14 今日からこちらに引っ越します。どうぞよろしく…
常連のラーメン屋さんの看板娘で、すっかり知り合いになった(つもりでいる)彼と同じアパートに引っ越してくるれんげちゃん。
ウン、もう甘酸っぱいというか、身悶えしちゃうというか。
これですよ、コレ!
こういうのを書きたいんですよ…
翌朝、大学に出かける時、俺のアパートの脇に『イーグル快速便』のウォークスルー車が止まっていた。
運転手と助手が、タンスを運び上げている。
「おはようございます!」
「ああ、どうも…」
きちんとした社員教育を受けているらしい運転手の大きな声の挨拶に、つい生返事を返してしまった。
俺の人嫌いな癖は、来々軒のラーメン位では、そうそう治る訳もないらしい。
自分の事に苦笑してしまった俺を、女の子の声が包み込んだ。
「あっ、おはようございますっ!お出かけですか?」
「…れんげちゃん…」
衣類の詰まっているらしい大きな鞄を重そうに抱えながら、錆びた階段を登ってくる。
普段は頭の両脇でおだんごにしている髪の毛を、今は下ろしており、後ろで束ねている。
線の細い瞳が、嬉しそうに楽しそうに俺の顔を映して微笑んでいる。
活動的なジーパンとスニーカー。
景品で当たったらしい、ロゴ入りのスタッフジャンパー。
小柄で華奢な体に、アンバランスな大きい鞄。
「今日からこちらに引っ越します。どうぞよろしく…」
みなまで言わせず、俺は彼女の鞄を奪い取るように持ち上げる。
「あっ、あの…」
「俺、今日は暇なんだ」
「でも、お出かけ…」
「いいんだ」
そのまま、タンスが担ぎ込まれた部屋に持っていく。
俺のアパートの二階は、横並びに3部屋あるのだが。
一番奥の俺の部屋に対して、れんげちゃんの引っ越してくる部屋は階段のすぐ脇だ。
真ん中の部屋は空き部屋になっており、俺以外の住民が引っ越してくるのは久しぶりの事になる。
しかし、なぜ彼女はこんなボロアパートに引っ越して来る気になったのだろう。
確かに、来々軒にすぐに通うためなら、ここ以上の部屋はない。
でも、親父と一緒に住んでいるはずのれんげちゃんが、引っ越してくる理由なんてあるのだろうか?
「あの…」
次の荷物を運んであげようとして、れんげちゃんと鉢合わせになる。
「やっぱり、いいです」
「なにが?」
「だから…手伝ってもらわなくても…」
ちょっと困ったような顔で、俺を見つめている。
どうして…
そう、言いかけて俺は止めた。
考えてみれば、快速便の引越サービスで来ている位だ。それほど荷物が沢山ある訳でも無い。
業者が入っているのに、俺のような「通りすがり」が手伝う道理はない。
「ああ、そうだね。ゴメン」
なんで手伝う気になったのか、我ながら急に恥ずかしくなる。
俺はれんげちゃんの脇を抜けて、急いで階段を降りていった。
「あっ、違うんです、ちが…」
後ろでれんげちゃんの声がする。
だが、俺はスクーターのエンジンを一発でかけると、11月の寒い朝の中を逃げるように駆け抜けていった。
馬鹿だ、俺…
来々軒の常連、だからといって。
れんげちゃん、と殆んど毎日顔を突き合わせているといっても。
なにも、あんな当然のように、あんなに当たり前のように、あんな親しげに、あんなぶっきらぼうに、荷物を運んであげることは無いじゃないか。
れんげちゃん、きっと気を悪くしたに違いないし、余計な気を使わせてしまうかも知れない。
今日が、来々軒の定休日で、本当に良かった。
なんだかバツが悪くて、行きづらかったし。
でも。
あそこのラーメン、本当に美味いんだよなぁ。
変な気を使って、通えなくなるなんて絶対にイヤだしなぁ。
どうしたらいいのかなぁ…
自分でも、下らない事を考えているのはよく判っている。
それでも、そんな考えにまとわりつかれた俺は、講義の内容など、ほとんど頭に入らなかった。
そして、人嫌いな鳴人君は、キチンとヤラカシてくれます。
ああ、俺、何やってんだよ、マッタクもう…
うわぁ、恥ずかしくって、もうれんげちゃんの顔をまともに見られないじゃないかよぉ…
ウン、もう甘酸っぱい(略)




