12 アイのあるラーメン
エピタイトルの「アイのあるラーメン」。
まあ、もう、旨いラーメンには「アイがある」んで、説明不要なんですけどね。
食べれば分かる。もうそのまんまなんですけど。
それが、作品の「テーマ」でもあります。
帰り道、来々軒に立ち寄った。
それほど腹が空いている訳では無かったが、あのラーメンなら食べられる。
それに、あの来々軒のラーメンは、俺に温もりとやる気を吹き込んでくれるのだ。
暖簾をくぐり、玄関を開けると、威勢のいい掛け声が返って来た。
「へいイラッシャイ!
「いらっしゃいませっ!」
親父とれんげちゃんの、元気のいいハーモニーだ。
この二人、ますます息が合って来たみたいだ。
聞いているこっちまで、元気にさせられる
店の中は、昨日より活気に満ちていた。
客が、いたのだ。
それも、三人も。
労働者風の男達で、多分れんげちゃんが掲げていたボードを見て立ち寄ったのだろう。
現場で働く人間に慣れている俺にとっては、むしろ違和感やためらいは少ない。
嫌いなのは、俺の事を見透かすように見つめるホワイトカラーや同じ大学生だ。
だから、いつも通りのカウンターに座った。
れんげちゃんも、判っている風に俺の指定席を布巾で丁寧に吹き上げ、イスを引いて勧めてくれる。
おしぼりで手を拭き、冷たい水で喉を潤す。
労働者風のお客たちは、なんかもう、真剣にラーメンをすすっている。
立ちのぼる湯気と、広がっていく香りが、俺の腹を刺激していく。
それほど腹は空いていないはずなのに、ギュウっと腹の虫が鳴いた。
自然に唾がわき出てくるのを、もう一口水を飲んで潤す。
しかし、それほど待つ訳でも無く、もうラーメンが出来上がって来た。
親父、本当に手際が良くなって来た。
「お待ちどおさまでした。ごゆっくりどうぞ」
スープをすする毎に、麺を頬張る毎に、熱い温もりが俺の中に注ぎ込まれていく。
ふと見ると、労働者風の男たちは、ただもう、黙々と食らいついている。
三人の背中から、熱い蒸気のようなものが漂い、天井に登って行く。
それが、来々軒の温度をさらに加熱していく。
気がつけば、俺の背中からも湯気が立ちのぼっている。
熱い。
本当に熱い
滴る汗。
ラーメンの湯気。
その温もり。
その熱さ。
美味いスープへの感動。
匠の技がもたらした麺への情熱。
ただただ、俺は来々軒のラーメンを食し続けた。
示し合わせた訳ではないだろうが。
労働者風の男たちが、同時にドンブリを持ち上げる。
麺や具が綺麗に平らげられたラーメンドンブリのスープ。
そいつを、ドンブリから直接、一気に喉元に流し込む快感。
真実に美味いラーメンのみが奏でる事を許される、薫り高い吹奏楽。
カウンターの上で、男たちは美しい三重奏を奏でながらズズッとスープをすすり上げていた。
プハァ…
本当に美味いラーメンのみがもたらす事の出来る、至福のため息が店内を満たす。
「親父、ウマイ、ウマイよこのラーメン!」
「いやぁ、こんな所でこんなラーメンを食えるとは…」
労働者風の男たちは、盛んに感嘆の声を上げている。
俺の隣に座っていた、ちょっと年配の男が、俺の方を振り向いた。
「兄ちゃん、ここの常連かい?」
「…え、ええ…」
いきなり話しかけられて、ちょっとビビッた俺は、口ごもった風に応えるしかなかった。
「イイナア、こんなラーメンいつも食ってるのか」
男は、そんな俺の様子を知ってか知らずか、独り言のように呟いた。
いや、俺は、いつも食べているけど…
こんなにウマくなったのは本当に最近の事で。
それは、れんげちゃんがこの店に来てからのことなのだが。
「このラーメンには、アイがある」
「…アイ?」
「俺には判る。判るんだよ…」
思わず尋ね返した俺の事など無視して、やっと響くような声で、男は独り言を呟いた。
「お嬢ちゃん、ホントに美味かった」
「これで五百円は安いっ!安すぎるっ!」
「ハイッ、ありがとうございましたっ。また来てくださいねっ!」
「来る来る、毎日でも来るよ!」
れんげちゃんが会計を済ませている間。
俺は「アイのあるラーメン」の事を考えていた。
(続く)
自分の好きなラーメンを、他の人が実に旨そうに食べてくれる。
そういう、連帯感というか、共感というか。
ラーメンと創作は、似ているんですよ。
店主が作ったラーメンを、お客様が喜んで食して貰える。
作者が書き上げた作品を、読者様が喜んで読んで貰える。
ラーメンの中に、作品の中に、吹き込み入れるのは、熱気と温もりと技術と勢いでしょ?
来々軒繫盛記は、そういう作品です。




