移動するにも一苦労、それが幼女ですーー謎解きの時間のはじまりはじまり
「行こうか、ルーナ」
病み上がりだからなのか、それとも私の歩みが遅いことを知っているのかは分からないがお父様がヒョイっと私のことを抱き上げた。このまま連れていってくれるらしい
27歳の気持ちとしては遠慮したいが、最初に姿見の前に移動した時のことを思うと配慮に感謝せざるおえない。私が1人で行くとなると彼らの数倍の時間、加えて転んで怪我をする可能性がある。うん、抱っこしてもらっておこう
あと、美形のお父様の顔が近くにある。これこそ役得。ありがとうございますっ!
「はい!お父さま!」
眼福なお顔ににこりと微笑まれれば邪な気持ちを悟らさないにっこりスマイルで元気にお返事。5歳児になりきるのに私ほど上手く対応できる人間はそうおるまい、ふっふっふ。おい、私の精神年齢は27歳だ、忘れるなよ
廊下に出るとエミリー、お父様と私、お母様、クラウスの順で移動する
公爵家の屋敷なだけあり廊下ですら広い。多分、この屋敷のトイレは都心の1Kの部屋よりもデカいに違いない。金持ちである。空間余ってない?
廊下の所々にある鞄や絵画などの美術品は正直価値は私にはさっぱりだけど、高いと思う。そんな気がする
むしろ、高くなかったらなんでここにあるんだろう位の気持ちだ
移動している間、当然ながら誰も話さない。でも、屋敷が広いので食堂までは遠い…暇な上に気まずい私はお父様の腕の中で現実逃避がてら廊下にあるもので芸術鑑賞するのであった。あ、今の絵画無茶苦茶変なの
クラウスはというと、お父様の腕の中からこっそりと覗き見てみたが、不安の色も見せずにお母様の後ろを歩いていた。その歩調には不安な様子はまるでなかった。なんだか私の方が不安だよ…
少ししてようやく食堂に辿り着いたのかエミリーが止まる。左右開きの大きな扉へと手をかけると慣れた手つきで扉を開けた
「どうぞ、旦那様、奥様、お嬢様…」
順に中へ、と促されるがクラウスと存在を知らないというか、知らされていないエミリーはなんと言っていいのか分からない様子で数秒あわあわとしたが、結局何も言わずに動作でのみ入室を促した
中はこれまた豪華な作りだった。
テーブルは長い。日本にいる限り庶民は見ることができないような大きさと豪華さだ
まあ、説明が難しいのでよくあるお貴族様の食卓を思い浮かべてもらえれば、それで概ね合ってると思う。つまりは、目新しい感じはないような部屋だ。キラキラはしてるけど
部屋にはエミリーに呼ばれて容疑者達が揃っていた
叔父様夫婦、料理長、執事そして私が倒れてから合流したお爺様だ。各々何故、食堂に呼ばれたのかはわかっていないようで座りもせずに立ったままだった(この人数が立った状態でも部屋には余裕がある。流石の広さだ)。一応なのかはわからないけど、料理長や執事は一歩下がった位置にいるようだ
みんな私の姿を見るなり驚愕を顔に浮かべる
真っ先に動いたのはお爺様だった
「ルーナ!目が覚めたのじゃな!!よかった!!」
豪快に伸ばされた白髭をふさふさと揺らしながらお爺様が歩み寄ってくる。体格の良さからは熊のようだ。
お父様の腕の中の私の顔をずいっと覗き込んでくると無事を確認し、嬉しそうに破顔した後、わしゃわしゃと右手で頭を撫でてきた。いや、撫でると言うよりも髪をぐしゃぐしゃにしてると言ってる方が正解に近い感じだけど
「は、はい。おじいさま」
ぐわんぐわんと撫でられるたびに頭ごと揺れる。何とか答えけど、気持ち悪くなりそうだ
「義父上、ルーナが困ってますので」
私の様子を悟ったのか、お父様がお爺様に注意をしてくれた。その気遣い、いいね!
「おう、すまんすまん。かわいい孫娘の元気な顔が見れて嬉しくてな!」
悪い悪い、なんて笑いながら謝罪の言葉を口にするお爺様。見た目は怖そうではあるし迫力もあるが、とても家族思いの素晴らしいお爺様である。ただ、雑というか大雑把というか、そういうところが少し残念であり、らしいところでもある
「お父様、少しは遠慮してください!ルーナちゃんは先程目覚めたばかりなのです!体調が悪化したらどうしてくれるんですか!」
「う、うん。すまない…」
実の娘であるお母様からのお叱りの言葉は効いたようで、タジタジだ。しょんぼりとする様子は身体がすこし小さくなったように見える。ちょっと可哀想なのでフォローを入れておこう
「わたしは平気です、おじいさま。しんぱいしていただいて、ありがとうございます」
「!。なあに、礼には及ばんさ。わしは何もしておらんからな」
まだ下におろされていないので未だにお父様の腕の中であるが、片手を伸ばしてお爺様の服の袖を引く。にぱっと笑いお礼を告げればすぐならお爺様は元の調子に戻られた
「それで?わしらが集められたことと…」
そして、眼光を鋭くさせながら扉の前に立っているクラウスへと目を向ける
「そこにいる見慣れん小童がいること、説明してもらえるんじゃろうな」
私やお母様に向けていた優しい視線とはちがう。品定めする、よりは獲物をみる狩人のような…警戒を剥き出しにした目つきだ。こっっわ。敵に渡したくない
「はい、それは。彼が今回ルーナに起きた事件を解決してくれるそうなので」
お父様が私を抱き直す。私が怖がっているのがわかったのかな。え?心読まれてる?思ってるだけなのに行動されると怖くなるんだけど……いや、心は読めないか。うん、少年漫画では読心術とかよく出てくるけど、乙女ゲームじゃ聞かないワードよね
「ほう…わしらでも原因すらわからなかったことをか?面白いことを言うもんじゃ」
お父様の言葉にお爺様は目を細める。クラウスのことを疑っている、というよりは本当にそんなことができるのか、っていう顔っぽい。わかるよお爺様。こんな子供に何がわかるんだって思うんだよね
「初めまして。僕はクラウス・ホロスコープと申します」
最初にお父様達にしたように右手を胸の前に当てつつペコリと頭を下げるクラウス。様になってるわ。見てるだけで良い
「ホロスコープ…?……まさか、あの!?」
クラウスの名乗りを聞いて最初に反応したのは叔父様。やはり王宮にいるだけ耳馴染みのあるラストネームなのだろう
「ホロスコープ…ああ、占いの家系のか」
数秒遅れてお爺様が理解する。珍しいラストネームかつ呪術師として、そして何よりも神官長を代々生み出す家系…領地が王宮から離れていようともある程度の爵位、知識のある人間であればホロスコープ家についての多少の知識は持ち合わせている
クラウスがただの子供でないことがわかったからなのかお爺様もクラウスに向ける目の色が少し変わった気がした
「して、わしの可愛いルーナを害したのは誰じゃ?答えてみよ」
挑発的に、確信的な質問を投げたお爺様
みんなが答えを固唾を飲んで待つ
クラウスは口開き、事件を解決すると言った時のように軽い口調で答えた
「公爵夫妻、そしてあなたを除いた全員です」