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88話「ちょっとだけ期待してます」

ドタバタ回の続きです。

よろしくお願いいたします。

 僕はロッジ風の更衣室にいる。

 壁も床も木製。とても落ち着く雰囲気だ。ちなみに窓もあるけどカーテンはない。誰も覗かない――女性だけの種族だからかもしれない。


(じゃあ、更衣室って必要かな?)

 疑問に思わないでもないけど、木陰で着替えるより断然ましだ。つまりカーテンがなくても更衣室は必要。それはさておき。

 僕は法衣姿のままで頭を抱えた。目の前の木製テーブルに並べられた3着のドレス――左から綿、麻、絹――が気に入らないってわけじゃない。気に入ったわけでもないけど。


(なんだってこんな目に……!)

 戦争を笑い話に収めるためとはいえ、女装してミスコンに出場しなくちゃならない。

 優勝する可能性があるならまだしも、ゴプリンとオーカのどちらも種族で1番の容姿端麗な女性(・・)を選んで来るだろう――僕に性別の垣根を超越した美貌(・・)はない。優勝できる可能性はゼロです。

 そして小柄で華奢とは言え、美女たちの中に女装して参加っていうのは、恥辱の極みとすら言えるはず。

 

(テレビ番組で言えばネタ枠だ)

 バラエティー番組でよく見かける方たちと同じだ。彼らがどうのというわけではなく、僕のキャラに究極的かつ、致命的に合わない――


「……」

 頭を抱えたまま、ふと隣を見やると、オリアナさんが麻のドレスを手に取って真剣な顔をしていた。さらに素早く振り向いて言ってくる。妙に力強い声で。


「癒希様に似合うのはこれです! 素朴なドレスを活かすために化粧はやめましょう」

「……そうですね」

 彼女は推し活でもしているみたいにノリノリみたいだ。僕のことを推してくれてるのかもしれないけど、この懊悩には気付いていないらしい。崖の上で押す(・・)のは控えて頂きたいと思う。と。


「はいはーい! じゃ、さっさと着替えちゃってね!」

 着替えとかのアシスト役をしてくれているゴプリン――僕と同い年くらいで、体型はぼんきゅぼんの蕾――が明るい声で急かしてきた。僕が置かれた状況とは真逆の陽気さに目眩がする。そのくらくらついでに辺りを見回すと、ハンガーにかけられた色々なコスチュームが壁の端から端まで、ずらりと並べられている。布の服(・・・)からメイド服、さらにはハイレグアーマーみたいなものまで、古今東西コスチューム大合戦って感じだ。


(……なんでこんなにあるんだろう?)

 潜伏や隠密が彼女たちの収入源ではないはずだ。

 理由が何にせよ、バニースーツが選ばれなくてよかった。けど、安堵の嘆息なんかしたところで状況はなにも変わらない。


「では、着替えをお願いします」

「……はい」

 隕石でも僕の頭に降ってこないかな――心の中で願いつつ、僕は法衣を脱いで麻のドレスを頭から被るように着た。次の瞬間。


 じゅるりっ!


「ふひひ……♡」

 世話役のゴプリン少女が口元の涎を手の甲で拭った。頬を赤らめて、なにやら興奮した様子だ。


「これが伝説の……オトコノコですか……うひ!」

「そのいやらしい視線を癒希様からどけないなら、顔面が壁にめり込むことになりますよ」

「いやーん♡ 鞭のお姉様ったら、素敵すぎるどエスぅー♡」

 そう言うと、ゴプリンの少女はロッカールームからご機嫌な様子で出て行った。

 ドアはぱたんと閉じられ、オリアナさんはふう、と大きく嘆息した。性別どころか種族まで超越した美貌をもつお姉さんは、そんな姿も絵になる――それよりも大きなことに気がついた。


(オトコノコ……男の娘って言った? まさか、このいやらしい森は……)

 僕の頭の中に、ある考えが秋葉原の雑踏を背景に思い浮かんだ――と。


「ところで、女性の下着もありますが……どうしましょう」

「どうもしません」

「…………そうですか」

 おずおずと差し出された麻のパンティー。

 満面の笑みで断固たる拒否を返すと、オリアナさんはとても残念そうな顔をした。

 森北部の集会場。

 この場所は遥か昔、ゴプリンとオーカの根源たる存在に舞などを奉納する神聖な場所だった――らしいけど、なぜかランウェイが設置されている。年季の入り方からして、昨日今日、もちろんたった今に設置されたものじゃない。

 根源たる存在とやらはファッションショーがお好みだったらしい――そんなことを考えつつ、僕はランウェイのバックステージから、観客席側を覗き込んだ。


『それでは! まもなくこの森で1番の美女を決めるコンテストが始まりまぁす!』

『きゃああああああああああああああああああああああああああああ!』

 進行役のオーカがとんでもない肺活量と、さらにメガホンまで使って叫んだ。それに釣られる必要もないくらいに観客のみなさんは盛り上がっている。なんの勝算もなしにあの熱狂の前に立つなんて御免だ。けど勝算はある。だから実は、やる気もある。


(明日やれることは今日やらない僕だけど、だからこそ今やるべきことは、今やろう)

 女装はイヤだけど、僕はこの世界で暮らす神官なんだから、その役目を果たすためなら喜んで我慢しますとも。

 表情を引き締めた時、隣から視線を感じた。アジカさんだ。レオタードっぽい衣装――生地は薄い――と、さらに羽衣のようなものを着ている。


「いいツラだね。でも勝つのはあたしさね!」

 そう言い放つや、自信たっぷりの足取りでランウェイを進んでいく。その先端には、いつの間にかポールが立てられていた。ということは――


「はっ!」

『素敵いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』

 アジカさんは、艶めかしいポールダンスを披露し始めた。細くてしなやかな四肢と、柔軟な身体。そして100人近い観客に負けない――むしろ圧倒する自信にあふれた表情。その瞳に魅惑されない人はいないだろう。


『これがあたし! アジカだよ!』

『アジカ様あああああああああああああああああああああ!』

 披露を終えたアジカさんが右手を天に向かって突き出すと、オーカたちすら大歓声を張り上げた。

 それはアジカさんが奥へと去ってくる(・・・・・)間も続いた。僕も気づいたらぱちぱちと拍手していた。そして。


「次は私だ! 癒希、本当の美しさってやつを見せてやるってなぁ!」

「ちょっとだけ期待してます」

「はーはははは!」

 ストーラさんも、やっぱり自信満々の足取りでランウェイを進んでいった。彼女の先には――なんかどでかいモンスターがいる。簡単に言うと、四本足のめちゃくちゃでかいミミズだ。背中に生えた、お気持ち程度(・・・・・・)の翼が何とも言えず、気色悪い。


『さあさあさあ! 我らオーカ族の長、ストーラが披露してくれるのはなんなのでしょうか!? 丸呑みの触手竜(ドラゴン・ワーム)のクロエちゃんもよだれを垂らしてお待ちかねです――おっと、我慢できずに飛び掛かったあああああああああああ!』

『ストーラ様あああああああああああああああああああああ!?』

 いやらしい竜は口環からいやらしい形状の触手をはみ出させてストーラさんに迫る。巨体での突進を受け止められるとは思えない――


 がつんっ!


「っらああああああああああああ!」

「まじで!?」

 地面すれすれからのアッパーカットが竜の巨体を空高く打ち上げた。ストーラさんも拳を強く握り込んで飛び上がる。


 がっ! がががががががん! 


 そして縦に長い空中コンボが派手な火花を散らしながら炸裂した。竜は完全に目を回し、そしてストーラさんが組んだ両手を大きく振り上げた。とどめはハンマーナックル――


 ずがんっ!


 一瞬後、轟音と強い振動が集会場を揺らした。

 巨大な竜はランウェイに叩きつけられ、頭上にいくつもの星を舞わせながら伸びている。その上にずだん! と着地したストーラさん。両手を左右に大きく開き、宇宙からの獰猛な狩人みたいに吼える。


「っしゃらああああああああああああああ!」

 その咆哮は恐ろしかったけど、血が湧き、肉が躍るような高揚感がある――そして日差しを反射して、ぎらりと光る彼女の角。とても魅力的だ。

 小動物ボディーに豆腐メンタルを搭載した僕としては、憧れざるを得ない。そんな羨望の眼差しに向かって、ストーラさんが、のっしのっしと戻ってくる。彼女の背後では、竜さえ反撃を諦めて森に帰っていく。すっげー(・・・・)かっこいい。


「さあ、てめえの番だってなぁ!」

「見せてもらうよ!」

「……」

 美しいお姉さんたちに期待の視線を向けられた。柄にもなく、体が熱くなるのを感じる。

 僕は文化祭でバンドを組むタイプじゃないけど、今だけはその気になってみようかな――ふとランウェイの先を見やれば、その前を埋め尽くしたゴプリンとオーカのみんな。注がれる熱い視線。僕の武器は麻のドレス。シンプルなもので、普段着に近い。けど――


 きんっ!


「光だって!?」

「なんだってなぁ!?」

 僕は光の風――救いの風(ハイ・ウィンド)――をまとってランウェイをまっすぐに進んだ。

 ゴプリンやオーカがどれだけ身体能力に優れていても、術には疎いはず。輝きをまとって歩く僕は、神聖なものに見えるだろう――案の定、観衆のみんなが盛大にどよめき始めた。アジカさんとストーラさんの視線も痛いくらい背中に感じる。


(掴みはオッケー! いける!)

 勝機を捉えた僕は心の中でガッツポーズをした。一歩一歩を力強く。そのまま進み、ランウェイの先端に立った。そしてにこりと微笑むと、観衆のみなさんは熱い吐息をこぼした。それからアイドルっぽいポーズなど取りつつ、奇蹟の力を最大火力で揮う――


 かっ!


「きらっ♡」

『おおおおおおおおおおおおおおおおお!?』

 治癒の輝き(ヒール)輝く笑顔(・・・・)を演出。次の瞬間、絶叫に近い大歓声がいやらしい森に轟いた。さらに救いの風を足元に展開。


 ぶわっ!


 僕のスカートがふわりとめくり上がり、みんなの視線が足元に集中した。

 そして見せてはいけないものが見える――寸前、僕はスカートを両手で抑えた。恥ずかしそうな顔で叫ぶ。


「えっち!」

『――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 観客のみなさんの声にならない大絶叫。徒列整理の係員が、ランウェイに飛び乗ろうとする人たちを必死に抑えているのが見える――僕は彼女たちに、にこりと微笑んだ後、ランウェイを引き返した。背中には、骨まで響く大歓声。その心のなかで。


(……アジカさんとストーラさんのかっこよさに当てられて高揚(ハイ)になってたけど……冷静になって考えると洒落にならないくらい恥ずかしいことをしたなぁ)

 さっきまでのあざとい系アイドルな振る舞いを思い出して、僕の顔が焼まんじゅうくらい熱くなった。

 足元にブラックホールとか出現しないかな――僕は収まる気配を見せない大歓声を背中に受けながら、天文学的な災害に救いを求めていた。そして。


『第1回、エロスの森ミスコンの勝者は癒希に決まりましたアアアアアアアアア!』

『癒希いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』

 男の娘(・・・)の大火力のおかげで、勝者は僕に決まった。

 満場一致みたいだし、観客側にいるオリアナさんも笑顔だ。とてもいい結果だと思う――僕の人生の1ページに閲覧禁止の封印が3重に施されたこと以外は。


(熱くなるものじゃないなぁ……)

 まあ、戦争を防げたんだからよしとしよう――と。いつの間にか僕の隣に進行役のオーカがいた。マイクっぽいものを向けてくる。


『癒希! 今のお気持ちは!?』

「僕の頭に隕石が落ちてきて欲しい気分です」

『誰でも何でもかかってこいとのことです! 実に勝者らしいセリフでしたああああああああああああああ!』

『素敵いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』

「……」

 森は熱狂と絶叫で溢れかえり、僕の嘆息は誰にも聞こえなかった。

 これで一件落着。後は美味しそうな果物でも買って帰ろう――その時、アジカさんが肩を強く掴んで来た。ちょっと痛い。つまり彼女が慌てているということだ。振り返ってみると、やはり慌てたような顔をしている。

 そして細くてしなやかな人差し指が向けられた先は空。黒い煙が高く立ち昇っている。あの方角は――


「ヒトの村が燃えてるよ!」

「なんで!?」

 戦争は防げたのに村が燃えている――それが原因じゃないってことだ。その時。


「癒希様!」

「え?」

 集会場に、四方八方から大量の矢が射かけられた。


不定期更新です。

よろしくお願いいたします。

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