バーゼン 1
コルカムから連れてこられた少年の処遇をめぐって、ステラ・フィデリス幹部たちの話し合いは紛糾した。
本来なら話し合うまでもないことだ。
少年は魔法剣を持っているが、ギルドの構成員として登録できる資格は持たない。
資格とは、まず生粋の人間であること。そして、召喚の儀を通して魔法炎を得た者であること。
それは、ステラ・フィデリス創始者のグラディウス・ローデルクが定めて以来、四百年あまり遵守され続けてきた会則だった。
まれに自分勝手に炎を取ったという猛者があらわれることがあるが、そういう者は、ステラの構成員としては認められない。
魔法炎とは、汚れた手でもぎ取ってはならない神聖なもの。炎を地上に呼び出すことは、しきたりに乗っ取り心身を清め、禊をすませてからおこなうべき神聖な行為。
奪い取るなどもってのほかなのだ。
問題の少年は、この二つの会則から完全にはずれている。したがってステラ側としては、無視して捨て置きたいのが本音であった。
少年が、先々代主座の実弟であるカイルバード・ローデルクの養子でさえなければ。
そもそも、コルカムという村名を聞いたとき、一同は嫌な予感がしたのだった。そこが、かつてローデルク家から出て行ったカイルバードの隠遁の地だと知っていたからだ。そうでなければ、わざわざ調査の者を差し向けたりしない。
行ってみれば案の定で、しかも養子はまだ十二歳という若さ。彼が手にしているのは、カイルバードみずからが鍛造し、正真正銘の炎が宿った魔法剣だった。
ステラ・フィデリスというのは実に頭のかたい団体だったので、会則を破ることなど普通は論外である。
しかしさすがに、ローデルクの名と魔法剣を合わせ持つ子を、完全に放置することもできかねた。
ローデルク家に対する忠誠心は厚く、魔法炎に対する敬意はそれ以上だったのだ。
おこなわれた話し合いで、意見は大きくふたつに割れた。
ひとつは、魔法剣をギルドに返納させたうえで、いくばくかの生活費とともにコルカムに送り返すという意見。
身寄りがないらしいから、多少の金の工面くらいはしてやろう。だが魔法の炎を操ることは許さない。炎はいったん大地に返すべきである。
ちなみに、コレギウムの学長バーゼンはこの意見に一票だった。その子が魔物狩りをしたいなら、現地で討伐隊に入り勝手に励めばいいのだ。
ふたつめの意見はそれとは逆で、魔法炎を受け取った以上、彼にはそれを扱える程度の実力をつけさせるべきだというものだった。
召喚が成功したというのは、その炎が召喚者を選んだ証左。聖なる炎の選択を無下にするわけにはいかない。
まだたったの十二歳。それほどの若さであれば、適切な教育をあたえることで炎の認可にこたえてくれるにちがいない。
ただし会則は絶対であり、当然ながら登録は不可である。したがって、最低限の鍛錬をさせたのち彼には国を出てもらう。ステラには一切近づかないと約束させたうえで。
ちなみに、バーゼン学長はこの意見にはぞっとしていた。教育だの鍛錬だのが意味することを察したからだ。
はたして、侃々諤々の言い合いののちふたつめの意見が採択され、少年はステラ・フィデリスが運営するコレギウム──炎の使い手として独り立ちする前の学びの場──の庇護のもとにおかれることが決定した。
そういうわけで、ただいまバーゼン学長は、学長室のがっしりした椅子に腰かけ机上で指を組みながら、正面をみつめている。
気分がいいとは言い難い。要するに押しつけられたのだから。
目の前にいるのは、一年間ここで世話をしなければならない、薄汚れたチュニック姿の少年だった。
栄養失調間違いなしと思われる貧相な体格。長い前髪の下で、はしばみ色の目が身構えるように緊張している。
多分、こんな立派な部屋に招き入れられるのは生まれてはじめてだろう。
学長室としては普通だが、重厚なオークの家具も、本棚を埋める金箔つき背表紙の書物類も、見たことがないにちがいない。
「いま一度だけ確認するが」
部屋の主にふさわしい重々しさで、バーゼン学長は言った。
「今日からきみの名は、ラキス・ローデルクではなくラキス・フォルトだ。無用な詮索を避けるため、ローデルクの姓を名乗ることは禁じる。いいね」
この件についてはすでに申し伝えてあったため、少年は神妙にうなずいた。
「はい。わかってます」
フォルトというのは、この子の養母の旧姓である。見ず知らずの名前よりは覚えやすいはずだ。
「きみがコレギウムで学ぶ期間は一年。十二歳ならほかの生徒は三年学ぶところだが、そこまで面倒をみるわけにはいかない。これについては?」
「わかってます。一年で十分です」
「ほう。なぜ」
すると子どもは無表情に答えた。
「早く魔物を狩りたいから。三年も待てません」
「必要事項を一年程度で学ぶのは、並大抵のことではない。きみは苦労するだろう。そして当校に落第という選択肢はない。ついていけなければ魔法剣をギルドに返納してもらう」
少年が持っていた魔法剣は、いまはコレギウムが預かっている。全生徒の剣を同じように預かっており、卒業時に一人ずつ手渡しで返すのが決まりだ。
もっともこの子の場合、卒業認定はされないのだが。
魔法剣を返せと言われて、相手は唇を噛みしめた。
「絶対についていきます。魔法剣をちゃんと使えるようになって、カイルとリュシラの……両親の仇を討つ。そのためにここに来たんだ。脱落はしない」




