿さ加減に呆れつつ、俺は部屋に戻ろうと振り向きかけた。
しかし、背後から聞こえた、錆びた階段を登る音が、俺を止めた。
「あっ、こんばんわっ!」
れんげちゃんの声に、俺は再び振り向かざるを得なかった。
にこにこと笑いながら、日の入りの早くなった夕暮れの暗がりの中を登ってくる。
両手に、食材を沢山詰め込んだ袋をぶら下げて。
「…どうも」
とっさ、という訳でもないのに。
俺は、それしかいう事が出来なかった。
「朝は、本当にありがとうございました」
階段を登り切ったれんげちゃんは、立ちすくむ俺に微笑みながら頭を下げてくれる。
「いや、あの、馬鹿な事というか、その…」
その時、俺はどんな顔をしていたのだろう。
薄暗い安アパートの陰の中だから、多分彼女も俺の顔をよく見えなかったのかも知れないが。
それでも、しどろもどろな口調は隠しようもなくて。
「いいえ、そんな。お気持ち、とても嬉しかったです」
なんでも無いような、れんげちゃん。
確かに、なんでもない事だし。
でも、俺は、自分のそういう無神経さというか、無愛想というか、馬鹿さ加減というか…
「それで、なにかご用ですか?」
「…い、いや、な、なんでも…」
小首を傾げる彼女に、俺はすでに及び腰である。
「あっ、そうだ。一つ、お願いがあるんですけど…」
「ははは、ひゃいッ!」
俺のうろたえ振りに、ようやくれんげちゃんも気づいたようで、ちょっと怪訝そうな顔になる。
「いえ、あの、ご無理でなければで、いいんですけど…」
「いい、いや、な、なに…?」
「新しいラーメンの具、買ってきたんです。試食していただけませんか?」
彼女は、そんなに気にしてません。
ですよね、気にするほどの事じゃないんですよね。
君が気にしすぎです。
そんなことより!
色々と、引っ張られていく鳴人君。
これからも、ガンガン行きますよ。




