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来々軒繁盛記 ~ 寒くなったねぇ。ここで、熱いラーメンを一杯、食べていきなヨ  作者: 白河夜舟
第1章 寂れた俺、寂れた店、寂れた親父

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1/5

1 来々軒

 ラーメンは割と好きで、よく食べていました。

 時折、ハズレを引くことがあって、そのマズい事。

 ただマズイと文句を言うなら、いっそ、作品にしてしまえ!


 ラーメンと小説って、結構似てると思います。

 ハズレを引いた時の、あの絶望感とか。

 俺の住むアパートは、俺の住むに相応しい住処だった。

 俺と同じように寂れており、俺と同じように薄汚れていた。

 木造二階建て、ボロボロのモルタル外壁の造り。

 築何年になるかは知らない。

 かなり古い事だけは確かで、周囲の再開発が進んでいるにも係わらず、ここだけは時間が止まっているかのようだ。

 二階には三部屋あるが、俺以外に住んでいる奴はいない。

 もう二年近く空き部屋のままだ。

 下のテナントは、何十年も前から使っていそうな二槽式の洗濯機と、申し訳程度しか乾かない、出力のやたら低い乾燥機を置いているコインランドリーが入っている。

 真ん中のテナントは、不動産屋の事務所が入っていたが、半年前に忽然と姿を消した。その筋の怖そうな連中が何日かうろうろしていた所を見ると、夜逃げしたらしい。それ以降、ペラペラの半紙で「空きテナント」と書かれた張り紙だけが、部屋の主だ。

 そして左端の一軒、「来々軒」という名前のラーメン屋が煤けた暖簾を掲げており、唯一の「人の気配のある」店だ。

 道路際に面しているのだが、駐車場はない。

 薄っぺらな引き戸が入り口で、安っぽいフィルムを張って中が見えないようにしている。

 美味いラーメン屋は、まず匂いで判るものだが、漂うのは水蒸気をたっぷりふくんだ湿気っぽい臭いだけである。

 店の中も、ビニール張りのセンスの悪い床で所々継ぎ目がめくれており、黒っぽいゴミが浮きでている。

 カウンター席六つ、小上がりに4人掛けテーブル二つと小さい店構えだが、満員になった試しなど、まず無かった。

 長らく日光にでもさらされたような、色あせた赤いカウンターに座る。

 店の親父が、やる気のなさそうな顔で俺を見る。

 ひょろっと長い、やや色白の顔。

 顔にそって伸びた鼻は、先の方で右にやや折れ曲がっており、付け間違えているかのようだ。

 薄い唇は「人生なんてこんなものさ」という諦めを漂わせており、だらしなく両端が垂れ下がっている。

「いつもの」

「へい」

 もたもたと作業に取りかかる親父。

 客など、俺の他には誰もいない。

 造るのが遅いのは承知しているので、あらかじめ持って来ている単行本を開く。


 アパートから、長い坂を20分程登った所に、俺の通う大学がある。

 いや、通っていた、と言うべきか。

 滑り止めで引っかかった唯一の大学だけあって、自分が何を学びたいのかすら判らなくなっていた。

 通ったのは最初の一カ月半だけ。

 今は、留年二年目と半年を過ぎた。

 週三回の警備員のバイトと、息子の人生に悲観的な親からの細々とした仕送りで、ただ「息をしている」だけだ。

 極力、人と付き合いたくない俺にとって、このアパートは格好の隠れ家だった。

 家賃はやたら安いし、大家は入居者にはほとんど無関心だ。

 誰からも、関心をもたれたくないし、係わりたくも無い。

 そんな俺と、この店の親父は同類なのだと思う。

 どうせこんなものなら。

 ただ「息をしていればいい」なら。

 ひっそりと暮らしていられれば。

 それで良いのだから。

 しかし、それならなぜ客商売などしているのか。

 それは多分、他に出来る事がないからだろう。

 そして…


「へい、お待ち」

 恐らく20分位かかっただろう、ラーメンの丼が目の前に置かれた。

 いつもの、味噌ラーメンだ。

 薄い、というよりお湯に色を付けたみたいなスープに、味噌味だからと、ただ味噌を混ぜたような味である。

 ラーメンの持つ深みとか、コクとか、そうしたものは一切感じない。

 麺も、手際が悪すぎて茹ですぎているらしく、すっかり伸びきっている。

 黄色くちぢれた麺は、近くの小さな麺打ち業者が配達に来るが、良くて月に二回程しかこない。

 管理の仕方もあるのだろう、味もそっけもない。小麦粉をそのまま飲み込んでいるみたいである。

 具も、お粗末としかいいようがない。

 近所のスーパーで買ってきたネギをただ刻んで入れただけ。萎びたネギが、スープを吸ってフニャフニャしており、シャキシャキ感がまったく無い。

 メンマ、ナルトも同様で、科学調味料の味しかしない。

 それでも近所のスーパーで仕入れているだけ、まだまともな味はする。

 チャーシューに至っては、何度もスープのダシを取った後の出涸らしであり、肉というよりも、薄くスライスした木のかけらでも噛んでいるみたいである。

 なかなか噛み切れず、いつまでも口の中に残る。

 マズイ。

 とことん、マズイ。

 これで客が来るはずもない。

 それが、つまり親父の生き方なのだろう。

 人と、極力係わりたくないのである。

 誰も、自分を注目して欲しくないのである。

 それは…

 俺も、同じ事だ。

 何をする気も無いまま、大学にも行かず、だらだらと時を過ごすだけの俺。

 ただ日に何度か不味いラーメンを茹でているだけの、商売の気持ちを失った親父。

 俺たちは、同類であり、目を合わさなくとも、言葉を交わさなくとも判る。

 だから、俺は、この不味いラーメン屋の常連であり続けているのだ。


 この味で、良く経営してるよなぁ、というラーメン屋さん。

 こういう客がいるから、なんとか「息をしていられる」のかもしれませんね。


 コインランドリー。昔は二層式洗濯機で、乾燥機は別だったんですよ。本当なんですよ。

 本作品は、そういう時代のお話です。

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