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032 ディアナは耳がいい

 次の日。


 まだ太陽が上がる前の時間。ちょっとずつ外が明るくなってきた。


 興奮であまり眠れなかった僕は、ディアナが起こしに来る前に起き上がる。


 ディアナといえば、昨日は僕と一緒に寝ると言っていたけど、あれはやっぱり護衛的な理由だったのかな?


 まぁ、母上に却下されて、ディアナはアビーと同じ部屋で寝ているらしい。


「ぐーあー!」


 ベッドの上で伸びをして、ベッドから降りる。


 まずは水魔法だ。


 僕は服を脱ぐと、水を生成して、自分の身を包む。そして、頭の天辺からつま先まで水で包むと、水を高速で動かして全身を洗っていく。


「ぷはっ!」


 それが終わると、今度はクローゼットの前に立って、今日着る服を選んでいく。


 とはいえ、服は貴重品だ。領主の息子である僕でも三着しか持ってない。そして、これでも村では服を持っている方だ。


 というよりも、ここでは個人で服を持っている方が珍しいかな。村では服を共有しているのは当たり前だし、服が破れれば修繕し、もう着るのは不可能というところまでとことん着古す。


 そして、とことん着古した服は、まだ無事な布と糸に分解され、服の修繕に使われる。ここではおしゃれに気を使う余裕なんてない。


 おしゃれに気を使っているのは、母上とシンディーくらいじゃないかな?


 そんなことを考えながら、クローゼットから服を取り出して着ようとすると、ノックの音が飛び込んできた。


 アビーか? いや、ディアナかもしれない。


「ちょっと待っててー。今、着替え――――」

「失礼します」

「はい!?」


 え? え!? 今、待ってって言ったよね?


「ちょ!? なんで入ってくるんだよ!? 待ってって言ったじゃん!」


 すっぽんぽんの股間を隠しながら振り向くと、いつものように無表情のディアナがこちらに向かって歩いてきた。


「な、何?」

「お手伝いします。お任せください」


 お手伝い? お手伝いって、着替えの?


「いいよ。というか、あっち向いてて!」

「? かしこまりました」


 ディアナは無表情のまま少し首を傾げ、僕の指差したドアの方を向く。


 ディアナはメイドだ。たしかに、着替えを手伝ってもらうのは貴族として普通のことかもしれない。現にディアナは普通にしてるし、僕が気にしすぎなのかもしれない。


 でも、やっぱり元日本社畜の庶民ソウルが緊張してしまうのだ。それに、単純に恥ずかしいというのもある。


「はぁ……」


 僕はディアナがドアの方を向いていることを確認すると、急いでパンツを穿いた。そして、ズボン、シャツ、上着と着込んでいく。


「もう大丈夫だよ」

「はい」


 ディアナがこちらを向く。相変わらず無表情だ。いつものように眠そうな目が僕を見ている。


「ディアナ、着替えの手伝いはしなくても大丈夫だよ。僕一人でもできるから」

「かしこまりました」

「昨日はよく眠れた?」


 ディアナにとっては、初めてやってきた屋敷だし、今日から警備隊と一緒に行動することになった。かなり環境が変わったと思う。ちゃんと寝ているか心配だ。


「体調は万全です」

「そう。ならよかったよ。それにしても早いね。僕も今日が楽しみ過ぎて早起きしちゃったよ。ディアナも楽しみで早起きしちゃったの?」

「いえ。ご主人様が起きたのを観測したので起床しました」

「うん?」


 僕が起きたのを観測した? どういうこと?


「えっと、僕の部屋からディアナの部屋ってけっこう離れていると思うんだけど……。観測ってどういうこと……?」

「はい。先ほど、ご主人様が起床される音を――――」

「音!? 音なんて聞こえるの!?」

「はい」

「えぇー……」


 マジか……。僕が漏らした声や物音を観測して僕が起きたのがわかったのか……。


 たしかにこの時間はまだみんな寝てるから静かだけどさ。それにしたって、これってかなりすごいことなのでは?


「耳がいいんだね……」


 辛うじてそう返すと、ディアナはコクリと頷いて言う。


「ありがとうございます」

「はは……」


 もう乾いた笑いしか出ないよ。



 ◇



 ディアナに驚かされた朝だったけど、今日の最大のイベントは警備隊への参加である。


 家族と一緒に朝食を取り、出発に備える。


 食事の際、ディアナとアビーは一緒に食べない。ここは貴族と使用人を分けているのだろう。


 僕としてはべつにディアナとアビーも一緒に食べてもいいんじゃないかと思うんだけど、こういうところから僕の貴族教育は始まっているのかもしれない。


「キース、準備はいいか?」

「はい!」


 僕は父上に頷いて答える。腰にはいつもの木剣を差して準備万全である。


 本当は本物の剣が欲しかったけど、まだ五歳の体には重たすぎるのだ。真剣を持つのはもうちょっと成長してからだね。


「ディアナ、キースのこと、頼みましたよ」

「かしこまりました」


 そんな僕と父上の後ろでは、母上がディアナに僕のことを頼んでいた。今回は父上も付いているし、トムたち警備隊の面々もいる。けどやっぱり、母上は心配なのだろう。


 まぁ、僕は昨日気絶してしまったわけだし、父上は引き分けだとしてくれたけど、やっぱり僕の負けなのだろう。


 母上が心配しなくてもいいように強くなりたいな。

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