第36話 全面戦争 終
全てを聞かされて、何を思っただろう。
そして、何を思うべきだっただろうか。
空っぽなアラシヤマ タビトには、何も分からなかった。
「どうだ、我が息子よ。失望したか?絶望したか?」
知らない話だった。
自分の生い立ちも、その裏にあった父親の意図も。
ただ、それを聞いて一つだけ思った。
「ああ、そうか。そうだな」
ただ、その話を聞いて一つだけ答えが出た。
——どうだっていいや。
「くっ、はははははっ!どうだっていいと言うか。自らの出自も、そこに課された運命も」
「どうだっていいさ。俺はお前らを殺すと決めた。そこにそれ以外のものはいらない」
だから、と歩みを進める。
ナオヒトは黒刀をタビトへと投げ渡し、そのまま迎え入れるべく大きく両腕を開く。
「私を殺せ!血を分けし息子よ!」
大層嬉しそうに、満面の笑みで自らの死を受け入れる。
「ああ、そうさせてもらうよ。クソ親父」
タビトが覚えていたのは、黒刀が驚く程に手に馴染んだことと、父親を貫く時の刀越しに伝わってくる肉と骨の感触。
皮膚を突き破った。
骨に触れてカリカリと振動を感じた。
そしてその奥の心臓は、剣先で突くとプチリと音を立てて破裂した。
「ああ、ああ。やはりあの方は正しかった。お前は、私の……」
最後のナオヒトの言葉は、誰にも伝わらない。
そして、その時。
アラシヤマ タビトの中に居たナニカが、アラシヤマ ナオヒトの中のナニカと結びあった。
「あがっ、がっ、がががかかかかかかか」
言葉にならない声が、まるでタビトの中から逃げようとしているかのように無造作に飛び出る。
「ぜん、ゼンゼンゼン。全へ、スベスベすべすべすべ、ににににににに。かえかえかえかえし」
世界の根本を司る知識の濁流が、タビトの脳内を掻き回す。
身体が、脳が、泡沫が作り替えられる。
全ては破壊を統べる王へと至るために。
「知恵のアーカイブ」
ぽつり、ぽつりと言葉をつぶやく。
その間もタビトの周りには凄まじい密度の泡沫が荒れ狂っているが、十二人の使徒は動じた様子もなく頭を垂れている。
「アラハバキ」
段々と泡沫が凝縮していく。
それは密度を増して、次第に漆黒のロングコートへと形をなす。
「黒衣の王」
それは、タビトが得た世界についての知識。
王冠としてナオヒトが持っていた鍵の知識。
記憶を整理するように、一つ一つ言葉を吐き出していく。
「再生、保存、そして、破壊」
ネズミが持つ記録された情報とは別枠の、世界の根幹に関わる情報。
「ああ、これは」
黒衣の王としての覚醒。
それに伴うアラハバキの封印解除。
全てを整理して、ひとつ呟いた。
「錬金術師にしてやられたな」
◇
同時刻、地下迷宮にてそれは起こった。
「くハッ!アラシヤマくんガ、やったようだネ」
薄暗い通路を進んだ先、誰も開けられないような大扉が光り輝く。
「封印は解かれタ!私ガ!悠久の時を生きるこの私こそガ!創造を司る神へと至った私こそガ!このチカラを得るに相応しイ!」
アルバイトは一歩下がり、それに反するようにドクターは一歩前へ進む。
扉は開かれ、そこにあったのは一体の土偶。
『世界の鍵として問おう。汝は我が力で何を望むか』
土偶が、言葉を発した。
「まさか、お前に意思があったとはネ。……だが、その問いに応えるならば答えはただ一ツ」
ずっと外すことのなかった仮面を外す。
そこにあったのは皺のない若々しい肌と、彫りの深い顔立ち。
そして何より特徴的なのはその銀色の双眼。
悠久を生きる錬金術は、その願いを口にした。
「——世界の再創造を」
『ならば、鍵は残り二つだ』
満足したような土偶の言葉。
その直後にそれはドクター、元いニコラ・フラメルへと宿った。
凄まじい泡沫の奔流と、創造の力をより強いものへと変貌させて。
タビトの時のような苦痛はなく、ただ純粋にニコラへと馴染む。
「隠れるのは終わりだ。残り二つの鍵を取りに行こう。アルバイト」
「ええ、是非に。我が主よ」
全ては、世界を創り直すために。
悠久の錬金術師は行動を始めた。
◇
一方その頃、残りの鍵であるネズミもその異変を感じ取っていた。
「何が、起きてんだ」
ネズミの泡沫はアカシックレコードへの接続。
即ち全知。とはいえ未来の事や泡沫関連の知識は知りえないなどの制限がかかっていた。
「ああ、クソッ!そういう事か」
その制限が一部外された。
それは、タビトやニコラが得たように世界そのものの仕組みへの知識。
それを得て瞬時に察した彼は、直ぐ様直属の配下へと通信を繋ぐ。
「俺だ、テンチョー」
「『ボス!此方は順当に掃討が進んでおりますが……』」
「今すぐ引き上げろ」
「『は?』」
「だから今すぐ引き上げろ!そこはすぐに地獄になる」
まるで世界が次に進むことを決めたかのように、ネズミの泡沫の性能が引き上げられる。
そこで見えてきたのは、アラシヤマの過去、ドクターの正体と策略。
そして、ネズミがそれに気づかないようにアルバイトが思考を誘導していたこと。
「いいか、よく聞けテンチョー。裏切り者はドクターとアルバイトだ」
「『そんなっ!?あの二人が?』」
「それどころかあいつが、アイツこそが!ニコラ・フラメルその本人だった!お前の泡沫で全員を避難させろ!」
ネズミの警告により、テンチョーは手当り次第に秋葉原の外へと仲間を飛ばした。
だが、ソレがやって来るまでに飛ばせたのはわずか一万人程度。
エネルギーの奔流を身にまとった創造の化身が、創造のための破壊を伴ってやってくる。
地下迷宮より這い上がってきたニコラ・フラメル。
その圧倒的な力により、破壊そのものの概念を創造した。
推定死者数八万人。だが、これは泡沫もちを含めない一般人の数。その実は数十万人にも及んだ。
12月25日。それは後に|惨憺たる血のクリスマス《レッド・デイ》と称される一日。
その日を境に、秋葉原からは人が消えた。
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