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006 あんよはじょうず

 この世界の夜は早い。


 電気がないからね。明かりを求めるなら火を使うしかないのだけど、蝋燭も薪もタダじゃないから、節約しているんだ。


 その結果、夕方にはもう夕食を取り、日が沈んだら寝てしまう。そして、朝日が出る前に起きて働き出すという超健康的な生活サイクルで人々は生活している。


 それは、この村の中では裕福な方であるっぽいこの家でも変わらない。


「はーい、キース。おねんねしましょうねー」


 クレアが僕をチャイルドベッドの上に寝かせる。そして、いつものちょっと粗い布団を被せる。


 いつもはそのまま寝てしまう素直な僕だけど、今日はどうしても両親に見てほしいことがあった。


「てい!」

「あら?」


 僕はクレアが被せてくれた布団を蹴飛ばすと、上体を起こす。


 そして、そのままチャイルドベッドの柵をむんずと掴むと、ゆっくりと足に力を入れて、しゃがんだ状態に移行した。


 僕の足は、脳からの指令に従って、そのまま足を伸ばそうとする。


 でも、僕の足はまるで力が入らなくてビクビク震えてしまう。僕はそこで手と腕に力を入れて、自分の体を上に引っ張っていく。


「あ、あなた!」

「どうした? んお!?」


 クレアが父親を呼び、父親が驚いた声を出す。


 それもそのはず。僕はこの時、八割方掴まり立ちに成功していた。残り二割。足を伸ばせば完成だ。


「がんばって!」

「がんばれ、キース!」


 もし倒れても大丈夫なようにだろう。寝る準備をしていた両親が近づいてきた。


「ふんぬ!」


 そして、僕は立ち上がった。足はプルプル震えているし、今にも倒れてしまいそうだけど、それでも僕は立ち上がった。


 掴まり立ちマスターだ!


「キャー! キースが立った! 立ちましたよ、あなた!」

「おう! よくやったぞ、キース! お前は自慢の息子だ!」


 僕が立った瞬間、両親が歓声をあげる。


 そして父親が僕を抱っこして、そのまま上に持ち上げる。高い高いだ。大男の父親がするとすごい迫力だ。クレアがあんなに小さく見える。それにしても、身長差のある凸凹夫婦だなぁ。


「あなた! あなた! わたくしにも抱かせてください!」

「おう! ほれ」


 高い高いは十秒ほどで終わり、今度はクレアの胸の中へ。ホッとする香りに包まれる。


「がんばりましたね、キース。すごいですよ」


 僕のおでこにキスをするクレア。ちょっと照れてしまう。


「あなた! 今日を記念日にしましょう!」

「いい考えだ! 明日はアビーに記念の料理を作ってもらおう!」

「いいですね! でも、キースがまだ食べれないのがかわいそうです……」

「では、ワインを買うというのはどうだ? 大きくなったキースと一緒に飲むんだ。きっとうまいぞー!」

「素敵です!」


 クレアが僕を抱いたまま父親にそっと身を委ねた。


 父親はクレアの意を汲んで、クレアを優しく抱きしめる。


 そして、二人はお互いを見つめ合って情熱的なキスへ。


 僕?


 上でおこなわれている情熱的なキスから目を逸らして溜息を吐いていた。


 掴まり立ちしただけでこれだ。この調子だと、後いくつ記念日が作られるかわからないよね。


 でも、おかげで期待も膨らむ。


 掴まり立ちしただけでこんなに喜んでくれる両親だ。僕の魔法を見たら、どれだけ喜んでくれるだろう?


 楽しみだね。


 次の日。


 アビーにも掴まり立ちを披露したら、飛び跳ねて我がことのように喜んでくれた。


 それを見て確信したね。アビーはいい人だ。



 ◇



 掴まり立ちを覚えたら、歩けるようになるのは意外と早かった。


 やっぱり前世で実際に歩いた経験があるのが大きいのかな? それとも、普通の赤ちゃんもこれぐらい早いのだろうか?


「キース、こっちですよー!」

「あーい!」


 そんな僕は今、大きなクマの毛皮の上でよたよたと歩いていた。向かう先にはクレアがしゃがんで腕を広げて、おいでおいでしている。


 足元はツンツンとしたクマの毛皮で歩きにくいけど、これは万が一僕が倒れても大丈夫なように父親が敷いてくれたものだ。意外とクッション性があり、倒れても痛くない。


 赤ちゃんの体は、手足が短いし、大きな頭は重たいしでとても歩きにくい。例えるなら、頭の上に水をいっぱい入れたたらいを乗せてるような感じだ。トップヘヴィーで倒れやすいんだよね。


「んっしょ! んっしょ!」


 そうやって歩く練習に精を出している僕だけど、両親には内緒で魔法の練習もちゃんとしている。


 おかげでだいぶ細かい部分まで水を操れるようになったし、魔力も増えて扱える水の量も増えてきた。


 まだまだ魔力は少ないけど、ちょっとずつ成長していく実感を得られるのはとてもいい。やる気に繋がる。


 でも、やっぱり両親に魔法を披露するのは、もう少し先になりそうだなぁ。


 今、ようやくどういった形で披露するのか決めたけど、それを実行するためには僕の魔力は全然足りない。


 足りない分は成長しないとね。早く両親に披露して褒めてもらいたいし。これもモチベーションを維持するのにちょうどいい。


「ちゅた!」


 がんばるぞー!

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